人形は、バックアップからの復元が可能である。
ゆえに、戦闘で全損してしまったとしても、バックアップから復元すれば、最後にバックアップを取ったときから全損までの間の経験こそ失われるが、問題なく復元が可能である(稀有な確率での復元失敗の報告もあるが、あまり信じているものはいない)。もっとも、そのような運用をしてしまった指揮官への人形からの心象はかなり悪いが……。
さて、このバックアップからの復元であるが、ルールとして『最新』のバックアップから『1回のみ』復元が可能である。また、現行機が存在する間は復元は実行できない。考えてみてもほしい、『自分』が後から後からウジャウジャでてくるところを。どこのSFホラーだよ、というノリである。人形の精神がヤバいことになることうけあい。1回のみルールは、復元した直後に自動的に再度バックアップを取ることで守られているが、この、現行機が存在する間は復元できない、というルールは意外にこう、破られることが多い。意図してか、意図せずしてかを問わずして。
例えばあんまりな体験をしたために、バックアップから復元しそれまでの経験を『捨てる』ことでその記憶を消そうとするパターンならばまだ真っ当。なんらかの理由で行方不明となってしまい、捜索しても見つからないため仕方なく復元した後に生還したという事故もまあいい。偵察に出した人形が囲まれるとかして帰還見込みが無い場合にさっさと復元を始めてしまうせっかちなやつもいれば、とりあえず特攻、情報収集、自爆、復元、などというお前いつか人形に刺されるぞ、的な運用をするやつもいる。
今回は事故……に見せかけてせっかちなパターンだ。
そして、この現行機が存在する間に復元を実行できない、というルールが何らかの理由で破られた結果、オリジナルと復元体が同時に存在してしまった場合どうなるのか。この場合にもルールが定められており、答えは『復元に成功した段階でオリジナルはその復元体とする。その後元オリジナルが生還したとしても野良人形として扱う』である。
つまり、屋根裏から降ろしてきたこのM1895は、野良人形なのだ。事情を聞いてみるとそういうことだった。
「のう……指揮官。59式はわしをただかくまっておっただけでじゃな? 不法侵入しているのはわしじゃし、責任はわしにあると思うのじゃよ」
などとM1895は供述しているが……
「いやいやおばあちゃん、違うよ、違うんだよ」
今回の主犯、59式の両頬を左右に引っ張る。
「みゃ、お、おひょう、ひゃ、ひゃひひゅゆう〜」
「あなた、M1895に頼られるのが嬉しくて、報告遅らせたでしょ。しかも、だいたいこれぐらいでバレるかな、というのを見越して!」
「ひゅぅーーーーーー!!」
そうなのだ。野良人形を指揮下に入れるための手順は、実を言うと私が電子印を押す手前まで進行していた。カリーニンなど、
『え? 指揮官の指示だよ、って書類持ってきましたけど……?』
と、まあ、うまくやったものだ。気づいた気配を見せたら、書類を決済待ちに入れるつもりだったのだろうが、馬鹿め。気づいた段階で動くに決まってるでしょうが。書類、といっても電子書類なので、59式のフォルダから拾い上げて電子印を押し、決済済みフォルダに放り込んでおく。最終的な処理は後はカリーニンがやってくれるだろう。
「とりあえず59式、しばらくおやつとお酒抜き!」
「ええーっ!?」
軽く済ませたが、私がM1895に連絡先を渡していなかったのも問題だろう、ということにしておく。
「さて、おばあちゃん。とりあえず、ボディのメンテするよ」
「おお! さすがにこの老骨には、キチンと内部が直っておるとはいえ外側が壊れかけが辛くてのう」
「いやそれ誰だって辛いからねおばあちゃん」
内部だけ直して、服の下はそのままとか金属パーツ丸見えとかだし汚れも取れてない、とかだったからねえ……。この間の404小隊も、外側のコンディション低下はメンタルに重大な影響を与えていたようだし。それが、今度は壊されてアレされてだものなあ……。
……あ、洗浄が先かな……?
