ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
玉狛支部では新人隊員のスカウトのために県外へ出かけて留守をしていた林藤ゆりとミカエル・クローニンのふたりが帰って来た。
修たち玉狛第2のメンバーは彼らに会うのは初めてで、挨拶と簡単な現状報告を済ますと、ヒュースと遊真はトリガーの調整でクローニンと一緒に
そして玉狛支部に寝泊りすることになった修はゆり・レイジ・千佳に手伝ってもらって空き部屋を掃除することになった。
事件はそこで起きた。
部屋の主が4年前に出て行ったきりずっと使われていなかった部屋のドアを開けた途端、玉狛支部の建物内にトリオン兵の反応が現れたのだ。
緊急事態の警報が鳴り響き、防衛隊員は全員トリオン体に換装し警戒レベルを最高にまで引き上げるが、問題のトリオン兵の姿はどこにもない。
そこで林藤の指示により出入り口をすべて封鎖し、レーダーの精度を徐々に上げていった。
同時に全員でトリオン兵を追い詰めるように動き、最終的には地下訓練室へと閉じ込めることに成功したのだった。
問題のトリオン兵はラッドを小型化したような体長約20センチのもので、姿が見えなかったのはカメレオンと同様の「姿を消す」機能を備えていたからであった。
さらに突然現れたように思われたのは、ドアを開けるまでバッグワームのようなものを起動していてにレーダーに映らなかったためである。
つまりこのトリオン兵は「バッグワーム」を使用して玉狛支部の建物内に侵入し、無人の部屋で身を潜めていたのだが、修たちが部屋に入ってきたことで「カメレオン」に切り替えて姿を見えなくした。
しかしカメレオンと同じでレーダーには反応してしまい、大騒ぎになったというわけであった。
幸いにも傷ひとつ付けずに捕獲することができ、早速クローニンが調査するが彼にとっても未知のトリオン兵であったようで、なぜ玉狛支部に潜んでいたのかという理由はわからずじまい。
結果、本部基地の
◆◆◆
ツグミが林藤からその話を聞いたのは、その日の夕方である。
「玉狛支部の中にトリオン兵が潜んでいたなんて驚きです。あの部屋はわたしが月一の割合で掃除をしていましたけど、それ以外は誰も出入りしませんからバッグワームと同じ機能を持っているトリオン兵なら身を隠しているのは難しくありません。でもなんでそんなものが玉狛支部にいたんでしょうか?」
「理由なんて俺にもわからねえよ。とりあえず今、
「戦闘用や捕獲用のサイズではなく、ボーダーの施設に侵入するとなれば普通に考えて情報収集でしょうけど、それってどこかに人型
「ああ。そしてそいつがおまえの未来に関わってくる可能性もある。ますます用心するにこしたことはねえな」
「……」
ツグミが
玉狛支部内も安全とはいえなくなった以上、彼女をひとりきりにするのは危険である。
彼女はまだ武器を生成できるだけのトリオンを蓄えていないのだから換装しても戦えず、
「こうなったら24時間体制で迅をそばにいさせるか。迅ならおまえを守りながら戦えるし、対象の人間を一度でも見りゃ
「たしかにジンさんがいてくれたら安心ですけど、彼には他にもやるべきことがたくさんあって、それも彼にしかできないことばかりです。わたしの専属護衛にすることはできません」
「それならおまえが迅の任務に同行すればいいだろ」
「はあ?」
「迅と一緒に市内を見回り、敵と遭遇したら
林藤は迅と連絡を取り、ツグミの意思とは無関係に話は進んでいった。
そして医師と相談した結果、試しに一日だけやってみようということに決まった。
彼女の体調不良が心理的な原因によるものであれば、迅という絶対的に信頼できる人物のそばにいることで安心感を得られ、正常な状態に戻れるというのが医師の判断である。
これまでの彼女なら迅に迷惑をかけるの嫌だとか言って後ろ向きな態度になるだけだったが、迅と共に
そして医師は断言した。
「ツグミくんが迅くんのそばにいることは彼にとっても精神衛生上好ましい。是非ともそうすべきだ」
何を根拠にそう言うのかツグミにはわからなかったが「迅のためになる」と聞けば拒否することはできない。
彼女自身も迅と一緒にいたいと思うのだから問題はなさそうだが、実際にはそうもいかないのだ。
「一日でも早く現場復帰したいと思っていましたから、この話は願ってもないものです。ですがわたしがジンさんと一緒に行動していれば防衛任務をしているように見えます。そうなると…」
ツグミにとって自分のことよりも修たちの遠征部隊選抜の方が重要である。
そのためにも自分がB級ランク戦に出場はできないと考え、残りの2戦も不戦敗するつもりでいるのだ。
当然そのことは迅以外には誰にも話せないことで、林藤にも正直には言えずにいる。
しかし林藤もツグミの考えていることがなんとなくわかり、彼女の肩に手を置いて言った。
