ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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86話

 

 

「ツグミの身にまだ危険が及ぶ可能性があるということなら、俺たちだけでなく城戸さんや忍田にも事情を話して判断を仰ぐべきじゃねえか?」

 

林藤は両腕を組んだままで言った。

自分の予知で「ツグミが自分たちの前からいなくなる未来」が未だに消えずにいることを迅は林藤に話し、その解決策をふたりで模索している最中である。

 

「はい。このまま玉狛支部(ここ)で彼女を匿うにしても1週間が限界です。現場復帰するとなれば単独での防衛任務もありますし。それに父親である忍田さんにまで隠しているのは申し訳ないって言うか、バレた時の怒りが怖いもんで、近いうちに話だけでもしておかなければと思っていたところなんです」

 

「だな。問題は『何者かと一緒にいなくなる』ってとこだが、それが近界民(ネイバー)かこちら側の人間かどうかもわからないってトコだ。近界民(ネイバー)ならあいつが自分から付いて行くということはないが、こちら側の人間であれば自分の意思で付いて行くということもありうる」

 

「そうなんです。こちら側の人間だとなれば近界民(ネイバー)以上に厄介ですよ」

 

「『お菓子をくれるからと言っても知らねえヤツには付いて行くな』と言っておけばいいんじゃねえのか?」

 

「ふざけないでください! ツグミは子供じゃないんですから」

 

真面目な相談だというのに冗談を言う林藤に迅は腹を立てる。

 

「悪ぃ、悪ぃ、ついいつもの癖で。…ってことはやっぱツグミにきちんと事情を説明して、本人に気を付けさせるのが一番だろ。どうせ隠してもいずれバレる。逆にバレた時のことを考えたら話す方が被害は少ない」

 

「俺もそう考えたんですけど、話せば絶対にあいつは『誰にも迷惑かけたくないから自分で何とかする』とか言うと思ったんです。まだ身体が万全じゃないってのに。それにこのことに関係しているのかわかりませんが、彼女の体調が心配です。俺たちに心配かけまいと無理をしているのは明らかですし、鍋パーティーからこっそり抜け出して今は自分の部屋で休んでいます。玉狛支部(ここ)にいれば何かをしなきゃいけないという気持ちになって無理をし、逆に何もさせなければ役に立たない自分を責めてしまいます。これまで彼女に隊員の賄いはさせないようにしていました。それを彼女は申し訳ないという顔をしていたものですから、今日の夜食を作ってくれるよう俺は頼んだんですが、これは逆効果でした。まさかこんなことになるなんて、俺にも視えませんでしたよ。うどんとか茶漬けくらいのつもりでいた俺がバカでした」

 

「う~ん、それは俺にも責任はある。昼間、鍋の具材を買いに出かけた時に止めるべきだったかも知れん。だが、そん時には楽しそうだったし、一緒にランク戦を見ていた時にも変わったところはなかった。…いや、俺に心配をかけるような素振りを見せないように無理をしていたってことだな」

 

「はい…」

 

迅と林藤は深く後悔し、自分のできることは何かを考えた。

そして林藤は答えを出す。

 

「明日、おまえはツグミを連れて本部へ行け。理由は精密検査の結果を聞きに行くということで。さっき結果が出たから来いというメールをもらっているからちょうどいいだろ。そんでしばらく検査入院することになったって言って本部で匿ってもらおう。あそこなら玉狛支部(ここ)よりセキュリティは完璧だし、本人も医師(せんせい)の命令なら従わざるをえない。入院の理由は…結果が悪かったと言うと余計に具合が悪くなりそうだから、珍しいケースなのでデータが欲しい、ってことにでもしておくか。今後他の隊員に同様のケースが見られた場合に役に立つとか言えば嫌々ながらでも協力するだろ。医務室で隔離しておけばボーダー隊員であっても無闇に接触はできないしな」

 

林藤の言葉にはツグミを連れ去る()()()がボーダー隊員である可能性も捨てきれないという意味を含んでいる。

迅も同じことを考えていたようで、林藤の提案に賛成した。

 

「それ、いいかもしれませんね。ではヒュースの入隊の件は支部長(ボス)にお任せします。あの城戸さんたちを説得するにはメガネくんだけじゃ心細いですからね。俺はツグミのことに専念させてもらいます」

