ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
葉子はグラスホッパーを使って一気に遊真との距離を縮めた。
それは
そのまま真っ直ぐ遊真に襲いかかると思われた次の瞬間、葉子は
さすがにこれは修も想定していなかったのか、防御することもできずに
どうやらさっきの銃撃で邪魔なワイヤーを除け、彼女から良く見える赤いワイヤーを残しておいて利用したようだ。
そして遊真との一騎打ちとなる。
葉子までもがワイヤーを利用して攻撃するとなると、ダメージの大きい遊真となら或いは…と誰もがわずかに期待するが、修は自分の役目を立派に果たしていた。
遊真に突撃する葉子であったが、その刃が届く距離に至る前に動きが止まる。
彼女の身体は1本のワイヤーに引っ掛かってしまったのだ。
それは修が瀕死の状況で放った最後の一矢ともいうべきスパイダーで、動きが止まった葉子は遊真のマンティスで胸を貫かれてしまう。
そしてトリオン供給機関破損で
最終スコアは7対1対1で、玉狛第2の圧勝。
前回の敗戦を糧にした修たちの成長は誰もが認めるものであった。
「オサムくんのスパイダーによるワイヤー戦術と、チカちゃんの
上機嫌のツグミの姿にもう心配はいらないと、林藤は胸のつかえが取れたような気がした。
「じゃ、俺は本部まで連中の迎えに行って来る。後は頼んだぞ」
「はい。絶対に
ツグミはそう言って林藤を送り出した。
そしてコーヒーカップや自分の使ったマグカップなどを片付けるのだが、その表情はランク戦観戦中とは打って変わって暗く沈んでいる。
そう、林藤に心配かけまいと無理に明るくいつものように振舞っていただけなのだ。
原因はさっき見た夢である。
目覚めた直後はヒュースや陽太郎の行方と本部基地での戦闘のことの方が重要で、夢のことは頭の片隅に蹴り飛ばしておいた。
しかし気がかりなことが一応解決したということで、再び夢の内容が気になってきてしまったわけだ。
彼女には「両親の亡骸にすがって泣いていた」という内容すら曖昧な状態で、ただなんとなく哀しくて辛い夢であったというくらいしか覚えていない。
それが逆に気になってしまい、内容を解明する手がかりが一切ないということが余計に彼女を気落ちさせてしまうのだ。
(夢だけど、タダの夢じゃないような気がする…。予知夢ってことはないだろうけど、はっきりしないのは不快だわ。ヤダな、いつまでもこんな気持ちでいるの。気持ち悪い…)
「うっ…」
精神的な不快感が彼女の身体にも影響したのか、吐き気をもよおしたツグミは口を手で押さえて床に膝をついてしまった。
(このままじゃダメだ。これ以上みんなに迷惑かけられないし、ちゃんと役目を果たさなきゃ…)
ツグミは手で口を押さえながら立ち上がり、洗面所へと駆け足で向かった。
◆◆◆
本部基地の談話室でヒュースと陽太郎と一緒に玉狛第2の試合を見ていた迅だが、試合に目は向けていてもずっと別のことを考えていた。
(とりあえずガロプラの連中は追い返したが、まだ
迅は判断を迷っていた。
ここで誤った選択をすれば、多くの人間に影響を与えることになることだけはハッキリしている。
(本当のことを言えば絶対にあいつは『誰にも迷惑かけたくないから自分で何とかする』とか言うんだろうしな。まだ身体が万全じゃないってのに)
あいつとはツグミのことである。
迅には「ツグミが自分たちの前からいなくなる未来」が視えていた。
どういった理由で
彼女が単にボーダーを辞めて一般人として別の街で暮らすのであればまだしも、
あるいはどの世界にも生命体としての彼女が存在しない ──
彼女をガロプラ戦に参加させなかったのはそのせいである。
