ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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104話

 

 

観覧車の乗り場に着くと、そこには何組かのカップルが並んでいて、ツグミと迅も彼らと同じように並んだ。

夕暮れに近いこの時刻から観覧車乗り場は非常に混雑する。

山の上にある遊園地だから観覧車から眺める三門市の風景はなかなかのもので、第一次近界民(ネイバー)侵攻の被害を受けていない地区なので夜景は見事なものであるからだ。

20分ほど待つとツグミたちの番が回ってきて、ふたりは向かい合って腰掛けた。

 

(この観覧車は一周約15分。それまでの間に無事に()()を渡さなきゃならない。グズグズしていると受け取ってもらう前にゲームオーバーだ。さて、どうやって切り出すかな? …やっぱここは正攻法でいくか)

 

迅は昨日買ったツグミへのプレゼントの小箱を握り締める。

そして「わたしがずっと一緒にいたい男性はジンさんひとりだけ」というツグミの言葉に触発され、迅は思い切ってツグミに小箱を見せて言った。

 

「ツグミ、これを受け取ってくれ」

 

突然のことにツグミは面食らうが、とりあえず受け取ることにした。

 

「何ですか、これ?」

 

「開けてみてくれ。ずっと前におまえのリボンのことで話をしたことがあっただろ? その時に約束したものだ」

 

ツグミは記憶の糸をたどるが心当たりがないという顔で包装を解いた。

そして中身が宝飾店でアクセサリーを入れるジュエリーケースであったものだから、目を丸くしてケースを開けた。

中にはピンクゴールドの地金に7色の石が一文字に並んでいるアミュレットリングが鎮座している。

 

「おまえは女の子らしいものをプレゼントすれば肌身離さず持っていてくれると言っただろ? だからこれにした。初めは7色で綺麗だなって思っただけなんだけど、店員に聞いたら古くから欧米では7つの色を身に着けていると災厄を防ぎ幸せになれると言われているって教えてもらってさ、ちょうど魔除けというかお守りになっていいかな…って。…貰ってくれるよな?」

 

以前にツグミは夜の散歩に出掛け、そこで任務を終えて帰って来た迅を出迎える形になり、一緒に玉狛支部へと帰ることになった。

その時にいろいろ話をし、迅の言ったとおりの約束をしていたことを思い出した。

 

「ジンさん、あの時のことを覚えていたんですね?」

 

「当然だ。特にプレゼントをする理由らしい理由はないんだが、そんなことを言うと『受け取る理由がないから貰えない』とか言い出しそうなんで、ちょっと早すぎるホワイトデーってことにしてほしい。それなら受け取ってもらえるだろ?」

 

「……」

 

ツグミは返事に困っていた。

表情は明らかに嬉しいというものなのだが、受け取ることに躊躇しているようなのだ。

 

「気に入らない…ってことはないだろうけど、受け取れないとか?」

 

迅の不安げな言葉に、ツグミは首を横にブンブン振った。

 

「そうじゃありません! すっごく素敵なリングで嬉しいですけど、今はまだ受け取れないんです」

 

そう言ってツグミはジュエリーケースを迅の手に戻した。

 

(これがあの時に視えた『突き返される未来』か?)

 

指輪を購入した際に迅には喜ぶツグミの姿と同時に「突き返される」という光景が視えていたのだった。

まさにそのとおりとなり、迅はドジを踏んだと自責の念に駆られた。

しかしその後の展開は迅も視えなかったし、想像もしていないものとなった。

 

「わたしはまだお礼をしていない分がありますから、それを済ませてしまわなければ次のプレゼントは受け取れないんです」

 

「まだお礼をしていない分?」

 

「はい。一昨日のトリガーのお礼のことです」

 

ツグミは顔が赤くなっている。

それは夕陽に照らされていることもあるが、恥ずかしさで頬を染めているのだ。

さらに迅も自分が冗談半分で言ったことを思い出し、顔が真っ赤になる。

 