さて。
M1895完全復活である。
野良人形ではあるが、最適化率の現在値が高く、ちょっと訓練すれば、改造前提だが回避盾すら可能であろう。
というわけで、基地の人形がまた一人増えた。増えたのであるが……。
「またHGが増えた、かー……」
頭を抱える。
「そういえば、この基地はHG人形の割合が高いんじゃな。……予想外なのも一人おったようじゃが……」
食堂。とりあえずメンテして生体部品も修復した後、食堂に繰り出して聞き取り兼簡単な歓迎会である。コーヒーを傾けるM1895の視線の先には、処刑人。
「そうだろうな。私とてこちらに身を寄せることになるとは思わなかったさ」
その処刑人が、ゴツくない方の手で傾けているのはあまーいミルクココア。この基地、甘党が多い。
デフォルト通りのAA-12に始まり、HG連中は大抵。SMGも一部を除き甘党。ARはガリルだけ辛党。
そして、全員それ以上に酒が好き。はたしてM1895はいかに……?
「というわけでおばあちゃん、お酒は好き?」
「……何がというわけでなのかさっぱりわからぬのじゃが……この老骨に酒は堪えるでのう。嗜む程度じゃなおぅっ!?」
がしっとM1895の手を掴む。
「同志!」
「え、え、なんじゃ!?」
「お嬢、酔えないタイプだからお酒好きじゃないんだよ、この基地では珍しいことに。というかお嬢だけじゃなかった?」
「飲まないやつ同盟を組もうそうしようそれがいい」
「お、おう」
少し引きつつのM1895。その顔には、「もしかして早まったか?」的なことがデカデカと書いてあった。それについては否定できないが、朱に交わればなんとやらということわざもあることだし、問題なく基地に馴染めるように手助けをすることとしよう。
ともかく、これで基地の人形数はこれで合計十四。処刑人を含めてしまっていいのかいささか疑問ではあるが、本部に報告は上げているし、作戦運用に組み込んでしまって問題ないとの返答も貰っている。防衛戦力も考えるとあと二人もしくは三人、新しい人形が来たら次の部隊を構成できるだろう。……USPコンパクトが、本当に内勤向けの性格をしているので、そこは尊重してやりたい。面白いのは、訓練で自己判断して攻略しろ、というのはさっぱりできないのだが、セントリーボットやプロテクトロンの操作モジュールを渡してタワーディフェンス的に防衛させる、というのはできるということだ。シミュレーションで、アクシデント的に壁を破砕して進行してくる敵を黙って追加したところ、多少パニクったもののプロテクトロンを追加配備して迎撃していた。なんというか、人形の指揮ができない、というAI上の弱点は、創造的な、というとあれだが一から図面を引くような立案実行ができないだけで、方針や前提、ある程度の理論があればそれを使って判断できる、ということなのだろうか。この場合、前提が間違っていたら当然間違った指揮運用をしてずっこける、ということだろうが。
まあ、今は歓迎会か。
人形たちや職員の期待の視線に、しょうがないか、と酒を備蓄からいくらか出しておく。さすがにそんなに量は出せないが、楽しめるぐらいは出したつもり。後は適当につまみになりそうなものを追加で作ってもらっておいて、飲んで食べてでいいだろう。私は……ヌカ・コーラとポークビーンズでいいか。
「おお? 指揮官、見たこと無いものを食べておるのう。それはなんじゃ?」
「ん? ヌカ・コーラとポークビーンズ。食べる?」
「貰っていいならばわしも貰おうかのう」
「あいよ、今用意するからちょっと待って」
と、自分の分を持ってきたところ、それにM1895が食いついた。また冷蔵庫と棚に向かった私の後ろから、こんな話が聞こえる。
「いや、おばあちゃん、それやめといたほうがいいよほんとに」
