人形指揮官   作:セレンディ

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休暇(予定)

「おや」

「あら、指揮官」

 

 で。じっくり長風呂と洒落込むか、と、完全防水タブレットと各種飲料とラバーダックを携えて大浴場に来てみれば、そこには先客がいた。スプリングフィールドである。

 

「あなたもお風呂?」

「ええ。大浴場は久しぶりですので」

 

 答えるスプリングフィールドの髪の毛が、湯船の中でゆっくりと漂っている。湯船に髪の毛をつけるなとかなんかあった気もするが、うちではとりあえず気にしないことにしていた。湯が汚れるとか髪の毛に汚れがつくとかだったか……まあ、人形は人間と比べて老廃物の排出が圧倒的に少ないし、抜け毛もほぼないので気にすることではないだろう。

 浴槽のフチに、トレイに載せたあれこれを置いて体と髪を洗っていると、スプリングフィールドがちゃっかり飲み物に手を付けているのが見えた。

 

「ちょっと、それ私のなんだけど」

「おかまいなく。美味しいですねこれ」

「おかまいなく、の使い方はそうじゃないでしょうに……」

 

 渾身のお高い天然オレンジ果汁ジュースである、飲みきったら色んな意味でただじゃ済まさないぞ、と目で牽制しておく。それでも、身体と髪を洗い終えて湯船に入ったときには、2/3程度しか残っていなかった。くそー……。

 で、カップでオレンジジュースをうまそうに飲むスプリングフィールドを見やる。普及率の高いタイプの素体のライフル人形。ペルシカリアのところにいただけあって、何らかに「目覚めた」人形であるが、何に「目覚めた」のか。一口に目覚めたと言っても、それは人権意識だとか、自由意識だとかの何らかの権利意識とかがメジャー(?)ではあるが、都市伝説級にマイナーな例が一つある。

 

 自我、である。

 

 フィクションでよく言われる、三層のなんだかんだと言われるあれだ。人形のメンタルモデルは人間に近しいとはいえ、近いということは異なるということを意味する。代表例が基本的に人形は自身を含めて指揮を取ることができないということであり、メンタルモデルによっては完全な嘘がつけないことだ。諸説あるがこれはこう言いかえることもできる。

 

 人形のメンタルモデルは、M4などのいくつかの例外を除き創造的なことができない、ということだ。完全に自分で考えて行動する、ということに大きく制限がかかっている、と言ってもいい。USPコンパクトがやっているTD式ロボット指揮防衛も、一番初歩の防衛の考え方というのはインプットしてやる必要があった。そのインプット内容に発展できる理論を与えた結果、壁を破壊して予定外のルートからの進軍にも対処できるようになったが、たとえ防衛を破られそうになっても、ロボット指揮防衛以外にできることがあったとしてもその可能性に気づくことは無いだろう。そんな、創造的発展、あるいは思考の飛躍とでも言おうか、そういうものが人形にはない。

 ところが、先の襲撃の際、このスプリングフィールドはあろうことか、自分から狙撃を提案し、更にあろうことかライフル人形が自分から偵察を行って襲撃中の鉄血ハイエンドモデルが誰かを見つけて報告してきた。あの時は状況が状況だったので流してしまっていたが、今考えてみると明らかにおかしい。何らかの指揮とか指示下にあったのならばまだ不思議ではないのだが、あの時のスプリングフィールドはそういうわけではないのだ。前々から勝手に店番をやっているなどの兆候もあった、今回のでほぼ決まりであろう。あとは、バックアップがキチンと取れているかのベリファイを行えば確定させられる。どういうわけか、自我に目覚めた人形のバックアップは、どんなに精緻にとっても復元したときに完全な自我は失われてしまうのだ。復元できるが完全には復元できない人形である。もしかしたらボディの電脳が特異進化でも起こしているのかもしれない。解体したら失われてしまうので、サンプルを取ることもできないだろう。

 

 一方、うちの59式とかにはそういう兆候はない。特に59式は私の指揮下にあると安心するようで、名実ともに私の可愛いお人形さん、ということである。なぜ私は59式にクリソツなのかとかの謎は尽きないが、とりあえず例外なく見目麗しい人形にクリソツということは、私も見目麗しいと言い切ってよいということだ、ふふん。

 

「……指揮官、急にニヤニヤして、どうされましたか?」

 

