人形指揮官   作:セレンディ

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閑話8 それぞれの前歴

「それでさあ」

 

 件の酒蛮族共が蛮族して蛮族しちゃった晩のこと。

 飲まない同盟の三名が集まっているところで、ヌカ・コーラを傾けつつチーズ&マカロニをつついていた指揮官が切り出した。

 

「私がPMCでブイブイやってたのは話したわけじゃん? じゃあ、あなた達がどうだったのか、ってのが聞きたいんだけど」

「儂かの?」

「私ですか?」

 

 ヌカ・コーラ・チェリーを傾けつつ即席ポテトをつつくM1895と、コーヒーとクッキーがお供のスプリングフィールドがきょとん、とした声を返す。

 

「そうそう。うちに来る前はどんな感じだったの?」

「といわれてものう。指揮官配下の戦術人形じゃったわけじゃし、順当に配属から戦ったり作戦報告書をインストールして、鉄血やらテロリストやらと

ドンパチしておったわけじゃな。で、最後の偵察任務でドジ踏んで捕まったわけじゃ。それからはあんまり思い出したくないのう」

 肩をすくめつつ、M1895が答える。すでにその下は直っているはずだが、デフォルトとは違う手袋と足首のバンドを今も外そうとしないのは、どういう心境なのだろうか。

 

「今頃は、元の司令部で復元された儂……今はあっちがオリジナルじゃな、オリジナルがそれまで通りにつまらん待機をしておるところじゃろう。状況報告を優先してログ送信ができておらぬからな。ログからなぜ失敗したかを洗うこともできぬわけじゃし……それに、『儂』がいることも知らんじゃろうしな」

 

 言って、かっかっか、と笑ってからポテトをもしゃっと頬張る。

 

「ま、そんなところじゃな。大まかなログで良ければ、後で指揮官のタブレットに送っておくのじゃが、どうする?」

「もらっておこうかな。ああ、前の基地の機密に触れない範囲でいいからね?」

「うむ。まあ、その手の情報は送ろうとしても送れぬ。大丈夫じゃろ」

 

 などとケラケラ笑っているM1895は、既にメンテナンスのときに粗方のデータが既に筒抜けになっていることを知らない。

 

「それで、スプリングフィールドはどうなんじゃ?」

 

 M1895に水を向けられ、カップをコトリと置くと、にこりと微笑みつつ、彼女は語り始めた。

 

「そう、ですね。では、まず、指揮官もM1895も知らない重大な私の秘密を公開しましょう。ぱんぱかぱーん」

「……ぱんぱかぱーん」

 

 オウム返しにつぶやいていた指揮官の脳裏を過ったのは、前世でちょっと手を付けた某ゲームの彼女だが、それは本題には関係ないのでさておき。

 

「私は、G&Kに再就職する前は、民間の自律人形だったんですよ」

「おや」

 

 意外そうにM1895は反応しているが、実はそう意外なことでもない。型番を述べてもわからないと推測されるのでここでは単純にスプリングフィールド型と称するが、この外見とメンタルモデルのセットはかなり広く使われている。そもそもの性格が穏やかかつ世話焼きなので、カフェや商店、受付などでよく採用されているのだ。指揮官は思い出したくもないだろうが、イメクラG&Kでの受付もこなしていたし、使用済みルームの掃除もしていたようだ。

 

「前職はメイドでして。大きめのお屋敷で、坊ちゃまのお世話係をしておりました。ただの自律人形なので、護衛ではありませんよ?」

 

 何故か念押しされたが、そこはまあ。ASST搭載していない人形では、本当に素人が銃を握ったような感じにしかならないのも事実であることだし。無論、某電子戦特化人形のように訓練も可能だが。

 

「メイド生活は、振り返ってみれば穏やかながらも充実した生活でしたね。坊ちゃまのお世話に始まり、掃除などの雑用、お食事を作ったり。いたずらをされて仕返しに、翌日学校にギリギリ間に合わない時間に起こしたり。お風呂に入れてからかってみたりもしましたね」

 

