人形指揮官   作:セレンディ

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戦果

 状況終了。とりあえずドローンには鉄血人形の反応はない。

 

 続けて鉄血人形の残骸を集めて、呼んだカーゴトレーラーにポイポイ放り込んで持ち帰る準備をする。

 ……周囲の人形たちの視線は若干暗い。さもありなん、なにせこいつら、生体部品を、I.O.P製人形より使用割合が低いとはいえ含んでいるので、部位によってはまんま人間の残骸に見えなくもない。が、その生体部品を剥がしてしまえば、残るは金属と配線と電子基板である。こちとらPMC時代にシャッガンでテロリストを血煙に次々ジョブチェンジさせたことすらあるので、生体部品を剥がしてその辺に捨てて軽量化させることだって朝飯前である。ついでに、手早く中身の部品も素子レベルまで分解してしまえば追跡用ビーコン等を仕込んでいようがいなかろうが関係ない。

 

「うっひょ、たいりょぉ~う!」

「お嬢の悪い病気が出た……」

 

 失礼だな59式。

 が、何やらカーゴトレーラーの外でダミーともども体育座りで座り込んでいる姿は哀愁漂う。自分のペースを崩さぬFive-seveNがなんかドン引きしているかのような雰囲気すら見受けられる。気丈っぽいグリズリーまで若干青い顔をして目をそらしているような。

 

「といっても、物資の少ない今だと、こういうのはとっても貴重な資源よ、資源。弾薬とかも無限にあるわけじゃないし」

「お嬢が本気で作業台の前に立ったら、弾薬だってマガジン入りダース単位ででてくるでしょ……」

「それだって材料が必要なの、材料が。よし、解体終了。こっちの生体部品はすべてこの場で破k」

 

 ばきっ、がさがさがさっ

 

「た、たすけっ……!?」

 

 声が聞こえた瞬間、トレーラーから飛び出して空中にいるままそちらにスナイパーライフルを向ける。引き伸ばされた時間の中、誰だかわからないがボロボロのI.O.P製人形がこちらに走ってきていて、さらにその向こうからこれまた正体不明の塊が一つ。とりあえず人形を傷つけて追いかけ回す存在なんてロクなもんじゃない。正体不明の塊に向けて、連射をプログラムして発砲した。

 次の瞬間、全員が銃を抜いてそちらの物音と声の主の方向を向く。損傷の酷い足をもつれさせて倒れた人形に覆いかぶさるようにして、正体不明の塊、いや、デスクロー、もとい、E.L.I.Dも倒れた。

 そして、そのまま人形も正体不明も起き上がってこない。

 

「た、助けてください……」

 

 人形の方は、覆いかぶさられたことによる重量のせいか破損のせいか、抜け出せないようだ。正体不明――E.L.I.Dか?――も動かない。ピクリとも動か、いや、前肢が少し痙攣しているぐらいか。とりあえずエネ砂の二連射でくたばる程度の小物のようだが、このクソマップの危険度評価がまた一段階上がった。

無論、E.L.I.Dが出るなんて聞いてないし以前の報告にすらなかったからである。

 

「総員、撤収準備。未確認のE.L.I.Dを確認した。直ちに資源回収を中断、現時点で回収済みの物資と、殺害したE.L.I.Dの死体を報告用にトレーラーに積み込んで撤収する」

「「「「了解!」」」」

「カシコマ!」

「59式は、そこの要救助者を連れてきてあげて。損傷で見た目からだと誰かわからないぐらいボロボロって相当だわ……何があったのかしら」

 

 人形の力やら何やらの出力は外見に反して人間のかなり上であり、撤収準備はサクサクと進む。念の為ドローンに生体チェックモードで索敵飛行を行わせて、変に近づいてくる反応がないかを監視しつつ、救助した人形に応急処置を施す。はっきり言ってこの場でできることはそうない。後は指令室の整備室まで連れてって修復してやるぐらいだろう。

