ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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83話

 

 

「そうなると、おまえはどうすべきだったと思うんだ?」

 

林藤に訊かれ、ツグミは少し考えた。

 

「香取隊はオサムくんに気を取られていないで真っ先にチカちゃんを落とす方法を考えるべきでした。チカちゃんに近付くにはワイヤー地帯を抜けなければならないわけですが、それは地上での話です。空中にはワイヤーなんてありませんから、()()()()()()()()()()()()()()()オサムくんを無視してチカちゃんを落としに行きます。まずバッグワームで姿を消して3方向に分かれるよう指示し、そこから3人が別ルートで接近します。そして建物の屋上をジャンプしながら進むんですが、チカちゃんの狙撃が問題です。でも同時に3方向から接近されるとなれば、対応可能なのはひとりきり。残りのふたりに対しては無防備になります。ですから()()()が囮になり、カメレオンを持っているふたりがカメレオンを使って接近すれば良いかと」

 

「だが遊真が柿崎隊を放っておいて千佳の援護に向かったらどうだ?」

 

「ユーマくんだって同時にふたりは抑えられません。それにレーダー頼りでは正確な攻撃を当てられませんし。そしてチカちゃんには敵に接近された時のことを考えて射手(シューター)用または銃手(ガンナー)用トリガーを持たせているかもしれませんが、カメレオンで近付いてきた敵に対して彼女が冷静に対処できるとは考えにくい。彼女は人を()()()()はずなので。だから()()で対処に向かうんです」

 

ツグミはここまで説明をしてから、ひと呼吸置いて続けた。

 

「そして柿崎隊ですが、柿崎さんの失敗はヨーコちゃんの性格や香取隊の動きをきちんと把握できていなかったことです。本来ならオサムくん側の香取隊がチカちゃんを落としにかかるべきなんですけど、ヨーコちゃんは目先のオサムくんにかかりきり。それでは香取隊と連動して玉狛第2を叩くことは不可能です。柿崎隊側にオサムくんが来てくれたら、それが彼らにとってベストな展開だったと思いますが、たぶんオサムくんはそのことを見越してユーマくんと柿崎隊がぶつかるようにしたんじゃないかと思えてきました」

 

「ふむふむ…。それで?」

 

()()()()()()()()()()()()()()()香取隊が『役に立たない』と素早く判断し、その段階でやはり()()()チカちゃんを落としに向かいます。もちろんユーマくんは追って来るでしょう。でも誰かひとりが彼を引きつけておけば、残りのふたりが上手く動いてくれます。ただし柿崎隊は鉛弾(レッドバレット)狙撃のことを知りませんから、きっとひとりは犠牲になる。でももうひとりが仕事を成し遂げればひとまず作戦は成功。チカちゃんを失った玉狛第2は作戦の大幅な変更を余儀なくされます。後はユーマくんをオサムくんと合流させて一時撤退。香取隊と玉狛第2を直接対決させ、どちらも疲弊したところで漁夫の利を狙って2部隊(チーム)を強襲します。…と、ここまでは机上の論理ですし、第三者の客観的な目線からの戦術ですから、実際にそのとおりに事が運ぶとは思いませんけど」

 

そう言ってツグミはテレビ画面に目を移した。

柿崎は照屋を千佳のもとへ行かせることには成功したが、照屋自身はどうやって接近すべきか建物の陰に身を潜めて考えているようである。

接近すれば勝ちだが、千佳の鉛弾(レッドバレット)狙撃の対策なしでは迂闊に近寄ることなど不可能だ。

本来ならバッグワームで姿を隠して裏から近付くのがセオリーであるが、真正面から最短距離で進むのは、柿崎が生存しているうちに再合流するためであろう。

香取隊は葉子が脚をやられてから大きな動きはない。

こちらも千佳の鉛弾(レッドバレット)狙撃を警戒してのことだ。

 

ツグミはテレビ画面を見ながら言う。

 

「この3部隊(チーム)ではっきりと違うのは隊長3人が『隊長としての務め』をどれだけ果たしているか、です。柿崎さんは隊長として立派な人ですけど、自己肯定力がなさすぎです。それに部下のことを大事にしているのは良いんですが、過保護…と言うか部下を危険な目に遭わせるくらいなら自分が…というカンジです。そこが彼の長所であり短所でもあるんですけど。彼は隊員の実力を認めていないわけではありません。文香ちゃんと虎太郎くんは戦闘力・人間性共に優れていて、柿崎さんもちゃんとそれをわかっているんです。だったらもっと隊員の力を信じて任せられることは任せてもいいんじゃないかとわたしは思います。逆にヨーコちゃんは隊長として不合格。彼女は隊長としてというよりボーダー隊員として最悪のタイプです。協調性がなく、ワガママを通し、周囲を振り回すことが多い。地位に固執し、優越感に浸ることが好きで、上昇志向が強いくせに努力を怠る。友人や仲間と呼べる人間が少なく、本人のための忠告にも耳を貸さない…ってこれ以上ないというほど劣悪じゃありませんか。だから部下ですら彼女に手を焼いていて、芳しい成績を残すことすらできません」

