人形指揮官   作:セレンディ

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蝶事件

 そして、蝶事件の日はやってきた。

 

 始まりは一本の緊急連絡。

 内容は、緊急援護要請。父の部隊と繋がりのある小さなPMC会社の部隊からだった。組織的に、鉄血の人形を多数運用していた所だ。

 

『嬢ちゃんか!? こんなこと言えた義理じゃねえが、助けてくれ! 人形たちが突然制御を受け付けなくなって……!』

 

 ノイズ混じりの通信を聞いた瞬間、来たか、と思った。

 蝶事件、鉄血の全戦術人形のAIが狂った日。テロリストが鉄血の工廠に襲撃をかけて、その際に何かが狂った、という説明だったような気がするが、実際はテロリストではなくもっと別のなにかだった、と聞いている。ソレ以上は覚えていない。

 

「全部隊員に通達! お嬢が言ってた通りに鉄血人形がハックされたぞ! 今から鉄血人形は全部E.L.I.Dと同じと思え! 緊急援護要請を受諾した、レンツんところ助けに行くぞ!」

 

 実は、この近辺のPMCは割と横の繋がりが強い。困った時に戦力を融通しあうのはもちろん、今みたいな援護要請は出来る限り受諾する。明日は我が身とも限らないからだ。

 

「59式、出撃するよ!」

「おおっ、私の出番だね!」

 

 59式は、私たちのところに来たあの時から結構、いや、かなり成長……最適化だったか? しており、リンク数も4Linkまで増えていた。元の59式の歴史的エピソードを踏まえた性格をしているようで、自身が使われる事に対して強い欲求と喜びを感じるらしい。頻繁に出番の来るPMC稼業は天職だろう……戦術人形に何を考えているのやら。加えて、元々の59式の持つ銃器はいわゆるストック状態で、私が直々に細々とした調整を加えてあった。Gun Nutの面目躍如さ、ふふ。反動などの取り回しができる限り変わらないようにしつつ調整を図った結果、ASSTシステムに特に影響が出ていない点も褒め称えるがいい。

 

 ともあれトレーラーに乗って、目的の駐屯地へ急行。その途中、建物の所々から煙、あるいは銃声が聞こえた。

 思うところはあるが、それで何もかもを放り出して助けに行くわけにもいかない。あっちにはあっちの秩序を担う連中になんとかしてもらおう。

 トレーラーから身を乗り出し、ライフルのスコープを双眼鏡がわりに覗き込んで索敵する。59式がダミー達と一緒に体を抑えていてくれているので遠慮なく大きめに身を乗り出す。ざっと外壁を眺めてみて、こちらを警戒している鉄血人形はいない。発狂?してすぐだから、まずは施設内の人間を排除しにかかっているのだろう。舐めた事をしてくれる。

 

『こちらドーター。外壁に敵影無し。門扉まで展開可能と推測』

『オッケーお嬢、飛ばすから中に戻ってください』

『コールサイン!』

『え!? なんか言いましたァ!?』

 

 急加速。

 ……舌噛んだ。後で訓練弾打ち込んでやる。

 ともあれ、駐屯地正門。口を開けたままの正門から、整備兵らしき傭兵がぽつぽつと逃げ出してくる中、正門脇にトレーラーを止めてバラバラと降りて小隊ごとに整列。

 

『アルファとブラボーはそれぞれあっちとそっちにある通用門をブリーチエントリー。レンツの言質は取った。チャーリーとお嬢はこのまま正門から正面突破。レンツ達の立てこもり場所へ急行する。状況開始』

 

 言われるが早いか、私は正門から内部になだれ込み、同時にO.A.T.S.を起動。極限まで引き伸ばされた時間の中、索敵ついでにターゲットを見定める。ターゲット数21。解ってたことだけど凄まじく数が多い。だが2Linkが9、3Linkが1。この程度なら本体を叩けばダミーも止まる。行動をプログラムして実行、両手の59式がそれぞれ火を吹く。ガンカタよろしくぶっ放して回り、VespidとRipperを3発ずつで仕留めること2回、ついで3LinkのJaegerにも残弾をぶっこんで一度正門の外まで撤退。

 

「リロード! 59式、カバーミー!」

「お~。まっかせて!」

 

 いくら私がフォールアウト式アイツもどきになっているとは言え、無敵ではないし、Gunsringerと改造を重ねているとは言え人形の耐久をぶち抜くには手間がかかる。対多数の取り回しを重視して59式を両手に持っていたが、やはりARを持っていたほうがいいのだろうかとも思う。リロードを終えたら、無線で警告を出しつつ閃光音響爆弾を投げ込んで再度突入する。

 

「こっちにおいで~」

 

 判ってはいたことだったが、戦術人形のスペックは割と凄まじいものがあった。私ならばいくらか被弾をして、薬剤含め手当が必要になっていることだろうが、そこは機動力に優れたHG型戦術人形、わずかに、軽度の損傷を受けるだけに留まっていた。他の部隊員も遊んでいるわけがなく、残るはJaegerのみ。止めを刺すべくナタを抜く。レンツの立てこもる武器庫まではまだまだ道のりがある、もたもたしてはいられない。

 

「59式、制圧射撃! 首落としてくる!」

「らじゃ~」

 

 

 すぱん、とGuardの首が飛ぶ。盾を構えているせいで銃撃の効果が薄いならば、素っ首跳ね飛ばしてしまえば耐久など関係はない。Blitzが可能ならば、射程圏内に収めた段階でチェックメイト、である。

