銀河英雄伝説異端録 ~白銀の鷲は銀河に羽ばたく~   作:中澤織部

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『黄金の獅子と白銀の鷲』というのを書いていたのですが、個人的に面白くなりようがなかったので設定や各種含めて書き直しました。
改めて応援していただきたく思います。


プロローグ 幼き雛は羽ばたかんとす

宇宙暦七八五年

銀河帝国の帝都オーディンに建てられた質実剛健な屋敷の一室で、白と薄紫のドレスを纏った少女がくるくると踊っていた。

絹糸よりも細かで輝かしい白銀の長髪を腰まで伸ばし、肌の色は雪のように白く、大きな瞳は深紅に彩られている。

それでいて頬に指す薄い赤の色は、少女が決して病弱ではないということを証明しており、現に彼女は部屋の中を鼻歌混じりにドレスの裾をふわりと浮かせながら、朱色の絨毯と金や銀の調度品に彩られた部屋の中を喜びを満ち溢れさせている。

 

「やった、やりましたわ。これで私も栄えある士官候補生の一員ですのね……!」

 

踊る少女、リーゼロッテ・フォン・ブランケンハイムの手には格式張った書式と文体の書類が握られている。

書類には帝国軍士官学校の文字と、学校長と軍務尚書のサインが記されていた。

それにはリーゼロッテの帝国軍士官学校への入学を許可する旨が仰々しく堅苦しい文章で記されていた。

 

 

……

 

 

私ことリーゼロッテ・フォン・ブランケンハイム(今年で十六歳になる)は貴族である。

家は代々に渡り銀河帝国を支えてきた門閥貴族の一つであり、過去に一度だけ当主が内務尚書を拝命したことのあるブランケンハイム子爵家だ。

家格こそ現在の最大勢力であるブラウンシュヴァイク公爵家やリッテンハイム侯爵家のような重鎮には劣るが、一族の誇りと領地の豊かさだけは二家に勝るとも劣らないと歴代の当主は自負し、帝室への忠誠心を第一に派閥を作らず、また属さない中立姿勢を貫いてきた。

そんな名門の本家──つまりは当代のブレーメル・フォン・ブランケンハイム子爵の長女として生まれた私は由緒ある家格に相応しいよう、厳格な教育を受けてきた。

けれども、私という人間は物心ついた時からよくある淑女と言うものが苦手なものだったらしい。

故に古くさく堅苦しい高貴な作法やらマナーといった退屈なものよりも、庭園で玩具のサーベルやブラスターを振り回したり、室内で戦艦やワルキューレの模型で遊ぶことが好きだった。

そんな風に成長していけば、やはりただ貴族の妻としての貞淑な貴婦人の姿よりも、帝国軍の格好がいい軍服姿に憧れるというものであろう。

 

「フフン、淑女に軍服と階級は似合わないという戯言が過去のものであることが、コレで証明されましたわ」

 

本来であれば、士官や軍関係の職員に女性の身が就けることは先ずあり得ないことであった。

銀河帝国では、平民の女性は一般的に家の中で家事や育児に励み、貴族のように高貴な身分の女性はお茶会やサロンを優雅に楽しみながら他の貴族諸侯とのパイプ作りに勤しむのが通例であった。

しかし、宇宙暦七四五年の第二次ティアマト会戦において帝国軍が“自由惑星同盟”を称する叛徒の名将──即ち世に名高いブルース・アッシュビーを相手に見事なまでに大敗し、『軍務省にとって涙すべき四十分間』の呼び方でも知られるそれによって多くの有能なよき父よき夫だった貴族が失われ、貴族そのものの質も低下した。

この混乱を発端として混乱に陥った貴族らの建て直しまでの代わりとして、かつては一般の兵卒程度しか望めなかった平民階級の士官登用が行われ始めた。

それは長きに渡ってダラダラと続けられた戦争によって加速度的に増えていき、遂には五年ほど前に、危機感を覚えた当時の帝国軍三長官の進言から女性の登用も行われるようになった。

今現在において登用された女性の殆どは後方の兵站部門か事務職員に回されており、前線は未だに男性ばかりであるが、しかし私の手に握られているのは、帝国でも一握りのエリートのみが通える士官学校への入学許可証である。

……仮にもお父様に頼み込んで貴族特権を行使したとか、影響のある親族にお願いしてテコ入れして貰ったとかではありませんのよ? えぇ有りませんの。

 

「──おめでとう御座います御嬢様。不肖このビルギット、あまりの嬉しさに感じ入っております」

 