 

「ああ、頼んだ。俺たちはもうこれ以上大切な家族を失うわけにはいかない。あいつの両親とも約束したんだからな」

 

ツグミの両親という言葉を聞いて、迅はずっと気になっていたことを林藤に訊いた。

 

「彼女の両親と言うと、交通事故で亡くなったという忍田さんのお姉さん夫婦のことですよね? でもその事故って…嘘、ですよね?」

 

「…なんだ、知ってんのか」

 

林藤の口ぶりでは驚いている様子はなく、知っていてもおかしくはないという雰囲気だ。

いつまでも隠し通せるものではないとわかっていたのだろう。

迅は自分が数年前に調べたことを林藤に話した。

 

「はい。運転席と助手席にいた両親がふたりとも車外に放り出されて即死。後部座席でシートベルトをしていた彼女はほぼ無傷で救出って、おかしくないですか? 後部座席の娘にシートベルトを着けさせていた人間が自分たちは着けていなかったってことは普通ありえませんよ。それで当時の新聞記事を調べてみたんですが、()()には3人で歩いていた時に路上で強盗に遭って両親は殺害され、娘は偶然通りかかった民間人に救助された。犯人は逃走し、未だに捕まっていない…ということになっています。霧科織羽、美琴、ツグミという3人の名前も載っていましたよ」

 

「……」

 

「ツグミは目の前で両親を殺され、そのショックで記憶をなくしてしまうほどの恐怖を経験しました。だから幼い娘に本当のことを話すのをためらい嘘をついたのでしょうけど、今の彼女なら真実を受け入れることができますよ。彼女はその事件の時の記憶が一切なく、忍田さんから交通事故だったと聞かされて、それを真実だと信じています。しかし記憶が戻った時、彼女の受ける衝撃は半端なものじゃありませんよ。そうなる前に話しておくべきでしょ? 今まで嘘をついていたことを彼女は責めたりしません。そんなこと百も承知のはず。それでもずっと隠し通したい真実って、…本当は近界民(ネイバー)絡みの事件だったんじゃないですか? 当時はまだ近界民(ネイバー)のことを公にはできなかったはずですから」

 

「それについてはおまえにも教えるわけにはいかない。人には知らない方が良いこともあるし、知ってしまったら知らなかったことにはできなくなる。…いずれ真実を話さなければならない時が来るだろうが、その時にはツグミにもすべて正直に話す。だから今は勘弁な」

 

林藤の口ぶりからツグミの両親の死の原因となった事件が相当根深いものであると察し、迅はそれ以上追求するのはやめた。

 

「わかりました。俺は支部長(ボス)たちがツグミのことを心底大事にしているのはわかってますから。でも彼女を傷付けるようなことになれば、この俺が絶対に許しません。それだけは良く覚えていてください。…では、これで失礼します」

 

そう言って支部長室を出て行く迅。

その背中を見ながら林藤は心の中で言った。

 

(おまえにとってツグミの存在がそこまでデカくなっていたか…。おまえの目を見りゃわかるさ。ちょっと前までは仲の良い兄妹に見えていたんだがな。まあ、いつまでも子供じゃねえってことか。俺にはおまえみたいに未来を視ることはできねえが、織羽さんと美琴さんみたいな仲睦まじい夫婦になってる姿は想像できる。おまえたちには苦労ばかりさせてるからな、せめて幸せになってほしいものなんだが、こればかりは俺にもどうすることもできねえ。不甲斐ねえ親父たちだよな、俺たちは…)

 

 

◆◆◆

 

 

ツグミは再び「悪夢」にうなされていた。

 

真っ白な世界で()()()ツグミは見たことのない怪物に追い詰められていた。

 

「おかあさん、こわいよ…」

 

「大丈夫よ。あなたはわたしが守るから」

 

優しくて力強いがわずかに震えている女性の声が聞こえる。

その女性はツグミを庇うように仁王立ちになっているが、丸腰だからツグミを守る手段はない。

できるのは怯えるツグミを励ますことくらいだ。

 

「美琴、これを使え!」

 

男性の声がして、美琴と呼ばれた女性は()()をキャッチしてしっかりと握ると叫んだ。

 

