ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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94話

 

 

ツグミは試合を最後まで見ることができた。

本来なら総括を最後まで聞きたいのだが、グズグズしていてこれ以上面倒事に関わりたくないということですぐに席を立つことにした。

しかし米屋たちに挨拶もなしに立ち去ることもできず、立ち上がってから声をかける。

 

「米屋先輩、古寺先輩、わたしはこれで失礼いたします」

 

すると米屋が訝しがる。

 

「もう行っちゃうの? 最後まで聞いていけばいいじゃん」

 

「わたしは試合さえ見ればそれで十分なので」

 

「それじゃ、オレも。章平、オレ先に行くわ。じゃ、あとでな」

 

そう言って米屋も立ち上がった。

その様子を見てツグミは「米屋も用事があって退出する」のだと思って特に気にせずにいた。

そしてツグミは階段を上がって出口のドアを開けて外に出るが、なぜか米屋は彼女のすぐ後ろを歩いて付いて行く。

 

「美琴ちゃんってさ、やっぱタダの訓練生じゃねーよな?」

 

米屋が声を掛けてきたので、ツグミは振り返った。

 

「その根拠は何ですか?」

 

すると米屋はツグミの隣りに来た。

 

「試合に夢中になってるキミの様子を見てて感じたんだが、視点が素人じゃねーんだよ」

 

「はい? 意味がわからないんですけど」

 

「キミさ、何も言わねーけど、自分が玉狛の立場だったらこうするとか、こん時の王子隊だったら、生駒隊ならとか、戦ってる連中の立場になって考えながら見てる。そうだろ?」

 

「…!」

 

米屋に図星を突かれて動揺するツグミ。

 

「フツーの訓練生なら映画とかショーを見ているように楽しんでるだけなんだけどよ、これが戦い慣れた正隊員になるといろいろ考えながら見るんだ。だから訓練生の隊服着てても中身はベテラン正隊員ってなカンジで、違和感って言うか何か引っかかるんだよね」

 

「……」

 

「あと武道やってるだろ? 座ってる時やお辞儀をする時の姿勢の良さとか、歩いている時の重心の置き方とか見てるとよくわかるんだぜ。弧月使ってるってことは剣道か?」

 

さすがにA級7位三輪隊の隊員というところか。

ツグミもそこまで根拠を提示されたらNOとは言えない。

 

「ええ、たしかにわたしは剣道をやってます。それとB級ランク戦の試合を見ていて『戦術ってすごいな』って思い自分なりに勉強していますから、いろいろな場面で自分だったらこうしようとか考える癖がついちゃいました。でも自分が考えるのと実際に正隊員の人が戦っているのを見ると随分違うな…って。まだまだ考え方が素人なんです。だからもっとたくさんの試合を見て勉強しようと思ってます。そういうことで、この後友人と個人(ソロ)ランク戦をすることになってますので、これで失礼させていただきます」

 

ツグミはそう言って一礼すると、廊下を全力ダッシュで駆け抜けて行った。

 

(これ以上関わったらバレちゃうとまではいかなくてもヤバいことになりそう…。せっかく作ってもらったけど、もうこれを使うのはやめなきゃ。早く医務室に戻って換装を解こう)

 

 

◆◆◆

 

 

ツグミが医務室に戻って寛いでいると、そこに迅が訪ねて来た。

 

「よう、ツグミ。ランク戦は楽しめたか?」

 

「はい! 今日もオサムくんたちは大活躍でしたね。イマイチなところはありますが、ずいぶんと戦い慣れてきたというか、チカちゃんの成長っぷりが目覚しいです」

 

鉛弾(レッドバレット)でなら人を撃てるようになったからな。これで積極的にメガネくんや遊真の援護ができる。今の彼らは1点でも多く点が欲しい状況だ、これはいい傾向だよ」

 

「ええ、そうですね。たしか玉狛第2はこれで合計30ポイント。二宮隊は現在34ポイントで影浦隊は31ポイント、夜の部でそれぞれ何点ゲットするかわかりませんが手の届かない位置ではありませんからね。直接対決のチャンスもありますし」

 

楽しそうに会話するツグミだが、その心の中には自分がランク戦に参加できない悔しさや体調不良による不安が潜んでいる。

それを知っている迅であるから、彼自身も笑顔でいながら心中は複雑である。

 

