ふっと意識が沼のようなところの底から上がってきて、ゆっくりと目を開けた。
…いつの間に、私は外に出たんだっけ。
吹き抜ける風がお酒で火照った体にはちょうどよくて、大きく伸びをしようとした。
(…あれ?)
頑張って腕を動かそうとしてみるのだけど、なかなか腕が動かない。あー、なんか重いし…酔ってるのかな。
酔っているせいか、ここまできた記憶がすっぽりと抜けてしまっている。
ええと、今まで何してたんだっけ? 夕食の準備を追い出されて、ドフィたちと戯れてて、そうしたらご飯が運ばれてきたんだ。
そうしたらどこかへいっていたローくんも戻ってきて、色々と話を聞いたって記憶がある。
もう何も信じていない、なんて寂しい台詞も聞いた気がする。
それで、可哀想で、何もできないのが悔しかったからヤケ飲みして…これか。あ~あ。
寄りかかっている家の壁は廃墟なのか眠っているのか、ボロくて誰の声も聞こえてこなかった。
周りは木々しかないし、月が私を照らすだけ。
しーん、と静かなここに一人でずっといたら、気が滅入りそうだからそろそろ帰ろうかな。
(……あれ?)
クンッと誰かに手を引かれているような感覚で、前に進めない。
誰? とそこを見たけれど、誰も居なかった。なのに手は微動だにしない。手首から先ほどさえ見えない暗闇だけど、誰もいないことくらいわかるつもりだ。
頑張って自分の手を引くのに、動かない。一体私の手に何が起こっているの、と目を凝らしたり手をじっと見ようとするのに、どんなに至近距離に行っても、手首から先は見えなかった。どういうこと?
(そういえばここ、見たことある気がする。どこだっけ…?)
どうにかしなきゃと辺りに人の気配をうかがっていたとき、妙な既視感がすることに気がついて、腕を動かそうとするのをやめた。
ここ…とても、懐かしい。あんまり長い時間居たら覚えているはずだから、依頼で寄った町なのだろうか?
けれどそれだけで、こんなに懐かしくなるものかと不思議に思う。それはそれで違和感があった。
なにか、足りない。ここに居たことはあるけれど、ここに何かあったはず。私はじっと、草ばかり生えた地面を見る。私がここに居たとき、ここには何かあったはずなのに、何もないなんて、おかしい。
「なに、か…」
カラン、と金属の何かの音がして、ふと地面を見た。
ひゅ、と息を呑む音が誰もいない町に響く。私のさっきまで見つめていたところに、いつの間にかナイフが突き刺さっていた。
これは、このナイフはーーー。
じわじわと左腕に何かが広がっていく感覚がする。驚いてよく見ると、そこにあった傷が赤くにじんで、血がポタポタと垂れているではないか。
声をあげて目を瞑りたいのに、なぜかそれを凝視してしまっていた。流れる血の量が多くなっていく。次第に、腕がなにもしていないのに千切れ始めてきた。
なんで、どうして、どうして。
そしてなぜか鮮明に見えるようになった手には、懐かしいかな、釘が何本も打ち込まれていた。
涙目でそれをずっと見つめ続けていると、いつしか腕は完全に千切れ、地面に転がる。釘はいつの間にか消えていた。
“あのとき”はじっくり見ていなかったからなんともなかったが、改めて見たそのグロテスクさに私は、嘔吐してしまう。
「ウッ、…オエ……!」
気持ち悪い、気持ち悪い。
そうだ、ここは……私たちが、迫害された町。すべての始まりの町。
私の……大嫌いな、町。
「ーーン、………レンーー」
(だれ…?)
遠くで私を呼ぶ声がする。
それはだんだん近づいてきて、視界を揺らす。やめて、ただでさえ気持ち悪いのに…。
あ、もしかして、母上かな?
そっか、お迎えがきたのか。
なら、我慢するよ。だって私は、貴女に謝りきれない傷を与えたのだから。
ならば、視界がぐわんぐわん揺れることくらい、どうってこと、ないよねーーー。
「ーーレン!!」
ドフィの必死の声に、目を覚ます。
勢いよく起き上がって「なんだ、夢か…」ってやれれば良かったんだけど、生憎そんな気力はなかった。
なんだか体は重いし、寒気がする。気分は最悪だ。
服は汗でべったりだし、ファミリーの人たちはうるさい…。一体なに?
ひんやり冷たい、大きな手が額に乗せられる。
手を乗せた張本人であるドフィは、顔をしかめて私を抱き上げた。
「部屋へ運ぶ。すげェ熱だ」
「は、っ……ドフィ…? わたし、熱…あるの?」
「あァ。寝てる間に魘されて、吐いちまうくらいはな」
「へ……?」
飲んで少しうとうととしていた私が、片付けたあとの机に突っ伏して寝ていたらしい。そして突然、吐いたと。
ベビーちゃんがすぐに気付いてタオルで拭いてくれたおかげでなんとかなったが、熱がひどいとのこと。
ベビーちゃん様様だ……なにか美味しいお菓子でもこんどあげよう…。
「どっかから貰ってきたんだろ。とにかく休め。姉上は体が実際は弱いんだからなァ?」
「実際は、って…なによ……」
失礼しちゃう、と言い返したかったのに、声が出なかった。
最悪だ。あんな夢は見るし、こんな熱は出るし。
せめて、恨めしそうな顔の母上でも出てきてくれれば、気持ちも楽になったろうに。