ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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100話

 

 

翌朝、迅はツグミを迎えに本部基地へと向かう途中で思案に暮れていた。

ツグミの安全を確保するのが大前提ではあるものの、敵の動きが掴めないのだから彼女を囮にして誘き出したいという気持ちもある。

たぶんそのことを彼女に告げれば本人は嫌とは言わない。

むしろやる気満々で、危険な作戦を自ら計画立案くらいするだろう。

だからこそ迅は「囮作戦」はしたくないのだ。

 

(やっぱ安全策ってことで人の多い場所…ショッピングモールと日帰り温泉施設、かな? さすがに人が大勢いる場所で戦闘を仕掛けてくるはずないもんな。それにあいつにとっても気分転換にもなる。…いや、温泉施設だと男女別になる時間はあいつひとりになってしまう。近界民(ネイバー)がひとりとは限らない。仲間に女がいる可能性もある。だとすれば温泉施設は外して、俺がずっとそばにいられる場所がいいな。だとすると…遊園地か? 『ミカドファミリーパーク』なら西三門駅からバスで行けるからちょうどいいだろ。そうなると…午前中は『テラスモールMIKADO』を回ってフードコートで昼食。午後から『ミカドファミリーパーク』というルートで決定。なんだかデートコースみたいだな…)

 

これまでにもツグミと一緒に出かけることはあってもそのほとんどが任務で、プライベートでの外出は滅多にない。

だから「デート」なんてものは一度もしたことはないのだ。

 

(最後に一緒に出かけたのは…大規模侵攻のすぐ後に三門山の慰霊碑へ行った時だな。あの時、俺はツグミに情けない姿を見せて、それでもあいつは俺を慰めてくれた。…違う、慰められたなんてものじゃない。腑抜けた俺を叱り飛ばし、それでいて俺のすべてを肯定してくれたんだ)

 

ツグミにとって迅が命の恩人であるのと同様に、迅にとってツグミは魂の恩人ともいえる存在。

これまで何度も未来視(サイドエフェクト)の「呪い」で押し潰されそうになったが、いつでも彼女がそばにいて魂を救ってくれた。

だから旧ボーダー時代からの仲間の中でも彼女は特別であり、愛おしく抱きしめたくなる存在でもあるのだ。

そんな彼女を失いたくはないという気持ちは誰よりも強く、こんな時だからこそ未来視(サイドエフェクト)で彼女を守りたいと思うのは至極当然である。

 

(とにかくガロプラによる再侵攻の未来は今のところまだ視えない。ツグミのことに専念できるのはありがたいな)

 

そんなことを考えながら上着のポケットに手を入れて中身を確認する。

 

(うん、今日渡そう)

 

一辺が5センチほどの小箱が入っているのを確かめると、迅は歩くスピードを少し上げた。

 

 

◆◆◆

 

 

ツグミと迅は満員電車の中で身動きひとつ取れずにいた。

ウィークデーの午前8時から9時という時間帯であれば、通勤通学の客で車内は大混雑するのは当然である。

しかしそんなものに一切縁のないふたりは完全に失念していたのだ。

 

「ツグミ、悪ぃ。普段は電車なんか使わないものだから、すっかり忘れてた」

 

「いえ、ジンさんは悪くありません。わたしがいるせいで今日は西三門地区の巡回になったわけですから」

 

ドアの隅の部分で小さくなっているツグミを守るために、迅はドアに両手をついて壁のように立ち、他の客から彼女を隔離している。

周囲が男性客ばかりなので、彼女が痴漢に遭わないようにという配慮である。

しかしツグミの顔は紅潮しており、そわそわして落ち着かない様子だ。

 

「顔、赤いな? 具合が悪いなら途中で降りて少し休むか?」

 

迅はツグミを気遣って言うが、ツグミは小さく首を横に振った。

 

「大丈夫です。ちょっと人が多くて車内が蒸し暑いだけです」

 

「ああ、たしかに暑いよな。あと15分くらいだから我慢してくれ」

 

「はい」

 

ツグミはそう答えて下を向いた。

彼女の顔が赤い理由は車内が暑いだけではない。

迅と向かい合って立っているので、普通にしていると迅の顔がすぐ近くにあり、おまけにドアを背にして迅に「壁ドン」されているような姿勢なのだから恥ずかしいに決まっている。

 

(ジンさんはわたしのことを何とも思っていないから平気なんだろうけど、わたしはこんなシチュエーションでどうしたらいいのかわかんないよ~)

 

今朝、目覚めたツグミは迅とふたりきりで出かけるということで妙にワクワクしていた。

今日の巡回は「迅にとってこれは任務であって遊びではない」、また「自分は近界民(ネイバー)に狙われているのかもしれないのだから浮かれてはいけない」のだと自分に言い聞かせても、迅と一緒にいられるということが嬉しくてたまらない。

