【PSO2外伝】バトル・アリーナ・Girl's! 作:万年レート1000
バトルアリーナとは。
元々はアークスが対人型エネミーとの戦闘を想定しての軍事演習を目的として製造した軍事施設である。
だが今やダーカーは滅び、戦争は終結した。
軍事施設としての役割を終えたバトルアリーナは、不要と判断されあえなく閉鎖――されることは無く、一般市民の新感覚スポーツとして普及することになる。
そしてそれに伴って、『演習』ではなく『遊び』になったことによる様々なルール改善が施された。
赤と青のチームに別れてエンブレムを集めたり敵対チームを倒すことによってポイントを取り合うという大まかなルールこそ変わらないものの、より楽しく、より遊びやすく、より盛り上がるように。
バトルアリーナは進化した。
例えば戦闘フィールドの大幅増加。
森林、火山、東京の三種類だけだったフィールドは今では三十種類を越えている。
例えばイベントやトーナメントの開催頻度上昇。
元々は遊びじゃないということで滅多に開けなかったイベントや大会が今では頻繁に開催されているのだ。
野球でいうところの甲子園のような大きい大会すら出てきており、メロディルーナのような観戦専門の人は今ではもう珍しくない。
そして例えば、マッチング機能の改善。
昔は『友達と同じチームでバトルアリーナをプレイしたい』と思ってもその実現はかなり難しかった。
何せマッチングの方法が組み合わせランダムのランクマッチとパスワード制の固定マッチしかなく、ランクマッチはプレイヤーランクが違えばそれだけでマッチングは絶望的、固定マッチは他に知り合いを10人集めなければいけない。
しかもその上で同じチームになれるかどうかは二分の一である。
そんな凄惨たる有り様だったのも今は昔。
マッチング機能はかなり融通が効くようになり、そのおかげで無事ヒカリとメロディルーナの二人は、
共にバトルアリーナの舞台へと降り立っていた。
「わあ! わあわあわあ! これがアバター体ってやつなのね! 凄い! アークスになったみたい!」
「…………」
戦闘フィールドの両端にあるリスポーン地点兼控え室の小部屋で、ヒカリは自分の身長より高くぴょんぴょんと跳びながら笑顔ではしゃぐ。
なんだなんだ、初心者か? という生暖かい視線がこの場にいる同じチームとして戦う選手たちから向けられているが、そんなものは気にも留めていないようだ。
そして、メロディルーナは耳まで赤くなった顔を隠すように両手で自分の顔を塞いでいた。
その理由は、ヒカリのせいで注目を集めているから――ではない。
「これがフォトンの力ってやつなのねぇ、今なら車くらいなら持ち上げられそうだわ」
ふわり、とヒカリの
ヒカリのアバター体と本体の違いは髪色と髪型と服装の三つだ。
日本人の特徴である大和撫子な黒髪は金髪になり、セミロングだった髪は動きやすいようにポニーテールに纏められている。
服はアークスのロゴが入ったピンクのジャージ。動き回るのだからミニスカートの制服のままではマズイだろうという判断である。
「…………あの、何で、髪の毛金色に……」
そして、メロディルーナ。
彼女のアバター体と本体の違いは髪色と服装のみ。
金髪は大和撫子な黒髪に、服装はヒカリと色違いの黒いジャージにトレードマークの巨大マフラーだ。
髪色交換に、お揃いジャージ。
これじゃあ何だか仲が良いみたいじゃないか、とメロディルーナは照れくさそうに髪色の理由を訊ねた。
「んー? メロディルーナちゃんの金髪が綺麗だなーって思ったから何となく真似てみたー」
あっけからんとそう言って、メロディルーナの方に振り向くヒカリ。
そこでようやく現状(髪色交換・お揃いジャージ)に気付いたヒカリは「あらま」と目を丸くした。
「黒髪似合うわねー、あたしより似合ってるんじゃない?」
「そ、そんなこと……」
