ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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105話

 

 

観覧車のゴンドラが地上に到着してドアが開くやいなや、迅はツグミの右手を握って全力で走り出した。

そして同時に携帯電話をかける。

 

「……京介? 今、どこだ? ……そうか? じゃあ、レイジさんに正面入口に車を着けるよう言ってくれ。俺たちはあと5分で行く」

 

電話を切った迅は走りながらツグミに説明をする。

 

「詳しいことは後で話すが、玉狛第1(レイジさんたち)が援軍に来ている。おまえはレイジさんの車に乗って逃げろ」

 

「ジンさんはどうするんですか?」

 

「俺は残ってここで敵を食い止める。これまで姿を見せなかった敵がやっと動き出したんだ、このチャンスに一気に敵を叩いてやる」

 

「でも敵は少なくともふたりいるわけだし、ジンさんのトリガー(それ)、風刃じゃないですか。敵は未知のトリオン兵を送り込んで来たくらいです、どんなトリガーを使うかわかりません。万が一のことがあっても緊急脱出(ベイルアウト)できないんですよ」

 

「大丈夫だ、小南と京介がいる。玉狛第1はボーダーで実質1位の精鋭部隊だ。このふたりがいれば、敵が(ブラック)トリガーであっても十分に太刀打ちできる」

 

「でも…」

 

「俺たちを信じろ。おまえを必ず逃がしてやるから」

 

迅の力強い言葉にツグミは力強く返事をした。

 

「わかりました。ジンさんたちのことを信じます」

 

「よし! もう少しだ、頑張れ!」

 

「はい!」

 

 

迅に引っ張られながら正面入口に到着したツグミと迅。

しかしレイジたちの姿はどこにもない。

 

「レイジさんたちはまだ来てないみたいだな…。ひとまず民間人を巻き込まない場所へ移動してそこで待とう」

 

ウィークデーであったのが幸いして人の姿は少ない。

しかし正面入口付近では戦闘になれば嫌でも民間人を巻き込んでしまう恐れがあり、迅は辺りをぐるりと見回した結果、大型バス用の駐車場に移動してレイジたちを待つことにした。

団体バス用の駐車場であるから今は1台も停まっていないし、人は誰もいない。

 

「ここならレイジさんが来てもすぐに見付けてもらえるし、少々派手に戦っても人的被害は出ないだろう」

 

迅は周囲を警戒する間もずっとツグミの手をしっかりと握っている。

だからなのかツグミは心強く感じ、見知らぬ敵に対して怯えることもない。

 

 

しかし間もなくゼノンとテオが姿を現してゆっくりと近付いて来た。

即座に迅はツグミの前に立ち、彼女を自分の背後に隠す。

そんなことをしても意味ないとわかっているが、そうせずにはいられない雰囲気なのだ。

それにあと少しでレイジたちが駆け付けてくれる。

それまで時間を稼げればいい。

この()()は戦闘で勝たなくてもツグミの身柄さえ守りきることができればこちらの()()なのだから。

ツグミはゼノンたちを見つめ、声を潜めて言う。

 

「殺気が3つ…。どこかにもうひとりいますね」

 

「ああ。気を付けろ、隠密トリガーを使用しているかもしれない」

 

ツグミと迅は警戒し、迅は風刃の柄に手をかけた。

 

「その娘をこちらへ渡してもらおう」

 

ゼノンが迅に言う。

もちろん迅はその要求を呑むはずがない。

 

「渡せと言われて渡すわけがないだろ? そもそもこいつに何の用があるってんだ?」

 

「もちろん決まっている。その娘が持っているはずの『ミリアムの(ブラック)トリガー』の確保のためだ」

 

(ブラック)トリガーだと? こいつはそんなもの、持っていない!」

 

「そうよ! わたし、(ブラック)トリガーなんて持ってないわよ!!」

 

迅の後ろからツグミが叫ぶ。

 

「持っていないだと? ならば在り処を言え!」

 

「在り処って言われても、わたしはそのミリアムの(ブラック)トリガーなんてもの聞いたことも見たこともないもの。教えられるわけないじゃない!」

 

ツグミが反論すると、ゼノンはテオの顔を見た。

するとテオがツグミに訊く。

 

「本当に知らないのか?」

 

「だから知らないって!」

 

テオはイライラしているツグミの顔をじっと見つめ、そしてゼノンに言った。

 

「こいつの言ってること、嘘じゃありませんね。本当に知らないようですよ」

 

ゼノンとテオのやり取りを見て、ツグミが迅にこっそりと言う。

 

「ジンさん、もしかしたらこっちの小さい方、ユーマくんと同じサイドエフェクト持ちなのかもしれません」

 

「ああ。だとしたら嘘は通じない。もっとも知らないものは知らないと言うしかないけどな」

 

「それにしてもミリアムの(ブラック)トリガーって何なんでしょうね?」

 

「わからん。だが奴らは何らかの確信があっておまえが持っていると思っているようだ」

 

「でもわたしが知らないってことをあの人たちもわかったんですから、誤解も解けたはず。見逃してもらえるんじゃないでしょうか?」

 

「いや、このまま無事に帰してはくれないだろ。そんなお人好しには見えない」

 

迅の言うとおり、何事もなく終わる気配はない。

むしろ状況は悪化しているようで、レイジたちの到着が遅れていることもあって焦る一方だ。

 

ゼノンたちも想定外の状況に少々困惑している様子だが、彼らも任務を果たさねば帰国できないのだから必死だ。

ミリアムの(ブラック)トリガーが玄界(ミデン)にあるという確証がある以上、必ず手に入れなければならない。

それにこの機会を失えば、次はボーダーという組織全体との()()になるだろう。

そうなれば諜報員3人で任務を完遂するのは100%不可能である。

よってここで決着をつけなければならないのだ。

 

