ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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103話

ツグミたちのバスから1時間遅れのバスに乗ったリヌスとテオが到着したのを確認したゼノン。

リヌスたちも自分たちの上司を見つけて駆け寄って来る。

 

「隊長、お待たせしました。それで標的(ターゲット)はどうしてますか?」

 

リヌスが訊くと、ゼノンは困惑したような顔で答える。

 

「我々の尾行にはまったく気付かず、護衛の男と一緒に楽しんでいる…らしい」

 

「らしい…というのはどういう意味でしょうか?」

 

ゼノンのはっきりとしない物言いに、リヌスは怪しむ。

テオも普段のゼノンならすることのない要領の掴めない言い回しが気になって仕方がない。

 

「隊長、オレたちにちゃんとわかるように言ってくださいよ」

 

「おまえたちがそう言うのももっともだ。しかし俺には理解し難いものなのでな、実際に見てもらった方が早い。たぶんまた()()に乗ろうとしているだろうからな」

 

そう言ってリヌスとテオをローラーコースター乗り場へと連れて行った。

 

「ああ、やはりいた」

 

ゼノンの視線の先には順番待ちの列に並んでいるツグミと迅の姿がある。

そしてリヌスとテオに言った。

 

「これはどうやら玄界(ミデン)の娯楽施設のひとつのようなのだが、なぜあんなものに乗るのが楽しいのかまったくわからん」

 

ローラーコースターの車両はちょうど最高到達点へと上って行くところで、リヌスとテオはこれから何が起きるのかと期待しながらその様子を見守っている。

すると車両は猛スピードで降下し、さらに垂直ループとコークスクリューを組み合わせたレールを走って行く。

悲鳴を上げている客もおり、ゼノンたちのように()()()()人間からすればまったく理解のできず、呆気にとられるばかりである。

 

「これは…いったい…? 私には大掛かりな拷問装置のように見えるんですけど」

 

リヌスの言いたいことはゼノンには良くわかった。

キオンでは他国を侵略し、その際に捕えた敵兵に対して拷問をするのに想像を絶する恐怖を味合わせ、情報を聞き出すということをする。

ローラーコースターのような常軌を逸した乗り物に人を乗せるというのだから、拷問だと思われても仕方がないというものだ。

 

「いや、拷問ではない。何しろ彼らは降りて来る際に非常に楽しそうな顔をしているのだ。さらに何度も乗るという者も大勢いる。標的(ターゲット)の娘もこれで3度目だ。男の方は少々うんざり気味のようだが、娘の方はあの恐ろしい乗り物にまったく動じていないどころか笑顔で悲鳴を上げて喜んでいる」

 

「「……」」

 

「それに我々の拷問方法とほぼ同様の遊戯施設もある。足にロープを結んだ状態で崖の上から突き落とすというアレは『バンジージャンプ』とかいう名称で、それもやっている連中は悲鳴を上げているからには恐ろしいはずなのに、終わるとケロっとした顔をしているのだ。玄界(ミデン)人は恐怖を楽しむという習性があるらしい」

 

これでリヌスとテオもゼノンの態度に納得がいった。

 

「隊長、オレ、標的(ターゲット)のすぐそばまで行って様子を探って来ますよ」

 

そう言い残して、テオはひとりでツグミたちの列を目指して駆け出して行く。

 

どうやらテオはローラーコースターに対して興味を持ったようだ。

自分と同世代の人間が楽しんでいるアトラクションであるのだから乗ってみたいと思うのはごく自然な流れである。

そんなテオの様子を見ている大人組は苦笑するしかない。

 

「まあ、何事も体験ですから。それに上手くいけば標的(ターゲット)の会話を盗み聞くこともできるでしょう。しばらく様子を見ましょうか、隊長?」

 

「ああ。あいつは浅慮で無茶をするが、特殊な環境に順応する点では我々より優れている。諜報員として良い兵士になれる素養はあるのだから、あとは経験と我々の指導次第だ」

 

「そのとおりですね。しかしあいつの短絡的な思考が何度あいつ自身の危機を招いたいことか…。無事に戻って来られればいいんですけど」

 