 とりあえず、これでレンツの立てこもる武器庫前はクリア、だ。そこかしこに鉄血人形の残骸と、レンツ達のPMCの職員の死体が転がっている。有事の際に立てこもれるように武器庫をシェルター化していたレンツには先見の明があるというべきかもしれないが、鉄血人形を使っていた段階でそれはどうなのだろうとも思い悩む。とはいえ繰り言でぼうっとしているわけにも行かず、レンツから暗号通信で受け取っていたパスコードを入力、中への通信回線を開く。

 

『おう、嬢ちゃんか!? すまねえ、助かった!』

「まだ状況は終わってないわよ、アルファとブラボーがまだ手間取ってる、あっちの応援に行くわ!」

『頼んだ! 悪りぃが左腕がやられちまってる、俺はこっちの防衛をさせてくれ! その、おばちゃん達を放っておくわけにもいかなくてな!』

 

 不意を打たれたか何かあったのか。あのレンツが腕に負傷を負うとは。あるいは非戦闘員を庇いでもしたのか。

 ともかく、武器庫の隔壁のパスコード解析はリセットしたので、再度解析するには最低でもあと30分はかかる。それだけあれば、取って返して痴れ者を排除して再度リセットするには十分だ。

 見取り図を手に、移動ルートを組み立てる。大丈夫、私ならやれる。この狂乱を剣林弾雨で無理矢理にでも平定する。

 

「59式」

「あいあい~?」

「行くよ!」

「カシコマ!」

 

 部隊長のオジサマにルートを投げ、走る。

 

『チィ、下策だが隊を分けるぞ! お嬢と59式はこのままアルファ、残りは俺とブラボーの救援に向かうぞ! 手が足りん! お嬢、済まんが頼んだ!』

「ラジャー!」

「りょうか~い」

 

 数の利を少しでも捨てるのは下策だが、今はそうも言ってはいられない。アルファもブラボーも、鉄血人形の一群と壊滅的な正面戦闘を強いられている。RipperやGuardに阻まれてJaegerまで攻撃ができず、スモークやスタングレネードで時間を稼いでいるが限界は遠くない。重装備の防弾ベストを着用した部隊員も、徐々に削られてきている。

 正面から突っ込むのはいくらアイツもどきでも自殺行為、と考えた端から二階部分からJaeger達の真ん中に飛び込むプランを立てる。というか、そうしないともうアルファの前衛が持たない。死ぬ。

 

「援護お願いね!」

「まっかせて~」

 

 4Link全員で上からJaegerを直接狙わせる。四人分の射撃で目を引くと同時に、Jaeger達の中での庇い合いで幾人かが転がるが、どうせ全部ダミーだろう。そして、注意が二階にいる59式達に向いたところで、真打ち私の突撃だ。なお、Jaegerを排除したとしてもRipperに蜂の巣にされるんじゃないかなあ、と思うが私の負傷でアルファが助かるなら安い賭け金である。しなやす!

 O.A.T.S.起動、ダミーに庇われていた本体らしき人形を中心に頭部へ弾丸をプレゼントしまくる。もっとも、引き伸ばされた感覚もずっとは続かないし、リロードはそれ相応の時間が必要だ。そこは押し込まれていたアルファの反撃と、上にいる59式の援護を期待するしかない。が、現実は非情で、排除しそこねたJaegerと、アルファに群がっていたRipper達のいくらかがこちらに銃口を向けてくる。ちったあ動揺しろよこれだから鉄血は、と思うもさすがにどうしようもない。弾はあるが手元の59式はリロードが必要。こりゃ長期入院コースかな、と思った刹那、ずだん、と音を立てて59式のダミーが二人降ってきた。私の手にそれぞれ持っていた59式を握らせて、次の数秒で私をかばって人工血液が飛び散る中、当然いくらかは私に当たる中で、私は咆哮した。

 リロードの必要がなくなったとはいえ、O.A.T.S.の再実行をするには私の集中力とも呼べる何かが足りない。切実にGrimreaper's sprintが欲しい。だがそれは少なくとも今はないので。59式ダミー人形の残骸の影から飛び出し、Ripperの銃撃が来る前にJaegerの残り殆どの脳天をブチ抜きオープンホールドした59式を放り捨て、最後の首をナタを抜き打ちで切り落とし、翻ってRipperの首を狙う。

 

「くそ、お嬢が突っ込んじまった! 急げ急げ、スタンでもいい、全部止めろぉ!!」

 

 あんた達にも獲物は分けてやらない!!

 

 ……と、かっこよくRipperを全て始末できたら良かったのだが、さっきも言ったとおり現実は実に非情で、私だけでは確実に間に合わなかった物量を、Jaegerの狙撃が無くなったことで押さえつけられていたのが解放された部隊員による射撃とスモーク、スタングレネードの連打で何とか凌ぎきることができたに過ぎない。59式の残りも降りてきて撃って撃って撃ちまわり、人形の回避能力でRipperを押さえつけていなければどうなっていたことやら。

 

 ブラボーの方も似たような状況だったらしい。上からフラグをバンバン投げ込んで部隊員全員で撃ち下ろして、圧殺するようにして鉄血人形を仕留めていったそうだ。

 

 でも、それでも、レンツの所にも、アルファにもブラボーにもチャーリーにも、相当の被害がでた。

 

 

 蝶事件の当日、それはそんな日だった。




体裁を整えるまでに一番苦労した話。

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