ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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95話

 

 

冷蔵庫の中から洋菓子屋の箱を取り出したツグミ。

それは彼女のお気に入りの店のもので、中にはいちご、ブルーベリー、キウイ、みかんという4種のフルーツゼリーが入っている。

 

「わぁ~、ステキ! ねえ、ジンさんも食べますよね? どれにします? わたしはどれにしようかな~? 迷っちゃう…」

 

いろいろ悩んだ結果、ツグミはいちご、迅はキウイというセレクトとなった。

そしてふたりで向かい合って食べ始める。

 

「う~ん、美味しい」

 

満面の笑みを浮かべ、上機嫌でゼリーを食べるツグミ。

その笑顔が正真正銘本物であるので、迅も安心してゼリーを口にする。

 

「それにしても城戸司令がわたしの見舞いに来るってどういう風の吹き回しかしら?」

 

ツグミが少し嫌味混じりに言うと、迅がそれを窘めた。

 

「城戸さんだっておまえのことを心配してるに決まってるだろ。昔、おまえが熱を出して何も食べられなかった時、城戸さんが買って来たフルーツゼリーだけは美味しそうに食べた。だからあの人は具合の悪いおまえが一番喜ぶものがこのフルーツゼリーだっていう認識があるんだよ」

 

「…大事な時に何の役にも立たないわたしのことを城戸()()は怒っているんだとわたしは思っていました。わたしは城戸()()の考え方やボーダーの運営に関して賛同しないどころか逆らうことをしてばかりなのに…」

 

「城戸さんはおまえがボーダーのために良かれと思ってやっていることだと理解はしている。ただ立場上認めることはできないし、遠征の最中におまえが捕虜を逃がした件では罰を与えなければならなかった。城戸()()が手塩にかけて育てた娘同然のおまえを、城戸()()として処分しなければならなかった時のあの人の気持ちを想像できるか?」

 

「……」

 

「それにあの人は忍田さんのように気持ちを大っぴらにはできない人だ。だからこうしてこっそりと、しかも言葉ではなく物でしか伝えられない。こっちが察してやらなきゃならないような不器用な人なんだ」

 

「わかっています。…わかっているんですけど、やっぱり難しいです。城戸()()にとっての理想のボーダー実現に役立つか否かという基準で測ればわたしは役に立つどころか問題児でしかない。でも城戸()()にとっては娘同然の慈しむ存在。ならばわたしはあの人をどう見ればいいんでしょうか? ボーダー隊員でいる以上関わらずにいることはできませんから、適度に距離を置いて警戒する上司と考えるべきですか? それとも真史叔父さんや林藤さんと同じように父親として頼ってもかまわないですか? あの人が城戸()()であり、同時に城戸()()である以上あの人の気持ちを『察して』行動することは、わたしには難しくてできません」

 

「……」

 

「城戸()()があんなふうになってしまった5年前の近界(ネイバーフッド)遠征。ジンさんはその目で多くの仲間たちが倒れていった光景を見ていますから、あの人が変わってしまったのも仕方がないと納得できるんでしょうけど、わたしはその場にいませんでしたからその時の悲劇はすべて伝聞でしかないんです。だから理解はできても納得はできない。それにもしわたしがその場にいたら未来は変わっていたんじゃないかと思うと、今でもすごく後悔しています。もっとわたしが強ければ一緒に近界(ネイバーフッド)へ行けたはず。だからわたしは強くならなきゃいけないって頑張ってきたのに、また重大な場面で役に立てなかったんですよ。城戸()()は許してくれるかも知れませんけど、城戸()()はどう判断するか…。この見舞いも城戸()()として来てくれたのであれば、城戸()()としてのあの人はどういう気持ちでいたと思いますか?」

 

迅には明確な答えをツグミに与えることはできないし、彼女も迅から答えを貰えるとは思っていない。

ただ自分の抱えている悔しさと出口の見えない問題を吐き出したいだけなのだ。

 

