「…38.5だ」
ピピピピ、と軽い音を立てる体温計と共に、残酷な一言が投下された。
頭を鈍器で殴られたようなショック。けれど同時に冬の海水でもぶっかけられたような寒気が襲ってきたので、私は気だるい体を頑張って動かし、のそのそとベッドに潜り込んだ。
目の前には呆れたような顔をしたドフィが、ベビーちゃんにタオルと水桶を頼んでいる。
皆さんお忘れかもしれないが、私は母上似なのである。体が弱いのである。主に極度のストレスとか、疲れとか。
フレバンスに慣れない全速力で行ったのが祟ったか? と原因を探すけど、特に思い当たる節がない。……ああでも、下界に降りて来てから、熱を出していなかったっけ? そう考えればまあ、久しぶりの発熱ってことでいいかな。
「魘されていたと聞いたが、…何か夢でも見たのか」
「ん? うん。じゅう…なな年くらい前かな?」
「…あァ……そういや、そのことで話したいことがあったな」
けれど今はいい、と言われて首をかしげる。何が聞きたいんだろう?
ぼうっとした頭じゃそんなこと考えられなくて、眠ろうとする。でも重い意識と熱い体が私が夢の世界へと入ることを許してくれない。寝たいのに。
頭が痛いから積極的に話したいって気分じゃないし、汗が出て気持ち悪い。
久しぶりの発熱だからいいや、なんて思えたのは束の間だった。もうやだ。熱下がってー。
そんな私の様子に気付いたのか、ドフィが「水を取ってくる」と出ていった。
やだ、そんなに顔色悪い?
近くの鏡で顔を見ようと上半身を起き上がらせたその時。ナイスタイミングでドアが開いてロシーが部屋に入ってきた。
どうやら寝ていたところを起こされたらしい。ごめんね。寝癖ついてるよ。
「……大丈夫か?」
「しーっ…! ダメだってば、ロシー」
私を心配してくれるのは嬉しいけど、すぐに声を出すのはやめた方がいいと思う。
能力解かない、と顔の前でバッテンを作ったら、仕方なさそうに能力を発動していた。
そうしていつもの筆談に戻ると、私の上半身をぐいぐい押し込んでベッドに戻そうとしてくる。え、えー!?
結局『寝てくれ』と書かれた紙には逆らえなくて、顔を見ることは断念。別にいいんだけどさ?
「姉上、水を…なんだロシー、起きたのか」
『姉上が具合悪いと聞いて』
「フフ…まァ、そうだな」
枕元の小さな机に、透明な水がコトンと置かれる。
それを手でそっと触ると適温で、気づかいができる子になったのかと感動してしまった。イカンイカン。
熱出した上にいきなり感動の涙と言えど泣き出したら、今度は情緒不安定と心配される。
その心配だけはされたくないもんだ。
体が熱いのに寒気がやばい、という熱あるあるな症状だったけどとにかくドフィの持ってきてくれた水をちょびちょび飲んだ。
うん、飲まないよりはマシかな。ありがとう、とドフィに微笑むために笑顔でそっちを向いた。ーーのだけど。
ドフィもロシーもすごく変な顔をしていて、スタイリッシュに視線だけで二度見してしまった。
ドフィは眉間にすごいシワ寄ってるし、ロシーなんかもう目が充血して泣きそうだし。何があった!?
「…フ、フフ……笑えねェな? コラソン…いや、ロシー」
「笑えないってなにが? ドフィめちゃくちゃ笑ってるけど? ってかロシーはどうしてそんな顔して…」
「……!」
私の天使ロシーの目から、大きな涙がぼろんぼろん落ちてきた。ま、待って、泣き止んで!
拭えど拭えど涙は出てきてて、私が混乱してしまう。
けれどロシーは泣きながら必死に紙にペンを走らせて、私の眼前につき出してきた。思わずのけぞってしまう。
『亡くなる前の、ベッドの上での母上に似ていた』
「……えっ? 母上?」
「…フッフッフ!!」
似ているってのも罪なもんだ、と頭を撫でてくるドフィだけど…
いや、いやいや! ちょっと待て。
「死なないからね? 私…っゲホ、死なないからね!?」
『死ぬな姉上!!』
「だからただの熱だわ!! …ゲホッ!」
頭痛くなってきた、と顔色を悪くする私に、ドフィがそっと毛布をかけてくれる。
紳士…だけど、死んだ母に似てるってあんまりじゃない? 亡くなった人の亡くなる直前に似てて泣かれるなんてどんな反応していいかわかんないわ。
しかも母だしね。
とにかくロシーがえんえん泣く理由がわかって良かった。
こうなるなら、もっと具合悪くならないように頑張ろう。具合悪くなる度にロシーに泣かれるなんて御免だからね。
ブルッ、と寒気がして私は頭まで毛布を被った。