「俺はあまり手荒な真似はしたくないが、こうなっては仕方がない。娘を渡す気がないというのだから実力行使だ」

 

このまま戦闘になれば敵ふたりを迅がひとりで相手にすることになる。

本来の計画では、いざという時にはツグミが緊急脱出(ベイルアウト)して逃げるというものだったが、トリガーが起動できないというのだから迅が身を張って守らねばならない。

しかもツグミを守りながらとなれば風刃装備の迅であっても不利である。

よってレイジたちの到着まで時間稼ぎをするしかない。

 

「ちょっと待ってくれ。俺もこいつもアンタの言う(ブラック)トリガーのことは知らない。これでも俺たちはボーダーって組織の古株で、その俺たちが知らないってことはその(ブラック)トリガーがあるっていう情報自体がガセなんじゃないか?」

 

迅がほとほと参ったといった様子で訊くが、ゼノンは首を横に振った。

 

「いいや、これは我々が時間をかけて調査したことだ。間違いない」

 

「だけどアンタはこいつが持っているはずだと言っていた。いったいその根拠は何なんだ!?」

 

するとゼノンは自信満々の顔で断言した。

 

「その娘…常人にはない視力を持っているだろ? それを貴様たちはサイドエフェクトだと思い込んでいるようだがそれは違う。エウクラートンの人間なら誰もが同じ能力を持っているのだからな」

 

「どういう意味だ?」

 

「だからエウクラートン出身のオリバの娘なら、その能力を受け継いでいてもおかしくはない。むしろ受け継いでいることこそがオリバの娘である証拠だ」

 

「…?」

 

ツグミと迅には「オリバ」という名前の人物に心当たりがあった。

しかしふたりの知っている「オリバ」は「霧科織羽」という名前の()()()()()()()の人間のはずである。

エウクラートンなどという国の名も初耳で、「強化視覚」はボーダーの検査結果で判明したものだ。

 

(この男の言うことを作り話だと決め付けることはできない。強化視覚のことは調べがついても、9年前に死んでいるこいつの親父さんのことまで知る手立てなどないはずだ)

 

迅はさらに警戒を深めた。

ツグミはというと、見ず知らずの近界民(ネイバー)が自分の父親の名や自分の知らない父親のことを知っているという事実に気味悪がって怯えている。

 

さらにゼノンは言う。

 

「オリバは死ぬ前にミリアムの(ブラック)トリガーを誰かに託したのは間違いない。()()をそう簡単に処分できるはずがないのだからな。…とにかくすべては20年前にオリバがミリアムの(ブラック)トリガーを持ってエウクラートンから逃亡したことから始まる。貴様たちが知らないとしても、当時の事情を知っている者が必ずいるはずだ。そいつから聞き出せばいい」

 

「つまりこいつの命が惜しいなら(ブラック)トリガーを寄越せということか?」

 

「ああ、そうだ。我々に与えられた任務はミリアムの(ブラック)トリガーを奪うことと、オリバの娘を捕えてキオンへ連れて行くこと。しかし適合者でなければ見逃してやってもいい。本国には死んだと報告すれば良いことだ」

 

「だが適合者であれば連れて行くってことだよな? 俺はアンタたちの戦争に(ブラック)トリガーが使われることなんてどうでもいい。しかしこいつを連れて行くことだけは絶対にさせるものか! …っと、ナイスタイミング!」

 

見慣れた(ジープ)が猛スピードで接近し、ツグミたちとゼノンたちの間に割り込むように急停車した。

続いて後部座席から小南と京介が飛び降りてツグミたちに合流する。

 

「お待たせ!」

「迅さん、遅くなってすみません」

 

小南と京介が迅の両脇に並んで言う。

 

「おう、やっと来てくれたか!」

 

心強い援軍の到着だ。

さらにレイジが運転席から叫ぶ。

 

「ツグミ、乗れ!」

 

「はい!」

 

レイジが助手席のドアを開け、ツグミは急いで乗り込み、ドアを閉めた途端に発進した。

駐車場に残ったのは迅、小南、京介と、ゼノン、テオの()()である。

 

「こいつらがツグミをストーキングしてた近界民(ネイバー)? 二度とそんなことさせないようにコテンパンに痛めつけてやろうじゃないの。…トリガー、起動(オン)!」

 

小南はトリガーを起動して戦闘体に換装する。

京介も同様に換装し、突撃銃(アサルトライフル)を構えた。

 

「迅さん、こいつらタダもんじゃありませんね?」

 

「……」

 

京介が迅に訊くが返事はない。

迅は何か恐ろしいものを見たかのように茫然自失の状態になっており、京介の声が耳に届いていなかったのだ。

 

「迅、どうかしたの?」

 

小南も心配になり、そばに来て顔を覗き込んだ。

 

「…ツグミが…さらわれる。たった今、未来が確定した」

 

震える声で言う迅。

 

「なんですって!?」

「なんだって!?」

 

小南と京介は同時に叫んだ。

 

「たった今レイジさんが連れて逃げたばかりじゃない! どうしてツグミがこいつらにさらわれるって言うのよ!?」

 

小南がパニック状態で迅に詰め寄るが、これまで何をしてもずっと消えなかった「ツグミが自分たちの前からいなくなる未来」がここで確定してしまったのだから冷静でいられるわけがないのだ。

 

そんな迅たちの様子を黙って見ていたゼノンがいきなり高笑いを始めた。

 

「ハハハハハ…。貴様たちには少しだけ我々に付き合ってもらおうか。なに、あと数分でカタがつく。…いくぞ、テオ」

 

「了解です!」

 

ゼノンとテオはアイコンタクトを交わすと、それぞれブレード状のトリガーを振りかざして迅たちに襲いかかって来た。

 

 

 

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