ある日、話があると言われて父上と母上に呼ばれた。
両親がいつになく真面目な顔をしていたのでどうしたのかと心配になってしまったが、……考えてみて、ひとつの可能性に行き当たった。
「父上、母上。お話って?」
「レン。ここに、座ってくれ」
母上がにこ、と笑うがその顔は作り物だと察する。…私、何かしたかな。
近所の子をぶっ飛ばしたこと以外なにか問題を起こした覚えはないから、心当たりが…たぶん、ない。うん。
よいしょ、と椅子に座って父上と目を合わせる。
一体なんの話を、と私が冷や汗をかきかけたとき……父上がバッ、と両の腕をバンザイでもするかのようにあげた。
唐突な父上の行動に、私ポッカーン。母上とろけるような笑顔。…は? え、なに?
「喜んでくれ、レン! 下界で暮らせることになりそうだ!」
「……下界? 暮らす?」
「そうなのレン。私たちの夢が叶うのよ!」
いやいやいや。ちょっと待ってほしい。
下界で暮らすのが父上と母上の夢だったのは知ってたとして、べつに私は暮らしたいとは思っていない。
そりゃあ、ここでだえだえアマスアマス言ってぐうたら暮らしていく気もないし、働くのは素敵だと思うけど、今? って感じだ。
だって、私たちまだ子供だし。それに父上と母上、あなたたちわりと考えなしでしょ? ……なんて、言わないけどさ。
「……で、でも父上、母上。ドフィは反対すると思うな。ロシーもほら、いきなり環境を変えるのはちょっとかわいそうな歳の気も…」
「大丈夫だ、あの子たちにも人間として暮らすことの素晴らしさを教える。それに子供のうち、というのが大切なのさ」
「大切なのさって…あぁ……まぁ…無駄かな…」
あなたたち、奴隷の目を見たことがある? と問いただしたい。奴隷の目はひどく濁っていて、涙も枯れきっていて、そこにあるのは絶望と恨みという炎だけ。
でもそれは「奴隷」という恐怖と「死ぬ可能性」という足枷によって抑えられているにすぎない。もし、その枷のないただの「怒りの塊」が、その矛先が私たちに向いたら、どうするつもり?
私たちは為す術なく死ぬだろう。ひどく苦しめられて死ぬだろう。
(想像力の欠如。正しいと思ってしまっていることを前にしたせいで、そんなこともわからないのかな)
「私たちはなにもしていないから」で見逃してもらえる恨みじゃない。「私たちは人間として生きていきたいと主張しているから」で人間にはなれない。
人間は恐ろしいものだ。
自分がされていなくとも、他人の痛みのために人を恨める。痛めつけられる。
それは俗に「絆」などと言うのかもしれないが、美しいように見えてその勘違いは恐ろしい。
奴隷じゃなかった人間も、天竜人を恨んでいる、この世の中で。天竜人であることを捨てた、天竜人なんて。
「ーーいいんじゃ、ないかな。だってそれが、父上と母上のむかしからの夢だったもんね! よかったね!」
「! ああ、レン…! お前には大変な思いをさせているが…きっと下界は素敵なところだ。家族5人で慎ましく、楽しく暮らそう」
「うん!」
私の父上と母上は、そりゃ「いい人」だ。
いい人は、誰かを食えない。食い物にされるだけ。
そして父上と母上は「大人」だ。
子供はまだ大人にひょこひょこついていくことでしか、生きていけない。悔しいことに。
ーーさあ、私のかわいい天使たちが他人の食い物にされないように、滑稽な処刑対象にならないように、
私が、死んでも守らなきゃ。