銀河英雄伝説異端録 ~白銀の鷲は銀河に羽ばたく~ 作:中澤織部
捕捉しておきますが、リーゼロッテはバリバリの門閥貴族なので基本的に平民は見下してます。
でも接するうちに態度を変えちゃうこともある。
宇宙暦七八五年。
リーゼロッテ・フォン・ブランケンハイムはビルギット・フォン・シュレディンガーとともにブランケンハイム家所有の乗用車で士官学校へ向かった。
二人は士官学校の制服を身に纏い、手荷物はほぼ最低限度しかない。
オーディン郊外の広い土地に建てられている帝国軍士官学校は、元はと言えば帝国成立以前の銀河連邦時代の士官学校を、敷地をそのままに建て直ししたものである。
帝国建国以前から数えれば七百年近い歴史を持つ全寮制の士官学校には大原則のルールとして、例え貴族であろうとも無用な私物の持ち込みは固く禁止されている。
誇り高き帝国軍士官として節度ある品格を求められていることから娯楽用品は勿論として、ベッドや机などの家具類も原則として据え置きのものを使わせている。
過去には一部の名門貴族の子弟が権力を嵩に私物の持ち込みなどの強引な要求をした際には、苛烈な教育的指導が待っていたという。
事前に自分の寮室を確認はしたが、確かに無機質で不満がないことはない。というか掃除をしてあっても汚れやシミがあって不満しかない。
第二次ティアマト以降、門閥貴族の腐敗と専横が顕著になってきてはいるが、この帝国軍士官学校は愛国的な教職員の厳格さによって、その清廉さと実直さを失うまでには至っていなかった。
「それにしても、やはり最近は平民の士官候補生が多いようですわね。外を見れば徒歩や自転車で向かう者ばかりですわ」
「そのようですね。しかしながら私たちのような貴族階級の中でも、平民と同じ水準で暮らす困窮した者たちもいるようです。
あの生徒らの中の何割かはそういった窮状にある貴族や騎士階級ではないかと」
「だとしたら尚更でしょう? 平民と同程度かそれ以下の生活をする貴族なんて、どう歪んだ性格になっているかわかりませんわ」
貴族的な価値観から言わせれば、初代皇帝ルドルフ・フォン・ゴールデンバウムから信頼され、ルドルフ大帝即位の際に貴族位を賜った祖先や歴代の当主に見習い、高潔で清廉かつ実力をもって帝国に尽くす有り様こそが貴族に求められた義務であり、被支配者層である平民や農奴のような賤しい身分の者とは必要以上に関わらず、また共感してはならない。
しかしながら、帝国の五百年に渡る統治の合間に没落していった者たちは宮廷から遠のくと卑屈な賤民と同様のロクデナシになるらしい。
以前、名門であったが落ちぶれた貴族の人間がお父様のお屋敷に援助を求めて来たことがあった。
確か名をディードリヒ・フォン・ファーレンハイトと言ったか、本人なりには身なりを整えたのであろうが、襤褸切れのように窶れた礼服に何処までも卑屈でプライドのない姿はあまりにも見るに耐えなかった。
「お父様はお優しいお方です。あの見返りのないであろう没落貴族に多額の援助をしたのですから」
「しかし、かの者らはブランケンハイム家に懸命に仕えております。嫡男のアーダルベルト殿は士官学校を出てからは前線にて活躍しておられるとか」
「アーダルベルトは確かに高潔で清廉ですわ。あのような男の子とは思えない程には真面目な好青年ですもの」
たわいもない話をしていると、やがて士官学校の正門に着いた。
既に大勢の学徒が集まっており、彼らは平民や貴族同士でグループになっており、割合こそ全体の二割もないだろうが、女子の士官候補生もグループになっている。
私が乗用車を降りると、少なくない数の視線が此方に向けられた。
「あの車はブランケンハイム子爵家の…」
「では、あれがリーゼロッテ嬢ということか」
「あの騒がしいお転婆令嬢が、遂に士官学校にまで来たかっ」
「あれはブランケンハイム子爵様の…?」
「美しいご令嬢だなぁ」
「まあ、あの方がリーゼロッテ様ですの?」
「噂に違わぬ美しさですこと」
貴族の子弟らは私の風評を知っているらしく怪訝な顔をしているが、平民や女子のグループからは好意的な視線を向けられる。
「リーゼロッテ様、先ずは教室の方に移動いたしましょう」
ビルギットに促され、校舎内に置かれた個人用のロッカーに手荷物──主に教科書や筆記具の一部──を入れて教室に向かった。
教室には既に半分ほどの生徒がおり、しかし彼らも貴族や平民同士でグループになっている。
どのグループだろうと加わる気にはなれなかったので、ビルギットとともに教室の前側、窓に近い端の席に座った。
……
暫くして席が殆ど埋まるくらいには生徒が集まると、やはり殆どの面々は特定のグループ同士で寄り集まっていた。
「ま、間に合ったぁ…!」
そんな上擦った声をあげて、最後に息をきらせながら女子生徒が教室に入ってきた。
恐らくは平民なのであろう彼女の風貌は薄く碧みがかったプラチナカラーの髪は癖が強く、薄い黄色がかった茶色の瞳に顔にはそばかすがある。