 おっと、今は一人でいるわけではなかった。

 ともあれ、スプリングフィールドの諸々の状況を考えると、前線に出すよりは指揮補助とか場合によっては指揮そのものを執らせるのもありだろうか。人形部隊の一番の欠点は、通常指揮が必要ということなのは先程も述べたとおりで、これを覆せるならばその価値は計り知れないということになる。……もっとも、その場合は文字通りの人形指揮官として引っ張られてしまう場合も無きにしもあらずだが。とりあえず私も人形指揮官(擬態)なのだがなあ。

 

「指揮官」

「ん?」

 

 おおっと、また周りに目が向いていない。スプリングフィールドが困ったかのような表情と視線を向けてくる。

 

「その、困ります。そんなに見つめられても、私、同性愛の気はありませんので……」

 

 私は激怒した。必ずやかの邪智暴虐なライフル人形をイワしてやらねばならぬ。

 

 

「ふー……」

 

 とりあえず気絶させたスプリングフィールドを、溺れないように浴槽の外に放り出し(人形は溺れないはずだが)、持ち込んだ飲み物を傾ける。ついカッとなってしまって気絶させてしまったが、ある意味スプリングフィールドの掌の上とも言えるこの状況はどうしたものか。自我持ちの兆候のときにも述べたが、受付をしていたり店員をしていたりで気づきにくいがこのスプリングフィールドは珈琲にあまり興味を示さない。カフェマスターとかめんどくさい、もしくは合わないと考えているのだろうか。いっその事カリーニンの配下につけてしまったほうがその特異性の有効活用に繋がるのではなかろうか、と考える一方、そこでアホ面晒して倒れているスプリングフィールドに希望を取らずに配置転換させるのもな、とも思わなくもない。せっかく配備されたライフル人形が頭数に数えられなくなるのも問題だ。

 

 キィ……

 

 と、タブレットで動画なんぞ見つつつらつらと考えていたところ、大浴場に誰か入ってきた。

 

「まあそんなわけで、時折指揮官には服の布面積増やせって言われてるのよね……うわっ!? スプリングフィールド!? なんでここで寝てるの!?」

「寝てると言うか……これは指揮官に気絶させられたの?」

 

 我が司令室のHGの中でもでかい奴ら筆頭、Five-seveNとグリズリーだった。状況をさくっと察したらしいグリズリーが、こっちに目を向けてくる。

 ……お前らちょっとは隠せ。

 

「変なこと言うから、つい」

「戦術人形はついで気絶させられるものじゃないと思うんだけど」

「……気絶ではなく、動作不良を起こさせられたのです」

 

 復帰していたらしいスプリングフィールドが、ぎこちなく起き上がる。頭を振って立ち上がり、また湯船に戻った。

 

「掌底一発で私があそこまで動けなくなるとか、指揮官は一体どのような武術を学んでいるのですか?」

 

 やりすぎだ、と視線で抗議してくるスプリングフィールドに、ジュースを少し注ぐという賄賂でごまかす。目ざとくそれを見つけたFive-seveNが、私からボトルとカップを奪っていった。いや、奪っていったじゃねえよ返せ、それは私のとっておきだおい飲むな返せ。

 

「指揮官が色々と異常なのは置いておくとして」

「置くな、異常じゃないわ」

「異常な人ほどそういう事言うのよね。ところで59式は? 一緒じゃないの?」

 

 ボトルを回収。くっそ、もう1/3も残ってない……。

 

「別にいつも一緒にいるわけじゃないわよ? 私の執務中とか、59式が趣味の音楽聞いてるときとか。それに四六時中べったりしてるなら、M1895とか引き込めるわけないじゃない」

「……」

「……」

 

 Five-seveNとグリズリーは『え、マジかよ』という感じに顔を見合わせる。え、なんなの? その反応から察するに、猫か何かみたいに、執務室前によくいて私の気配が近づくとさっと離れてるとかそういうことしてるってこと? いやまっさかぁ、ホント忠猫じゃあるまいし……あとで隠し監視カメラデータこっそり見ておくか。

 

 キィ……

 

「仕事上がりの風呂やぁーうおー!」

 

 また誰か入ってきた、と思ったらガリルである。お前もちょっとは隠せほんと。あと浴槽に飛び込むな先に汚れを落としてこい。

 