だから迅が迎えに来てくれた時、はしゃぐ気持ちをグッと堪えて平静を装っていたが、嬉しくて浮き足立ってしまうのだ。

 

一方、迅は平然としているようだが、実際はそうでもなかった。

ニヤニヤしながら「本日の行程」を確認していた。

 

(この後、電車を降りてから歩いて5分の『テラスモールMIKADO』へ行って館内を一周する。途中でツグミが好きそうなショップに立ち寄って、その後は早めの昼食(ランチ)。5階にあるフードコートなら何でもあるし、景色を見ながら食事ができるな。うん、よし。…そして駅前からバスに乗って『ミカドファミリーパーク』。あそこにはあいつの好きそうな絶叫マシンがあるからいい気分転換になるだろ。遊びながら園内を回って、最後はやっぱ観覧車。ちょうどその頃には夕陽が綺麗な時間になるはずだ。今日は一日晴天が続くって天気予報で言っていたからな)

 

迅がこのコースを選んだ理由はツグミを護衛するという任務を遂行する中で、彼女を楽しませようという迅の心配りである。

しかし「せっかくだから俺も楽しんじゃおう」という気持ちが大きい。

もちろんツグミはこの「デートコース」については何も知らされておらず、彼女が喜ぶ顔を想像すると迅は顔がニヤついてしまうのだ。

 

 

 

 

ツグミと迅が乗っている車両の反対側の位置に、周囲の客とは違う雰囲気をまとった男3人組がいる。

 

「隊長…玄界(ミデン)の連中はこんな小さな箱に家畜のように詰め込まれて平気なんですかね?」

 

周囲の客に潰されそうになっているテオがゼノンに愚痴をこぼす。

 

「平気かどうかはわからんが、我々同様にこれを我慢しなければならない理由があるのだろう」

 

ゼノンも慣れない…というか初めて味わう満員電車に閉口するものの、任務遂行に必要とあらば我慢するしかないのだ。

ツグミに付けたマーカーがいつもと違う動きを見せたものだから、キオンの諜報員3人組はその後を追跡し、この電車に乗ることになったわけである。

 

「私たちが玄界(ミデン)に着いてもう30日を過ぎましたから、ずいぶんと玄界(ミデン)人の習慣にも馴染んできましたね。この電車という乗り物に乗るには目的地までのキップを購入するか、この『○uica』とかいうカードに現金をチャージしておき、改札という場所でカードをタッチする。こういったことも普通にできるようになりました」

 

リヌスの言うように、彼らは諜報員であるから現地の人間に溶け込むために様々な情報を予習しておき、現地では慣れるために任務には直接関係なさそうなこともする。

だからコンビニで買い物もできるし、こうして交通系ICカードで電車にも乗れるようになったのだ。

 

「うむ。何事も見よう見まねで何とかなるものさ。しかしこの混雑については一生慣れることはないだろうな。とにかく標的(ターゲット)の動きに注意しろ、リヌス。降りそこねたら後が面倒だ」

 

「了解です、隊長」

 

その後、ゼノンたちは乗客にもみくちゃにされながらも、無事にツグミたちと同じ西三門駅で下車することができたのだった。

 

 

 

 

『テラスモールMIKADO』は1階が食品、2階がファッション、3階がホビーと雑貨、4階が家電、5階がフードコートになっており、ツグミと迅はひとまず1階から順に巡回することになった。

ツグミは紅茶専門店に並べられている様々な茶葉に興味津々で、しばらくじっと見比べていたものの残念そうな顔をして店を離れた。

店頭で待っていた迅がツグミに声をかける。

 

「どうした? 欲しいものがなかったのか?」

 

するとツグミは首を横に振った。

 

「逆です。欲しいものがありすぎて、結局何も買えなかったというのが正解。もっとも今日は買い物をしに来たんじゃなくて、ボーダーの任務として来ているんですから暢気に買い物なんてしていられません。それに…」

 

そこで周囲に人がいないのを確かめて、さらに声を潜めて言う。

 

「…もし近界民(ネイバー)に襲撃されたら、せっかく買ったものも台無しになってしまうでしょ?」

 

そう言ってから微笑んで続ける。

 

「すべてが解決したら非番の日に買いに来ますから、今日は見るだけにしておきます。さあ、次のフロアに行きましょう」

 

 

2階のファッションフロアでは、ツグミにとって興味のあるものはないらしく迅の隣りを黙って歩いているだけであった。

 

「おまえは服とかアクセサリーとか興味はないのか?」

 

迅に訊かれ、ツグミはつまらなそうに答える。

 

「あんまりないです。っていうか、おしゃれして外出することはないですし、換装体でいる時間が長いから服なんて必要ありません。それに服にお金かける余裕があれば、その分で本を買いますよ。わたしは見た目より中身で勝負するクチですから、知識で内面を磨きます」