無い。と首を横に振るが、実際メロディルーナの大人しい雰囲気と黒髪は驚くほどにマッチしていた。
しかしそれを言うなら太陽のようにキラキラと輝く雰囲気を持つヒカリの金髪も、ものの見事にヒカリに似合っているのだが。
「でも残念ね」
「? 何が?」
「アバター体でもそのおっきいマフラーと眼鏡は外さないのね」
「そ、それは……」
「折角、とっっっても綺麗な顔してるのに、勿体無い」
その言葉に、メロディルーナは目をまん丸に見開いた。
顔は、見せたこと無い筈だ。マフラーと眼鏡で顔の半分以上は隠れているし、前髪だって意図的に下ろしてるから短い付き合いである彼女が知っている筈が無い。
ありえない。
「なん……『十二人揃いました。スキルの選択をしてください』」
なんで知ってる、と訊ねようとした瞬間。
そんなアナウンスが流れて、この場にいる全員の目の前にウィンドウが開かれた。
スキル選択画面だ。
バトルアリーナにおけるスキルは、通常のアークスが持つそれとは違いランダムに選出された三つの選択肢の中からひとつを選びそれをこの試合中は使えるようになるという代物である。
スキルの効果は戦況を一変し得るものから、小さな効果だが恒常的に強化されるものまで千差万別。共通しているのはいずれも強力であるということだけであり、この選択は言うまでも無く重要だ。
何でヒカリがコンプレックスである顔のことを知っているのか気になるが、今は後回し。
(スキルの選択時間は時間制限がある……早く決めなくちゃ)
(ええっと、今回のスキルは……)
『スタンショット』。
ヒットした相手をスタン状態にする誘導弾を発射するスキル。
『スプリント』。
一定時間、移動速度が上昇するスキル。
『PPアンリミテッド』
一定時間、PAやテクニックを使用した際の消費PPが「1」になるスキル。
これが初めてのバトルアリーナといえど、メロディルーナの趣味はバトルアリーナ観戦。
当然どのスキルが有用なのかとか、初心者向けのスキルはどれか等の情報は持っている。
ので、わりとあっさりとメロディルーナは三つの中から『スタンショット』を選択した。
フォトンの光がメロディルーナを包み込む。
スキルを取得した際のエフェクトだ。
スタンショットは、誘導弾だから初心者でも簡単に当たるわりに『少しの間相手の動きを止める』という強力な効果を持つスキル。
初心者であるメロディルーナにとっては無難な選択といったところだ。
さて、ヒカリは何を選んだのかな、
もし悩んでいるようならアドバイスの一つでもしてやろうか、と振り向く。
「メロディルーナちゃん! スキル何にした? あたしは『スプリント』にしたわ!」
しかしヒカリはもう既にスキルを選んだ後だった。
スプリントは移動速度を上げるスキルだ。
裏取りや奇襲、普段は跳び越えられない溝を跳び越えられるようになったりする便利なスキルだが……正直、使いどころを間違えればただ五秒間足が速くなるだけのスキル。
初心者がいきなり使いこなせるものではない。
まあ素人にはありがちなミスである。
(スキルは選択してしまったら変更は不可能だし……次やるときはおすすめのスキルとか教えてあげようか)
等とちょっと上から目線なことを考えつつ、「『スタンショット』にしたよ」と答える。
――ごく自然に、『次やるときは』と思ってしまったことには、気付かずに。
『
そうこうしている内にカウントダウンが始まった。
ヒカリたち以外の四人が、フィールドと小部屋を隔てている壁に向けて等間隔で並び出す。
「ん? あれ? 皆なんで並んでるの?」
「ち、チーム同士で武器取りの邪魔をしないためだよ。貴方も急いで並んでっ」
慌てながらヒカリの背を押して二人も壁に向けて並ぶ。
『
「武器取り?」
「武器を取得するためのスポットが等間隔で並んでるの! ていうか待ってカウントダウン始まってるのに今更こんな説明している暇『
Go!
