お嬢様は欲しがりやさん   作:ベリーナイスメル/靴下香

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お嬢様は語る

「一万リビ!」

 

「いや、です」

 

「三万リビ!」

 

「いや、です」

 

「では……持っていきなさいな! 十万リビ!」

 

「いや、です」

 

 お断りの言葉を認められず釣り上がっていく値段はアインの買値。

 

 口から出続ける額に対して一向に首を縦に振らない様子へと苛立ちを募りながらも、メリアは驚きの感情を隠せないでいた。

 

「じゃあ私を差し上げましょう! 私の夫となりなさいっ! そうすればあなたも上流階級の人間ですわっ!」

 

「いりま、せん」

 

 そこでようやくメリアの攻勢は止まった。隠せない驚きを開口したままの顔で表現した。

 

 勢いで誤魔化しながら内心意を決してと言ってもいい程の大胆な婿取り宣言を軽く一蹴されたことに驚いたわけではなく。

 

 ようやく静かになったと安堵するアインの姿も、上流階級への誘いを拒否することもメリアは信じられない。

 中流階級(ミドル)に位置する人間ももちろんではあるが、最下層。

 

 そう、どう見てもアインは最下層の人間だ。

 メリアの、メリアの父親が振りまく富へと群がる卑しき塵芥。それがメリアの認識。

 

 何かをすれば上流階級の人間が囲う、または同等の立場を保証する。

 そんな文面が飛べばそれこそ、殺しでもなんでも狂ったようにあらゆる手段を用いて達成を目指すだろう最下層の人間。

 

 何処かの誰かが昏い愉悦を感じたいがために出した、そんなお触れに群がり命を落としていった光景。

 メリアとてそんな光景は腐るほど見て鼻をつまんだ覚えがある。

 そしてそういうものだと深く理解もしている。

 

 故に。

 

 そのどれを提示しても頷かないアインを信じられないものを見る目で穿ってしまう。

 

「……何故、ですか?」

 

「……?」

 

 思わず出た疑問の言葉。そして問いに首を傾げるアイン。

 

「ならばあなたはどうすれば私のモノになるのですかっ!? 金でも地位も要らないというのなら、あなたは何を欲しているのです!」

 

 疑問は怒りへ。

 手に入らない物は無かった、欲すれば用意された。

 理解できないモノも無かった、理解できないモノはそういうモノとして切り捨てた。

 

 だが、アインは違った。

 

 欲しているのに手に入らない、手の内に収まろうとしない。

 理解できないのに切り捨てられない、どころか何故と問いかけてしまう。

 

 それが、酷くメリアの何かを揺さぶり怒りへと変える。

 

 そしてその答えは傾げられた首が元に戻ると共に述べられた。

 

「……いらないから、です」

 

「んなっ……!?」

 

 再びの絶句。

 

 いとも簡単に出てきた答えはメリアの想像すらもしていなかったことで。

 手に入った後に要らないと言ったことは幾度となくあった。だが、手に入る前に要らないと言ったことは無かった。

 

 あまりに違う価値観とも言える何か。

 先程までマグマのように湧いていた怒りは分厚いアインのセリフという氷柱によって沈められた。

 

「……ならば、一つ仕事を依頼してもよろしいでしょうか?」

 

「しごと、です?」

 

 氷柱はあまりに大きく、メリアの思考を冷たく回転させる。

 

 回転させ思い浮かんだそれが、仕事としての契約。

 

「ご覧の通り馬車は倒壊、護衛の一人もいない状態です。私が都へと戻るまでの道中、護衛を依頼したいのです」

 

「おうけ、します」

 

 あっさりと。

 先程までの拒絶は何処にいったのか、至極あっさりと首を縦に振るアイン。

 

 あまりの変わり振りに再度口を塞げなくなりそうなメリアだったが。

 

「で、では、ロギスまで……そうですわね、三千リビで如何でしょう?」

 

「そんなに? はい、うれしい、です。まかせて、ください」

 

 心なしかメリアを安心させるような笑顔で小さな胸を張るアイン。

 

 交渉成立。

 

 ここは王都ミトロティスからの帰路、馬車で二日走った所。残る距離は徒歩ならば丸一日といったところか。

 流石に丸一日歩けるほどの体力は無いメリア、多く見積もっても三日程の時間になるだろう。

 

 一日千リビ。

 

 極めて普通の値段だと考えて提示した額をそんなにと言った。

 

 ――その間にアインを手に入れる算段をつけましょう。

 

 動く手は父親だったモノの死を示す品はないかと遺体を漁りながら、そんな事を考えた。

 

 

 

 三流喜劇を語るべきだろう。

 

 メリアはそう思う。

 

 今も夜の帳が伸びつつある街道を警戒しながら歩き、危険から自分を守る可愛らしいナイトへと。

 

 同情を売る?

 笑いを買う?

 

 アインを買う?