なんと言っても目を惹くのはその身長で、十六歳の平均的な身長よりも背が高いが、背丈とは裏腹に気弱そうな印象があった。
彼女は教室を見渡すが、殆どの席は埋まっており、唯一残っているのはビルギットの隣、前列の窓側から三番目だけだった。
「あの、えぇと、此処いいかな…?」
おどおどとしながら問うてくる少女。平民と同席という のは本来ならば到底受け入れるものではないが、ビルギットが間に居てくれるのだからまだマシか。
「別に構いませんが、…そうですね。折角なので私と交換致しましょう」
「えっ」
「はぁ?」
ビルギットはわざわざ席を立って、私と隣の席を気弱そうな少女に薦めた。
「ビルギット、貴女なんのつもりで──」
「このビルギット、常々御嬢様には新しいご友人が必要と感じましたので、これも良い機会と考えた次第、何卒ご容赦を」
この女、幾らなんでもふてぶてしいにもほどがある。
「えぇ、でも悪いよ…、その人も嫌そうだし」
ほら見たことか、逆に相手の平民の方が弁えているではないか。
ビルギットに敬意や礼節とはなにかを再教育する必要性を考えていると、教卓側の戸が開かれ、帝国軍士官の制服を来た中年の男が教室に入ってきた。
神経質そうな男は教室をじっくりと見渡すと、私たちの方へ視線を向ける。
「何をしている。早く席に着かんか」
「は、はいぃ!」
平民の少女は悲鳴に近い返事をすると、ビルギットが離れた私の隣に座った。
それを見届けると、男は再度教室を見渡しながら教卓に立ち、背後のディスプレイ式黒板──古風なものを好む帝国では珍しい近代的な代物──に大きく淡々と字を書いていく。
書き終わると、改めて中年の男は見回して声を出した。
「私が貴様らの教官として任に就いたマヌエル・シュターデン帝国軍准将だ。──先ずは貴族であろうと平民であろうと、此処と軍においては等しく軍の階級と年功序列によって判断されることを伝えておこう」
そう言ってシュターデンは教室内の生徒に自己紹介を促した。
この教室にいる者たちの内、果たして誰が将官になれるかは不明であるが、しかし今のうちに知己を得るのは必要なことである。
「──皆様初めまして。リーゼロッテ・フォン・ブランケンハイムと申します。名高きブランケンハイム家の家名に恥じぬよう学ばせていただき、何れは将校として立派に努めたく思います」
自分の番が来たので、散々学ばされた通りに礼儀正しく挨拶を済ませる。
隣の平民が「ぇえ、き、貴族…!?」と驚きながらビクビクと怯えているが、こんな調子でなぜ此処に来れたのだろうか。
「次、ダリア・ベルガー」
自己紹介を終えて腰を下ろすタイミングで、シュターデン教官が次の者の名を呼んだ。すると隣の平民が上擦った声で答えて立ち上がった。
「……だ、ダリア・ベルガー、です。えぇっと、ワルキューレのパイロットを志願しました。よ、宜しくお願いしますっ」
気弱というか小心なのだろう。こんな調子で無事に卒業できるのだろうか、シュターデン教官も呆れている。
気を取り直して自己紹介が続けられていく。
半分以上を回ったところで、ビルギットの番が来た。
「リーゼロッテ様にお仕えさせていただいているビルギット・フォン・シュレディンガーと申します。御嬢様は性格的には難のある御方ですが、家の格と将器自体はありますので、今のうちに媚を売っておくのも必要だと助言させていただきます。
──まあ私がアポイントメントの権利を持っておりますので、どうせ無駄でしょうが」
「「「何が言いたいんだよお前はっ!?」」」
私やシュターデン教官を含む全員から総ツッコミされたが、全く意に介せず無表情のまま席に着いた。
何だかんだあったにせよ、自己紹介を一通り済ませ、シュターデン教官からカリキュラムの説明と今後の大まかな予定を聞かされたが、どうやら一年次では特に大きなイベントはないらしい。
多少の不満はありつつも、士官学校での生活初日は何事もなく終わった。
「取り敢えずは寮に戻りましょう。何だか疲れてしまいましたわ」
「それはフォン・ゼークト校長のお話が長かったからでしょう。
寮に戻りましたらマッサージをさせて頂きます」
「献身のほど有り難う…と言いたいところですけど、疲れた原因は恐らく貴女のせいですわ! 多分!」
……
宇宙暦七八五年、平穏無事に終わった士官学校初日。
気弱な平民の少女ダリアと『理屈倒れ』シュターデンとの出会いは、リーゼロッテの数奇な運命を変える一つの出来事であることは、この時点のリーゼロッテには知るよしもなかった。
銀河の歴史が、また一ページ…。
登場人物捕捉
ダリア・ベルガー
士官学校におけるリーゼロッテの同級生。十六歳。
身長は高いのだが気弱で小心者なので自然と前屈みになるのでそんなに高く見えない。
臆病な自分を変えたいがために士官学校に入ったが、リーゼロッテと出会ってしまう。
元ネタがわかる人、握手しよう。