サク、と雪を踏む音に顔をあげる。疲労困憊という言葉が嫌というほど似合う私の耳に、懐かしい声が届いた。
「ずいぶんとハデにやるじゃねェか、姉上?」
「…一面雪景色でその服、目がチカチカするわ」
「フッフッフ! そりゃ悪かったな」
足元に転がるバレルズ海賊団の人たちをその長い足で軽く転がしたドフィは、心底愉快そうに笑った。
一方ボロボロで立ち上がるのも億劫な私は、座り込んでアジトの壁に背を預けながらドフィを見上げている。
後ろにはじっとこちらを睨み付けるファミリーたちがいた。もちろん、ベビーちゃんもバッファローも。
「で? どうしたの、ドフィ。姉上疲れてるんだけどなぁ」
「…フフフ!」
わざとらしく両手を広げてお芝居みたいに笑っても、ドフィは笑みを崩さなかった。
「平和的にいこうぜ、姉上。…オペオペの実はどこにある?」
「えー? 知らないな…私は持ってないよ?」
「ならコラソンか?」
「んー、ロシーも持ってないと思う。…っていうか」
悪戯っ子のように笑って、言葉を紡いだ。
「そもそも今、この世に“オペオペの実”は存在してないんじゃないかな」
訳がわからない、という顔をしたドフィに、私は謎解きをしてあげない。
そんなことしなくたって、ドフィはきっとすぐ行き着いてしまうだろうから。
今にも破裂しそうなグラディウスが私を蔑んだ目で見つめてくる。それでも攻撃してこないのは、きっとドフィの命令だ。
そっとロシーとローのいる方向へ視線を向ける。戦っていたからわからなかったけど、あっちから特に何か騒ぎは聞こえてこなかったはずだ。
恐らくもうロシーはローにオペオペの実を食べさせている。そしてローには珀鉛の溜まっているところは教えてあるから、あとはそれを取り除くだけ。
見上げた空にさっきまでなかった細い線がいくつもあるのに気付いて、笑いそうになる。
どうしよう、ピーンチ。逃げ場はない。
「…! おいテメェら、すぐにコラソンを捜せ!!」
と。ドフィが声を荒くした。どうやら気づいたようだ。
「そういうことか」と無理矢理口角を上げてこちらを睨んでくる弟に、そっと微笑みかけた。
ごめんね。
「ったく…余計なことをしてくれやがったな、ロレンソ」
「余計なこと? 余計じゃない、必要なことよ」
「必要なこと? おれの邪魔をすることがか?」
「違う。ローの命を救うこと。ドフィだって救いたがってたでしょ?」
ギリ、と音がしそうなほど歯を噛み締めたドフィは、胸ポケットに手を伸ばしてーーやめる。
はりつめた空気の中に、私の大嫌いな男のねばねばとした声が響いた。
「殺しはするな。…瀕死で持ってこい」
「了解だ、んねー!」
「…ドフィ!」
ロシーたちの居場所に検討をつけたのか、歩き出そうとしたドフィを引き留める。
振り返り私を見るドフィの目は、もう家族へのものではなくなっていた。
「…あんたを手に入れるためなら、おれはあんたを傷つけることもいとわねェよ」
「……ドフィ…」
「ーーあんたは“おれの”姉上だ」
ゾクリとしたものが背中を駆け抜けた。
…ロシーが言っていたのは、これか。
迷わずロシーたちのところへ歩き出すドフィを止めようとしたけれど、ダメだった。トレーボルが邪魔をする。このハリボテ野郎、と睨み付けると、トレーボルは私の顔を下から覗き込むように見てきた。キモい。
「んねーんねー、またドフィのこと一人にする気~?」
「…したくないわよ」
「べへぇっ!?」
近すぎるので手榴弾をひらひらと見せつけると、見事逃げてくれた。距離ができる。
「あ、ふーん。なるほど、火、苦手なの?」
「いきなりすぎて鼻でるわー! 冷静だなァ!! べへへ!」
冷や汗をかいているトレーボルに、さて次はと思考を巡らせる。あまり考えていられる時間はない。ロシーとローが危険なのだ。
考えている間に飛んでくる攻撃を避けたり反撃している最中、ふと、持ってきたものの中に海水があることを思い出した。
相手は能力者。私もだけど、かからないようにすれば問題ないかな? それに、かからなくても問題ない。
ポシェットの中からペットボトルに入った海水を取り出すと、蓋を開ける。あとはどうやってかけるかだ。ゆっくりかけられるほどの隙があるわけもない。
(……投げつけて斬ろう)
あわよくばトレーボルも斬れればいいな、なんて安直な考えで、成功とか失敗とか考えるより先に私は投げていた。
「…あ」
「べっへへ~!! 残念だった、んねー! バカめェ~!!」
バシャン、なんて音がしたけれど、海水は地面に広がっただけでトレーボルにはかからなかった。失敗。
トレーボルは私を嘲笑うかのように広がった海水を踏みつける。完全に効果を失った海水を両足で踏みつけては、私を煽ってきた。
「ーーーバカめ」
かかった。
私は即座に能力を発動して、トレーボルの足元の海水の時間を止める。
ピタリと止まった海水は、どれだけ暴れても離れないだろう。私の能力が途切れない限り。
「べへェ!!? う、動かねェ~!!!」
「…しってる? 粒子って」
今度は私が挑発するように下から覗き込む。
にや、と口角をあげると、私は丁寧に教えてあげることにした。
「例えば水の温度は、その粒子の動きの激しさによって変わるの。激しければ高温。大人しければ低温ってね。だから私は、水の粒子の動きを“止めた”んだ。そうすると、どうなるかわかる? 大人しければ大人しいほど低温なんだから、そうね…名付けてーー」
右手の人差し指をピンとたてる。
「“絶対零度”」