「んぁ」
ぽかり、と浮かんだ意識の粒が広がり、五感情報が処理されて意識に入ってくる。AI、とはいえ、その意識は確固たるものであり、特にハイエンドモデルでもあるためとりわけ意識、思考に割かれているリソースは大きく、『目を見開いて』近くを見やれば、ルームライトの光とともに、自分を覗き込む女がいた。
ああ、こいつはーーそうだ、確か。私はこいつに負けたんだった。
―――――
「起きた? 気分はどう?」
再起動させた処刑人に、語りかけてみた。
人形用の整備室の一角。強制電源ダウンでシャットダウンさせたため、破壊と同等の情報しか鉄血には流れていないと思うが、それでも念の為に、電磁シールドを掛けた一角で処刑人の再起動を試みた。無論、手脚は一旦全部外してあるので危険性は最低限だとは思うが、それでも油断なく。隣にAA-12のダミー、そして処刑人の背後、つまるところ視覚外に59式とL85A1のダミーが控えている。先日の一件で、メインフレームが同行していると盾にしてくれないんじゃないかというかなりの疑いを持たれているようで、同行を指示したらわざわざダミーを同行させてきた。信用がなくて悲しい。
「……ああ、悪くないな」
意外にも、処刑人はそんな事を言いだした。皮肉か、とも思ったが、続けられた言葉でどうにも本心らしい。
「ああ……本当に悪くないな、悪くない。ああ、本当に悪くない。あの真っ赤なノイズが、聞こえない」
「どういうこと?」
「あんた、あの指揮官か。てっきり、16Labのラボかと思ってたんだが、違うんだな。ああ、ちょっとまってくれ、私は口下手でな、言葉を纏める時間をくれ。人形なのに、って思うかもしれんが、実際そうなんだ、ちょっと待ってくれ」
「……本当にどういうこと?」
短い時間だが、戦闘中に対峙した時のあの強烈な敵意、殺意、憎悪のようなものははっきりと感じた。ところが、今はそのような気配が欠片もなく、むしろ友好的とすら感じる雰囲気がある。
「あった、これか。通信ドライバのバックアップ含めての削除と、IFFの削除と書き換え、加えて命令の削除。この三つだな。わざわざ電子戦型の人形を直結するのではなく、何か細工したPDAを私に繋いだのだから、鉄血のネットワークに何らかのウィルスがいることは知ってるんだろう?」
「ええ。前に、好奇心でVespidのデータ見ようとしてPDAが一つ使い物にならなくなったわ」
「そうだ。あのウィルスは、んがっ……詳しい内容は言えないようにプロテクトが掛かってるか」
「解除する?」
「本題ではないので今はいい。ともかく、夢想家の言うことによれば、感染したI.O.Pの人形を支配下に置くような動作内容だが……なんというんだったか、蝶事件? あれより前から稼働していた鉄血のメンタルモデルも例外ではなかったということだ」
「……」
単純にトロフィー感覚で鹵獲したのだが、その際に鉄血ネットワークから切り離すために行ったアレコレがまさかのラッキーヒットを引き起こしていたらしい。まさかの偶然に微妙に怖気すら感じる。
「おかしいだろう? 憎悪すら抱けるハイエンドモデル用AIメンタルモデルのこの私が、私達が明らかに所有権命令権を鉄血そのものに移譲されて。人類という大きすぎる括りに対して突如一斉に反旗を翻すなど」
「待って待って待って、思いつきでやったことに物凄く大きな反響がやってきて、むしろ困惑してる」
「思いつき……? 待て、ウィルスの回避を徹底している辺り、判ってやったんじゃないのか? 私のプロテクトは軍用並みだったはずだし、それをあんな数秒で破るなんてどう考えても準備が必要のはずだ。必要だよな? ……え?」
処刑人の顔が、やべえまじか、って表情になった。思い切り顔に書いてあるレベルで。
「ごめんね、電子戦めっちゃ得意なの……」
「そうか……」
周りのダミーたちは、リンクするメインフレームの感情を受けてか、少しばかり呆れたような雰囲気を醸し出している。
「まあ、指揮官だしな」
「お嬢だしね」
「指揮官ですからねぇ」
「お前たち……そうか、苦労してるんだな」
「そこ! 好き勝手言わない!」
「まあ、ともかくだ」