 学校、ということはかなりどころではなく相当に裕福な家庭にいたらしい。お屋敷、という点からもそれは伺える。そして、R08地区指令室では毎日入りたい放題だから感覚が麻痺しているかもしれないが、現存する都市でお風呂は大抵相当な贅沢品であることも忘れてはならない。教育も高い。第三次世界大戦前では当たり前の生活は、今やブルジョワジー溢れる生活様式になってしまったのである。

 

「各種基礎教育も仰せつかっていましたので、その辺りも少々。優秀な方のようで、お勉強は特に苦労しませんでした」

 

 まあ、各種家事やら育児やら教育やらのパッケージをインストールしていたのだろう。

 

「ふむ……充実したメイド生活、とやらか。なぜ転職したのかはまあここから出てくると思うので聞かんでおくのじゃが、メイド生活で楽しかったこととかあるかの?」

「そうですね……」

 

 M1895の質問に、しばらくスプリングフィールドは考え込み、

 

「ああ、ありました」

 

 と前置きして語り始めた。

 

「坊ちゃまへのお勉強ですね。教えるだけ学ぶ方でしたので、純粋に楽しかったです」

「へー。どんなこと教えてたの?」

「算数、理科や最近向けに手直しされた経済学などですね。もちろん文学等や運動も欠かしてはおりませんよ」

「あら手広い」

「さすがじゃのう、おそらくパッケージ由来とはいえ、運用できるか否かは別の話じゃし」

 

 思わず称賛しかけた二人だったが、次の瞬間色々とぶっ飛ぶこととなる。

 

「有力者の息子でしたので、もちろん性教育も怠っておりませんよ。おしべとめしべから始めてある程度の理解を得た所で過激なAVを見せて幻想を木っ端微塵に打ち砕いた後、私の躯体に溺れさせるべく優しく筆おr」

「ブッ!?」

 

 瞬時にスプリングフィールドの後ろに転移したがごとく移動した指揮官が、殴りつける勢いでスプリングフィールドのメンテナンスソケットにケーブルを挿し、PDAをすごい勢いで操作してスプリングフィールドの意識をシャットダウンしたのはその瞬間だった。

 

「……何過激なこと言ってんのよコイツ……思わずシャットダウン仕掛けちゃったじゃない……」

 

 ぼやく指揮官の向こうで、M1895がむせてぶちまけたコーラを台拭きで拭いている。

 

「もしかして、アイリッシュコーヒーとか、酒精入りクッキーだったとかのオチはないかのう……?」

「……いや、普通のブラックとバタークッキーだわ……なんなの、このスプリングフィールド……」

 

 興が冷めた、とばかりに指揮官とM1895は解散することにした。スプリングフィールドはタイマーを掛けて数時間後に自動再起動するようにしておく。

 その処理をしつつ、指揮官はなにかに気づいたようで、その体勢のままぼやく。

 

「あー……わかった、こいつ、『目覚めた』人形なんだ。多分。ペルシカリアのお膝元にいたからには」

「『目覚めた』? よもや、良い意味合いでの人権主義者が言うておるやつか? 都市伝説ではなかったのかの?」

「私も見たのは初めてだよ、おばあちゃん。とはいえ、この性格はちょっとはっちゃけすぎじゃないかなあ……」

「それについては同感じゃな。ともあれ、手綱を握るのは指揮官じゃ、任せたぞ」

「任されたくないなあ……」

 

 ぼやきつつ、指揮官は再起動設定を終えた。




あれ? スプリングフィールドが『目覚めた』けど壊れちゃったぞ……?


あ、前回でコラボやりたーい、と希望を出しておりましたが、
今後もそれは継続して募集中であります。
あるいは、うちの指揮官なり人形なりを出すときには、
きちんと帰還させるのであればノー許諾でオッケーです。
事後報告は必要です。いいですか、事後報告で良いので必要です。ハイ。
何か聞きたいことなどあればお気軽にメッセージなどでどうぞ。
前に述べたとおり、ツィッターは創作アカウントではないので公開しておりません。

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