「ぬ? なんでじゃ? うまそうな瓶飲料と缶詰じゃろ? ……ぬ? 59式、それはなんじゃ?」
カリカリカリカリカリカリ……
「……なんでガイガーカウンターが反応するんじゃこれぇ……?」
「あー、それはフリじゃなくてやめといたほうがええで。指揮官がゆーことには、瓶飲料には放射性同位体が混ぜられてるそーやし、缶詰のほうはそもそも放射能汚染されとるんや」
「……。……なんでそんなものを食べとるんじゃ、指揮官」
「それはねえ、美味しいのもあるんだけど、これを使っとけば放射能の影響なんかペイできるからだよ」
振り向いたM1895の顔は、「やべぇ早まった」になっている。そんな彼女の前に、ヌカ・コーラ・クアンタムとポークビーンズ(汚)やケイジャンライス&チキン(汚)とRAD-AWAY(希釈)を置く。やったぜ大盤振る舞いだ。
「のう……指揮官。これ、光っとるんじゃが」
誰かが後ろで倒れた。
「なんだっけ、普通のに比べてカフェイン2倍、放射性同位体添加量2倍、がキャッチコピーだったかな、詳しいこと忘れちゃったけど……確か商品開発段階で何人か死人が出てたような……?」
「お嬢から時々その戦前のアメリカの話を聞くんだけどさ。アメリカにはバカと基地外と頭のネジが外れた精神異常者しかいなかったの? だから滅んだの?」
「失敬な……いや、あながち間違いじゃないかもしれないなあ」
59式から熱い風評被害……といえないな、割と正しい指摘やもしれぬ、を受けつつそのストレートな物言いに頷いていると、ふと、M1895がヌカ・コーラ・クアンタムに手を伸ばす。
「まって、それはやめたほうが、というか絶対にやめよう」
「物は試しじゃろ、影響を拭えるというのならば試してみるのも一興じゃ」
シプカの静止を振り切り、栓抜きでしゅぽっとキャップを外し、そのまま瓶を呷る。ロケット型の瓶の中身が、嚥下する音と合わせて次第に減っていき。こいつ正気か、という私以外の視線がザクザク刺さる中、飲みきった瓶をテーブルにどん、と音を立てておくと、
「……かぁーっ……なんじゃこれ、この見た目で美味いのもそうじゃが、こう、疲れとかが吹っ飛ぶ気がするのう!」
「でしょー? っと、なんだおばあちゃんこういうのいけるクチ? じゃあこっちのポークビーンズとかケイジャンライスとかどう?」
「うむ……。……。……おお、これもこれでいけるのう。あっちの棚じゃろ? バリエーションとかあるのかの?」
「めっちゃある。たっぷりあるよ。というか私しか食べてなかったからすんごいあまり気味でさ。おばあちゃんも食べて食べて」
「むっ……むぅ、こっちのマカロニ&チーズ?は口に合わんのう。チーズの味がちょーチープじゃ」
「それはしょうがないよ、古いし。じゃあ、はいどん、即席ぽーてーとー」
「ジャンクな味というやつじゃな。というか前の基地で食っとったものよりよっぽど上等じゃしなあ、これ。復元されたわし、ざまーみろじゃーあーはははははははは」
一方、それを見ていたAA-12がぽそっとつぶやいた一言。
「……核汚染されちゃったか……」
は、地味に人形たちにウケていたそうな。
――余談
「ふぅー……」
翌朝、共同スペースでM1895が座り込んでいる。それは、どうにもこう、うなだれて、おちこんでいるような。
「どうしたの?」
それを見た59式が声をかけた。
「ぬ? 59式か……いや、まあ、なんじゃ。汚い話なんじゃがな?」
「うん」
「昨日のアレのせいか……出したものがどっちも青白く輝いておってのぅ……」
「う わ ぁ」
「ちょっと、早まったかもしれないのう……」
「ちょっとどころじゃないよおばあちゃん……」
あれ? 核汚染されちゃった……?
おっかしいな、ドン引きさせる予定だったんだけど……