夢見る世界、尚うつつ。   作:れな

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1話 日菜ごっこ

 紗夜姉さんと日菜姉さんは、仲があまりよくなかった。

 

 その原因は日菜姉さん。

 別に日菜姉さん自身が何かをしたわけではないが、紗夜姉さんは日菜姉さんに強い劣等感を抱いていた。

 なんでもすぐに出来る日菜姉さんに嫉妬して、自分にしか出来ないことを探していた。

 

 日菜姉さんは、紗夜姉さんのことが本当に好きだった。

 紗夜姉さんは構って欲しくないのに、日菜姉さんは無遠慮に紗夜姉さんに近づいた。

 それはただ好きだという気持ちだったが、返って紗夜姉さんの不満を高めるだけだった。

 

 二人の仲にはきっと、もっと多くの因縁があるのかもしれない。

 たかが二人の弟でしかない俺には、この程度のことしか知らない。そしてそれすら、正しいのかもわからない。

 

 そうだ。わからないんだよ。

 姉さん達が、どれだけお互いを想っていたのかなんて、俺には理解しようがない。

 

 けれどある日のこと。

 気がつけば、二人はお互いを理解しあっていた。俺の知らないところで、姉さん達は仲直りが出来ていた。

 二人とも、俺にはそんな素振りを見せてくれなかったのに。

 

 

 複雑な感情が湧き上がっていたが、それでも俺は嬉しかった。

 ようやく、日菜姉さんの願いが叶ったのだ。ずっと日菜姉さんの話を聞いていた俺としては、しっかりと嬉しかったのだ。

 

 

 あの日がきたのは、ちょうどその頃。

 紗夜姉さんはまだ少しぎこちなかったが、着実に日菜姉さんとの関係を変えていった。もうすっかり、以前のような黒い感情を見ることはなくなった。

 きっとこれから、もっと良くなっていく。暗かった俺たち家族にも、自然と笑顔が増えてくるだろう。

 

 そんな時にだった。最悪のタイミングだった。

 

 

 日菜姉さんが、いなくなった。

 

 時間が止まった。

 紗夜姉さんも、俺も。停止した時間の中で、自分の世界に閉じこもったのだ。そうすることで、自分を守ろうとした。

 

 

 それでも、限界はいずれやってくる。

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 ──朝だ。

 ベッドの上で目が覚めると、反射的にそう思う。

 まあ、実際に朝かなのかどうか、この部屋にいる限りは正解なんて出ないのだが。

 

「……夢なのかな」

 

 昨日の夜、世界が変わった。

 開けられないはずの扉が開き、封印していた世界が広がった。

 そこで見たのは、閉められていないカーテンと、間違うはずのない姉さんの姿。

 

 姉さん──日菜姉さんのことだ。

 

 いなくなった日菜姉さんが、あの部屋にいた。しっかりと、形を持ってそこにいたのだ。

 

 

 形。あくまで、形は日菜姉さんだった。

 

「……紗夜姉さん」

 

 そう決めてしまっていいのだろう。あの声は間違いなく、紗夜姉さんの声だ。それがどういうことか。

 

 紗夜姉さんの声になって、日菜姉さんが帰ってきた。

 そう思うのが、俺にとって一番都合がいい。どんな声であれ、日菜姉さんが帰ってきてくれたのならそれで満足だ。だけど。

 

 きっと、紗夜姉さんだ。いや、絶対にそうだ。

 紗夜姉さんが日菜姉さんの真似事をしているのだ。髪を切って、それらしい口調にして、日菜姉さんになろうとしといるんだ。

 

 だから、そう。あれは。

 

 

 ──あれは、()()()だ。

 

 

「あれ? 姉さん?」

 

 自分の出した結論に、若干の違和感を抱く。いったい、どうしたんだろうか。

 

「……」

 

 ベッドに横になったまま、扉の方を見つめる。

 相変わらず、俺の世界は閉じられたままだ。誰も俺の部屋に入ろうとはしない。

 

 

「……ん?」

 

 

 そう思っていたところ。

 扉の奥……つまり廊下が、なんだか騒がしかった。走るような足音が聞こえたのだ。

 それは今のこの家では聞くことのできない音。家族全員が静かに生きてるこの家には似合わない音。

 だけど以前は、こんな足音がよく聞こえたような──。

 

