ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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88話

 

 

ツグミが検査入院と称してしばらく本部の医務室で過ごすことになった日の午後、大きな出来事があった。

ヒュースがボーダー入隊を許可されたのである。

前夜、ヒュースの祖国(アフトクラトル)に帰りたいという願いと、遠征部隊に加わってアフトクラトル行きを目指す玉狛第2の利害関係が一致し、ヒュースを玉狛第2のふたり目のエースとして加えることに決まった。

近界民(ネイバー)を敵視する城戸と上層部の面々を説得するという大役を務めたのは隊長である修で、前日からいろいろと準備をして敵地に乗り込んだ。

かつて遊真の入隊の際にもゴタゴタはあった。

しかし彼が敵性近界民(ネイバー)ではなかったこと、有吾の息子であること、さらに迅が風刃を本部に献上するという()()()()()によってようやく認められたものである。

今回のヒュースは先月の大規模侵攻の原因であるアフトクラトルの兵士であり、ボーダーに対して非協力的な態度であるから遊真の時のようにはいかないことは修も百も承知。

まずはヒュースを入隊させることについてのメリットを説明する。

彼の戦闘能力は誰もが()()()()であるから承知しているものの、彼が玉狛第2に入ったとしてもそれはボーダーの利益ではなく玉狛第2(修たち)の利益にしかならないという唐沢の言い分で劣勢であるかのように見えた。

もちろんこれは修にとって想定内のものであるから怯むことはない。

唐沢にとっては「損か得か」という基準は重要である。

だからこそヒュースが入隊する利得を説けば逆に味方につけられるというものだ。

そして忍田のひと言が流れを変えることになった。

彼は付き添いで来ていた林藤に「この件」についてどう考えているのかを尋ねた。

ここで林藤は修の味方であるはずなのに「自分が遠征の引率者(リーダー)ならヒュースは連れて行きたくない」という反対意見を口にした。

長い遠征の旅に部外者(ヒュース)が紛れ込むのは危険(リスク)が大きいというのが理由である。

この林藤の態度は()()()で、根付が大規模侵攻の報告記者会見で使った手法を見習った修の戦術である。

ここで修はヒュースを遠征に同行させる方が得策であると言い出す。

長い旅であるからこそ現地での案内役が必要であり、ヒュースならその役目を十分に果たせるというのだ。

ヒュースを案内役にすることで、遠征の成功率がアップすると売り込む修。

ヒュースはアフトクラトルに帰還するのが目的であるから、到着するまでの協力関係しか得られないものの、それでも連れて行く価値は十分にあることを力説した。

ここで唐沢と忍田と林藤が賛成側についた。

根付と鬼怒田は城戸の判断に従う様子である。

そうなると問題は城戸の判断であった。

彼がボーダーの利得ではなく個人的な感情をもとに判断を下すことになれば、修の苦労は水の泡となるのだ。

そして城戸が出した結論は、ある意味彼らしいものであった。

条件付きながらも、特例としてヒュースの入隊を許可したのだ。

その条件とは千佳を遠征に借り受けたいというもの。

彼女は他の隊員にない飛び抜けたトリオン能力を持っており、彼女が遠征に参加することで多くの利得がある。

まず遠征艇の規模を拡大して多くの隊員を乗せられるようになる。

さらに遠征艇を飛ばす際のエネルギーとして使われるトリオンの補給にも利用でき、アフトクラトルまでの旅の期間を縮小できるわけだ。

よって城戸が千佳を遠征に連れて行きたいという理由はもっともである。

しかし彼の言い方は玉狛第2が遠征部隊に選ばれなくても千佳だけは連れて行くというもので、修と遊真に関しては「参加させない」と暗に仄めかしている。

鬼怒田は千佳を遠征に参加させることは大規模侵攻で千佳を「金の雛鳥」として狙っていたアフトクラトルの思う壷ではないかと反対するが、城戸は「着いてからの危険(リスク)より着くまでの利得(メリット)を重視する」という話であったとして、千佳は戦闘要員ではなく機関員として随伴させると言う。