 何があったのか聞きたいところだが、今はゆっくり色々と聞き出している場合ではないが、はぐれた人形が銃器を失い、誰かわからなくなるぐらい外装がボロボロになってでも逃げ回ってこちらと合流したその根性は素直に称賛に値する。

 

「もう大丈夫よ。指令室に連れて行って、修復もしてあげる。いや、ほんと……よく頑張ったわねえ、あなた」

「……う、え? え、59式……?」

「ああ、その辺は後で説明するわ。とりあえず今は休んでて」

 

 なんとか逃げてこれたことからも、視覚は生きているらしい。外見で私を間違えることを狙っての格好だが、指揮官だということを説明するときには邪魔になる、というのは織り込み済みではあるがデメリットではある。訝しげな彼女をとりあえず制し、ちら、と外を見ると、頑丈なコンテナボックス(E.L.I.Dの死体入り)が運ばれてくるところだった。

 

「しきか~ん、もう終わるよ~」

「オッケー、引き上げるわよ。帰投したらまずはこの子の修復からかかるわ。その後、損傷の大きい順に修復。……というか、損傷したやつって、いる?」

 

 軽く見回してみるが、戦闘による汚れはあれど、損傷があるように見えるやつはいない。

 

「……いないようね。それじゃあ、異常があったら申告して頂戴。なかったら週次のメンテナンスで。トレーラー、出して」

 

 ブルル、とエンジン音を立ててトレーラーが動き出す。ゾンビゲーやらポストアポカリプスゲーではここで超大量のE.L.I.Dでも出てきそうなところだが、現実にはそんなことはなく。何事もなく、指令室へと帰投した。

 

 

 

 指令室内、整備室。

 説明では省かれていたが、整備室という名称にいささかそぐわない外見のポッドが四つ、ここには並んでいる。自分で手を出せる工程ではないため私の興味からは外れているものの、これがないと困るのも事実だ。これは、生体部品培養定着ポッド(全身用)。極端な話、戦術人形は視覚などのセンサーを兼ねる部分以外の生体部品が全損したとしても、活動を続行できる。続行できるだけでフルパフォーマンスではないのも事実だが。ついで言うと、生体部品が損傷するような攻撃を受ける=大抵はその下のフレームなどにもダメージが行くため、生体部品だけが損傷する、ということはそうそうない、ということも事実である。生体部品部分は自己修復も可能なため(人の治癒速度とほぼ同等である)極論無くても問題ないが、大規模な修復のときにはほぼ必須と考えていいだろう。

 さて、そのポッドの使い方であるが、使い方は単純、損傷を修復した人形を、仕上げとばかりに消毒して放り込めば良いだけである。I.O.Pの人形技術マジとんでもねーな、って思うのは、放り込むだけで躯体に合わせた生体部品をボディとしてしっかり構成してくれることだ。自分も似たような技術を外付けだか内蔵だか知らないが持っていることは百も承知だが、それをリアルに構築したのを見たのはI.O.Pの人形技術だけである。

 もちろん、衣服は構築されないので合わせて用意する必要があり、当然彼女用の服などないので、私の予備の服でも着ていてもらおう。

 

「Gr USP コンパクトかぁ……」

 

 確か警察機構に採用された実績のある小型拳銃だったか?

 それにしてもまたハンドガンか、と思わなくもない。まだうちに所属すると決まったわけでもないが、この子の所属が明らかならばそちらに移送する必要があるし、本部から返せと言われたら、悲しいかな、会社勤めは従わねばならない。

 

 チーン

 

 作業完了のベルが鳴る。おいおい、部分用じゃなくて全身用初めて使ったけど、電子レンジと同じ音かい。

 

 

 

「気分はどう? 変に気持ち悪いとか、どこかの反応が遅いとか、Pingが帰ってこないとか遅いとか、ある?」

「い、いえ、大丈夫です……助けていただいてありがとうございます」

 