「大丈夫だ。通常の防衛任務とは違って警戒区域外の巡回だから他の隊員たちにバレることはまずない。明日からは西三門地区を中心に見回ることになっている。あの辺りに住んでいる本部所属の隊員は殆どいないからな。非番のヤツに出会うこともなかろう」
「それならいいんですけど…」
「明日はウィークデーで任務のないヤツは学校へ行っている。昼間に繁華街をうろついているようなことはあるまい。最悪の時にゃ迅が上手くやってくれるさ」
「わかりました。…初めはわたしが無理をしてトリオン切れで倒れたという話だったはずなのに、いつの間にかわたしがさらわれるかもしれないという問題に発展していたんです。もう不安だとか具合が悪いとか言っていられません」
「ああ、その意気だ」
「元々わたしは
ツグミが楽しそうに言うものだから、林藤は慌てて諌めた。
「おいおい、馬鹿言うな。これはおまえを囮にしようってことじゃねえ。迅のそばにいさせるのが目的だってこと忘れてるだろ? たしかに問題の人物を見つけ出せりゃ万々歳だが、それより重要なのはおまえの身の安全。無茶するんじゃねーぞ」
「もちろん無茶はしません。でも玉狛支部で安心して暮らせる日々を取り戻すために、自分にできる精一杯のことをするつもりです。そのために
「少々ねえ…。ま、迅がいりゃ大丈夫か。言い出したのは俺だし」
ツグミのやる気に不安を感じながらも、林藤は最終的にGOを出した。
「城戸さんと忍田にはこれから話をしておく。詳しいことは後で迅から連絡させるからおまえは待っていろ」
「了解です」
「じゃ、俺はもう行く。…元気になって
「はい」
久しぶりに自分が役に立てるかもしれないという期待を抱きながら、医務室を出て行く林藤を見送るツグミであった。
◆◆◆
林藤は例のトリオン兵の解析の様子が知りたいと
忍田の話では玉狛支部以外の本部・各支部ではトリオン兵の侵入は認められず、ツグミを狙って玉狛支部に侵入した可能性が高まったからである。
「その様子だとさすがのおまえでもお手上げってカンジか?」
林藤が声をかけると、寺島が不満げな顔で答えた。
「林藤さん、
「ま、そう言われりゃそうだな…」
「ですがわかったこともいくつかあります。これはアフトクラトルのものではありません。例の元
「う~ん、あいつが素直に喋ってくれるとは思えんからな…」
「それと、我々が考えるトリオン兵とは戦闘用か、トリオン能力者の捕獲及びトリオン器官の略奪を目的としているものが多いですが、国によって用途は様々のようです。侵攻予定の国に前もって潜入させておき情報収集するのは普通にアリということですし、対象を特定の個人に定めて24時間監視するというストーカータイプがあってもおかしくはないとも言っていました」
「特定の個人…」
寺島の言葉で林藤の頭にはツグミの顔が浮かんだ。
彼女を狙っている
「ガロプラ戦で接収したトリガーの解析もまだですから、コイツを調べるにはもうしばらく時間がかかりますよ」
問題のトリオン兵を指で突きながら寺島が言う。
「いや、それはかまわない。こっちが無理を言ってるんだ、そっちの都合のいい時に調べてもらえりゃいい。無論できるだけ早く詳細を知りたいわけだが」
「じゃあ、何かわかったらメール、入れておきますよ」
「ああ、助かる」
謎のトリオン兵についての詳細はわからず、霧の中を彷徨っているうちに手がかりとなるものを見付けたが霧はますます深くなっていたという感じである。
林藤は何か思い当たる節があるのか、
(仮にあのトリオン兵がツグミをストーキングしていたとするなら、犯人に心当たりがあるんだよな…。ま、ひとまず結果待ちだ。そして場合によっては忍田と一緒に城戸さんから詳しい話を聞かなければならんだろう。どこまで話してくれるかはわからんが)
さらに林藤は顔を顰める。
(もし俺の仮説が真実であったなら、ツグミには全部話すべきなんだろうな。というか正直に話すのがあの人から父親の役目を託された俺たちの責務だ。できることならあいつには一生聞かせたくない話だが避けては通れないことは確か。忍田のヤツもツグミが成人したら話すようなことを言っていたが、少しばかり早まるかもしれねえ。…まあ、これが俺の勘違いだったらいいんだが、こういう悪いことに限って俺の勘って冴えまくるんだよな…)
林藤の脳裏に浮かぶのは両親の亡骸に縋り付いて泣きじゃくる幼いツグミの姿であった。
(せっかくあいつが忘れているっていうのにわざわざ思い出させるなんて惨すぎるぜ。それに真実を知って、あいつはこれまでと変わらずボーダー隊員を続けていられるのか? …まさか、あいつが俺たちの前からいなくなる未来というのはこのことなのか!? 馬鹿な、そんなはずがない。仮にボーダーを辞めたとしても『いなくなる』とは考えられん。あいつにとっての家族は
新たな可能性に気付いた林藤はそれを直ちに否定するが、生まれてしまった不安を拭うだけの根拠もなく、誰にも相談できぬままに玉狛支部への帰途についたのだった。