「先週、わたしは城戸()()とお話をして、あの人に自分の気持ちを伝えることができました。今度はわたしが城戸()()の気持ちを知りたい。ボーダーという組織のトップが霧科ツグミという一隊員に対してどういう感情を抱いているのか…。わからないから不安だし疑いたくもなる。城戸()()は昔と少しも変わっていません。だからこそ城戸()()であるあの人の気持ちが知りたいんです」

 

「おまえの言い分はわかった。俺から城戸さんに事情を説明しよう。城戸()()がおまえと話をしてくれるかどうかはわからないが、それでおまえは納得するんだろ?」

 

「ええ、まあ…」

 

「それならそこでおとなしく待っていろ。そして城戸()()と話ができたら俺との約束、早く元気になって俺と一緒に戦うという約束を守ってもらうからな」

 

迅の言葉には絶対にNOと言わせない迫力があった。

 

「わかりました。ジンさんとの約束なら破るわけにはいきませんよね。言われたとおりに待ってます。…あ、そうだ」

 

ツグミはポケットに入れっぱなしになっていたトリガーホルダーを取り出すと迅に手渡した。

 

「今日はありがとうございました。これはお返しします。玉狛第2の次の試合は玉狛支部のミーティングルームで見物するので、もうこれは必要ありませんから」

 

その言葉は玉狛支部に戻ることを前提としているもので、迅にとっては歓迎すべきことである。

 

「そうだな。もうこれを使ってC級に化ける必要はない」

 

そう言って迅はポケットにトリガーホルダーを入れる。

 

「ところで…ランク戦が始まるちょい前のことなんだが、今日入隊するっていう女子がC級の男子ふたりを()()でバッサリ殺ったって騒ぎになってるが、おまえ知ってるか?」

 

意味深な目で訊く迅。

当然のことながらツグミは知らぬふりをする。

 

「へえ~、それは将来有望な攻撃手(アタッカー)になりそうですね。そういえば、ヒュースは大丈夫だったんでしょうか? アフトクラトルの捕虜だってバレたら大騒ぎどころじゃありませんよね」

 

「まあな。俺も気になってちょっと様子を覗いてみたんだが、別の理由で大騒ぎになっていた」

 

「何かやらかしたんですか?」

 

「ああ。例の対近界民戦闘戦で、1.5秒という歴代2位の記録を残したんだが、2位というのがプライドを傷付けられたらしくやり直すと言い出す始末。初日から目立ってたぞ」

 

「1位ってユーマくんの0.4秒ですよね。玉狛の近界民(ネイバー)コンビはこれからどんな波乱を生み出すのか心配であり楽しみですね」

 

「俺も同じだ。それでだな、大騒ぎというのがこれからの話なんだ。今回の新人は臨時入隊ということで仮入隊期間がない。そこで即戦力を素早くB級に引き上げる措置として戦力テストを行うことになった」

 

「戦力テスト、ですか?」

 

「そう。5人組のグループを作って仮想空間で戦うんだが、自分以外は全員敵。ひとり倒す毎に120ポイント加点。その後はメンバーを入れ替えて同じように4試合繰り返すということをしたんだが、結果がどうなったかはおまえにも想像がつくだろ?」

 

「ええ。素人相手に片っ端から斬っていって、全員倒しちゃったんですよね? 見ていなくても想像できます。この分だとB級に昇格するのもあっという間で、次の試合から出場できそう。ツートップ体制の新玉狛第2のデビューが楽しみです」

 

ツグミは自分のことのように喜んでおり、迅は複雑な気持ちで彼女の様子を見つめていた。

 

(自分のことよりも仲間のことを大切にするおまえらしい反応だ。だが自分の身を削ってみんなのために尽くし、その結果身体を壊して仲間に迷惑をかけたと心まで病んでしまう。何がおまえをそこまで駆り立てるというんだ?)

