ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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106話

 

 

その頃、レイジの運転する(ジープ)は猛スピードで緩やかなカーブの続く坂道を下っていた。

 

「レイジさん、どうもありがとうございました」

 

礼を言うツグミにレイジが訊く。

 

「仲間を助けるのは当然のことだ」

 

「でもどうしてここに?」

 

「1時間ほど前に迅から『近界民(ネイバー)に尾行されている。念のために来てほしい』と連絡があって急いで駆けつけた。ギリギリのようだったが間に合って良かった。だが、どうしてトリガーを起動して緊急脱出(ベイルアウト)しない? まだトリオンが足りないのか?」

 

「いいえ。換装できるまでにはトリオンは回復しているんですけど、どういうわけだかトリガーが起動できないんです」

 

「トリオンが回復しているのに起動できないだと?」

 

「そうなんです」

 

「理由は簡単ですよ。私のトリガーが彼女のトリガーに干渉して起動できなくしたからです。さあ、彼女の命が惜しくば、車を停めてください」

 

急に背後から男の声がして、ツグミは喉元にナイフの切っ先を突きつけられた。

 

「ひっ…」

 

「ツグミ!」

 

突然のことに仰天するレイジだが、(ジープ)を急停車させて後部座席を覗き込んだ。

いつの間にかそこには男がひとり腰掛けていた。

隠密トリガーを使用して姿を隠し、駐車場での騒ぎに紛れて乗り込んだリヌスである。

殺気を放つ3人目がこの男であったとツグミはやっと気が付いた。

隠密トリガーを使っている間は殺気を消していて、歴戦の勇士であるレイジとツグミにすらその存在を気付かせなかったのだ。

 

「貴様は誰だ!?」

 

「申し遅れました。私はリヌス。任務のためにキオンから参りました」

 

丁寧な口調で挨拶をするリヌス。

その余裕さにレイジはますます怒り込み上げてきた。

 

「キオンのリヌス…だと? 任務というのはツグミをさらうことか?」

 

「半分正解…というところでしょうか。彼女をさらうことは手段であり、彼女の持つミリアムの(ブラック)トリガーを手に入れることが目的なのですよ。もし彼女が適合者であれば、彼女も連れて本国へ帰る予定ですけど。まあ、適合者でなければ後はウチの隊長の胸三寸ですね」

 

「くっ…。そんなことをさせるものか! …トリガー、起動(オン)!」

 

レイジはトリガーを起動しようとするが、ツグミの時と同じでまったく反応がない。

その様子を見てリヌスは冷笑する。

 

「だから言ったじゃないですか。私のトリガーはキオン製以外の()()()()トリガーに干渉して起動させなくする、もしくは起動しているものは強制的に解除(オフ)にすることができるんですよ」

 

「くっ…」

 

悔しそうに唇を噛むレイジ。

 

「そういうことで、立派な体つきをしているあなたでも、トリオン体の私には敵いませんよ。ですからおとなしく彼女をこちらに渡してください。私は荒事を好みません。生身のあなたをなぶり殺しにするようなことになれば、彼女は自分を責めることになります。そうですよね、霧科ツグミさん?」

 

それは「無駄な抵抗はするな。レイジを死なせたくなければおとなしく自分に従え」という意味である。

リヌスの言うとおり、いくらレイジであっても生身で戦えば相手にはかすり傷ひとつ負わせることはできず、逆にレイジが大怪我をしてしまうのは言うまでもない。

自分のせいで仲間が死ぬようなことになれば、一生消えぬ後悔という傷を胸に刻み込むことになる。

こうなれば選択肢はひとつだけだ。

 

「わかりました。あなたに従います」

 

そう言ってツグミは(ジープ)から降りようとする。

 

「待て、ツグミ! 勝手なことをするな!」

 

レイジはツグミを引き止めようとして手を伸ばすが一瞬の差で彼女を逃がしてしまう。

ツグミが降りたのを確認したリヌスは自分も降りて(ジープ)から3メートルほど離れた。

 

「あなたもこちらに来てください」

 

リヌスはツグミに呼びかけ、彼女は黙って従う。

 

「ツグミ、行くんじゃない!」

 

レイジはツグミを呼び止めようとするが、それを無視するかのようにツグミは歩き、リヌスの横で立ち止まった。

 

「今のレイジさんでは無駄に怪我をするだけです。抵抗しても意味ないですから、わたしはこの人に従います。大丈夫ですよ、彼らはわたしを人質にして(ブラック)トリガーを手に入れようとしている。だから殺されることはありません。それに荒事は嫌いだというんですから、わたしがおとなしくしていれば危害を加えられることもなさそうですし」

 

ツグミがそう言うと、リヌスは微笑んだ。

 

「そうです。それでいいんですよ」

 

しかし勝てないからといって指を咥えて見ているだけでいられるはずがなく、レイジは生身のままでリヌスに殴りかかった。

 

「この野郎!」

 

リヌスはレイジの拳を顔面に受けるがダメージはまったくない。

トリオン体にはトリオンでの攻撃以外は効果がないのはわかっていて、彼はあえてレイジの攻撃を防御もせずに受けたのだ。

そして何もなかったかのように表情は変わらず、冷たい微笑みを浮かべたままでレイジに言う。

 