(この笑顔も純粋にメガネくんたちのことを喜んでいるならいいんだが、俺に心配をかけたくないからなんだよな。昔から他人に迷惑をかけたくないって無理をしたり、悩み事を全部自分で抱え込んでしまう癖がある。おまえは芝居が上手いからレイジさんや小南たちには気付かれていないと思ってるだろうが、俺や林藤さんにはバレてんだぞ)

 

ツグミを幼い頃から見守っている迅だからこそ、彼女の行動や表情から様々な心の内が読み取れてしまう。

だから彼女が笑顔でいても、それが()()の笑顔ではないこともすぐにわかってしまうのだ。

 

「次は1週間後か…。対戦相手もチカちゃんの鉛弾(レッドバレット)とオサムくんのワイヤー陣の対策は当然しているだろうし、ステージの選択権がないから気を揉むことになるでしょうね。でもヒュースが加入するならユーマくんとの連携の練習ができるから好都合。わたしも敵役として練習に付き合えたら良かったのにな…」

 

「換装できるようになったんだから、すぐに玉狛に戻れるようになるだろ」

 

「でもわたしはランク戦の終了する来月の5日までは仮病を使ってランク戦と防衛任務をサボります。そういうことでみんなを騙すわけですから、ますます罪の意識で体調を悪化させるかもしれません」

 

「……」

 

「実を言うとわたし、しばらく前から寝覚めが悪かったんです。ガロプラが攻めて来た日は悪夢まで見てしまって。それでそのことを相談したら、先生(ドクター)はわたしがみんなに迷惑や心配をかけているという罪の意識によるものが原因ではないかと言っていました。玉狛支部にいることで症状を悪化させている可能性があるということで、その原因を取り除くのが治療の第一歩だとか。たしかに医務室(ここ)にいる間は一度も悪夢を見ませんし、朝の目覚めはとても快適です。だからいっそのこと玉狛支部を出て、どこか別の場所で部屋を借りて暮らすのもいいかな、って」

 

あっけらかんと言うツグミ。

それも無理をしているのを隠そうとしての態度だと迅には良くわかっている。

 

「部屋を借りて、ってことはもう玉狛支部で暮らすつもりはないという意味か? それにそんなことをしなくても実家に帰ればいいじゃないか?」

 

「次の遠征の引率者(リーダー)は忍田本部長だそうじゃありませんか。真史叔父さんに心労を与えることはできません。あれだけ大騒ぎして玉狛支部で暮らすようになったんですよ、そんなわたしが実家に帰るとなれば具合が悪いんじゃないかって心配するに決まってます。あの人には万全の状態で遠征に臨んでもらわなければなりませんから、実家には帰()ません」

 

迅にはツグミの気持ちが哀しくて辛くなった。

 

(ツグミは玉狛支部での暮らしを誰よりも楽しんでいて、大切にしている。あいつがB級ランク戦に参加したのも玉狛支部での生活を守るためだし、人一倍仲間思いだから『みんなのために』という一心で行動していた。そのせいで健康を害するまで頑張りすぎて、仲間に迷惑をかけたという罪の意識が心を病む原因にもなってしまった。帰りたい場所に帰ることができないって、どんなに辛いかくらい俺にも良くわかる。俺にならもっと弱みを見せて頼ってくれていいんだぞ。…しかしそれにしても別の場所って…どこへ行くつもりなんだ?)

 

「それでおまえにアテはあるのか?」

 

「ボーダー隊員なら学生でも保証人なしで部屋を借りられるそうです。これまでに貯めたお金で家賃は払えますし、玉狛支部に近い場所だと家賃も比較的割安な物件があります。そこから通えばいいと思ってます」

 

「……」

 

「別にボーダーを辞めるわけじゃありませんし、所属だって玉狛支部のままです。住む場所を変え、みんなとの距離を少し置くことで状況が改善するかもしれません。それだけのことです」

 

ツグミがそう言うと、別室にいた医師が入って来て言った。

 

「彼女が言うように生活環境を変えることは治療のために良いと私が勧めたことだ。ただ、ひとり暮しは心配なので私の家に下宿するのはどうかと言ったのだが…」

 

「これ以上先生にはご迷惑かけられません」

 

「…だ、そうだ」

 

きっぱりと言うツグミに対して困った顔をする医師。

他人に迷惑をかけることを極度に嫌がるツグミだから、無理強いすれば逆効果となるのが良くわかっているのだ。

 