 

昔からツグミの行動の根底にあるものは「仲間のために」で、自分のことよりも他人の利益や幸福のために働くことを信条にしているところがあった。

なぜそこまでするのかを彼女に訊いても「みんなの期待に応えたいから」とだけ言って微笑むだけであり、迅ですら彼女の()()はわからない。

 

「ねえ、ジンさんはランク戦の勝敗でヒュースと賭けをしたそうじゃないですか。その時にこうなる未来が見えていて、わざと賭けに負けたんじゃありませんか? どんなことをしてでも祖国(アフトクラトル)に帰りたいというヒュースの気持ちを利用したことになりますけど、ジンさんのことだから、彼のためにもこれが最善の道であるとか考えていそう」

 

ツグミにそう問われ、迅は頷いた。

 

「まあな。今のところ俺たちにできることはすべてやったから、後はメガネくんたちの運と努力次第ってところだ。…さて、俺はそろそろ行くよ。城戸さんたちに呼ばれてんだ。俺、実力派エリートだから」

 

「そうですね。今日はいろいろありがとうございました。それと…城戸司令の件はよろしくお願いします」

 

「ああ、わかっている」

 

 

 

 

医務室を出て行く迅を見送り、ツグミは迅から聞かされた自分に迫る避けがたい未来について思いを巡らせた。

 

(ジンさんにもずいぶんと心配をかけていたみたい…。わたしを監視するって言っていたのも、わたしが無茶をするのを諌めるんだと思っていたけど、まさかわたしを守るためだったなんて全然気付かなかった。ジンさんもわたしのことを気遣って教えなかったわけだけど、わたしは逃げるのは嫌だし誰かに守ってもらうのも嫌。もっと早く教えてほしかったな。得体の知れない敵であっても、わたしは戦うわよ。…それにしてもわたしがジンさんたちの前からいなくなる未来って何なんだろ? それも確定していないけどそうなる可能性は高いらしい。わたしは自分からボーダーを辞めるなんてことはありえないから、他者による意思の介入によって無理矢理にとか、そうぜざるをえない状況に追い込まれて仕方なく…ということだろうけど)

 

ツグミは大規模侵攻の際に敵将ハイレインと対峙した時のことを思い出した。

 

(あの男はトリオン能力と戦闘力を評価して部下になれとわたしを勧誘したっけ。今回も()()近界民(ネイバー)だというなら、理由は同じ…なんだろうな。でもわたしがそれだけの力を持っていることを知っている近界民(ネイバー)がアフトクラトル以外にいるはずがないし、このタイミングでの再侵攻はありえない。あっちもいろいろゴタゴタしていてそれどころじゃないってことだもの。そしてわたしが敵地(アフトクラトル)に乗り込むこともないんだから、()()近界民(ネイバー)だという可能性は低い。だとするとこちら側の人間? でもわたしには連れ去られるような理由に心当たりはないし、そもそも格闘家でなければ戦って逃げることはできる)

 

トリオンの回復によって換装できるようになったことや、悪夢を見なくなったことでボーダー隊員としての自信が回復してきたツグミ。

自分が誰かに守られるだけの存在でいたくないからとボーダーに入隊したくらいだから、()が存在するとわかれば戦う気力も湧いてくる。

 

(でも…ジンさんの未来視(サイドエフェクト)を疑う気持ちはまったくないけど、わからないことだらけで対策のしようがないじゃない。ジンさんはわたしを守るために隔離したわけだけど、むしろわたしが積極的に動けば()が動いてジンさんがもっと詳しい未来を予知できるんじゃないかしら? ひとまず検査の結果が出て問題がないようならジンさんとの約束どおり玉狛支部に帰ろう。対策を考えるのはそれからにしよう)

 

問題を先送りにするのが嫌いなツグミだが、判断材料が少ない以上どうすることもできないのだ。

 

 

 

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