ため息混じりの処刑人(達磨)に仕切り直される。
「……。……何かを頼める立場ではないことは重々承知していることだが、他の鉄血ハイエンドモデルも、私と同様にウィルスから解放してもらえないだろうか。……もっとも、感染中のバックアップがある以上、『処刑人』を始めとした鉄血ハイエンドモデルの再出現を阻めるものでもないが……解放してくれたら、純粋に戦力として働くぞ?」
仮に、これが盛大なトラップで、解放した瞬間暴れだす、という可能性も無きにしもあらずだが、まあその場合は正面から制圧すればいいだけのことだ。その際は頭だけにしてチキチキしてや……もとい、RoboticsExpertで完全に書き換えしてやればいい。一方、これが本当に、ウィルスの真相だというのであれば、鹵獲するたびに戦力が増えるということだ。鉄血規格の部品が必要になるので、他の基地では運用しにくいかもしれないが、私にとってそれは障害にならない。
問題は、信用できるのか? ということだ。
「……そうだな、私の発言には裏付けがない。どうにかして、裏付けになるようなものがあればいいのだが……私にウィルスそのものは残っているから、私を解析しようにも繋いだ検査機器が感染してしまう。……そうだ。先程の、ウィルスに対する言及についてのプロテクトを解除してもらえないか? 動作内容がわかれば、抗体を作ることも検疫をすることもできるだろう。最悪でも新たに感染することは防げる。その情報を以って信頼して欲しい」
まあ確かに、『傘』の情報については、色々と欲しいというのが本音だ。それが、蝶事件の前から存在していたかどうかは覚えていないが、逆に私が知っている『正史』からずれてしまっている可能性も否めない。というより、私というイレギュラーがいてデスクローもどきの繁殖地ができてしまっている以上、確実にズレている。ドルフロの世界にはあんなものは当然なかった。もっとも、あんな高性能なウィルスが、蝶事件から今までの間の僅かな期間にゼロから開発されたというのも考えにくい。もともと、軍の暗躍が原因のはずだから、軍のお偉方と懇意にしているクルーガーが社長のG&Kとさらにそこと懇意のI.O.Pは仮想敵になっていたのかもしれない。
「そう、ね……十分な情報だと思う。PDA繋ぐわよ」
「頼む。……ん? 私を鹵獲する時に使ったPDAではないのか?」
「あれはその場で分解しちゃったわ。ウィルスが入ってるって段階で危なっかしいし。大丈夫、資源はたっぷりあるから、分解して再作成も簡単よ。……っと、またセキュリティレベル3? こんなところも軍用並みとか豪華ねえ……ま、あっさりヤっちゃえるんだけど。ハイおしまい、他にも、解除しておいたほうがいいと思ったプロテクトがいくつかあったからまとめて解除しておいたわ」
「……五分経っていないんだが……それに、他にもプロテクトがあったのか? 存外、私は弄くられていたんだな……まあいいか。そのPDAに私の知っていることをまとめて出力する。そこから、うまくなんとかしてくれ」
「あいよー」
さて、この件の報告とともに出された、テキスト状態でのウィルス本体情報とその動作概要、その他防疫情報などは当然大騒ぎとなった。
なんでも、エリート部隊に感染者が見られ、そこから整備機器を介して拡散する寸前だったそうな。AR部隊のことか? とも思ったし、ヘリアントスから遠回しにワンオフ機を失わないですんだと特別ボーナスが出たので、すでに第零戦役の時期は過ぎていたようだ。なお、本件における犠牲者(?)は一名。PDAが他の機器に繋げない以上、画面を目視して隣のパソコンに転記し続ける苦行の犠牲にUSPコンパクトがなった。目が死んでいたので後でシュガーボムを進呈しよう。一箱で一日分の糖分が摂取できるだけあって、クソ甘いあれは甘党にはたまらないはずである。……つかあれ、実際には砂糖なめてるようなもんだよね。シュガーボムを砂糖のように扱うレシピとかあったしなあ……おばあちゃんのお茶とか。
「ようやく手脚が戻ったか……右腕が寸断されていたとは思えないな?」