アフトクラトルの侵攻の際にも彼女が連れ去られる可能性があったのだが、
そして賭けには勝った。
その時にツグミを守るためにハイレインと戦わせない選択をしていたら、修が死ぬという
今回は彼女が何者かと
その何者かが
また本人の意思によるものなのかどうかもわからない。
よって彼女を外界から隔離して守るという方法を取った。
彼女に単独行動はさせず、ひとりになる場合は玉狛支部の建物から出ることを禁じたのもそれが理由である。
ひとまずガロプラとの戦いはひと段落したが、彼らの
その間、まだツグミが連れ去られる可能性がある以上何らかの手段で彼女を守り切らなければならない。
(あいつは案外勘がいいから下手に隠し立てすればバレるかもしれないし、別のことに目を向けさせるといっても今の状態じゃな…。やっぱ
◆◆◆
華々しい復活を知らしめた玉狛第2、そしてガロプラの猛攻を食い止めた玉狛第1、玉狛第2の勝利を見届けた迅たちは車2台に分乗して玉狛支部へと帰還した。
ツグミは彼らを笑顔で出迎えるが、彼女のわずかな変化に気付いたのは迅だけ。
他の隊員たちは勝利の余韻で浮かれており、ツグミの用意した鍋料理に夢中である。
初めのうちは彼女も鍋パーティーに参加していたが、ずっと続いている嘔吐感には耐えられずに、仲間たちに気付かれないように席を立ってしまう。
ひとりでダイニングルームを出るツグミを迅は追って行った。
「ツグミ、どこか具合でも悪いのか?」
「ジンさん…」
振り向いたツグミの顔は生気を失っており、数分前に一緒に鍋を囲んでいた時の表情とは別人のようだ。
「大丈夫か?」
自分を心配して駆け寄る迅にツグミは精一杯の笑顔で答えた。
「大丈夫です。今日はいろいろありましたから、ちょっと疲れてしまっただけです。なので部屋に戻って少し休んできます。もしわたしが戻らなかったら、テーブルの上はそのままにしておいてください。わたしが明日の朝、片付けますから」
「そんな心配はどうでもいい! おまえはいつもそうやって…。いや、具合が悪いなら早く休んだ方がいい。俺が部屋まで送って行ってやる」
そんな迅に対してツグミは首を横に振った。
「子供じゃないんですからひとりで行けますよ。それよりもジンさんの方がわたしよりもずっと疲れているはず。だからわたしのことは放っておいて、ゆっくりとお休みください」
そう言ってツグミはひとりで自室へと歩いて行った。
その頼りなげな後ろ姿を見た迅はすぐにでも駆け寄って抱きしめたかったのだが、そんなことをすれば今まで堪えていた思いの丈をすべて吐き出してしまいそうだと、かろうじて踏み止まった。
それに
ここでうっかり気持ちのままにすべてを話してしまっては取り返しのつかないことにもなりかねないのだ。
(あの様子じゃ
気がかりなことを残しつつも、迅は仲間たちのもとへ戻った。
そんな彼に近付いてきて小声で質問をしたのは修だった。
「迅さん、霧科先輩、なんだか様子がいつもと違って元気なさそうなんですけど、何かあったんですか?」
自分のことは無頓着なくせに、他人のこととなると「面倒見の鬼」である修らしいと迅は思い、やはり周囲に聞こえないよう修にだけ聞こえるような小声で答えた。
「ちょっと疲れたから自分の部屋で休むんだと。俺がみんなのために夜食を作ってもらいたいと頼んだせいさ。簡単なものでいいと思ってたんだが、彼女はメガネくんたちが見事な勝利を得ると確信していて、こんな鍋パーティーになる支度をひとりでしてくれたみたいだ。だから少し休んだら合流するから、それまで自分のことは気にしないでみんなで楽しんでほしいってことだ。メガネくんもみんなのトコに戻ってたくさん食べてくれれば、彼女の苦労は報われる。そういうこと。わかった?」
「はい…わかりました」
