ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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【ご注意】
城戸の口からボーダー創設のきっかけとなった話が少しだけ語られます。
原作において過去の出来事の多くが語られていません。
そこで原作の中で知りうることのできるもの以外は捏造させていただきます。
今後の「過去編」では特に顕著になりますので、ご容赦お願いいたします。





96話

 

 

城戸からツグミに「午後9時に訪問する」という短いメールが届いたのはその日の夕方であった。

来訪の目的はボーダー本部司令としての城戸が霧科ツグミ()()と話をするためである。

千佳とヒュースがアフトクラトル遠征に加わることとなり計画に大幅な変更があったことで、これまで以上に忙しくなった彼が一隊員の申し出に応じて会ってくれるというのだから特別待遇であることは間違いない。

 

「お忙しい中、わざわざお越しいただき申し訳ございません」

 

ツグミは城戸に深く頭を下げた。

 

「こちらこそこのような夜遅くになってすまない。おまえも知っているように仕事が山積みになっているのでな。だから長居もできぬ」

 

普段から多忙である上に予定よりも時期が早まったアフトクラトル遠征の対応で、城戸の表情も心なしかやつれているように見える。

 

「承知しております。ですのでさっくりと用件を済ませてしまいましょう。…ですがその前に城戸()()にお礼を申し上げます。お見舞いの品、どうもありがとうございました」

 

「そのことか…。気にするな。早速本題に入るが、おまえはボーダー本部司令としての私と話がしたいそうだな。何か訊きたいことでもあるのか?」

 

「はい。わたしは自分なりにボーダーという組織のために働いてきました。ですが近界民(ネイバー)の殲滅を目指す城戸()()の思想に賛同せず、また2年前には隊務規定違反によって処分されています。このような問題児である隊員を看過する城戸()()の態度がわたしには釈然としないのです。ですからあなたの本心が知りたい。タダの一隊員が最高司令官に対して僭越というか…無礼な態度であることは重々承知しており、いかなる処分も甘受する覚悟でございます」

 

ツグミはボーダーをクビになるかも知れないという覚悟でいる。

もし城戸から解雇通告を受けてボーダーを去ることになれば、迅の予知した「ツグミが迅たちの前からいなくなる未来」が現実になるが、それはそれで仕方がないことだと諦めているのだ。

ボーダーを解雇されれば迅との約束が果たせなくなるわけで、彼女にとっては迅だけでなく仲間たちとの信頼と絆をも失うことにもなる。

それらと秤にかけてでも彼女は城戸()()の真意が聞きたいということなのだ。

 

城戸はツグミという人間を幼い頃から見て良く知っている。

だから彼女がクビ覚悟でも知りたいという態度には真摯に向かい合わなければならないと、言葉をひとつひとつ選びながら本部司令としての気持ちを吐き出した。

 

「話をする前にひとつ言っておく。私は本部司令としての考えやボーダー隊員としてのおまえに対する気持ちを伝えるために来たわけだが、私は自分の感情を言葉にするのは苦手だ。だから察してほしい…とは言わぬが、言葉どおりの意味で捉えられてしまうと困ってしまう。それを踏まえて聞いてほしい」

 

「はい、承知いたしました」

 

ツグミの返事に安心したのか、城戸も強ばらせていた表情を解いた。

 

「私はボーダーの最高責任者として常に心がけているのは『近界民(ネイバー)には心を許してはならない』である。そもそも我々とはまったく違う環境に生まれた奴らと理解し合えるわけがない。奴らがこちら側の世界へトリオン兵を送り込んで来るのも、トリオン能力の高い者を狩るためだ。決して友好関係を結ぼうというものではない。おまえが生まれるずっと前から、近界民(ネイバー)は我々の仲間や隣人を誘拐し、自分たちの戦争のために利用している。そんな連中と友好的な関係がそうやすやすと築けると思うか?」

 

「……」

 

「かつて神隠しとされていた未解決の行方不明事件の多くが近界民(ネイバー)による拉致であると判明したのは今から20年ほど前のことだ。空閑有吾とひとりの近界民(ネイバー)が私と最上の前に現れ、近界(ネイバーフッド)の情報とトリオン技術を我々に伝えた。この情報は我々が近界民(ネイバー)から身を守る手段を得ることになり、トリガーを使える者たちによって防衛組織が発足した。それが界境防衛機関ボーダーだ」

 

ツグミはボーダー設立に遊真の父親である有吾が関わっていたということは知っていたが、他にも近界民(ネイバー)がいたということは初耳であった。

 

「当初のボーダーはこちら側の世界の人間を守るための組織であると同時に近界(ネイバーフッド)にある国々との平和的な交流を目的としていた。これはその近界民(ネイバー)と有吾がトリガー技術を伝える際の条件でもあったのだ。私と最上のふたりは喜んでその条件を呑んだ。当然だ。トリガーの技術は絶対に必要なものであったし、なによりその近界民(ネイバー)はフレンドリーでいつの間にか我々の懐に入り込んでいたのだ。しかしすべての近界民(ネイバー)が彼のようであったなら、その後の悲劇が起こるはずはなかった」

 

城戸はそこまで話したところで一旦話しを止めた。

 

「すまない。つい昔話をしてしまった。早速本題に戻ろう。…私はボーダーを拡大するために近界民(ネイバー)を絶対悪と考える道を選んだ。第一次侵攻で近界民(ネイバー)によって人命や財産を奪われた者は大勢いる。その憎しみの感情が戦うための強い意思となり、力となるのは明白だからな。これ以上自分たちの平穏な日常を蹂躙されたくない。自分とそれを取り巻く世界を守るのは自分しかいないという気持ちを持つ隊員たち、いわゆる城戸派の隊員が今のボーダーを支えているのは事実だ。おまえもそれくらいはわかるな?」