「リヌスは心配性だな。まあ、それも当然か。テオが入隊して以来、おまえが教育係として寝食を共にしてきたんだからな。家族のいないおまえには弟同然。わかる気がする」

 

「隊長、たしかに私には家族はいません。しかしそれとこれとは関係ありません。家族がいようといまいと、私の任務に対する姿勢は変わりませんよ。それにテオの心配をするのは、この後の任務に支障が出てはいけないと思うからで、あいつ自身の身体を気遣っているわけではありません」

 

きっぱりと言い切るリヌスだが、付き合いの長いゼノンには全部お見通しである。

 

(そう言いながらも何かあれば率先してテオのフォローをするのだからな。テオにとっても兄貴ができて、我々は良い部隊(チーム)…いや、良い家族になったと俺は感じている。このまま無事に任務を終えて祖国へ帰還したら、次の任務までの間しばらくはのんびりできるだろう。俺にできる範囲内で精一杯慰労してやるかな)

 

それから15分後、生まれて初めてローラーコースターに乗ったテオはゼノンたちのいる場所へと戻って来た。

 

「たいちょー、リヌスー、ただいま帰りましたーっ!」

 

テオは酔っ払ったような感じで足元はおぼつかないのだがなぜかテンションは高い。

そしてゼノンとリヌスに敬礼をするものだから、ふたりは周囲の視線を気にしている。

まあ少年が父親や兄にふざけてやっているようにも見えるのだが、見方によっては乗り物酔いというよりは飲酒して酔っ払っているように見えてしまう。

玄界(ミデン)では未成年は飲酒してはいけない」というルールがあることを知っているので、騒ぎにならないうちにとゼノンはテオを背負うと人のいない場所へと全力で走って逃げる。

一方、リヌスはツグミたちの後を追って駆け出して行った。

 

 

ベンチにテオを下ろしたゼノンは近くにあった自販機で炭酸飲料のペットボトルを買って来るとテオに飲ませる。

 

「プハァ~、ああ…スッキリした」

 

500ミリリットルの炭酸飲料を飲み干したテオはサッパリとした顔で周囲をキョロキョロ見回した。

 

「あれ? リヌスは?」

 

標的(ターゲット)を尾行している。…ったくおまえは何をやってるんだ!」

 

ゼノンに叱られた理由がわからず、テオは勝手に喋りだした。

 

「それよりも隊長、あのローラーコースターってスゴイですよ! 何がスゴイというかと言うと…とにかくスゴイんです。真っ直ぐに一番高いところまで行って、そこからびゅーんと真っ逆さまで、それからぐるっと一回転して、他にも何度もグルグルして、…何というか身体をブンブン振り回されるカンジで、こう…今までに経験したことのないスピードとスリルでした。目が回ってフラフラです。…それにさっき食べたものが胃袋から逆流しそうで、ちょっと気持ち悪くなりますけど、面白かったですよ。隊長も1回経験してみたらどうですか? ハハハ…」

 

ゼノンは呆れて言葉もないが、年若い部下が年相応に「楽しんだ」ことで良しと考えることにした。

 

 

それから10分ほどしてリヌスが戻って来た。

 

「隊長、テオの様子は…っと、もう大丈夫のようですね。標的(ターゲット)は例の乗り物に飽きたのか、別のエリアに移動しました。今いるのは『ふれあい農場(ファーム)』と言う名称の家畜の飼育場です」

 

「家畜の飼育場? なぜそんなものが娯楽施設(こんな場所)にあるというのだ?」

 

ゼノンの問いにリヌスも困ったような顔をする。

 

「わかりません。しかし囲いの中に牛や羊、ヤギといった家畜が飼われており、客はその家畜に触って楽しんでいるようです。標的(ターゲット)の娘も羊を撫でたりヤギに飼い葉を与えたりして遊んでいます。私には何が楽しいのかわかりませんが、彼女は非常に楽しんでいるように見えます」

 

「とりあえず我々も行ってみよう」

 

「「了解!」」

 

ゼノンたちはリヌスの案内で移動を開始した。

 

 

 

 