 長めのふわふわした黒髪と、とりあえずで着用してもらっている森林迷彩柄カーゴパンツと白のタンクトップシャツが微妙に似合っていないような気がする。

 修復が終わったUSPコンパクトを伴って、執務室で向かい合って聞き取りだ。

 

「仕事だもの、まあ仕事でなくても助けたけど、だから気にしなくていいわ。普通、誰かが襲われてて、助ける余裕があるなら考えるまでもなく助けるでしょ?」

 

 コト、と音を立ててコーヒー入りのマグカップを置く。こういう時にはミルクと砂糖たっぷりが一番落ち着く。産地に贅沢はもちろん言えないが、嗜好品が全然手に入らなくなったかというと、そういうわけでもない。富裕層というものは相変わらず存在しているし、G&Kのスポンサーにも確かいるんだったか? なんかで贅沢用食料の輸送を任じられた人形がキレるシーンがあったような気がする。ともかく、落ち着くためにコーヒーを淹れる、ということは今でもそれなりに気軽にできることに違いはない。

 まあ、だからといってテイトにマットフルーツだのを育てる気はないが。あれら、食べたことは勿論ないがクソまずいらしいからね……。ラッドローチは逆に怖いもの見たさ的な意味で食べてみたくはある。実際に見たら逃げ出すかもしれないが。

 

「は、はい、ありがとうございます……段々と、齧られていって……もうだめかと思ってました……」

 

 マグカップを両手で包み込むようにして持ちながら、ぽつりぽつりと話すUSPコンパクト。人形でももちろん恐怖は感じる。疑似感情モジュールと、疑似がつくが今まで接してきた限りでは人間のものとそう代わりはないような感情を人形たちは持っている。指揮が取れないとか夢を見ないとか厳密に比べるといくらか人間と違っているものもあるが、普通に活動している上ではそうそう気にならないし気づきすらしない。戦術人形が感情を持つことの意義などの哲学的な話は識者に委ねる。今はUSPコンパクトのメンタルケアが必要なことだろう。

 

「ほんっと、よくもまああの状態で逃げ続けられたものねえ……」

 

 こちらもコーヒーを一口。

 メンタルケア、といってもそんな専門的なことはできやしない。せいぜい、色々と喋らせてストレスを吐き出させることぐらいだ。その後も、ぽつぽつと、USPコンパクトは心の内を吐き出していく。

 

「任務についていくのに必死で、気づいたらはぐれていまして……現在地をロストして、彷徨っていたら銃声が聞こえて……近づいたらアレに襲われて、必死で逃げて……」

「うんうん、本当、よく頑張ったわねえ」

「はい……。あの、それで……あの、貴女は59式、なんですか?」

 

 そして、どうでもいいことに妙に決意を込めた瞳で聞いてきた。いや、本当にそこに深い理由はないんだよ?

 

「いやいや、人間よ人間。人形だけだと、決まった任務はこなせるけど、それ以上の指揮は取れないでしょ? それにほら、59式がG&Kの指揮官用ジャケットとか着てるわけないじゃない」

「た、確かに……」

 

 だんだんと持ち直してきた。素晴らしく早い。人形の精神は割と強靭ではあるが、その中でも特に心が強いのだろう。

 

「まあ、確かにめちゃくちゃ似てるから、PMCやってたときに、59式に紛れ込んで5Linkですとかやったけど」

「えぇ……なんですかそれ」

「いやー、これ割と鉄板ネタなのよ? 人形が相手だとだいたい笑ってくれるし、逆に人間相手にやるとぎょっとされるやつ」

「え、なんでですか?」

「5Link人形って、あなた達人形が思ってる以上にガチでヤバイ存在なのよ。力は言わずもがな、素早さや精度、銃弾の有効活用、エトセトラ。そもそもそこまで成長することが稀な人形の中でも相当の歴戦中の歴戦の人形の証明になるわけだからね。で、PMC所属の5Link人形が敵に回るようなやつなんて、テロリストか仕事がかち合ったPMCぐらいでさ。出会うこと自体が死亡フラグだし、お礼参りとか考えるだけ無駄、みたいなね」