と、アナウンスが鳴った瞬間壁が一気にせりあがり、ヒカリたちの目の前にフィールドが現れた。
ステージ『森林・昼』。
緑色のテクスチャが上部に貼り付けてある無機質なコンテナや、機械的な建造物たちの何処か森林なんだと一瞬思うだろうが一応フィールド範囲外の周囲は木々に囲まれていて辛うじて森林らしさを保っているステージだ。
バトルアリーナのステージの中では最初期から存在する最も基本的なステージである。
最初期に作られたが故に、『森林らしさ』は最低限になっているともいえよう。
「ほ、本当に始まっちゃった……とにかくまずは武器を!」
メロディルーナは今更そんなことを思いつつ、壁があった場所に出現した武器スポットに手を伸ばす。
地面に突き刺さっている、緑色のフォトン光に包まれた棒状の物体が武器スポットだ(昔はギャザリングの技術を使いまわしたものだったらしい。武器を取得するのに何故ピッケルを振るの? という意見が沢山寄せられたため今の形式に鳴った)。
棒状のフォトンをしっかり握り締め、地面から引き抜く。
するとなんとフォトンは形を変え、あっという間に銃の姿を形取った。
『アサルトライフル』だ。
そう、バトルアリーナではこのように地面に生えている武器スポットから武器を取得し戦う競技なのである。
「成る程! こうすればいいのね?」
メロディルーナや他のメンバーたちが武器を引き抜くのを見て、ヒカリも見様見真似でフォトンの棒を握り締めた。
発現した武器は『ロッド』。
どうやら『フォイエ』がセットされているタイプの杖らしい。
「……テクニックでどうやって発動するのかしら?」
テクニック名を叫べばいいの? と困惑するヒカリ。
でもすぐに「まあ最悪杖で殴ればいいでしょう」と気持ちを切り替えて前を向いた。
「…………うっ」
一方、メロディルーナは躊躇っていた。
チームごとの小部屋は敵チームの侵入防止用かかなり高度の高いところにあるため、フィールドに降り立つにはそれなりの高さから飛び降りることになる。
とはいってもアバター体ならこの程度の高さ、飛び降りても1ダメージすら受けないだろう。
それは分かっている。頭では理解している。
それでもやっぱし、生身なら普通に死ぬ高さから飛び降りるのは怖いものだ。
他の参加者たちは次々に飛び降りて戦場へと向かっている。
(やっぱり)
(やめとけばよかったかもしれない)
ヒカリにつられてテンションが上がり、ここまで来たが予想以上の怖さに足が震えだしたメロディルーナ。
一度駄目だと感じてしまったら、もう全部が駄目になってしまう。
典型的なネガティブ思考だ。どうしてこうも自分は臆病で、駄目で、弱虫で、情けないのだろう。
後ろ向きな言葉が頭を支配していく。
でも、それはメロディルーナにとってはいつものことだ。
だから大丈夫。
物事を諦める言い訳を考えることだけは何よりも得意――。
「さ、メロディルーナちゃん」
「え?」
唐突に、ぎゅっと手を握られて思考が吹き飛んだ。
まるで日陰に太陽の光が差し込んだように。
恐怖も、ネガティブも、諦める言い訳も、全部。
最初から無かったかのように――。
「行こう!」
「っ……! う、うん!」
手を握られて、引っ張られて、ようやくメロディルーナは足を一歩踏み出した。
身体が宙に舞う。重力に引っ張られて地面に落ちていく。
何も怖くない、むしろちょっと楽しいくらいだ。
「あははは! おちるー!」
無邪気に笑うヒカリ。
なんて能天気、ポジティブ、元気。本当にメロディルーナとは正反対にして対極の存在だ。
それでもメロディルーナは、マフラーの奥でヒカリに釣られて思わず微笑む。
「っと」
「着地! いえーい!」
さっきまで怯えていたことが馬鹿みたいに思えるほど簡単に着地することができた。
顔を上げれば、そこには、
ずっと観戦することしかできないと思っていた
「…………っ」
まだ試合が始まったばかりなのに、まだ敵と一合すら交えていないのに、少しだけ涙汲んでしまった。
ありがとうヒカリ。
貴方がいなかったらきっとここに立つことは出来なかっただろう。
「ところで」
が。
感謝の気持ちを伝えようと口を開こうとした瞬間、その言葉はヒカリのとんでもない台詞によって遮られるのだった。
「この『えんぶれむそうだつせん』って何がどうなったら勝ちなの?」