とりあえず走った。死ぬほど、といったらさすがに大袈裟だけど、走った。そうしているとここに来てからとっくに1年なんか過ぎていて。
走って走って、いろんなところに寝泊まりして、食べ物をあさってーー行き着いたのは前の家とは天と地の差。ゴミの山の横に建つおんぼろな家だった。
ドフィは虫がいる、家の臭いも吐き気がする、と騒いでいたが、私はそれを宥めて母上をベッドに連れていった。
咳が出ていたし、顔色も最悪だったから。
「母上…」
「けほ、っ…ごめんなさい、レン…」
「…いいの、母上。気にしないで」
これがあなたたちの夢の、本当の姿である。
哀しそうにも、絶望にも見える母上の感情は想像できるけど、それでも。
(あんなに他の人にも止められていたのに…)
こうなることは考えられたはずなのに。
親の考えなしに絶望する11歳ってなんかやだ…。
「…姉上」
「? ドフィ」
うつむき気味で私に力いっぱい抱きついてきたドフィは、少し落ち着いたようだ。
それでも瞳の奥の鋭い怒りを宿した瞳は変わってないけど。
「どうしたのドフィ? 大丈夫よ、姉上がいるから…あ、そうだロシーは? 父上は?」
「……姉上も、休むんだえ」
「え? なんで? 姉上は大丈夫だけど…」
「そんなわけないえ!!!」
突然の大声にびくりと体が揺れる。ど、どうしてそんなに怒ってるの?
「母上があんなに疲れていて、姉上が疲れていないわけがないえ! 姉上、ずっと…ずっと大変そうだえ!」
「…ドフィ……」
ドフィの言葉に、じわっと目頭が熱くなるのを感じた。ほんと、この弟は…。よく見てくれている。
けど、弟に大変そうと思わせてしまったのは、私の失敗だ。気遣わせてしまった。それがとても胸に刺さった。
「ありがとう、ドフィ。その気持ちが、すごく嬉しい。けど、姉上は本当に大丈夫よ。だからドフィ、ゆっくり休んで」
「…姉上は、いつも気持ちしか受け取らないえ」
「そうかな? じゃあどうしよう…一緒に休む?」
「…! うん!」
うん、わかってた。ドフィ、さみしいだけなんだよね。とたんに笑顔になったドフィに連れられて、ギシギシと軋む床を歩く。
ーー途中、どこかに電伝虫をかけている父上を見かけた。
ドフィはそれをただ黙ってじっと見つめると、また少し不機嫌になって廊下を歩き出す。……父上の背中が、やけに小さく見えた。
可哀想だ。ドフィとロシーが。
どうして、ドフィとロシーがこんなに重い現実を見なくちゃいけないんだろう?
せめてこの家に生まれていたのが、私だけであればよかったのに。
そうしたらこんな子供が、傷つくこともなかったろうに。
「ドフィ」
「……」
「大人になるまで、生き延びるのよ。そうしたら、自由になれるんだから。父上と母上について行かなくても、生きられるようになるんだから」
少し驚いたような顔をしたドフィだったが、なにかを噛み締めるような顔をしたあと、静かに頷いた。
ドフィが私の言葉に一度で素直に頷いてくれるのは初めてでちょっと驚いたけど、嬉しかった。
そう、あなたたちには自由になる権利がある。空を駆ける力がある。
だから生き延びて。どうか、生きて。
私の命を足蹴にしたって、構わないから。