 

「なんだ、香取にはずいぶん厳しいことを言うな?」

 

林藤に言われ、ツグミは少し不機嫌になる。

 

「当然です。わたしと彼女の間にはお互いに許しがたい深い溝があるんですから。彼女が入隊したのは2年とちょっと前。その頃から彼女はわたしのことを目の敵にしていて、何かというと因縁つけて突っかかってきてすぐに個人(ソロ)ランク戦。これまでに3回戦いましたけど、3戦ともわたしの圧勝です。こちらには彼女に嫌われる理由がわかりませんからホントに迷惑でした。華さんに言わせると、ヨーコちゃんは自分が持っていないものを持っているわたしのことが羨ましかったからということですが、自分自身の意識改革と努力で手に入れられるものばかりですからね、自分の思いどおりにならないことが悔しいとダダをこねているガキなんですよ、彼女は。いくら個人としての戦闘能力が高くても、仲間との連携ができなければダメ。ボーダーはそういう組織ですから。少なくとも部下のやる気を削ぐような態度でいては隊長として失格で、このまま反省しないなら今すぐに部隊(チーム)を解散すべきです」

 

「……」

 

「一方、オサムくんは自分の弱さから目を逸らさないで、どんな努力も惜しまない。彼はボーダーに入ってまだ1年にも満たないというのに、彼の周りにはB級だけでなくA級の隊員たちも集まってくる。そしていろいろな人からのアドバイスを素直に聞くことができ、諫言であってもきちんと受け止める。ヨーコちゃんとは真逆ですね。それでここまで成長できたわけですが、その中でも一番の成長は彼が自分の務めを精一杯果たそうとしていることです。これまでは自分でも点を取らなければならないと焦っていましたが、仲間に点を取らせる状況を作ることが大事だと気付きました。さらにチカちゃんのことを戦力として認めるようにもなりました。いつもなら彼女を危ない目に合わせたくないとして身を隠すよう指示し、ここ一番という時にだけ仕事をさせていました。隊員を大事に思う気持ちは大切です。でもこれでは大事なところで隊員の才能を使い切れていない柿崎さんと同じですよ。ところがオサムくんはこの試合でチカちゃんにバンバン撃たせています。もちろん彼女を守る布陣は万全で、その上で彼女に仕事をしてもらっているわけですけど。そしてチカちゃん自身も自分が玉狛第2の一員として戦っているという感触を得たはず。自分が役に立ちたいという気持ちはあっても、それを発揮できる場がなかったですからね。ユーマくんもワイヤー陣を使ってますます戦闘力がアップしている。オサムくんはちゃんと隊長をしての役目を果たしています。ベテランの柿崎さんよりずっと隊長らしいです。それにまだ中学生なのに、時々見せる表情が大人っぽくてちょっとドキッとすることもあります」

 

「お、もしかしてオサムに惚れたか?」

 

ツグミは林藤にからかわれていると知りながらも正直に答えた。

 

「ええ。いわゆる恋愛感情ではありませが、彼に惹きつけられていることは確かです。トリオン能力、経験、技術…そのどれもが未熟で戦闘力はギリギリレベルだというのに、彼のメンタルはそれらに反比例してとても強い。大抵のことにはへこたれず、見苦しくてもジタバタしても乗り越えていくことができます。真面目で一途で、無茶なことも平気でするものだから、見ているとこちらがハラハラするばかりなんですけど、いつまでも見守ってあげたくなるという不思議な魅力を持っているのがオサムくんです。たぶん他の人も同じなんじゃないですかね」

 

「なるほどな…」

 

「『目標が達成されない行為に関する未完了課題についての記憶は、完了課題についての記憶に比べて想起されやすい』と言うツァイガルニク効果にも似た、未完成なものほど魅力を感じる人間の心理? とにかくオサムくんの行動からは目を逸らせません。玉狛支部の先輩という立場でなくても、わたしは玉狛第2を応援したくなります。…そろそろ柿崎さんが落ちますね」

 

 