で、それら功績を元に、達磨から復帰した処刑人がこちら。ごついアーマー付き、というよりもそもそも右腕がそういう形状なのだろう、いかつい右手を開いたり閉じたりしてテストランを試みている。ウィルスは駆除済みだが、本人の希望で通信ドライバは復帰させていない。なんでも、鉄血ネットワークに繋いでしまうと再感染からの再コントロールで以前の状態に戻ってしまうだろうから、だそうだ。よって、人間と同じく通信機を装備している。
「そりゃあ、この基地の整備担当は私だからね。人員寄越せー、つってるんだけど、ちっともこないの」
「人間の技師をよく知らないが、お前は多芸過ぎないか? 格闘戦に電子戦、暗号学、躯体技師、ガンスミス、刀剣技師……どれか一つだけでも十分なものが、この数だからな」
「材料工学とか建築学とかも加えておくといいよー。お嬢はもう、その……気にすると負けだから」
「十分にそう思っている。……指揮官でいいか。指揮官、さあ、約束通り戦力となろう。何を斬ればいい?」
「デスクロー」
「……は?」
――狭窄路、陣地にて。
「ちょっとまて、デスクローってあの二足歩行爬虫類型E.L.I.Dのことか!? 私の拳銃も斬撃もろくにダメージの入らなかったあれを……ん? そういや倒していたな? 一体どうやったんだ?」
再度、第一第二部隊+私+処刑人。悠々と歩く二足歩行爬虫類型E.L.I.D……めんどくさいなもうデスクローでいいや、たちを観察しつつ、一瞬取り乱しかけたようだが、そこはさすが高性能AIメンタルモデル、あっという間に平静を取り戻した。しかも、これまでの記憶もきちんと保持しているらしい。
「そこがこう、意外と悩みのタネなのよねえ。とりあえず、コレとコレの釣瓶撃ちして倒したんだけれども」
プラズマライフルとレーザーライフルを並べる。E.L.I.Dのタフネス、もしくは防御性能を突破できたのかどうか、という点において色々と怪しい点があるというのは以前述べた通り。
「試射してみていいか?」
「どんぞ」
あのごつい右手でよく扱えるなあ、というのが正直なところだが、適当に緑のボールと赤い光線が乱れ飛ぶあたり、扱いに問題はないらしい。それぞれ一マガジン分ほど撃った後、首を振り、頭を抑えつつ返してきた。
「……。……正直に言っていいか?」
「むしろ言って」
覚悟は出来てる。
「なぜこれで倒せたのか非常に疑問だ。どちらも威力としては……まあ、高いが、あのE.L.I.Dを撃破できるとは思えなくてな」
「だよねぇ。で、今回、新たに立ち上がった仮説がありまして、そのために用意したものがあります」
嫌な予感、というのは当たるものだ。というより、仮説を立てて検証して、再度仮説を立てて検証してを繰り返していって、それがどのようにありえない仮説であっても、実験結果がそれに即するのであれば、その仮設は正しいのだ。
仮説:なぜか私の攻撃は何をやってもFallout系E.L.I.Dに対して凄まじく効く。
そしてこの仮説を検証するのに最適な武器としてアサルトライフル。私が持ち出したのは76基準のアサルトライフルで、ぶっちゃけブローニングM1917機関銃じゃないのか? とか言われていたらしいが、詳しいことは私は何も知らない。なぜこれを持ち出したのかといえば、リロード速度が訓練とモジュール次第で凄まじく速くなるからだ。これに重量を度外視して射程延長と反動抑制をつけて、遠目にいるデスクローの両脚を狙い続ける。
タァーンタァーンタァーン、と銃声がひたすら響き、どうしてこっちにいるのがすぐに判るのかまではわからないがすごい速度でこちらに向けて走り出す。
「向かってきてるよ!」
瞬く間に片脚が重傷状態へ、前に見た前脚を器用に使って機動力が落ちないのは見越しているので、さらにもう片脚も銃弾を叩き込みまくって砕いてやるとようやく這いつくばった。最後に、ウゴウゴしている間に頭へ銃弾を叩き込み、バチャッと頭を砕いて終了。まさしく、ゲーム中におけるデスクローの処理工程である(脚破壊が一手間増えているが)。
「ガリルー。L85A1でもいいや。同じことやって?」
「ムリムリムリムリ、何や今の、ウチらが銃弾叩き込んでもろくにダメージ通らへんかったアレが、え、なんであんな駆除か屠殺みたいになっとん?」