そうなれば彼女に危険が及ぶおそれはほぼなくなり、鬼怒田も反対はできなくなった。

しかし遠征艇から外に出ることができないということは、彼女の兄や友人の手がかりを捜すことはできないということでもある。

千佳はその条件をすんなり承諾した。

もともと彼女は人を撃てないということになっており、それを理由で断られるものだと思っていたはずだから、この話は彼女にとっては歓迎すべきものである。

もっとも承諾しなければヒュースの入隊は認められないわけで、初めから答えはYESの一択しかないのだが。

そして彼女は「玉狛第2は部隊(チーム)として遠征部隊に選ばれて修たちと一緒に行く」のだと宣言までした。

彼女がそこまで言うのだから誰も反対することはなく、この取引は成立したわけである。

ここで城戸は「これで次の話ができる」と前置きをした上で話を始めた。

今回の遠征計画はこれまでにない長大なものになるということで、遠征部隊の訓練と研修の期間を今までより長く取ると言う。

よって選抜試験を通例より早めることにもなり、玉狛第2がA級挑戦の条件を満たしても昇格試験を行う時間がない。

つまり従来の目的 ── B級2位以内に入り、A級昇格試験に合格する ── を果たすことは不可能であると宣言されてしまったわけだ。

これでは千佳だけを取られて修たちはそれを指を加えて見ているだけということになるわけで、修は異議を唱えるが城戸に諭された。

城戸曰く「これで次の話ができる」で、千佳が参加することが決まったことで遠征艇の定員を増やすことができ、しかるべきA級隊員を乗せた上で、さらに席に空きができるのでB級からも遠征隊員を選ぶことになると言うのだ。

これは修たちにも遠征部隊選抜の可能性を匂わせるもので、本人たちの努力次第では連れて行ってもいいと言う意味である。

選抜試験開始までに残されたB級ランク戦はあと3試合。

その間にB級2位以内に入ることで選抜試験参加の資格が得られるということであるから、修たちも納得せざるをえない。

そもそも従来の目的がB級2位以内に入ることであったのだから「時間がない」ということ以外は修たちにとって「ほぼ満足」な結果となったわけである。

おまけにヒュースの扱いについても一般の隊員と同じにして2日後の正式入隊日にC級隊員として入隊し、正規の方法でB級に上がった時点で玉狛第2に合流するということになった。

 

 

ツグミがこの話を聞いたのは当日の夕方で、林藤から修が隊長としての務めを無事果たしたと聞いて胸を撫で下ろした。

 

「そうですか…。遠征部隊選抜の最低条件がB級2位以内という手が届くか届かないかという微妙なところが城戸さんらしいですが、あの人がオサムくんにもチャンスを与えてくれたわけですから彼も頑張るでしょうね。個人単位での参加もアリならユーマくんの参加は当確、チカちゃんとヒュースは確定ですから、オサムくんが参加するには玉狛第2という部隊(チーム)で選ばれなければなりません。とにかく次のRound6はヒュースのいない3人での戦いですから、そこをどう耐えるかがポイントですね。オサムくんのワイヤー陣とチカちゃんの鉛弾(レッドバレット)狙撃は敵の知るところとなっていますから前回の香取隊・柿崎隊のようにはいかないはずです」

 

ツグミは自分のことのように考え込んでしまう。

その様子を見ているかぎり彼女の身体に問題などなく普段どおりに思えるのだが、林藤には前夜のことがあるから無理をして元気に振舞っているようにも見えてしまうのだ。

 

「後はヒュースがどのタイミングで玉狛第2に合流できるか…。残りが3試合ですからRound7から加わらないと厳しいです。なにしろこのB級ランク戦のシステムはどれだけたくさん得点するかというのが重要なところで、単に試合にさえ勝てば良いというのではなく、試合自体に負けても点を稼いだ方が最終的には勝ちというものですからね。…そうか! うっかりしてた!」

 

ツグミは何かに気付いたようで、急に大きな声を上げた。

林藤は彼女の態度に驚き、何事かという顔で訊いた。

 

「どうした? 何か大変なことでも思い出したのか?」

 

「はい、すごく重要なことです。でも手遅れになる前に気付いて良かったです」

 

「手遅れになるって…何かヤバイことなのか?」

 

「そうです。ジンさんの考える()()()()()に至るシナリオでは、わたしがトリオン切れで倒れることが必要だったんですよ。だからわたしにこうなることを言わなかった。…うん、これでやっと納得のいく答えが見つかりました」

