日課のランニングを終え、黒鉄一輝が学生寮の自室に戻ると、そこには半裸の美少女がいた。
(……え?)
燃え盛る炎を体現したかのようなウェーブがかった紅蓮の髪。
日本人離れした美しい顔立ちの中央で、突然の侵入者に驚愕する
黒のレース地に包まれた起伏の大きい肢体は淡く白く、さながら新雪のよう。
綺麗だ。一輝はそれ以外に少女の容姿を表す言葉が見つからなかった。
少女の美しさはさながら絵画に描かれた女神のように神々しくすらあり、ただ目を奪われる。
しかし、しかしだ――何故、そんな少女が自分の部屋にいる!?
(え、なに!?僕は部屋を間違えたの?)
そう考えるも、第一学生寮405号室。六畳一間
「あ―――」
少女の口から小さく声が漏れる。
続いて聞こえるのは少女の肺が空気を吸い込む音。
不味い。今叫ばれたら、問答無用で男の方が悪者になる。弁解できなくとも、叫ばれないように―
「待ってくれッ!」
「待ちなさいッ!」
「…………え?」
出てきた言葉は、同時に、互いを静止させるためのものだった。
__________
端的に言おう。忘れてた。いや、言い訳させてもらえるのなら、いくらでもしたい。またこの学園に通えることの期待。もしかしたら僕と入れ替わりでステラが黒鉄一輝かもしれないという期待とそうでないかもしれない不安。そして、それを上回って余りあるこの世界で黒鉄一輝と出会う緊張。これらが日本に到着してからもずっと頭の中にあったのだ。
また、前世の記憶も今回のことに基因する。だってステラとは一年も過ごさなかったとはいえ、その期間はとても濃密としていて、最初の頃のステラの様子はすぐに思い出せないもの。そして、ステラ・ヴァーミリオンとして生まれ15年がたった今、最初の出会いなど美化したり抜け落ちたり前後したり美化したり美化したりしても仕方ないじゃないかッ!
いや、うん。落ち着こう。思わず「あ―――」と漏れてしまったけど、この後たしか前世で僕は「待ってくれッ!君の言いたいことはわかる」とか何とか言って服脱ぐんだよな?なら、黒鉄一輝が一輝であるかステラであるか確認するために前世に沿う?
いや、やめておこう。どうせこの後に模擬戦をするように仕向けるんだ。なら、その時にわかる。今は互いに落ち着いて―――ってあぁっ!一輝が僕を静止しようとしてる!
「待ってくれッ!」
「待ちなさいッ!」
「…………え?」
よ、よし、何とか止められた。とりあえず服を着よう。で、話し合おう。試合するために。
「その…事故なのは分かる、から!ふ、服を着るから、後ろを向いててもらっていいかしら!?」
「わ、分かりました!」
なんとなく、試合をせずとも分かった。この一輝はステラじゃない。前世で僕が愛したステラではない。それは、僕が黒鉄一輝だったからこそ分かってしまう。
この、目の前で『私』から背を向ける人は、紛れもなく
でも、なんだろう。僕がステラになってしまったからか。そこまで大きなショックでは無かった。むしろ、あぁ、やっぱりか。なら、仕方ないかな。という程度のもの。その程度の小さな諦念であり、それ以上に『この世界の黒鉄一輝』に興味を示している所が、
「もう、良いわよ」
制服に着替え終わり、一輝に声をかける。
あ、見惚れてる…というか、下着姿を思い出してるね。僕自身、『私』がこの制服を着てるの、かなりの破壊力を感じるし。
「さっきの姿を思い出したら、なます切りか子孫を残せなくするわ」
「ごめんなさい!」
「良い?私これでも羞恥心はあるし、下着姿なんてパパにも見せたことが無いの。言うなれば、あなたに汚されたと言っても過言じゃないわけで…」
今はまだ一輝はテンパっていて私が誰かまで頭が働いていない。正直に言えば、前世の記憶をなぞっているだけで、一輝に対してそれほど怒りは無い。というか、
「……ごめん。見てしまったものを見てないなんて言い訳はしないし、僕なりの誠意を示したい」
うん。やっぱりこの人は黒鉄一輝だ。今までの動きや心臓の拍動から感じられる緊張、言葉に込められる感情が、前世の僕と完全に一致する。僕の《
なら―――
「次にあなたは『だから僕も脱ぐからおあいこってことにしよう!』というわ」
「だから僕も脱ぐからおあいこってことにしよう!……ハッ!?」