 

 そんな風に考えてると、足音が扉の前で止まった。そして次の瞬間、部屋の扉が開かれる。

 

「おはよっ、夕理!」

「なっ──」

 

 それと同時に、姉さんが入ってきた。それは俺のよく知る姉さんで、俺の知る姉さんとはまるで違う人だった。

 

「……姉さん」

 

 俺はどちらとも呼べなかった。紗夜姉さんとも、日菜姉さんとも呼べなかった。彼女を、曖昧に『姉さん』と呼ぶことしかできなかった。

 

「どうしたの、夕理。ぼーっとしてさ」

「いや……」

 

 その口調は、やっぱり日菜姉さんだ。けれどどうしても、納得しきれない。

 

「姉さんこそ、どうしたの。今まで俺の部屋に来ることなんてなかったじゃないか」

 

 それは当然、日菜姉さんのことではない。俺を避けてきた、紗夜姉さんのことだ。だってこの人は、紗夜姉さんなんだから。

 

「そーだっけ? いつも来てるじゃん、あたし」

「……そっか」

 

 それでも、この人は日菜姉さんでいたいらしい。

 本当は違うが、この人の中で、今の自分は日菜姉さんなんだろう。だったら、日菜姉さんだ。そう決定される。

 

「それより、早く起きて学園に行かないと。遅刻しちゃうよ?」

 

 そう言われて、姉さんの服装を見やる。それはある学園の制服。姉さんが着るべきではない制服で、姉さんが着るべき制服。

 

「ああ、そうか」

 

 だったらこの人は、本来通っている学園ではなく、氷川日菜の通う学園に行くのが当たり前なのか。

 

「……姉さん、今日は一緒にサボろうか」

 

 ならば、今の彼女を学園に連れて行くわけにはいかない。

 この人が氷川日菜を貫くというのなら、もうそれで構わない。けれど、今の彼女を外に出すわけにはいかない。そうすれば、彼女は氷川日菜ではなくなってしまう。

 

「どうして?」

「今日は、そういう気分なんだよ」

 

 仮に外に連れて行くとしても、事前に根回しが必要だ。

 混乱を招かないように、この人の世界を守るために、みんなで嘘を共有しなければならない。

 

「ほら、だから……その制服を着替えなよ。学園に行かないのに、制服を着たって仕方ないだろ」

 

 とりあえず今は、その制服を脱いで欲しかった。その制服は、姉さんには似合わないから。

 

「あたし、まだサボるなんて言ってないよ」

「いいじゃんか。俺が頼んでるんだから」

 

 不満そうな姉さんに、そんな言葉を投げてみる。

 

「んー……仕方ないなー。今日は夕理に付き合ってあげるよ」

「……ありがとう、姉さん」

 

 やはり、そこは日菜姉さんだった。

 日菜姉さんはいつも、俺の頼みは断らない。なんだかんだいって、最後は俺に合わせてくれる。

 

 きっと、俺が観ようとしなければ、この人は氷川日菜なんだろう。

 

「それで、サボって何するの?」

「別に。家でゆっくりする」

「ええー? それじゃつまんないよー」

「姉さんは普段からずっと家にいないんだから、たまにはゆっくりしようよ」

 

 辛かったのだろうか。限界だったのだろうか。

 あの日から、紗夜姉さんと話したことはなかった。だから、姉さんがどんな気持ちだったかなんてわからない。

 

「ほら、俺顔洗ってくるから。その間に着替えなよ」

「んー、夕理の服着ていーい?」

「なんでだよ……別にいいけどさ」

 

 わからないけど、こんな真似事をするくらいには酷かったのだろう。

 だったら、付き合ってあげよう。紗夜姉さんが満足するまで、この日菜ごっこに付き合ってあげよう。それが、今まで紗夜姉さんを観ようとしなかった俺の責任だ。

 

「ねえ夕理。明日は学園に行こうね」

「ああ、そうだね……()()()

 

 

 ──あれ? また、違和感が。

 

 この人は、日菜姉さんだ。本当は違うけど、この人がそうであろうとしているのだから日菜姉さんなのだ。俺は、それに付き合うと決めた。なのに。

 

 彼女を『日菜姉さん』とは、呼べなかった。

 

 




わからない。

☆10 天城修慧様
高評価ありがとうございます。
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