 

「どういうことだ? 俺にはさっぱりわからないんだが」

 

林藤は暢気にそう言うが、内心はものすごく焦っていた。

ツグミがトリオン切れでガロプラとの戦いに参加できないようにしたのは、彼女が近界民(ネイバー)にさらわれる恐れがあり、玉狛支部に閉じ込めることでその危険から回避するためであったと迅から聞かされていた。

だからそのことを勘付かれたのではないかと思ったからだ。

 

「もしわたしが元気なままでランク戦やガロプラとの戦いに参加していたら、オサムくんたちの近界(ネイバーフッド)遠征選抜試験に悪影響が出るかもしれなかったということです」

 

どうやら彼女の様子から察するに、自分が近界民(ネイバー)によって拉致される可能性があったことについてはまったく気が付いていないようである。

なのでひとまず安心するが、今度は彼女が何を思いついたのかが気になってしまう。

 

「修たち? 悪影響? 何だそれは?」

 

「このことは誰にも知られてはなりません。支部長(ボス)に知られても問題はありませんが、支部長(ボス)の口から漏れないとも言い切れません。だから内緒にしておきます」

 

そう言ってツグミは頑なに教えようとはしない。

無理やり聞き出すこともできないし、知りたければ迅に聞けばいいと林藤はそれ以上追求しないことにした。

 

「内緒といえば、わたしがここにいることを知っているのはジンさんと支部長(ボス)だけですよね?」

 

「いや、俺たちと忍田と城戸さんの4人だ」

 

林藤がそう答えると、ツグミはムッとした顔になった。

 

「あのふたりに話しちゃったんですか? 心配かけたくないのに…」

 

本部基地(ここ)にいて隠し通せるわけないだろ。とりあえず俺たちだけしか知らないことだ、他の誰にも言わないから安心しろ」

 

「…わかりました。いちおう誰かに聞かれても誤魔化してくださいね。わたしは実家で養生しているということにしておいてください」

 

「おう、わかってるさ。じゃ、そろそろ修たちの用事も終わってる頃だ。俺はあいつらを連れて玉狛に帰る」

 

「そうですか。お気を付けてお帰りください」

 

「ああ。おまえも無理はするなよ」

 

するとツグミが困ったような顔で言った。

 

「この環境で何を無理すると言うんですか? これ以上のんびりできる場所はどこにもありません。おかしなことを言わないでください」

 

「あ…そうだったな」

 

そう言って林藤は照れ隠しに頭をポリポリ掻いた。

 

「それからくれぐれもここには来ないようにしてくださいね。玉狛支部の支部長が本部の医務室に用事があるなんて変ですから、そこから秘密が漏れると面倒です。城戸司令は来るはずがありませんが、忍田本部長はわたしがダメと言っても効果がありませんから、支部長(ボス)からも言ってください」

 

「わかったよ。必ずそう言っておく。だがあいつが来たとしても、それは俺のせいじゃない。あいつの親バカは俺でも止められないからな」

 

「そうですね。…いつまでもわたしがここにいることはできないんですから、ちゃんと娘離れしてもらわなきゃ困りますよね。もういい年なんですから、早くお嫁さんもらうよう、支部長(ボス)からも言ってやってください」

 

「あいつはおまえが無事に成人し、結婚するのを見届けねばならないって言ってたぞ。おまえが片付かなけりゃあいつも所帯を持つ気なんて起きねえんだろ」

 

「それじゃ父娘揃って生涯独身ってことになっちゃいますね。…あ、くだらない無駄話で引き止めてしまってすみません」

 

ツグミが照れくさそうに言うので、林藤は彼女の頭を軽くポンと叩いて答えた。

 

「早く元気になって帰って来いよ。おまえの(ウチ)は玉狛なんだからな」

 

「はい」

 

医務室を出て行く林藤を見送ったツグミはベッドに端に腰掛けた。

 

(そう…わたしの(ウチ)は玉狛支部だもの、早く元気になって帰らなきゃ)

 

()()彼女の家は間違いなく玉狛支部であり、迅や修たちはかけがえのない家族なのであった。

 

 

 

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