「どうしようかと悩んでいましたが、今ならできる気がします。そっちの席に行ってもいいですか?」

 

「あ、ああ…」

 

ツグミが悩んでいたというのを聞いて申し訳ないと思う迅だが、こうなっては「アレは半分冗談だったから」などと言えばツグミの逆鱗に触れて二度と口を利いてもらえなくなるだろう。

だから最後まで100%「本気」であったということにするしかない。

それに彼女にとってはとても勇気のいる行動であるから、その気持ちを大切にしたいと迅は思うのである。

 

迅の隣に座ったツグミは意を決したかのように言う。

 

「ジンさん…」

 

「……」

 

「…大好き」

 

ツグミは迅の耳元でそう囁き、頬にそっとキスをした。

普段の彼女なら絶対にできそうにない大胆な行為だが、夕陽に染まる遊園地の観覧車の中というロマンティックなシチュエーションが彼女の後押しをしたのだろう。

しかし身体を離した途端に急に恥ずかしくなったのか、慌てて向かい側の席に戻ってしまう。

そうこうしているうちにゴンドラは最高地点へと到達した。

 

「これで指輪を受け取ってもらえるのかな?」

 

迅はそう言ってジュエリーケースから指輪を取り出して言う。

その言葉にツグミは黙って頷いた。

 

「それなら右手を出して」

 

右手を出したツグミの手を取り、彼女の中指に指輪をはめた。

迅が指輪を購入した際、お守りにするなら右手の中指にはめるのが一般的であると教えられていたのだ。

ツグミは自分の指で輝いている指輪を見つめて嬉しそうだ。

そんな彼女に迅は言う。

 

「俺から礼を要求するのは非常識だが、ひとつだけ願いを叶えてほしい」

 

「こんな素敵なものを貰ったんだもの、わたしにできることなら何でもしますよ」

 

「それなら…今日だけでなくこれからもずっと俺はおまえの騎士(ナイト)でいたい。それを許してもらえるか?」

 

「……」

 

迅の真剣な目つきが本気であることを証言している。

信じられないような要求にツグミは動揺するが、小さな声だがはっきりと答えた。

 

「ダメです。ジンさんがこのままずっとわたしの騎士(ナイト)でいるなんて絶対にダメ」

 

「……」

 

「今日はジンさんに騎士(ナイト)役をしてもらいましたけど、わたしだってトリオンが全回復すれば戦えるようになるんです。一緒に戦おうって約束したじゃないですか?」

 

「!」

 

「それにジンさんはいつまでもわたしの騎士(ナイト)でいてはダメなんです。ボーダー(みんな)があなたのことを必要としていて、あなたもみんなのために戦わなきゃならないんですよ。ボーダー隊員であり続けるかぎり、みんながあなたの未来視(サイドエフェクト)を頼りにします。その期待をあなたは一身に背負わなきゃならない。でもみんなの期待はあなたひとりで背負うには重すぎるもの。その重い荷物を背負いながら近界民(ネイバー)と戦うあなたのことをわたしはお姫様のままで黙って見ていることはできません。あなたの重荷を一緒に背負うのがわたしの役目なんです。楽しい時も辛い時もいつも一緒にいて分かち合いたい。そのためにはわたしが守られるだけのお姫様じゃダメで、あなたが騎士(ナイト)であってはならないんです」

 

「……」

 

「それにジンさんには…」

 

そこまで言ってツグミは口を閉じた。

 

(危ないとこだった…。『王子様になってほしい』なんて言ったらドン引きされるもの。また笑われて子供扱いされるだけ。場の空気にのまれて取り返しのつかないことになるところだったよ…)

 

しかし迅は最後まで言わなかったことで気になってしまう。

 

「俺には、何だよ?」

 

ツグミは何とか誤魔化そうとして取り繕うとする。

 

「ジンさんには…これまでと変わらないでいてほしい」

 

「何だよ、それ?」

 