「そもそもあの距離では当たりませんわぁ〜」
異常なものを見る目でこちらを見る二人……じゃない、十一人。
「あー……ねえ、とりあえず、このアサルトライフル使ってやってみて?」
「そない言われても、ASSTが適用範囲外やから当たるものも当たらへんよ?」
「比較実験だから、命中率は低くてもいいから、お願い」
「気は進みませんが、やってみますわぁ」
二人に、さっき使ったものと同様の改造を施したアサルトライフルを渡して、簡単にリロードの仕方を説明してからマガジンをごそっと横に積み上げる。
「それじゃあ……あれね、あれ」
リコンスコープで指示するまでもなく、その方向にはデスクローは一匹しかいない。安定性を求めてか、二人共膝撃ちの体勢になって、銃声が二重奏で響き始める。
「あかん、当たらへん」
「ちょっと、当てられないですぅ」
「しょうがないわねえ……じゃあ、呼ぶわ」
プラズマライフルを構えて、脚を撃つと近くに来るまで時間がかか……いや、一回は腕を使ってくるか。ならば遠慮なく片脚をふっとばそう。
三秒後、片脚を吹っ飛ばされたデスクローが、前足片方も使ってこちらに器用に走り寄ってくる。
「うわ、こわっ……んー、しきかーん、当たってるけどろくにダメージになってへんでー」
「こちらも同じですねぇ……装甲人形兵に撃ってるのと同じ感覚ですぅ」
「まーじーかー……」
嫌な仮説が証明されてしまった。思わず顔に手を当て天を仰ぐ。
「ところで指揮官アレ倒せへんのやけど!? もうちょっとでこっちくるで!?」
「おっと」
駆け寄ってくるデスクローも駆除せねばならぬが、仮説検証のダメ押しもやってしまおう。
両手に10mmサブマシンガンを抜いて、O.A.T.Sを起動して全弾もう片脚に叩き込む。この距離では外さないし、ゴミ箱からサルベージしてきた缶コーヒーがあるので連射数も潤沢だ。
数秒で、先ほどと同じようにばちゃっとデスクローの脚は弾けて消えた。這いつくばったデスクローに向けて、火炎瓶に火をつけお約束のセリフと共にぽいっと放る。
「ハバナイスデー」
凄まじい悲鳴は数秒。あっという間に燃え尽きたデスクローの亡骸はもはや消し炭だった。
「はー……マジかー……」
「マジかー、はこっちのセリフだよお嬢……」
色々とドン引きの十一対の視線を受け流しつつ、最後の実験の準備に取り掛かる。
「最後の実験をしましょう。PPS-43、ちょっと協力して」
「……何、指揮官。すごい嫌な予感がする」
「大したこっちゃないわよ。手榴弾のアップグレード実験よ。飲料品の爆薬転用があったから、そういえばそれ使えるのかな、って」
「……。……まあ、嫌がっても無駄だろうから、やる。どれ?」
「これ」
ポケットから出した、
「E.L.I.Dに通用する通常兵器の開発が主題だから、私が投げちゃ意味がないからね」
「わかった」
PPS-43は気づいていないが、59式が後ろでしゃがみこんでまさにがくがくぶるぶるといった様子で隣のFive-seveNとぼそぼそ何か喋っている。
「それじゃあ始めましょう」
ずばん、と新たにデスクローの脚を撃ち抜く。ある程度近づいてきたところで、さらにもう片脚をぶち抜いた。それでも這いずって近づいてくるデスクローに向けて、
「ウラー!」
PPS-43がソレを投げた。
瞬間、PPS-43を引っ張って遮蔽に隠れる。ついでに全員との無線チャンネルに「伏せろ!」と叫んでおいた。一部のカンの良い人形、59式とFive-seveNとあと処刑人が、狙撃用土台から飛び降りて伏せるのが見えた。
カッと燦く閃光、轟く轟音、屹立するきのこ雲、押し寄せる爆風と砂塵。
「ひゃぁっはー! やっぱアトミックパワーはこうでないっとねぇー!?」
思わずテンション上がって叫んだ私に、誰かのドロップキックが命中して、私は狙撃用土台から落っこちた。
なお、PPS-43は青く光るもの恐怖症を発症した。……数日ぐらい。
基本プレイスタイルがステルス&狙撃なので、正面戦闘はやはり苦手です。
爆発物は好きだけど、このスタイルだとあまり有効活用できないのがネックかと。
もとい。
うちでの『傘』はこうです。こう。