遊真と柿崎の対決は徐々に柿崎が押される形で進んでいた。

満身創痍の状態で、身体のあちこちの傷からトリオン漏れが続いており、緊急脱出(ベイルアウト)も時間の問題である。

それでも柿崎は勝負を諦めずに踏ん張っており、遊真はここを早く片付けて修か千佳の援護に行きたいのだから一気にカタをつけようと動いた。

スコーピオンで柿崎の胸を刺し貫くが、死なば諸共といった感じで柿崎はゼロ距離射撃で遊真に通常弾(アステロイド)を撃ち込んだのだった。

そして役目は果たしたと言わんばかりに柿崎は緊急脱出(ベイルアウト)

かろうじて急所は守ったが、左脇腹を抉った傷が思いの外深くこのままではトリオン漏出で緊急脱出(ベイルアウト)となりそうな遊真。

しかし彼は自由に変形できるというスコーピオンの特性を利用して傷口を塞いでしまった。

 

 

「ユーマくんの戦いのセンスには驚くことばかりですけど、まさかスコーピオンを使って傷口を塞ぐだなんて…。だから戦うユーマくんの姿を見ているとワクワクするんですよね。オサムくんの場合とはちょっと違うワクワクですけど。…さて、ユーマくんがどっちに向かうんでしょうか? たぶん文香ちゃんはユーマくんが自分を追って来ると考え、一刻も早くチカちゃんを落とそうとするでしょう。一方、香取隊はオサムくんと合流すると思っているはず。支部長(ボス)はどちらになるかわかりますか?」

 

「俺は…やっぱ千佳の援護に行くんじゃないかと思うんだが、おまえはどうだ?」

 

期待に胸をふくらませ、ツグミはテレビ画面に見入っている。

 

「わたしはオサムくん側へ行くと思います。ユーマくんの戦闘体はダメージが大きく、あまり長い時間をかけて戦うのは不利です。大量得点が欲しい玉狛第2ですから、香取隊の3人が固まっているオサムくんのいる方へ向かうと思うんです。そして文香ちゃんがチカちゃんに向かっているのは華さんには知られているでしょうから、その情報はヨーコちゃんたちにも伝わっていて、鉛弾(レッドバレット)狙撃がないとわかれば、銃手(ガンナー)の若村さんがオサムくんとの撃ち合いをしそう。ヨーコちゃんの拳銃(ハンドガン)じゃ射程が足りないし、脚をやられていてダメですからね。まだワイヤー陣が生きているからオサムくんもそう簡単には落ちそうにないですけど、数の不利はどうしようもない。いくらダメダメの香取隊であっても彼女たちは格上ですから、早くユーマくんが駆けつけてオサムくんをフォローしないと危険です。それにわたしはチカちゃんがひとりでどこまで戦えるかが見てみたいですから、そうなってほしいという期待もあります」

 

以前に本部基地の応接室で須坂たちと試合を観戦した際、ツグミは適切な実況と解説をしたことがある。

今回は誰に聞かせるというわけではないが、見事にその役割を演じている。

林藤は彼女が「いつもの彼女」であることに安堵した。

 

「ツグミ、おまえさ、ランク戦の解説やってみねぇか?」

 

「解説? それってもしかして観覧室でやれという意味ですか?」

 

「当然。おまえの解説は案外わかりやすいし、A級もしくは元A級という解説者になる条件も整っている。次の試合も不参加確定なんだ、やってみてもいいんじゃないか?」

 

林藤の突然の提案にツグミははっきりと「NO」と答えた。

 

「嫌です。自分の不始末で試合に出られないだけでも悔しいのに、解説席に座っているのを二宮さんにでも見られたらどんな嫌味を言われるか想像できますから。『そんなところで何をしている? 解説などやっている暇があったら俺を倒す算段でもしろ』とか言いそう。それはあの人なりのエールの送り方だとはわかっているんですけど、やっぱりちょっとムカつきます」

 

「違ぇねえ」

 

「いちおう1週間はおとなしくしているという約束ですから、最低でも来週の月曜日までは玉狛支部(ここ)で謹慎しています。その後は…徐々にこれまでの日常を取り戻していければ、と」

 

「だな。おまえは全速力で走りすぎなんだよ。だからこれからは適度なスピードでのんびりと走れや」

 

「…はい」

 

ツグミは「はい」と答えたものの、彼女には全速力で走らなければならない理由がある。

それは彼女が自らに課した義務であるから、自分で自分を許してやらなければ永遠に解放されない枷とも言えるもの。

他人が知れば「そんなに無理をすることはない」と諭すような理由だが、本人は「わたしがそうするべきだと思ってるから!」などと修のようなことを言って考えを変える気はないだろう。

 

 

 

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