一応納得したということで修は遊真と千佳のいるテーブルへ戻った。
そして自分との会話のことを彼らには言わない様子であることに安堵した迅は林藤のそばへ行って耳打ちをした。
「ちょっとお話したいことがあります」
「ああ、わかった。後で俺の部屋に来い」
それから15分ほどして、ふたりは鍋パーティーからこっそり抜け出した。
◆
「あれ? 迅さんと
ツグミや迅たちがダイニングルームから姿を消したことに真っ先に気付いたのは京介だった。
先に自宅に帰ることを告げようとしたのだが、どこにもいなかったということだ。
知らぬ間に3人もの人間がいなくなっていれば誰もが気になるわけで、ツグミの事情を知っている修は手を挙げた。
「霧科先輩なら疲れたと言って自室に戻って休んでいると迅さんから聞いています」
「じゃ、なんでその迅と
小南が聞き返した。
「いえ、ぼくは霧科先輩のことを聞いただけで、迅さんたちのことは知りません」
修がそう答えると、小南はあからさまに不機嫌そうな顔になる。
「せっかくの
「つれションではないのか?」
陽太郎が口を挟む。
「大の大人がそんなことするはずないでしょ。…迅のことだから、また何か企んでるのかも。ま、シメの雑炊も食べたことだし、これで今日はお開きってことね。さっさと片付けちゃいましょ。ツグミに片付けまでさせるのは可哀想だから」
小南はそう言って片付けの陣頭指揮をとる。
準備には時間が掛かったものの、片付けは人海戦術とばかりに15分という短時間で済んでしまった。
そして帰宅組はそれぞれ方角別のグループに分かれて散っていった。
残されたのは陽太郎とヒュースのふたりだけである。
「ネコはしにぎわにすがたをけすというはなしをきいたことがある。しかしほんとうはそんなことはないのだそうだ。ただどうきょちゅうのネコがひとめのつかないようなばしょにみをひそめるようになったら、なにかのびょうきがしんこうしているのかもしれないということだ」
陽太郎の言葉の意味がわからないヒュース。
「だから何だと言うのだ?」
「ツグミはネコににているから、だれにもきづかれないようにこうどうしているとなれば、ちゃんとびょういんにいってしらべてもらったほうがいいということだ。ヒュースもしんぱいだろ?」
「オレは別に心配などしていない」
「おれはしんぱいだぞ。おなじたまこまのなかまだからな。…だがおれにはなにもできない。だからあしたのあさにはげんきになってくれといのるだけだ」
「……」
「ツグミはいいヤツだぞ」
「それは良く知っている。お節介で鬱陶しいこともあるが、今はあいつに感謝している部分もある。…昔、世話になった家の使用人にも同じような女がいた。世話好きで料理の上手い女だった」
故郷を懐かしむかの表情で言葉を紡ぐヒュース。
きっと彼にとってその女性は優しくて幸せな時間を彼に与えたのだろう。
「そのひとはいまどうしている?」
「さあな。いつの間にか屋敷からいなくなっていたが、病気になったり死んだなどという話は聞かないから、どこかに嫁に行ったのかもしれない。もう二度と会うこともなかろう。…とにかくツグミのことをここでヤキモキしていても始まらぬ。とりあえず明日の朝になって姿を見せなければ、オレも少しは心配してやってもいい」
ヒュースがそう答えると、陽太郎は意味深な笑みを浮かべた。
「ツンデレか…。ヒュースもずいぶんこちらがわのせかいになじんできたようだな、フフフ…」
「ヨータロー、そのツンデレとは何だ?」
「いずれわかる。さあ、おれたちもそろそろやすもう。きょうはいろいろあったからな」
そう言って陽太郎は自室に戻って行った。
ヒュースは「ツンデレ」が気になるらしく、自室に戻るまでの間ずっと考えていた。
(ツン、デレ…。