お嬢様は欲しがりやさん   作:ベリーナイスメル/靴下香

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お嬢様は出会う

 ――勿体無い。

 

 少女の眼前に広がる光景。

 そこで一つ、また一つ血の華が咲き誇る。

 

 血華一つの値段は千リビ。一般人が普通に一週間生活出来る価値。少女にとってはあって無いような価値ではあるが、こうも簡単に失うには惜しいと言える程度。

 

 簡単に。そう、至極簡単にその価値が散ってゆく様を眺める少女は自身の失敗を嘆いた。

 

「だから時間がかかっても信頼できる傭兵を探すべきだと言いましたのに……」

 

 迫りくる脅威から目を逸らし、傍らで父親だったモノへと自業自得だと責めるような、少なくとも肉親へと向けてはいけないだろう視線を投げかける。

 

 ただ少しの手間を惜しんだ結果、魔獣の襲撃にまともな抵抗をする間もなく終わる事になるだろう。少女は巻き添えも良い所だと何かを呪う。

 これだから怠惰だというのだ、属性に殺されてしまう等滑稽もいい所。

 

「少しは(わたくし)を見習って頂きたいものですわ」

 

 ようやくできた小さな反逆。

 

 自身の欲を一つ満たすことが出来た少女の口元が緩む。

 とは言え満たされる感触に浸っている場合でもなく。

 

「困りましたわね」

 

 気付けば命の花弁を散らしていない存在は自分ひとり。

 幾らかの魔獣は倒せたのだろう、倒れている魔獣もいる。

 

 残り四体。

 

 狼を一回り、二回り大きくしたような漆黒の体躯を持つ魔獣。

 人を襲い、命を奪うという本能へと従順に垂涎している魔物。

 

 そのどれもが自分へとその本能を満たすために向かって来るだろう。

 

 反撃は? ――無理。

 生き残る術は? ――ある筈もなく。

 

 すなわち。

 

「ここが、私欲の最果……ですか」

 

 腰に飾っていたショートソードの柄から手を放し、瞑目。

 

 思えば下らない人生だったと呟く。

 

 属性の奴隷(アトリビュート・スレイヴ)

 

 少女の十四年間はその言葉通りの日々だった。

 

 強欲と飢餓。

 

 それが与えられた属性。

 協会の洗礼によって知ってから、少女は常に何かを欲していた。

 服が欲しい、宝石が欲しい、ペットが欲しい。

 それらは全て与えられた。怠惰という属性を持ちながらも富の属性を持ち、一代で巨万の富を築き上げた者を父親として持てたが故に。

 

 しかしそのどれにも満たされなかった。

 

 どれだけ素晴らしい服を買い与えられても、どれだけ美しい宝石を捧げられても。

 無垢に自分へと愛情を向けるペットと時を過ごしても。

 

 一匹の魔獣が大きく飛ぶ。

 

「……いや、ですわ」

 

 本当に欲しいものが何なのか、それはわからない。

 自分を完全に満たすものが何なのか、それもわからない。

 

 飛んだ魔獣が前足を伸ばす。

 

「死にたくない……っ」

 

 それでも今は生に飢え、欲した。

 

 何処までも属性の奴隷であるが故に。

 

 あるいは。

 

「――え?」

 

 自分を果なき欲望の渦から救ってくれる誰かを求めているが故に。

 

「……じゃま、です」

 

 奪命の爪が少女に触れようとした時、その持ち主は呆気ないほど簡単に絶命した。

 

 扱うには誰もが無理と答えるだろう小さな体躯で、ロングソードを悠々と構えた少年の手によって。

 

 

 

 戦闘とよべるモノではないと少女は感じた。

 

 作業。

 

 まさにその言葉がぴったりの光景。

 

 唸り声を上げて飛びかかる魔獣に対して気炎を上げる訳でもなく、ただ淡々とその命を効率よく奪っていく。

 

 四体いた魔獣は既に残り一体。

 

 それでも果敢と言うべきか、それとも本能の奴隷であるが故と言うべきか。

 

「あっ!!」

 

 何かに従い魔獣は飛び、少女の声が通ると同時に牙を少年の腕に突き立てた。

 

「……」

 

 それでも少年は眉一つ動かさない。

 それどころか。

 

「――」

 

 噛みつかれたままの腕を地面に思いっきり振り下ろす。

 地へ叩きつけられ声なき声を上げる魔獣は、断末魔すら上げること無く、ロングソードを振り下ろされその姿を骸に変えた。

 

「すご、い」

 

 思わず少女の口から零れたのはそんな言葉……否、そうとしか言えない。それ以外に言うべき言葉が思いつかなかった。

 

 圧倒的な強さ、等とは言えない。

 事実、圧倒的と言うにはあまりにも少年の負傷は多かった。

 

 最後に噛みつかれた腕はもちろん。魔獣の爪に、牙によって少年の身体、あらゆる部位に大小の傷がある。

 

 それでもすごいと感じた理由。

 

 それは命を奪い、奪われる事に慣れすぎたその姿に対して。

 戦うことに慣れていると言ってもいい、相手の何かに対して自分の何かを賭す事に慣れていると言ってもいい。

 それくらいに動じず、当たり前かのように命のやり取りが繰り広げられた事に対してすごいと感じたのだ。

 