得意気に喜ぶ私に対して、傍らで控えていた幼馴染兼護衛兼世話役の少女──ビルギット・フォン・シュレディンガーは人形のような無表情で私を祝福した。

このビルギットはブランケンハイム子爵家に代々仕え続けてきたシュレディンガー家の次女で、同じ年齢ながら私よりも数センチは背が高い。

見た目も肩口まで切り揃えられた艶のある黒髪に一房の淡い金色が目立ち、薄青色の切れ長な瞳は無表情な彼女により冷たい印象を与える。しかも胸も大きい。

……本当に同じ年齢なのだろうか。

 

「……無表情の貴女に言われても全然嬉しくないのだけど、本当に祝ってくれてるのよね?」

 

「ハハハ何を仰られますか御嬢様。大神オーディンに誓って嬉しく思っておりますとも」

 

一応は笑っているのだろうが無表情な上に声の抑揚すらないのでとてもそういう風には見えない。

しかし、これでもビルギットの忠誠心は本物だ。

つい先月にも、ブラウンシュヴァイク公爵主催で行われたフレーゲル男爵家の子息──の誕生日パーティーで客人として父とともに呼ばれた際に、ブラウンシュヴァイク一門の若い貴族の子弟が私を小馬鹿にしたことがあった。

それに対してビルギットは礼節を欠かないようにしながらその相手を批判する語句を次から次へと繰り出し、流石に相手が可哀想に思えてしまった程には言葉だけで叩きのめした。というか抑揚すらないのが怖さに拍車をかけていた気がする。

結果として相手の貴族子弟はみっともなく号泣して逃げ出し、親や縁戚に告げ口したのだが、仮にも名門ブランケンハイム家の娘に無礼を働いた──実際に考えてみれば貞淑さの欠片もない私を馬鹿にしてしまうのも仕方ないことだが──のは問題であるとして、オットー・フォン・ブラウンシュヴァイク公爵自らがその子弟を叱って謝らせたのは記憶に新しい。

……まあその子弟というのは主賓のエムヒル・フォン・フレーゲル本人なのだが、流石に可哀想すぎないだろうか。

 

「ところでビルギット? 一応は貴女にも試験を受けて貰った筈だけど、どうだったかしら?」

 

「ご心配には及びません。常に御嬢様のお側にお仕えする身として、御嬢様の顔に泥を塗ることのないよう勉めさせていただきました」

 

そう言ってビルギットは懐から綺麗に折り畳まれた書類を私に見せた。

内容は試験における得点とそれに伴う入学時の席次が記されており、これは合格者に対して予め自身の成績が如何程であるかをわざと意識させ、競争に励めるようにと考えた士官学校側の考えで決められたルールだと、お父様は仰られていた。

因みに、私の席次は合格者二七五八名のうち五百七位である。

少なくとも難関中の難関と知られる士官学校でも上位なのは私の才能と言えるだろう。

そう得意気ながらに見た文面には、こう記されていた。

 

 

……

 

 

入学許可証

 

ビルギット・フォン・シュレディンガー殿

 

今年度入学試験において抜群の成績を修めたその優秀さを認め、ビルギット・フォン・シュレディンガーを今年度帝国軍士官学校生徒としての入学を許可する。

──尚、試験成績を鑑み、入学時の席次は四番とする。

一層の切磋琢磨に努め、研鑽を怠らぬように。

 

帝国軍艦隊司令長官及び帝国軍士官学校臨時校長、グレゴール・フォン・ミュッケンベルガー

 

 

……

 

 

何だか妙なモノが見えたので目をこすり、深呼吸をして見る。

やはり、どうやっても同じ文面だ。

 

「ねぇビルギット? 私の席次は……」

 

「はい、御嬢様の順位は五百七位ですね。臣下の身でありながら申し訳ありません。些か張り切りすぎてしまいました」

 

「嫌味ですの? 嫌味ですのそれ!?」

 

「いえいえ、ただ御嬢様のお力よりも私の努力が多少勝っていた程度の話ですので」

 

前言を撤回しますわ。コイツに忠誠心なんてないのかもしれない。

 

 

……

 

 

宇宙暦七八五年、リーゼロッテとビルギットの二人は晴れて帝国軍士官学校に入学する。

士官学校で垣間見る様々な現実と多くの出会いは、リーゼロッテにある一つの思いを抱かせる。

しかし、彼女らの行動が後の歴史にどういった影響を与えていくのか、この時のリーゼロッテ・フォン・ブランケンハイムはまだ知るよしもなかった。

 

銀河の歴史が、また一ページ…。




アズレンだのコトブキ飛行隊だのバトオペだのに時間をとられてました。
個人的には士官学校編~アスターテまでをある程度早めに書きたいと思っております。
同時に、同盟側からも話を書きたいので頑張ろうかと。

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