 

「はい。程度の差こそあれ、近界民(ネイバー)を排除すべき敵だと考えている隊員たちの活躍があってこそ先の大規模侵攻も最小限の犠牲で抑えることができたというものです。対話のできない相手に対しては()によって圧倒するしかない。城戸()()のやり方は間違っていないと思います。間違ってはいませんが、正しいとも言い切れません」

 

「そうだな。それは以前におまえから聞かせてもらった。私もその考え方は理解できるし納得もしている。だから私と意見の異なる忍田の派閥やおまえたち玉狛支部の存在も許している。やろうと思えば城戸派以外の人間をすべて排除することもできる力を私は持っている。だがそれを行使しないのは、おまえと同様に組織の中には意見の異なる考えを持つ人間がいるからこそ組織の自浄能力が作用すると知っているからだ。おまえがその考えを自ら探し当てて堂々と論じる姿を見た時は正直驚いたよ」

 

「……」

 

「私は玉狛寄りの忍田派という立ち位置で行動しているおまえの行動に対して静観することにした。さすがに遠征中に捕虜を逃がしたという事件については事情が理解できないわけではない。しかし私には本部司令としての立場もある。だから厳しい処分を下した」

 

「その件に関してはすべてわたしに非があるのですから納得しております。組織に属する人間が上からの命令に逆らって勝手なことをすれば、組織自体が崩壊してしまいますから。わたしはあの時自分の『捕虜を逃がした』という行為について後悔はしていません。でも城戸()()の期待を裏切ってしまったことについてはひどく悔やみました。罰を与えるという行為は与えられる人間よりも与えた側の方が辛いという場合もありますからね」

 

「…ああ。そしておまえが旧ボーダーの理想を叶えようとしている気持ちと同じものを5年前の私も持っていた。昔の私も高尚な理想を胸に戦ってきたが、近界(ネイバーフッド)遠征で多くの若者を死なせてしまった現実を前に、私はその理想がまやかしであると自らに言い聞かせて逃げたのだよ。実現には様々な困難が立ち塞がる理想論を抱えて苦しむよりも、近界民(ネイバー)という絶対悪を殲滅する我々は正義であるという考えの方が万人にわかりやすい上に、私にとって一番楽になれる手段でもあったからだ」

 

「……」

 

近界民(ネイバー)を殲滅するなど不可能に決まっている。それに徹底抗戦するのであればこちらの被害も甚大なものとなる。忍田のように市民の安全を第一に考えて街の防衛を優先する考え方の方がよほど現実的だ。自分の力不足と判断ミスのせいで若い者たちの命を散らせてしまったという自分の情けない姿を見たくない。自責の念に苦しむことに耐えられず、諸悪の根源を近界民(ネイバー)として『近界民(ネイバー)=敵』としてすべての近界民(ネイバー)を憎み続けることでしか私は自我を保つことができない。さっきは近界民(ネイバー)への憎しみの感情が戦うための強い意思となり、力となるなどと偉そうに持論を宣っていたが、本音はこんなものなのだよ。幻滅しただろうか? それとも軽蔑するだろうか? だとしてもそれは仕方がないことだ。なぜなら私はそれほど弱い人間なのだからね」

 

城戸が自分のような子供の前で本音を曝け出し弱みを見せることにツグミは驚いていた。

 

(でも…そんな姿をわたしに見せるってことは、わたしは城戸司令に信頼されているということなのかな?)

 

城戸の話は続く。

 

「その点、林藤やおまえたち玉狛支部の連中は強いな。未だに旧ボーダーの理想を追い続け、蟻の歩みでありながらも確実に前へ進んでいる。だからおまえはおまえの正しいと思うことをやればいい。もちろん隊務規定に反する行為をすれば前回同様に厳しく罰するが、それ以外は好きにやってかまわない」

 

「…本当にいいんですか?」

 

「ああ。ただし私を失望させるようなことは絶対にするな。自分の無力を責めたり、大事な時に役に立てなかったなどと罪の意識に苛まれて病に伏すようなことは今回限りにしろ。それと…迅からおまえのことは聞いている。その件に関してだが、おまえは絶対に勝手なことをせず、迅の指示に従え。私は優秀な部下を…いや、前途ある若者をこれ以上失いたくはないのだ」

 

「はい。城戸()()の期待に添えるよう、また自分自身の信じる正義のために行動するとお約束いたします」

 

そう言って満足そうな笑みを浮かべる城戸。

 

「そう言ってくれると信じていた。では、私はこれで ──」

 

「ああ、待ってください」

 

帰ろうとする城戸をツグミは引き止めた。

 

「教えてほしいことがあります。さっきの話でボーダー発足の際に有吾さんともうひとり近界民(ネイバー)がいたということですけど、どんな人だったんですか? その人は今でもこちら側の世界にいるんでしょうか?」

 

「…彼は死んだ。しかし彼が持つ近界(ネイバーフッド)の知識や技術、彼が残した大切な ── は今も生きている」

 

「あの、大切な何が今も生きているというんですか? 声が小さくて聞こえなかったので、もう一度言ってください」

 

ツグミはそう頼むが、城戸は何も言わずに彼女の頭に手を置いて優しく撫でた。

 

「今夜はもう何も考えずにゆっくりと眠りなさい。おやすみ、ツグミ」

 

「おやすみなさい、城戸さん」

 

ツグミの口から出たのは城戸()()という呼びかけであった。

ずっと本部司令としての城戸と話をしていたのだが、最後の「おやすみ」という声がかつて共に戦っていた旧ボーダー時代の城戸のものであったことで、ついそう呼んでしまったのだ。

城戸もそれが嬉しかったのか、静かに微笑むと医務室を出て行ったのだった。

 

 

 

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