ローがこんな風になっているとき、あのボロい船で旅をしていなくてよかった、とロシナンテは心底思った。
ミニオン島に向けて船を出して早一日。発作か、病状が急に進んだのか、ローは突然高熱を出し寝込んでしまった。
あわてふためくロシナンテに姉はすぐ自分の船にローを寝かせるよう指示して、なんとか命までは繋ぎ止めている。不幸中の幸いだ。
けれど息は浅く、とても気の抜けるような状況ではない。
チャンスをくれ、とロシナンテは心から天に祈った。
先程の姉と兄の会話を聞いて、姉は少し悲しそうな顔をしていた。諦めにも近いそれは、遠い昔、聖地マリージョアで見たものと酷似していて、ロシナンテは悟る。
もう、もとには戻れない。引き返せない。兄は自分達を裏切り者だと見抜き、犠牲にしようとしている。戻れば、殺されるーーーと。
姉と兄の会話は、はりつめた空気に無理矢理上から優しさを振りかけたような歪なものだった。
お互いにお互いの腹のうちは分かっていて、言わないだけ。「犠牲にしようとしてるでしょ」「どちらかが犠牲になれ」を暗に言い合っている、嫌な会話。
二人とも笑顔だったのに、その仮面の下は真顔だったろうと断言できる。
ドフラミンゴは完璧な身内主義者だ。
だがそれは、先に生まれてきたロレンソにもあることを忘れてはならない。
やはり、似ているのだ。姉弟だから。
「ロシー、ちょっとは寝なさい」
「! 姉上……」
奥から姉がホットミルクを持って現れた。ピンクのマグカップにほどよい温かさと甘さで入れられているであろうそれは、昔眠れなかったとき母が入れてくれたものと、よく似ている。
それを両手で受け取って、ドジらないように冷ましてから喉に流し込んだ。具合の悪いローの横でドジをしてはいけない。そう体に言い聞かせて。
同じようにピンクのマグカップを両手で包んだ姉は、ローを見て優しく微笑んだ。
記憶のどこかがくすぐられる。
「…姉上は、年々母上に似てきてるな」
「えっ、…そう?」
姉はこてんと首をかしげてから、困ったように口角をあげる。
ーーなぜだか姉は、再会してから今日まで、母の話をされることを嫌がっているようだった。
理由は知らないが、いつも母の話をするたびに、困ったような顔しかしないのだ。だからあまり、出さないようにはしていたのだけれど。
ドジった、と頭をかく。同時に欠伸が出てしまって、姉上にコツンと頭を突かれた。
「ほーら。眠いんじゃない」
「っそ、そんなことねェ! まだまだ起きてられるぜ!」
「はいはい、もういいから。ローのことは私に任せて、ロシーも寝なさい」
ちょうど飲み終わったホットミルク。マグカップを取り上げられて、おれはやむなくベッドへ放り投げられた。
キッ、と姉を睨むけれどーーおれの睨みなんか無駄らしい。余裕の笑みにはねかえされた。
「お歌を歌ってあげようか、ロシー。昔、ドフィとロシーがDを怖がっちゃって眠れなかったときに歌ってあげたやつ」
「い、いいよ! そんな子供じゃねェし、おれ…」
「あ、そう? いいのかな? 悪い子はDに食べられちゃうぞー、がおー!」
「姉上…」
呆れたようにおれが笑うと、姉も懐かしむように笑った。
Dに食べられちゃう。それで昔しつけられたし、見たこともないDってやつに怯えたりもした。懐かしい思い出。
なんだか姉のテンションが異常に高くて笑ってしまう。寝転がっているせいか、だんだんうとうととしてきた。瞼が重い。
「…ロシー、フレバンスのこと、きちんとローに聞いておいてあげてね」
「ん…?」
「ロシーは、知っててあげて」
瞼を閉じさせるように、姉の手が撫でてくる。
それが心地よくて、睡魔にあっという間に足を掴まれる。
「ちょっとで良いから、あの頃に戻りたいな。ねぇロシー」
する、と意識を手放しかけたそのとき、姉の少し震えた声が、耳に入ったような気がして。
「ーーーかぞくが、ほしい」
聞き返そうとしたけれど、おれは睡魔にあらがえないまま、眠りへと落ちていった。