人形指揮官   作:セレンディ

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スカウト

 レンツ社長のPMC駐屯地の被害は、惨憺たる有様だった。

 

 まず、鉄血人形は全損。これは仕方ない。

 次に、鉄血人形を整備していた整備兵の何人かが死傷。そう、死人が出た。経理作業等を行っていた内勤にも被害は出ている。近所から雇っていた清掃や調理、事務作業員達はPMCのプライドにかけて全員守り抜いたそうだが、ここでの勤務を続けてくれるほどの肝っ玉があるかどうかは、言うまでもないだろう。

 戦闘員への被害は凄まじい。内勤の作業員を守るためにかなりの人数が犠牲になった。当然、鉄血人形の鎮圧にも。

 テレビニュースからも、突然の鉄血人形の暴走について報道しており、鉄血人形のサービスターミナルに務めていた職員も殺害されていることから、鉄血の陰謀説やクーデター説は説得力が薄いとされている。

 

「マジでお嬢の言う通りになったっスね……」

 

 テレビを見ていた父の部下、現在は小隊長のオジサマが言う。ゴツい見た目にそぐわぬ軽い口調のこのオジサマは、私と違ってトレーラーの運転や部隊運用に非常に長けている。

 

「あー……おやっさんから回ってきたあの不確定情報メール、出処はお嬢ちゃんかぁ……。ミックの野郎、対策したから大丈夫だって大威張りだったってのに……いの一番におっ死んじまいやがった」

 

 しみじみと呟く社長。彼もまた、左腕を吊っていた。

 一旦、レンツ社長のPMC駐屯地からは全員が引き上げ、死体の納棺、負傷者の手当を行っている。父の部隊にも、少なくない被害が出た。59式だってダミーが2体破壊された。

 

「いやっはっは~、今回は本当に死を覚悟したよ~、一つ間違ってたら私今頃スクラップだよ~」

 

 まだダミーが一つ残っているくせに何をいうか。まだ一つ間違えられるとも言えるというのは、鉄火場で無茶できない私の僻みだろうか。スティムパックやサイコに始まる戦闘用薬物の類は当然存在しない。そもそもスティムパックとは直訳すると注入器セットであり、中身が何なのかそういえば知らないのだ。アパラチアでは製造できたような気もするが、あのクソ適当レシピがこっちでも有効とは思えない。

 それはともかく、被害を受けすぎたレンツ社長の部隊と、父の部隊は合併を計画しているらしい。双方人員不足を感じていたところを人形で補い、そこへさらに人的損失という被害を受けてしまったのだ、単体で動作できないならば合併してしまえばいい。どうせ新兵を入れればトラブルが発生するだろうから、そこを織り込み済みで合併、ついでに新兵募集と人形調達もするそうだ。

 

 さて。名前を呼ばれ、父の執務室、というと聞こえはいいが幹部部隊員以上のデスクワーススペースでしかない、に入った。59式も一緒に来い、ということなので本体だけ連れて行く。

 

「父さん、呼ん……む?」

 

 見慣れない顔が、父の近くに立っていた。女性だが、当然、母じゃない。母は部隊運用に関わってすらいない。

 特徴的な赤いコートは見覚えがある。PMC大手のG&Kの制式コートだったはずだ。グレーの髪に、怜悧な風貌。右目に掛けたモノクルがまた冷ややかなイメージを誘う。

 そう、ヘリアントスだ。そういえば、蝶事件をうけてG&Kは新規指揮官を採用し始めるんだったか。

 ともあれ、来客がいたところにくそフランクに入ってしまったことは頭から追い出し、改めて名を名乗って敬礼、出頭した旨を伝える。

 

「おっ、新しい人? はじめまして、大変有能な59式だぴゃっ!?」

 

 横の59式がまたくそふざけた挨拶をするので足を踏む。振動する足の下を無視して、

 

「ともかく、ご用件は何でしょうか? おそらく、こちらの方も関わりがある件でしょうから、紹介をお願いいたします」

 

 父に要件は何なのかということと、初対面のヘリアントスを紹介してくれと問う。

 父においては珍しく、何事か言い淀んだ後に、また口を開いた。

 

「……紹介しよう。こちら、グリフィン&クルーガーのヘリアントス上級将校だ。ヘリアントス殿、こちらが娘の……」

 

 改めて名乗って敬礼。

 

「それじゃあ自己紹介だね~。私、59式だよ~。ここに来て大変有能な活躍をしているよ~」

 

 一回踏んだだけでは足りなかったらしい59式の足を再度スタンピング。……こいつ痛覚切りやがったな? ほら、ヘリアントス上級将校だって呆れて……

 

「いや……話には聞いていたのだが、本当に御息女は、59式にそっくりというか……姉のようなのだな」

「たまたま娘に与えた銃を扱う戦術人形を、カタログで見た時は目を疑いましたな」

 

 そっちかよ! 確かに59式に似てるのは事実だが、そんなに驚くことだろうか。世の中には三人は自分とクリソツなやつがいると言うに。

 あとパパ様? もしかして59式を購入したのって確信犯だったの? 私ここまでちんちくりんじゃないやい。

 

「話を戻そう。ヘリアントス殿のご用件は、お前のスカウトだ」

「……説明をお願いします」

 

 こくり、と父は頷いて、したくない話をするときのよくやる仕草と一緒に、続きを話し始めた。

 