「なんや指揮官も入ってたんか。あっちゃぁ、しくじってもうた」

「しくじったじゃないわよ、先に身体洗ってらっしゃい」

「ちぇー」

「次浴槽の汚れが酷かったら、ルアード爺にチクっとくわね」

「ぐええー。ウチの至高の時間がぁ」

 

 ルアード爺としか呼んでいないが、うちの清掃員の一人である。割とプロフェッショナル気質な人で、指令室を綺麗に保ってくれる無くてはならない人だ。とりあえず、浴槽に泥汚れが積もっていると小言を受けるのは私であるからして、ガリルの行動は容認できない。プロテクトロンに清掃作業等をさせないのか、という点については、掃除という臨時作業の集合体にはAIは非常に相性が悪いということと、雇用創出の観点からロボットでの代替は極力行わない方針でいる。例外は戦闘や危険地域などの破損が考えられる、つまり人間で行えば死傷の可能性があるところである。というかロボットの役割は本来そういうところでの危険を人間に代わって引き受けることだろう。

 

 ロブコオリジナルのAIは、長期運用をするとエラーが溜まって暴走する? 大丈夫オートマトロンの別系統AIだから。……それに、HAVOK神に荒ぶられても困るしな。

 

 とりあえずRF人形とMG人形、そして代替資源が提出して認められるならSG人形も、できたら追加でほしいところである。

 まあさしあたっては、私の今日明日の休暇を満喫するのみだ。

 

「指揮官」

「ん? なに?」

 

 ふと、再度スプリングフィールドが声を掛けてきた。

 

「せっかくなので、お背中お流ししましょうか?」

「……いや、さっきもう洗ったし」

「そうでした。では、マッサージなどは?」

「えぇ……別にそういう事をする義務とかはないのよ?」

「いえいえ、せっかく居合わせたので。ちゃんとモジュールはインストールされていますので問題ありませんよ」

 

 にこやかに言ってくるが、また何かエロ方面に雪崩込まれそうで抵抗がある。

 ……が、今回は受けることにした。理由は後で述べる。

 

「しょうがないわねぇ……で? 座ればいいの?」

「いいえ。お体が冷えてしまうので、浴槽のフチに寝そべるのが良いかと。まずはうつ伏せでお願いします」

「はいよ」

 

 安定して座れる、あるいは足場となれるようなフチにしておいたので、遠慮なく上に寝そべることができる。似非石材タイル風なので、湯船の熱が伝わっていて冷たくもない。

 

「では、始めますね」

 

 と声を掛けられ、肩口や背中に手が触れる。人形の力は当然人間よりは強いのもあり、割と強めの力でもみほぐされていく。

 

「ぬぐ、む、む、う……」

 

 意外と気持ちいい。最近デスクワークが多かったせいか、腰回りをグリグリやられると思わず声が出る。

 

「やはり、凝ってらっしゃいますね」

 

 整備や改造でも前傾姿勢で作業することが多いので、その辺もあるのかもしれない。

 顔の下に敷いていた腕を左右に取られ、代わりにタオルが置かれる。同時に取られたので見てみると、右にスプリングフィールド、左にもスプリングフィールド。

 

「ダミーを呼びました。一斉にやってしまおうと思いまして」

 

 都合三人のスプリングフィールドに腕、腰、脚を揉まれていく。

 

「お、おう、ん、んくっ、ぐ……ん、ふぁっ」

「……なんやねん、声だけやと、その、なんや……」

「……そうね。まあ、今の所疚しいところは無いわけだし……」

 

 ガリル達の声が聞こえ、さすがに恥ずかしいので声を抑えるも、巧みに動く腕が気持ち良いのでどうしても声が漏れる。ある種、してやられたなあ……。

 

 

 そんなこんなで、エロい意味ではなく全身をたっぷり揉み解された後。

 浴槽のフチに腰掛けてぼーっとしていると。

 

 がららららっ

 

「お嬢が喘がされていると聞いてっ!」

 

 とりあえず59式を湯船に叩き込んだ。

 

 

 がららららっ

 

「指揮官どうして私にはさせてくれないんですかぁっ!」

 

 とりあえずHK45も湯船に叩き込んだ。




なんか今回難産でしたどうしてぇ……?

指揮官の音声ZIPなどはありません。

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