「……?」

 

 そんな呟きが聞こえたのか、少年は少女に不思議そうな視線を向けた。

 

 その目が言っている。

 

 居たの? と。

 

「――っ!」

 

 受けた少女は顔に熱を滾らせた。

 不躾とも言える視線を送られた事にではない、ただ先程まで繰り広げられていた光景に目を、心を奪われていたという事実に恥じ入る。

 

「危ない所を救って頂き……感謝致しますわ」

 

 羞恥の色を隠すために少女は普段躾けられ培った上流階級(トップ)としての振る舞いをもとに礼を言う。

 

 白い長袖のシャツに重ねられた紅のワンピーススカートの端を両手で持ち、優雅に頭を垂れれば少女の持つ美しい肩まで広がる金色の髪が垂れる。

 それは既に黒くなった血が染み込み、骸転がる大地にそぐわぬ光景、完璧な礼節。

 

 そんな礼に対して少年は。

 

「って何をやっていますの!?」

 

「……?」

 

 完璧な無視(スルー)で応えた。

 

 反応がない事に耐えきれなくなり顔を上げた少女が見たものは、絶命した魔獣の皮を削いでいる少年。

 自身の負傷を厭うこと無く熱心に獣の解体作業に勤しんでいる。

 

 そんな光景を信じられず少女は先程までの礼節をかなぐり捨て、大股で少年に近づき腕を取った。

 

「……えっと、痛い、です」

 

「当たり前ですわっ!」

 

 取った腕は未だドクドクと熱を持った血液が滴っている。

 魔獣の牙によって穿たれた部分はそれなりに深いはずで、致命傷には至らずとも大怪我と言って当たり前だろう。

 

「こんな大怪我……! 放っておいたら腕が使い物にならなくなりましてよ!?」

 

「あの、その、はい。そのうち治る、です」

 

「治るものですかっ!」

 

 何故か感じる怒り。

 理由がわからないままその衝動に身を任せ、少女はスカートを大胆に破りさり、切れ端で止血を試みようとするが。

 

「えっ!?」

 

 だから言ってるのに。

 そんな風に言われた気がした。

 

 見れば先程まで空いていた大きな穴は塞がりつつある。

 

「もしかして……再生の属性を?」

 

「ゾクセイ? それ、なに? です」

 

 首を傾げる少年の姿に理解が走る。

 

 改めて見ればボロボロの衣類、拙い話し方、属性を知らないと言う事実。

 

「あなた……最下層(ボトム)でしたか」

 

「ぼとむ?」

 

 少女のような裕福層の人間とは真逆の生まれ、それが最下層。

 捨て子であったり、スラム生まれだったり。

 少女の住む都に居る最下層の人間達は劣悪な環境から逃れる先を野に求めた、この少年もまたその一人なのだろう。

 

「えっと、皮、集める、です」

 

「あっ……」

 

 握られていた手を解き、少年は再び魔獣の解体作業に戻る。

 魔獣四体。それを倒した証を都へ持っていけば四百リビ程の金になる。

 その額は少女からすれば端金もいい所ではあるが、どうしてかそう思えない。

 

 それは何故か。

 

 解体作業に勤しむ少年を眺めながら少女は考える。

 

 先程まで感じていた死の気配。

 それを思い出し、今更身体が震えた。

 

 自分の最果を感じた、終焉も感じた。

 ここが私欲の終わりでもう何も望めないし手に入れられない。

 自分が満たされることのないまま無為に命を散らす。

 

 嫌だと思った。

 嫌だと気付いたとき救われた。

 

 すなわち。

 

「私は、生を与えられた」

 

 あの時確かに諦めた、欲することを止めた命。

 それをまだ望んでいいのだ、私欲を満たす何かを。

 これからもまた飢えと戦えと定められたのだ。

 

 それを理解した時。

 

「あなたっ!」

 

「……?」

 

 少年を呼ぶ。

 

 この自分よりも小さな少年はもしかしたら私を満たしてくれるかも知れない。

 

 律儀に解体作業を中断し、とことこと歩み寄ってくる少年。

 

「名前は?」

 

「えと、アイン、です」

 

 聞かれるがままに、機械的に答えるアインと名乗った少年。

 

「私は、欲しいと思ったら手に入れるのです。それは物でも人でも関係ありませんわ」

 

「……?」

 

 言葉の意味を理解できず首を傾げるアイン。

 何故かその姿に笑みが溢れる。

 

「私の名はメリア。メリア・ロゼット……アイン? あなたの主となる者です」

 

「……あるじ?」

 

 アインの頭に浮かべられるクエスチョンマークが目に見える。

 

 そしてそれを不敵な笑みで迎えたメリア。

 

「そうですアイン。私は……あなたが欲しい」

 

 笑みのまま、静かにアインの人生を欲したメリア。

 

 その宣告と共に、メリアは確かに耳にした。

 

 ようやく、飢え欲してばかりだった人生の歯車が鈍く回り始めた音と。

 

「いや、です」

 

 これ以上ないくらい明確な拒否の声を。 

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