 

「…ま、おまえがそう言うなら仕方がないな」

 

「なんでジンさんが残念そうな顔をするんですか? そもそも女子が全員おしゃれに興味を持っているという考え方は間違いです。わたしなんて見た目がイマイチなんですから、いくら可愛い服を着たところで全然似合いません。わたしに一番似合うのはボーダーの隊服です」

 

「たしかにおまえの隊服姿は凛々しくて似合っているけどさ…」

 

「それなら問題はないじゃないですか。さあ、他に見て回る場所がたくさんあるんですから行きましょうよ。わたしたちはショッピングが目的で来たんじゃないですから」

 

そう言って先に歩き出すツグミを迅は慌てて追いかけた。

 

 

 

 

ふたりが館内を巡回していると、不自然な態度の3人の男たちがその十数メートル後方から後をつけていく。

そう、キオンの3人組である。

身なりはこちら側の人間のものと同じであるから違和感はないのだが、やっていることが「尾行」であるからその行動は不自然なものとなる。

ツグミが迅と片時でも離れることがあれば彼女を攫って逃走する計画で、商品棚の後ろや柱の陰に身を潜ませて様子を探っているのだ。

小学生くらいの子供がやっていれば可愛げがあるものの、大の大人がやっているのだから怪しいだけである。

警備員に通報されてもおかしくない状況だが、彼らに関わりたくないのか買い物客は誰もが「見て見ぬふり」をして去って行く。

 

標的(ターゲット)と護衛の男はこんな場所でいったい何をしているんでしょうか?」

 

リヌスがポツリと呟いた。

 

「ここは買い物をする場所のようですが、これまで何ひとつ購入してはいません。何が目的でこの場所へ来たのかさっぱりわかりません」

 

するとテオが言う。

 

「欲しいものが見付からないんだろ?」

 

「しかしこれだけ物に溢れている状態で欲しいものが見付からないとは考えられませんから、これは私たちの尾行を振り切るためにわざとこの建物内でうろついているのではないでしょうか?」

 

「だとしても問題はない。標的(ターゲット)にマーカーが付けられている以上、どこに逃げようとも無駄だ」

 

ゼノンが言うように、ツグミには本人が知らないうちにマーカーを付けられていて、それを外さない限り居場所はバレバレである。

ここで仮に逃げられたとしても、本部基地や玉狛支部に戻ればそこで追いつかれてしまうのだから、彼らにとってはさほど問題ではない。

 

「しかし…玄界(ミデン)は豊かだな」

 

ゼノンがしみじみと言う。

 

「雪に覆われた我が祖国は満足に作物が育たず、すべて属国で生産したものを徴収することで賄っている。よって量は十分とはいえず、品質も悪い。だが玄界(ミデン)には新鮮な食料が溢れている。衣類についても身に纏うことができれば十分だというのに、様々な形や色、生地の種類や使用目的によってそれぞれ違うものがある。サイズも大雑把なものではないから使用者のサイズや好みに合わせることができる。他にもさっき乗ったような大量の人間を一度に運ぶことのできる乗り物や、夜になってもまるで昼間のように明るい街並みがある。市民にも格差がないようで、誰もが自由に行動することができる。近界(ネイバーフッド)のどこにもここまで繁栄している国はない」

 

「「……」」

 

リヌスとテオも同感だと言わんばかりに黙って頷いた。

 

「おまえたちも知ってのとおり近界(ネイバーフッド)の国々は(マザー)トリガーと呼ばれる巨大なトリガーによって形作られているが、その中に放り込まれる()()のトリオン能力が大きければ大きいほど国は広く豊かになる。我が祖国は国土の面積こそどこの国にも負けないが、その地面から生み出されるものは皆無と言っていい。しかし玄界(ミデン)にはそもそもトリオンやトリガーの文明がない。この地面も(マザー)トリガーによって創られたものではないのだ。不思議だと思わないかね? 『神』のいないこの世界の方がずっと恵み豊かで、民は幸せそうに見えるのだから」

 

「「……」」

 

ゼノンたちはこちら側の世界に来て「祖国(キオン)はひどく貧しい国である」ということを悟った。

それまで彼らはキオンが他の近界(ネイバーフッド)の国々と比べて豊かな国であると信じており、より良い暮らしを求めて他国を侵略するということを繰り返していた。

しかしこちら側の世界は戦争などしなくても、国民は満たされた日々を過ごしている。

そんな光景を見れば自分たちの既存の価値観が揺らぐのも無理はない。

 

「まあ、それはともかく我々は無事に任務を果たし、祖国へ帰還する。貧しかろうとキオンこそが我が故郷なのだからな。…おっ、標的(ターゲット)が動き出したぞ」

 

ツグミと迅が歩き出したのを確認すると、ゼノンたちも尾行を再開した。

 

 

 

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