少しネタ混じりにからかわせてもらおう。《完全掌握》の無駄遣いみたいだけど。
《完全掌握》は父を親日家にするためにかなり使ったから、練度も上がったんだよね…。言葉や感情だけじゃなく発汗や緊張といった身体反応も情報に取り入れられるようになったら、掌握の難易度も下がったし使えるようになるまでの時間も短縮できた。
「ふ…ふふふっ!本当に言うとは思わなかったわ。ぬ、脱ぐのが誠意って…あはははっ!変態として理事長先生に付き出そうかしら?」
「そんな楽しそうに笑われても…」
「ふふっ…ま、良いわ。私自身、それほど怒ってるわけじゃないし。努力して磨き上げた身体は自慢ですらあるわ。周りの人は『はしたない』って言うけどね。言っておくけど、露出狂じゃないわよ?羞恥心はあるわ」
これは事実だ。前世と同等のトレーニングを欠かしたことは無いし、ステラとして恥ずかしくないよう美容や健康、プロポーションにも気を使ってきた。マジマジと見られるのは勘弁だが、この身体は僕の自慢である。
「怒ってないとしても、君を不快にしてしまったことは事実だから。本当にごめん」
さすが、素直に頭を下げたか。
「あなた、名前は?」
「……黒鉄一輝」
「なら一輝。謝罪は受け取るわ。パパにも見せたことが無い自慢の身体を舐めるように、いやらしい目で見たことは、私、ステラ・ヴァーミリオンは許します」
「なんだろう。許してもらったはずなのに、言葉の端々に怒りとか悪意とかを感じる……って、え……ステラ・ヴァーミリオン…さん?」
顔を上げて心底驚いた表情を見せてくれる一輝。うん、表情筋が愉快な形で硬直してる。
あと一輝、気付いているかな?あくまで許すのは『私』個人ということに。父が出張ってきても、何もする気がないと言う事に。
「他にも
「悪戯心が半分を占めてるッ!?しかも殺意まであるの!?」
「パパにも見せたことないのよ?誠意を見せてもらわないと」
「うっ…分かった。ステラさんの気が済むまで、煮るなり焼くなり好きにしてくれ」
う〜ん、懐かしい。一輝、心底申し訳なさそうな表情を浮かべてるけど、前世の僕もこうだったんだろうなぁ。で、ステラはかわいい笑顔でハラキリ宣告したんだよね…。今思うとこの頃のステラ、ツンデレっぽいけどツンしかないよね。ツンと言うかもはやグサッか。いや、付き合いだしたらデレしか無くなる辺り、両極端だったけどさ。
文字通り煮るなり焼くなりできるけど、それじゃあ一輝じゃ死んじゃうからなぁ。試合をするためにも、新宮寺理事長の所に行くのが懸命かな。
「………なら、一つ聞かせなさい」
「なに?」
「どうして、あなたが私の部屋に来たのかしら?私は理事長先生からここの鍵を受け取ったのよ。相部屋が男なんて聞いてないわ」
「え、えぇ…理事長先生、何考えてるんだ…」
「知らないわよ」
知ってるよ。お互い余り物だったから。とか言いつつあの人、前世でも僕とステラで互いに刺激しあって欲しかったのだろう。
「デスヨネー」
「だ か ら。
「……何だろう、ステラさんの『聞く』が、もっと恐ろしい何かに聞こえた気がする」
さすが
「煮るのも焼くのも全部の理由が分かってからにするわ。原因が分からないまま理不尽に力は振るいたくないもの」
「ありがとう、ステラさん。その調子で文字通り煮るなり焼くなりはやめてほし―」
「さ、一輝には煮られるのと焼かれるの、嫌な方を選ばせてあげるから、早く行きましょう」
「嫌な方なのッ!?」
スタスタと先を歩く僕を、一輝が苦笑混じりに追いかけてくる。こういう所は変わらない。ステラが一輝を引っ張って行動する。戦いになれば一輝も積極的だけど、他はステラの方が積極的だった。少しは、ステラみたいになれているだろうか。
「そうだ一輝」
「どうしたのステラさん?」
「私が汚されたと知ったら、パパ親日家やめて反日デモの先頭に立つわよ」
「え………」
「国際問題になって欲しくなかったら、男を見せてよね?一輝」
一輝の表情筋が変な形で硬直した。
ステラ(一輝)ちゃん、前世のステラちゃんっぽく演技する。けど上手く言ってるかはご愛嬌。のちに《完全掌握》でバレるんじゃないかとヒヤヒヤもんだぜ。
模擬戦をどうしたもんかと早くも煮詰まってるが、需要がないから悩む必要ないな!
つづけ。