 

 つい先程考えた算段とは全く違うところから生まれた思考。

 

 それがメリアの生い立ちを語ること。

 

「五人のおかあさん、です?」

 

「いいえ違いますアイン。自称母親候補の道具です」

 

 娘として父親を語るとすれば属性の奴隷を絵に描いた人間とだけ。

 彼は極めて怠惰だった。それは女性関係にしてもそう。

 

 彼に寄ってくる女性のうち一人から産み落とされた女の子、それがメリア。

 

「私を産んだ女の方は同時に亡くなられましたわ。産んだ方を親と呼ぶのでしたら私に母親はいません」

 

 その代わりにメリアの親になろうとしたのが、いつの間にか屋敷に住んでいた五人の女。

 

「感謝している……という気持ちは嘘では無いでしょう。私がこうして今も生きている、育っているのは彼女たちの力が大きいでしょうから」

 

 彼女たちは献身的にメリアの育児を行った。その光景はまさに母親と愛娘とタイトルをつけていい程美しい絵画を連想させるほどに。

 

「ですが、誰も私を見ていませんでした」

 

 しかしその献身、母性はメリアに向かってはいなかった。

 全ては豊かな富を持つ父親の隣に立つため。絶好の引き立て役としてであり、メリアを通して全ての感情が父親へと向けられていた。

 

 私はこんなにも子を愛することが出来る。

 私はこんなにも家庭的な人間だ。

 

 私はこんなにもあなたを愛している。

 

「お父様も……流石にうんざりされたのか、関係を持つことを控えたようですわね。そうして背けた顔を自分へと向けさせるために私はより一層愛されましたわ」

 

 何か欲しいものは無い? なんでも買ってあげる、大丈夫私はあなたを愛しているのですから。

 

 そう言って欲しがるメリアの欲を満たそうとすることへと傾倒した。

 

 そうすれば父親を手に入れられる、すなわち富を得ることが出来ると。

 

「だから言ったのです。私が本当に欲しいものを用意出来た方を母と認める、と」

 

「だから、どうぐ?」

 

 無垢な瞳をメリアに向けながら話の結末を答えたアイン。

 思わず目を丸くしたのは一瞬。

 

「ふふ、あなたは利発なのですね」

 

 アインの頭を撫でようとしてみればさっと身を引かれてしまうが、それでも愉快な気持ちは萎えること無く。

 

 二番煎じもいい所なのだ。

 

 正室争いなんて王城で起こっているだろう、醜く勝手に繰り広げられていればいい。

 それをどうして身近で見なければならないのか。

 

 自分の目の前では優しそうな表情を崩さず、目の届かない所で陰湿な争いが繰り広げられる。

 

 そうしてメリアに運ばれる欲するモノ。

 しかし飢餓故決して満たされず、彼女たちは認められもしない。

 

 永遠と繰り返されるご機嫌取り。

 

 まさに三流。

 笑いどころのない喜劇。

 

「……つらい、です?」

 

「辛い? ……まさか。観客一人も呼べないだろうこの喜劇ですが、それでも私は台本を書いた人間であり指揮する者。責任を持って楽しく利用させてもらっていますわ」

 

 あえて言うのならば。

 メリアは結末無きシナリオに右往左往している母親候補達の姿を見る。

 それが彼女たちに求めたメリアの本当に欲しいものだろう。

 

「汚いと思いますか? 酷いと思いますか?」

 

 自覚はある。

 性根が腐っていると、欲を満たすために手段を選ばない下衆であると。

 

「わかりま、せん」

 

「……そう、ですか」

 

 今までにこの話をした相手は一人。

 その一人と同じ答えが返ってきた。

 

 もしかしたら違う答えを貰えるかも知れない。

 

 そんな欲は満たされないと思った時。

 

「だけど。うらやま、しい。です」

 

「……羨ましい?」

 

 ポツリと零れたアインの言葉。

 

 それは、いまだかつて聞いたことの無い物で。

 

「はい。おかあさん、いっぱい。羨ましい、です」

 

「――」

 

 二の句が継げない。

 

 いや、どう言葉を紡げばいいかわからなかった。

 

 卑しいものを見る目でも、理解できないモノを見る目でもなく。

 

 羨ましい。

 

 ただ無垢に妬まれたことなど、無かったのだから。

 

「ふふ……ふふふ」

 

「……?」

 

 代わりに口から出たのは笑い声。

 

 意味ある言葉は出ない、だが、心が笑えと叫んだ。

 

 そしてその欲求に従った。

 

「えと、その、だいじょうぶ、です?」

 

「あははは……! ええ、ええ! 大丈夫ですわ!」

 

 心配そうに背中を擦られる。

 その手から伝わる温もりが無性に心地よいと感じられた。

 

 未だにひくつくお腹を抱え、どうにか笑いを鎮めようと注力するがそれも叶わず。

 

 ――あぁ、この子が、ホシイ。

 

 その思いだけが頭を埋め尽くした。

 

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