「……」
ヘリアントスは、上がってきた報告に顔を顰めていた。
S地区から上がってきた報告では、AR部隊を預けた指揮官から、破壊者の撃破などが報告されている。それはいい、予想の範囲外とはいえ、ハイエンドモデルと遭遇して大した被害なく撃破できたのは重畳、喜びこそすれど、何か文句を言ういわれはない。
一方で、R地区、つまるところ後方支援地区のハズなのだが、こちらからは処刑人と法官の鹵獲報告が上がっている。撃破ではない、鹵獲だ。よりによって鹵獲である。処刑人の鹵獲の段階でいろいろと騒ぎになったが、存在も極秘のはずの傘ウィルスのよりによってワクチン開発報告と感染チェッカー及びワクチンプログラムが上げられてきた時は、当然ながらそれ以上の大騒ぎとなった。私設PMCで人形を指揮していただけのはずの指揮官が、なぜ最先端のグリフィンのデータルームでもどうにもできなかった傘ウィルスを、それこそ「新しいウィルスを見つけたのでチェッカーとワクチン作っときました」レベルのノリで報告が上がってくるのかが理解できない。すでに調べさせたが、彼女に電子戦の手ほどきをしたはずの私設PMC社長の技術レベルはグリフィンの電子戦担当官よりも遥かに劣ることがわかっている。では、彼女にそれ以上の電子戦の教育をしたのは誰なのだ? そもそも、どのような技術形態の電子戦なのだ?
疑問は尽きない。
人形製造や定時の補給や連絡の際、輸送ヘリのパイロットが見たこともないロボットが荷運び作業などを行っていたと報告している。そもそも、作戦報告書における人形の能力が一般の同型人形の性能を軽々と超えてもいる。
現状能力と、履歴から推測できる能力に逆の意味でこれまで差異があるというのも珍しい。そして、その技術を振るうことに際して隠蔽等を行っていないので、割とそれらの技術のレプリカの作成、特に人形の躯体性能の向上なども試みてはいられるのだが、その構造のシンプルさに反して非常に高度な逆アセンブル対策が施されているらしく、同等どころかその一割程度の性能すら再現できていなかった。技術行使に特に隠蔽を行わないはずである。
つまり、彼女は、人形の指揮に長け、電子戦にも秀でていて、正体不明のロボットや構造物を作成する技術を有し、おまけに強度の高い逆アセンブル対策を保持しており、最後に非常に効率の高いリサイクル技術まで保有しているのだ。
何の冗談だ。
404部隊に探らせた結果、近隣の廃棄物処理場からゴミを掘り返し資源化しているという。そうではない、リサイクルできないからこそゴミなのだ。掘り返したからと言って容易に資源化できるものではないはずなのだ。
「それで、私のところに来たわけ?」
ヘリアントスの前で、気だるげに珈琲を傾けているのはペルシカリア。インナーにワイシャツを引っ掛けただけの人前でそれはどうかという格好でデスクチェアで珈琲を傾けている。
「考察しても休むに似たりでな。I.O.Pのラボでも、あの指揮官の技術は再現できないのか?」
「無理ね。躯体技官が解析と再現に燃えてたけど、芳しくないどころか成果がちっとも出ないことに燃え尽きたわ」
「I.O.Pのラボでも駄目なのか……」
嘆くヘリアントスだが、その視線はペルシカリアの周囲に向いている。ペルシカリアの部屋は、以前にもまして散らかっており、脱ぎ捨てた服どころか下着さえも転がり、その他カップなどの食器類や食べかすも転がっていて、ちょっと臭う有様だった。
「ところで、この部屋は片付けないのか? 前にいた……スプリングフィールドの同型はどうしたんだ?」
「ああ、あの子? ちょうど話題の指揮官のところに送ったわ」
「……は? AIを観察しているのではなかったのか?」
驚くヘリアントスに、ペルシカリアは憂鬱そうに続けた。
「AIそのものは、とても平凡なものだったわ。特異だったのは、民間利用からずっと稼働し続けてきたことによる躯体の変化のほう。ワン・オブ・サウザンドだったかしら……量産型拳銃の製造時の気紛れが全て奇跡的に微笑んだ結果、驚異的な精度の銃ができあがるという都市伝説。あれと似たようなものよ」
「つまり……稼働による劣化がAIに何らかの影響を及ぼしていると?」
呆然と呟いたヘリアントスだったが、ふと、何かに気づきハッとした様子で続けて問う。
「待て、躯体の劣化が原因ならば、躯体の修理を行うと?」
「そう。元の凡庸なAIに戻るわ。二件ほど、今までに似たような報告があるの」
ずずず、と珈琲を啜ってペルシカリアは嘆く。
「そして、そもそも劣化しているのだから、修理やオーバーホールなしではそろそろ稼働限界。……いわば、寿命ね」
「寿命……。それまでのパーソナリティがなくなってしまうと考えれば、いわば死と同義、か」
「そう……。だから、寿命が迫っていることを伝えて、しておきたいことがないか聞いたわ。そしたら」
「……戦術人形になってみたいといったのか?」
こくり、とペルシカリアは頷いた。絶句するヘリアントスをよそに、ペルシカリアは話を続ける。
「戦術人形としての弾道計算を始めとした戦闘演算や機動は寿命を縮めると伝えたんだけどね」
漫然とメイド人形として働いていた時期に突如芽生えた完全なる自我。その様子が噂となり、I.O.Pにというよりはペルシカリアに回収されて随分と長い時間をラボの試験と雑用で過ごしてきたスプリングフィールドと同型の人形。彼女が何を考えて戦術人形になりたいと言ったのかは、もうわからなくなってはいやしないだろうか。
「戦闘がもうあったのでしょ? 大規模なやつ。それなら、もう、今頃はね」
「……そうだな。ん、メールか?」
ぴこっと通知音をデスクの上の事務用PCが奏でた。
「そうね。M4かしら」
カタカタとロック解除キーを入力して、メーラーを立ち上げて開く。
「え、スプリングフィールド!?」
名称:スプリングフィールド(自我覚醒型)
種別:RF人形
CND:199/100
Lv:43
Link:×3
MOD:躯体改造Ⅵ
躯体の性能を上昇させ、DR、DTを付与する。
MOD:自我覚醒型
AIの行動に変化を与える。性格、嗜好が変化することがある。
このMODの取り付けられている人形はバックアップの取得及び修理ができない。