「わたしは今のジンさんが大好きだから、これからもずっとわたしの大好きなジンさんでいてほしくて、そしてそんなジンさんにわたしのことをもっと好きになってほしいんです!」

 

これまでツグミは迅に対して「大好き」という言葉を何百回も言ってきた。

その「好き」は兄を慕う妹のものであったが、年を経るに従っていつの間にか異性としての迅に恋焦がれるものへと変わっていった。

しかしその気持ちを伝えることはせず、自分の胸の中に閉じ込めて見て見ぬふりをしていた。

自分が迅と釣り合う女性に成長したら…

それまで迅に恋人ができなかったら…

「NO」と言われても笑って兄妹の関係を続けることができるという強い心を持つことができたら…

いつかその日が来たら自分の正直な気持ちを伝えたいと願っていた。

それはもっとずっと先になると信じていたツグミであったが、ここ数日の非日常の出来事が彼女の日常 ── 迅と兄妹のように穏やかな毎日を過ごすこと ── を大きく変えてしまった。

 

迅にとってもツグミの「好き」が兄としての自分に向けられるものだと信じ込んでいたものだから、この告白を聞いて驚くと同時に喜ばしくもあった。

自分には絶対に手に入らないと思い込んでいた掌中の珠が文字通り自分の手の中にあったのだ。

そしてツグミの飾らない気持ちと言葉、そして勇気ある行動に心が震え、迅は自分も今の気持ちをストレートに告げようと決心した。

 

「俺も今のツグミが大好きだ。俺に早く追いつきたくて背伸びをしている子供っぽいところも、俺が想像もしていないくらい大人びたことを言うところも全部大好きだよ。もちろん妹としてではなく、ひとりの女性として好きだという意味で」

 

「ジンさん…」

 

「おまえは俺に守られているだけなのは嫌だと言うが、俺としてはおまえに頼られるのがたまらなく嬉しい。今日だって建前はボーダーの任務として護衛していることになってるが、実際のところおまえをひとり占めできてゴキゲンなんだ。だからこれからも俺を頼ってほしいし、俺に守られてもらいたい。もちろん一緒に戦うんだから、おまえも俺のことを守ってくれ」

 

「はい、これからもジンさんに守ってもらいますから、あなたのことを守らせてください」

 

ほぼ真横から差し込む夕陽の眩しさに目を細めながら、ツグミは迅に向けて最高の笑顔を見せた。

 

(俺にとってこの笑顔が最高の褒美なんだよな…)

 

と思いつつも、やはり迅も心身共に健康な男子であるから、ツグミに触れたいと思うのは仕方がないこと。

しかしここで軽はずみな行動をすれば一気に信頼と愛情を失ってしまうかもしれない。

そこで迅は名案がひらめいた。

 

「ツグミ、右手を出して」

 

言われたとおりに右手を迅に差し出すツグミ。

 

「俺にはもったいないくらい素敵な女性だよ、おまえは」

 

迅はそう言って指先を軽く掴み、手の甲に唇を落とした。

思いも寄らない迅の行動に、ツグミはどうしていいのかわからずうろたえてしまう。

 

(どうしよう…。手の甲だけど、ジンさんにキスされちゃったよ~~。この後どうすればいいの? 「ありがとう」って言うものじゃないし、何も言わないのもやっぱ変。お返しはしなきゃダメだよね、きっと。だとしたら…)

 

手の甲へのキスは「敬愛」を意味する。

迅にとってツグミへ贈るキスとして()()()ではベストといえよう。

ツグミも持てる知識をフル稼働し、自分の気持ちを伝える手段を考えた。

 

(そうだ! わたしのジンさんへの気持ちはこれだしかない!)

 

ツグミは姿勢を正して迅に言う。

 

「ジンさん、少しだけ目を瞑ってください」

 

「ああ、いいとも」

 

迅は言われたとおりに目を閉じた。

 

(大丈夫。こんなことをしてもジンさんは怒らない。驚くかもしれないけど、嫌ったりはしないから勇気を出していくわよ!)