「だから迅くんも彼女の気持ちを汲んでやってもらえないか? もちろん体調が回復し、心配ないと判断したら玉狛支部に戻るように言うから」

 

ツグミは自分が近界民(ネイバー)かこちら側の人間かはわからないが、男と一緒に迅たちの前からいなくなるという予知のことをまだ知らずにいる。

迅は体調不良の彼女にそのことを告げればもっと症状が悪化すると考えて何も言わずにいたのだ。

しかし本部基地にいるならともかく、玉狛支部を出てひとり暮しをするとなれば()()もままならず、()()()()()にまた一歩近付いてしまう恐れがある。

これ以上内緒にしていて彼女を守ることは難しいと判断し、迅は正直に予知のことを伝えることに決めた。

 

「ツグミ、先生、実は大切なお話があります。できることならずっと黙っていようかと思っていましたが、どうやらそんなこともしていられない状況になってきたものですから」

 

そう前置きして、迅は自分の未来視(サイドエフェクト)による予知の内容をふたりに伝えた。

 

「……」

「……」

 

当然のことながら、ツグミも医師も相当なショックを受けて黙り込んでしまった。

 

「状況を改善しようとはしているが、どうやってもツグミがいなくなる未来は消えない。ツグミが自らボーダーをやめるようなことはないだろうから、何者かによって()()()()連れ去られるのだろうと玉狛支部の建物や本部基地という隔離された場所で保護していたが、いつまでもできるものではないこともわかっていた。だから俺の監視できない場所でひとり暮しなどされたらどうしようもないんだ」

 

迅はそう言ってツグミをじっと見る。

 

「ツグミ、医務室(ここ)でおまえを預かってもらえるのもあと数日が限界。その後は玉狛支部に帰ってもらいたい。もちろんみんなにはきちんと説明をする。その上でどうするべきかみんなで考えよう。仲間の危機に全員で対処するのは当然のことだ。迷惑をかけるから嫌だとか、心配かけたくないとか言っている状況じゃないことはおまえにもわかるだろ?」

 

「…はい」

 

「おまえがメガネくんたちを助けたいとか応援したいと思う気持ちと同じで、彼らもおまえを助けたいだろうし応援したいとも思っているはずだ。これを断るということは…どういうことかわかるはず。玉狛に戻って体調不良がぶり返したなら、それはその時だ。…先生、検査の結果はいつ出ますか?」

 

「3日か4日後だな」

 

「それなら27日には帰って来られるはず。支部長(ボス)やレイジさんたちに帰って来ると伝えておくぞ」

 

ツグミは怯えていたが、迅の力強い言葉に励まされて自分も()()ことに決めた。

 

「わかりました。わたしを拉致る男というのが近界民(ネイバー)だったら、今のわたしではどうしようもありません。わたしも早く元気になってジンさんと一緒に戦います。体調不良が心理的なものだということなら、心の持ちようでなんとかなるはずです」

 

ツグミがそう言うと、迅はニヤリと笑った。

 

「それでこそ霧科ツグミだ。…じゃあ、すべてが無事解決したら、さっきのトリガーの分と合わせてたっぷりお礼を貰おうかな」

 

「トリガーのお礼…? あっ!?」

 

ツグミは迅の言葉を思い出し、顔を赤くした。

 

「あれって冗談なんですよね?」

 

「俺は本気だったんだけどなぁ」

 

「……」

 

「無理強いはしないが、ちゃんと約束は守ってもらうぞ。…では、先生、ツグミのことをもうしばらくお願いします」

 

「ああ、わかっている」

 

医師はそう言ってニンマリする。

 

「若者たちはいいねえ…。見ているだけでこちらも若返ってくるようだ。さて、年寄りはこれで失礼するよ。…あ、大事なことを忘れるところだった。ツグミくんの留守中に見舞い客が来てくれたんだが、いないとわかると見舞いの品だけ置いていったよ」

 

「わたしに見舞い? でもわたしがここにいることを知っている人は…」

 

「城戸司令だよ」

 

「城戸司令が!?」

 

素っ頓狂な声を上げて驚くツグミ。

()()城戸が自分の見舞いに来るとはまったく想像もしていなかったからだ。

 

「冷蔵庫の中にきみの好物だというフルーツゼリーが入っている。私はこれから新入隊員の健康診断で忙しい。私のことは気にせずふたりで食べるといい」

 

そう言って医師は医務室を出て行った。

 

 

 

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