(……遅いねェ)
いつもなら来る時間なのに、とアオは壁時計を見上げた。
ザクロの実は今日は休業中だ。生憎の雷雨に、帰ってこない部下。
じわじわと過ぎていく時間に、どうしようもない不安が胸を満たしていた。
アオの不安はよく当たる。
18年前。
自分のところにやって来た少女は、傷だらけのボロボロだった。
誰も信用していない目に、汚い服。にしてはその布は上質であったこととなかなか高価な装飾品を持っていたことで、訳ありだと確信した。
名前を聞けばドンキホーテなんて名乗るものだからこれにはビックリ。下界に降りてくる天竜人なんて珍しいどころか初めて見た、といえば苦笑された。親がアホだったらしい。
人への対応だとかが一般人すぎて、最初は猫でも被っているのではと疑っていたのだが、時が過ぎるにつれその気持ちはなくなっていった。
彼女は普通の女の子だった。
『ーー弟を、捜しているんです。きっと寂しくて、泣いてると思うから』
それが口癖のように、毎日毎日働いては、お得意様を増やし七武海に翻弄され、楽あり苦ありの商売を18年自分と共にやってきたのだ。
よくがんばった、と毎日のように言ってやっても満足はしていないようだったし、弟をみつけてからも「これが私の生き甲斐なので」と働き続けた。
そんなうるさい毎日になれた今、彼女が休暇をとっていなくなってしまっているのは、どこか寂しいものがあった。
前までこの静けさは当たり前だったはずなのに、どうしてか、物足りない。
キセルが味気なく感じた。
「!」
プルプルプル、と電伝虫が鳴り響く。
その主はすぐにわかって、溜め息を吐いた。出たくない。
「……いつもどうも、お世話に」
『ーー聞かせろ。そこに何でも屋はいるか』
「…いや? 両替商しかいないよ。彼女、長期休暇とっているから…どうしてだい? 今まで聞いてきたことなんかなかったのに」
『…ならいい』
うちの“お得意様”だ。
私の苦手なひと。けれど今日はなんだか不機嫌で、まるで今日の天気みたい、なんて冗談じみたことを考えた。
「だいたいアタシと何でも屋は“フルネームすら知らない間柄”だって言ってるだろう? それとも何、信用できないって?」
『……いや、信用はしているがなァ。一応、だ』
「そう……何でも屋、便利だよ? そっちも使ってみたら?」
『……使わねェさ。第一、…もう使えなくなる』
「?」
ギィ、と下手くそな航海士でもいるのか、町の港に船を擦り付ける音がした。窓の外を見る。
わりと大きなーーアレは、ロレンソの船だ。ほっと息が出た。
『また用があれば連絡する』
「ええ、いつでも。ーーー“若様”」
受話器を置いて、肩の力が急に抜けた。
今の相手は、少し前からのお得意様だ。名前を「ドンキホーテ・ドフラミンゴ」といってーーーたぶん、ロレンソの家族。
けれど相手はここにロレンソがいる、ということを本人から聞いてか、なぜかここの両替商…つまり私を使うようになった。偶然両替商がほしかった、などと嘘を並べて。
その理由は定かではないけれど、きっと私を通じてロレンソを見張ろうという魂胆か。それとも単に両替商がほしかっただけか。その両方か。
このことはロレンソには言っていない。ドフラミンゴにも、私とロレンソはあくまで雇い主と部下、そういう関係であると伝えてあるから、たぶん私が彼をロレンソの弟と知っていることを相手は知らないだろう。
……しかし…。
『もう使えなくなる』
この言葉が気がかりだった。これはいったい…?
ーーーすると。
「だずげでぐれ!!!」
「!?」
すごい勢いで扉が開かれて、小さな…10と半ばくらいの子供が、顔から出るものを全て出して泣きついてきた。
驚いて立ち上がる。目の前の子供は驚くくらいボロボロで、昔のロレンソを思い出させた。ーーじゃなくて。
サイズが合っていなかった。なにもかもが。ずるずると引きずっている趣味の悪いハートのシャツに、ハートモチーフの帽子。
な、なんなんだろうか。男の子を抱き止めて、同じ目線にしゃがんだ。ゆっくり話を聞く。
「どうしたんだい? 一体…」
「あね”っ……! あね”う”えを、だずげで…っ!!」
「……姉上?」
「ッ…姉上が!! ドフラミンゴにっ、撃たれて…っ!!!」
ピキ、と私の中の何かが凍り付き、パズルのピースが埋まったようは錯覚に陥った。
ドフラミンゴに、撃たれた。姉上。…それは、つまり。
「ロレンソ……?」
「っん”、う”ん”…!!!」
外はひどい雨。しかも相手はドフラミンゴ。
優しすぎるあの子に何が起きたのか……想像に難くなかった。
「ッ、ロレンソ!!!」
私は雨の中、船へ向かって走り出した。