「レンツの部隊と合併を進める話は聞いているな? その上で、どこか別の部隊にお前を出向で出そうと思っていた。その……お前がいると、他に人形や整備の扱いに熟達したやつが育たないんでな」

 

 自覚はある。曲がりなりにも戦術人形は女の子型なので、59式の整備は私が率先して、というより独占して行っていた。ついでに、トレーラーや設備等の整備まで行っていたのも私だ。さすがに命を預ける装備は各自で整備するようにケツを蹴っ飛ばしたが、うんうん頷いていたら全部隊員の装備全部の整備も行っていたかもしれない。

 

「とかくお前はワンマンで物事を進めがちだからな。その辺を学んでもらおう、と思っていたんだが、その、出向先に困っていてな……そこにG&Kからのスカウト、というわけだ」

「そこから先は私が話そう。先日の鉄血工造製の人形の暴走事件は記憶に新しいと思うが、あれを受けて我がG&Kは新しく指揮官の募集を決定した」

 

 ヘリアントス氏が、手元のPDAツールを操作すると、ホログラムでの細かい会社概要などが流れる。

 

「かといって、未経験者ばかり採用するわけにもいかないが、経験者はなかなか見つからない。そう考えていたところに、テーブルに乗ったのがキミだ。先日の駐屯地の人形が暴走した際の、人形への指揮は見事だった」

 

 そうだろうか? 突っ込んで暴れてカバーさせて突っ込んで暴れるのを繰り返しただけだ。

 

「その様子だと自覚がないようだな。HG型戦術人形の主な役割は索敵と支援だが、君の指揮する59式の役割は火力と掃討であり、I.O.Pが想定する通常のHG型戦術人形のなしうる範囲を超えているのだ。それも、最適化が完全に完了したに近い5Link人形ならいざしらず、君の隣にいる59式は4Linkだ」

 

 注目を受けた59式が有能のポーズ(本人談)を取っているが無視だ無視。

 

「キミのその指揮能力を、ぜひG&Kで活かしてほしい。先日の暴走事件以来、鉄血人形を鎮圧するための指揮官はどこも欲しているが、特に我々G&Kは強く欲している」

 

 謳い文句そのものは悪くない。が、いくつか疑問も浮かぶ。原作的にはホイホイついていっていってもそこまで問題はないのだろうが。

 

「質問があります」

「当然だ。何でも聞いてくれ」

「なぜうちの部隊ごとではないのですか? 人形を運用していたのはうちの部隊と言っていいはずです」

 

 少し、ヘリアントス氏が言い淀む。何か、非常に言いにくいことでもあるのだろうか?

 

「……実は、短期間で5Linkを達成したのみならず指揮を自力で採る人形を運用しているところがある、という報告を受けてな。初めは育成成功事例としてのデータ提供依頼をしようとしていたのだが……たまたま得られたデータを検証した結果、人間一人4Link人形一体という報告が来た」

 

 私の視線から目をそらしつつ、ヘリアントス氏は続けた。

 

「それに、先程部隊長殿にも確認をとってな。戦術人形への指揮は特に出しておらず、全てキミが担っている、とのことだ」

 

 ……ん? ああ、なんとなく父達の狙いがわかった気がする。

 

「つまり……その、キミは何らかの理由で外見カスタムを受けた59式と勘違いされていたわけだな」

 

 唖然としたふりをする。おそらく、本当に父達の確信犯だ。誤用の意味でのな。PMC稼業はどこで恨みを買うか判らない。その矛先が私に向くことを少しでも低めたかったのだろう。異常性能を持つ多Link戦術人形にカチコミを掛けたいやつはよっぽどの自殺志願者もどきに近い。そのうえで、自己指揮する人形が例外を除いて存在しないことは普通は知らないということを踏まえると、カチコミの想定難易度がさらに爆上がりするわけである。最初はただの偶然だったのだろうが、途中から意図的に仕組んでいたんだろう。

 私こんなちんちくりんじゃないけどな!

 まあともかく、父の愛情によるカモフラージュは、一部にバレた結果そこからの注目を招くことになる。それで、人形の指揮官としての白羽の矢がたった。こんなところだろうか?

 後、聞いておくべきことといえば……

 

「あの、私がこのお話を受けた場合、59式はどうなるんですか?」

「その59式はお前の指揮下で動くことに慣れすぎている。今更指揮を他に渡しても、苦労の種にしかならんさ。というわけで、指揮官になるなら一緒に連れて行け」

「その方向性で予め交渉は済んでいる。遠慮なく連れてきてくれ」

 

 おっとマジですかパパ様、愛情を感じるなあ。少なくともこの59式がいれば、初期のスケアクロウやエクスキューショナーハンター、場合によってはイントルーダーすら屠れるやもしれぬ。

 

「では……その条件で、新任指揮官の件、お受けします」

「スカウトに応じてくれて感謝する」

 

 締結の形として、私とヘリアントス氏は握手した。

 

「優秀な59式に~新たな活躍の舞台がきたんだね~」

 

 ペースを崩さない59式の反対の足を踏む。案の定痛覚は切ってやがったこの野郎。じゃなかったこの女郎。

 

 ん? でも、この内容だとパパ様が言い淀むような内容じゃない。父は、一体何を隠している……? 少し、警戒しておこう。


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