 

ツグミは立ち上がると、迅の肩に両手を置いてバランスを取る。

そして少し屈んでゆっくりと顔を近付け、右の瞼、続いて左の瞼に軽く唇で触れる。

瞼へのキスの意味は「憧憬」。

やっと思いを告げることができた迅への尊敬や憧れの気持ちを込めたもので、ツグミにとってもっとも相応しい行動なのだ。

さすがにこれは迅も見逃していたもので、ツグミが離れた気配を感じて目を開けた。

 

「唇にキスされるかと思ってドキドキしたぞ」

 

「フフッ、残念でした…かな? さすがにわたしからはできません。だから…」

 

そう言ってツグミが意味深な目で続けた。

 

「…いつかジンさんからしてくれるのをわたしは待ってます」

 

「そうきたか…」

 

つまり今はまだその時ではないということ。

その場の勢いに呑まれて()()()()()のではなく、しかるべき時と場所で、しかも迅からであればOKとツグミは言いたいのだ。

 

「ま、俺たちには時間がある。俺が視た未来なんてものは不確定なものさ。おまえがいなくなるなんていう不都合な未来は俺()()で覆してやればいいだけだ。だろ?」

 

「ええ。次は蓮乃辺にある動物園に行きましょうね。バレンタインの時の約束ですから」

 

「うん。…ただしばらく先になりそうだけどな」

 

ツグミが近界民(ネイバー)に狙われているということもあるが、来月になればB級ランク戦も佳境に入り、続くアフトクラトル遠征部隊選抜試験とボーダーは非常に忙しくなる。

さらに迅は遠征部隊に選ばれるだろうし、ツグミは居残り組の主力となるはずだ。

ふたりともプライベートに時間を割く余裕などなくなってしまうことは良く理解している。

 

「それでもかまいません。ジンさんが約束したことは必ず守ってくれる人だって知ってますから、いつまででも待てますよ。わたしの気持ちはずっと変わりませんからね」

 

「俺は………!?」

 

迅はその言葉の続きを飲み込んだ。

その表情はこれまでにも何度も見たことのあるもので、ツグミは背筋に冷たいものを押し付けられたかのように身震いする。

 

「ジンさん、何か視えたんですか!?」

 

「…ああ。実はここへ来るバスの中でひとり。そしてローラーコースターの順番待ちをしている時にもうひとり。奴らが問題の近界民(ネイバー)だってことはわかってる。奴らがとうとう動き出したようだ。もうすぐ地上に着く。念のため換装しておけ」

 

「はい」

 

ゴンドラは地上まであと十数秒で到着する位置まで降りて来ていた。

 

「降りたら人混みに紛れて逃げ ……どうした、ツグミ?」

 

ツグミの様子がおかしいことに気付いた迅。

 

「ジンさん…」

 

トリガーホルダーを握ったままのツグミの顔色は真っ青だ。

 

「…換装、できない」

 

「なんだって!?」

 

ツグミのトリオンは換装できるまでには回復していた。

毎日の検査の数値でも、また実際に訓練用トリガーを使って換装した姿でB級ランク戦を観戦したことでも証明されている。

しかしツグミは換装できないと言う。

 

「もう一度やってみます。…トリガー、起動(オン)

 

今度は声に出してみるが、やはり反応はない。

 

「参ったな…。とにかくこの状態で近界民(ネイバー)に襲撃されたらマズイ。起動できない理由はわからないが、とにかく降りたら全力ダッシュでここを出る。いいな?」

 

「……」

 

ツグミは黙って頷いた。

 

 

 






迅がアミュレットリングをプレゼントしたのは、
48話で迅がツグミの大事にしているリボンが忍田からのプレゼントであることに嫉妬し「俺が何かプレゼントしたら、それも肌身離さず持っていてくれるか?」と言ったエピソードの伏線回収になります。



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