「えぇぇ……」

「意外と多いのよ、テロリストの仇ー、って言って襲ってくるテロリスト。でも、人形に復讐しようってやつは殆どいない、というのもカモフラージュの理由ね。……でも、私言うほどちんちくりんじゃないと思うんだけどなあ」

「……の、ノーコメントとさせてください」

 

 おい、こっちを見ろ。目をそらしながらくすくす笑ってるんじゃない。鼻捻るぞ。

 ともかく、ここまでリラックスすれば大丈夫だろう。執務室の隣に控えているカリーニンに無線を押して、入ってきてくれと合図を出す。

 

 コンコン

 

 間を置かずしてノック。

 

「どーぞー。カリーニンよね?」

「はい、指揮官様。先程USPコンパクトさんの所属などについて確認が取れました」

 

 先程、と言っているが、彼女が修復中に全部確認は取れている。

 

「ちょーだい」

「はい」

 

 タブレットに転送されてきた風を装って確認するふりをする。だってもう読んでいるんだもの。

 

「あー……その、まあ、今後の身の振り方としては、ウチの所属になるか、ASSTとコアを取り外して民生用人形になるか、ね。なんか他にツテとかあったら別の選択肢があるかもしれないけど……ないわよね?」

 

 不安そうにしているUSPコンパクトに視線をちらちら向けつつ、言いにくそうに、最大限配慮してますよー、的なポーズを取りながら声を掛ける。だって、もう彼女、もとの所属ではロスト扱いだったのだ。

 まあ、中立といえば聞こえはいいがその実無法かつ安全が少しも確保されていない危険地帯の中に取り残されて、なおかつ最適化具合が5%程度の人形が無事でいるとは思わないよねえ。実際、我々に出くわさなければ今頃はあのE.L.I.Dにぐちゃぐちゃにされていただろう。

 

「……はい、無いです。そ、その……えぇと」

「ウチに来たいなら大歓迎よ?」

「……え、い、いいんですか!?」

「モチのロン。ウチは今物凄い人形不足で、種別を問わずとにかく頭数が欲しいの。そこに……なんて言えばいいのかしら、ズタボロにされてもそれでも諦めずに逃げ回って生還して、そしてそれでもなお民生用になりたいとか言い出さない辺り、物凄い有望株なんじゃないかしら?」

「え、えぅ」

 

 褒められ慣れていないのか、反応が初心で可愛い。

 

「ま、そんなわけで、カリーニン、正規の衣装、注文しておいてあげて」

「かしこまりました。銃器の方はよろしいので?」

「私が作る」

「おっと、そうでした。では、手配してまいりますので失礼します」

 

 お茶目風に軽くやっちまったぜ的なジェスチャーを取ってから退出するカリーニン。見た目はチャラいくせに、行動がなんというか副官としてガチ有能だから便利だ。困りはしない。

 

 そんなわけで、指令室所属の人形が一人増えた。

 

 

「あの……ゆっ……USPコンパクトです、よ、よろしくおねがいします」

「はい、よろしく。それじゃあ、あなたの銃器を取りに行きましょうか。おっと、自己紹介してなかったわね」




気づいたら長くなりすぎてまして、しかし分割できるラインがどうしようもなく偏っている。
色々と試行錯誤しましたが諦めて一話にしました。
ようやく指令室として動き始めました。
まだまだ動かしたいネタはあるのですが、そこまでの道筋が欠落していて繋げることに四苦八苦。他の投稿者様の優秀さに舌を巻くばかりです。

さて、ついに明後日にSPAS-12を始めとする新人形達の実装ですね
私は愚かにも先週末に実装と勘違いして大型を連打して資源を溶かしてしまいました……。

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