「トリガー、起動(オン)!」

 

()()()ツグミは美琴の後ろにいた怪物が1体斬り倒されるのを見た。

しかしその直後に銃声がして、美琴は胸を押さえてうずくまってしまう。

 

 

「いやあぁぁぁぁぁ!」

 

ツグミは悲鳴を上げて目を覚ました。

 

真冬の夜だというのに全身汗だくになっており、息も荒くてまるでたった今全力疾走し終わった陸上選手のようだ。

 

「はぁ…はぁ…。また嫌な夢、見ちゃった」

 

ベッドの上で上半身を起こして呼吸を整え、夢の内容を思い出そうと試みる。

 

(わからない…。怖い夢だったことは覚えてるけど、何も思い出せない)

 

「うっ…」

 

吐き気が襲ってきて、ツグミは急いで口を手で押さえる。

 

(まただ…。夢を見るたびにこれじゃトリオンが回復しても防衛任務にもランク戦にも戻れないよ…)

 

ツグミはベッドから下り、裸足のままで窓際に近付くと窓を少しだけ開けた。

すると身も縮まるような冷気がすっと入り込んで来て、彼女の身体を冷やす。

 

「気持ちいい…。ちょっとは吐き気が収まるみたい」

 

汗をかいている状態で身体を冷気に晒すのは良くないのだが、風に当たることで吐き気が収まるのならやむをえない。

しばらく涼んでいるうちに吐き気は収まり、ツグミは再びベッドに戻る。

しかし眠ればまた悪夢を見るのではないかと不安になり、目を瞑ることすら怖くてできない。

 

(明日、本部に行ってもう一度診てもらおう。このままこんなことが続くようなら日常生活にも支障が出るし、これ以上みんなに迷惑もかけたくないもの。でも、本部に行くと言ってもひとりじゃダメだって絶対に言われる。ジンさんにお願いすれば連れて行ってくれるだろうけど、本当のことを言えばまた心配かけちゃうだろな…)

 

ツグミはトリオンが回復し、体調が整えば防衛任務やランク戦に復帰できるものだと考えていた。

しかし悪夢を見たり、原因不明の嘔吐感に苛まれるという前回の時とは違う症状が出ているものだから、彼女は不安でたまらない。

 

(もしかして、これがきっかけでボーダーを辞めることになるのかもしれない。これがジンさんの言っていた「わたしがジンさんたちの前からいなくなる未来」なのかな…。自分自身が選ばなければ実現することのない未来ってことだから、わたしが自分で辞めようと決断しなきゃそのとおりにはならないはず。…でも、役に立たないならいつまでもここにはいられない。ボーダー(ここ)にいることを許されるのは戦う力を持ち、それを正しく行使できる人間だけだもの)

 

そして両目からこぼれ落ちる涙で枕を濡らしつつ、彼女は呟いた。

 

玉狛支部(ここ)を出ても、わたしの居場所なんてどこにもないもの。ずっと玉狛支部(ここ)にいたいよ…」

 

 

◆◆◆

 

 

「…!?」

 

迅はそろそろ眠ろうかと考えてベッドに腰掛けた時だった。

とある場面(シーン)が彼の脳裏を横切ったのだ。

ツグミが何者かと一緒に並んで玉狛支部を去って行く様子。

その光景は霧がかかったようでおぼろげにしか見えず、彼女の隣にいるのが誰なのかはわからないが、断定できることがひとつある。

 

「男…か」

 

その人物が近界民(ネイバー)なのかこちら側の人間なのかは判明しないものの、イメージから受ける印象でそれが「男」であることは確定した。

そしてもうひとつ確実なことがある。

 

「くそっ!」

 

迅は悔しそうに枕を力いっぱい殴りつけた。

そう…未来の光景が以前よりも詳しく視えるようになるということは、それが実現する可能性が高くなったということ。

運命の分岐点に至る道筋をできるだけ避けようとしているというのに、その迅の意思に反して()()()()()にまた一歩近付いてしまったのだ。

 

(だがキーパーソンが男であるとわかったのは収穫だ。このことは明日の朝一番に支部長(ボス)に報告し、あとは予定どおりに行動。ツグミがダダをこねなきゃいいんだがな…)

 

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