『ふれあい農場(ファーム)』の一角に『ヒヨコプール』というネーミングのケージがある。

2メートル四方の囲いの中に100羽近い数のヒヨコがピヨピヨと鳴いていて、その中に人が入ることができるようになっている。

そんな施設があるとなればツグミは居ても立ってもいられない。

可愛らしいヒヨコの姿を一目見た途端、迅のことは放ったらかしにしてケージの中に入って行った。

そして黄色くてフワフワの羽毛に包まれたヒヨコたちに囲まれ、ツグミは至福のひと時を過ごしている。

迅はと言うと、ツグミの幸せに満ちた笑顔を携帯電話のカメラで撮影していた。

 

(うんうん、いいねえ~。久しぶりにあいつの最高の笑顔を見られたよ。やっぱここに連れて来て正解だったな。…今のところキオンの連中は俺たちを静観しているようだが、できればこのまま今日は何もしないでほしいんだけどな)

 

迅は腰に風刃があることを確認した。

 

(もし邪魔されたら、俺、手加減できそうにないから)

 

そんな迅の気持ちも知らず、ツグミはヒヨコまみれになって満面の笑みを浮かべていた。

 

 

ツグミのそんな様子を少し離れた場所からじっと見つめているゼノンたち。

 

「あれは…ニワトリの雛のようですけど、あんなもののどこが良いんですかね?」

 

リヌスだけでなくゼノンとテオも同じ感想を抱いていて首をかしげている。

 

「これまでのあの娘の行動パターンだと、小さくてフワフワしているものを愛でるという習性がある。そういうことでニワトリの雛は彼女にとって愛すべき動物なのだろう」

 

ひとまずゼノンはひとつの答えを出すことでこれ以上この問題に触れるのはやめることにした。

もちろんリヌスとテオも同感だ。

ツグミの行動パターンは知る必要があっても、その行動理由については知る必要などないのだから。

 

そして30分ほどヒヨコと戯れて満足したツグミは迅と一緒に『ふれあい農場(ファーム)』を離れた。

 

 

 

 

ツグミと迅は()()()を満喫しているようだ。

本人たちにその意識はなくても、周囲から見れば明らかに仲の良いカップルにしか見えないのだから。

ゴーカートで競争をしたり、ミニSLに乗ったり、さらにはゲームコーナーの射的では係員に「出禁」を言い渡されるまで景品を落としまくったりと、ツグミは自分が近界民(ネイバー)に狙われていることをすっかり忘れてしまっているかのように見えた。

迅もツグミが喜んでいる姿を見ているのが楽しくて、彼女の少しくらいの()()にも目を瞑っている。

もちろん近界民(ネイバー)がすぐそばにいることも忘れず周囲の気配には常に気を配り、陽が西に大きく傾いた頃、ツグミを誘って観覧車に乗ることにした。

 

「最後に観覧車に乗っておしまいにしようか?」

 

迅はさりげなくツグミを誘うのだが、ツグミは急に表情を曇らせた。

彼女は高所恐怖症ではないし、閉所恐怖症でもない。

だから彼女の様子が急変した理由が思い当たらず、迅はテンションダダ下がりだ。

 

「嫌なら別にいいんだけど」

 

「嫌じゃありません! …ただ、観覧車に乗って一周したら帰らなきゃいけないんだな、って。さっきジンさんはいつか来る『おしまいの時』のことを考えるのはやめろと言ってましたけど、毎日の暮らしの中にはいくつもの『おしまいの時』があって、それはどうしたって避けられないことなんだと思ったらちょっと寂しくなっちゃっただけです」

 

ツグミはそう言って無理やり微笑んだ。

 

たしかに彼女の言うようにすべてに「おしまいの時」はやって来る。

人は生まれれば必ず死ぬのだし、出会いがあれば別れもある。

日常の中にも始めがあれば終わりがあり、辛いことがあっても必ず終わりがあるからこそ生きていられる。

「おしまい」はけっして悪いことばかりではないのだが、彼女にとって今日という日の「おしまい」は寂しいもののようであった。

 

「またいつか一緒に来ればいい。これから何度だって来られるんだから、それを楽しみにしていれば寂しくないだろ?」

 

「いいんですか?」

 

「当たり前だ。ほら、行くぞ」

 

そう言って迅が手を伸ばすと、ツグミはその手に自分の手を添えて自然に「恋人つなぎ」をした。

 


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