「私は彼女だけでなくあなたも傷付けたくはありません。ですが私は愚かな人間は大嫌いですから、おとなしくさせるために()()乱暴なことをするかもしれません。その場合、あなたは肉体的に、そして彼女は精神的に大きなダメージを受けることになりますがよろしいですか? ほら、彼女が今にも泣きそうな顔をしていますよ。あなたができるのは彼女が適合者ではなく無事に帰って来ることを祈ることだけです」

 

ツグミは自分のせいでレイジが死ぬかもしれないと怯えて泣きそうな顔になっていた。

レイジも自分が生身で勝てるなどとは思っていないし、今の攻撃も無力な自分のやり場のない怒りを発散させるだけのものに近い。

だから反論もできず、首を垂れるしかない。

 

「ご理解いただけたようで幸いです」

 

レイジにそう言ってから、内部通話らしき通信装置でゼノンに呼びかけた。

 

標的(ターゲット)を確保しました。迎えをお願いします]

 

すると間もなくツグミとリヌスの背後に(ゲート)が開き、ふたりはその中へと消えたのだった。

 

 

 

 

「俺の部下が標的(ターゲット)の娘を確保したようだ。我々はここで失礼する。後ほどこちらから連絡をするから、それまで待っていろ」

 

そう言い残し、ゼノンとテオはゼノンの(ブラック)トリガーによって開かれた(ゲート)の向こう側へと消えて行ったことで、駐車場での戦いは中途半端な状態で終結した。

迅たちはまだ十分に戦えるはずだったのだが、キオン側が()()してしまい、これ以上の戦闘は無駄であると敵が撤退してしまったからだ。

その直後、レイジからの連絡でツグミがさらわれたということを知り、迅と小南は地面にへたりこんで立ち上がることすらできずにおり、京介は突撃銃(アサルトライフル)を抱えたままで茫然と立ち尽くしている。

特に迅の落ち込みようは半端なく、必ず守るという約束を果たせなかった無力さに激しい自己嫌悪に陥ってしまっていた。

 

「俺のせいだ…。俺がもっと早くこうなる未来が視えていたら、むざむざとツグミを敵に奪われずに済んだはずだ。3つあった殺気のひとつが消えた時に気付きさえすれば…」

 

「迅が悪いわけじゃないわよ。悪いのはあの近界民(ネイバー)の連中。今は後悔することよりも、どうやってツグミを取り返すかを考えるのよ」

 

小南は迅を励ますつもりで叱咤するが、ツグミの言葉のようには彼の心には届かない。

旧ボーダー時代からの付き合いであっても、小南にはツグミの代わりはできないのだ。

それから間もなくレイジが合流し、意気消沈したままの4人は忍田に連絡を入れると本部基地へと帰還した。

 

 

◆◆◆

 

 

本部司令執務室では忍田、林藤、そして城戸の3人が迅たちを待ちかまえていた。

もちろん迅の失態を咎めるためではなく、ツグミが拉致された時の状況の詳細を確認し、救出の作戦会議を開くためである。

迅はすべて自分の責任であると謝罪し、キオンの3人組の知りうるすべての情報と、拉致されるに至った経緯について事細かく説明した。

作戦会議を開くと言いながらも敵の隠れ家の場所はわからず、敵が何らかの形で接触してくるのを待つしかないという消極的な手段しかないものだから誰もがイラついている。

ただ敵の目的がどこかにあるという(ブラック)トリガーの強奪であり、人質であるツグミに対して危害を加える恐れがないことが唯一の救いでもあった。

ひとまずこの件については極秘とし、事情を知っている城戸、忍田、林藤、迅、レイジ、小南、京介の7人だけで動くこととした。

隊員が近界民(ネイバー)に誘拐されたと知られれば、他の隊員たちに動揺が走り、今後のボーダーの運営にも大きく影響する事件であるからだ。

そして現状では何もできないということで一時解散とし、状況が動いた時に改めて集合することとなったのだった。

 

 

◆◆◆

 

 

「城戸さん、キオンの連中の言葉を信じるなら、ツグミが誘拐されたのは20年前にエウクラートンからひとりの亡命者がこちら側の世界に来たことが始まりだ。あんたには事情を話す義務があるんじゃないですか?」

 

レイジたちを先に玉狛支部へ帰し、自分だけ本部基地に残った迅。

20年前と言えば旧ボーダーが発足した時期であり、その頃のことを知っているのは城戸だけである。

それにミリアムの(ブラック)トリガーの名を口にした時、城戸の表情が強張ったのを迅は見逃さなかったのだ。

 

「忍田さんと林藤さんもいる。ちょうどいい。知っていることを全部話してもらいますよ。そもそも彼女の父親が近界民(ネイバー)であることや、敵が欲しがっている(ブラック)トリガーのことを知らずにいたからこんなことになったんですからね」

 

迅が城戸に詰め寄る。

自分の不甲斐なさでツグミを奪われてしまい、そのことで自己嫌悪に陥っていた迅。

しかしゼノンの言い分を信じるなら、城戸たちが大事なことを隠していたことが事態を悪化させたことにもなる。

それに何より真実を知りたいという気持ちが迅を動かした。

その真実の中にツグミを救出する手掛かりがあるかもしれないのだから。

 

「忍田さんと林藤さんの様子だと、このふたりも(ブラック)トリガーのことは知らなかったみたいですね? ツグミの父親が近界民(ネイバー)であることは知っていたみたいですけど」

 

迅の言葉に忍田と林藤が黙って頷く。

城戸もこれ以上秘密にはしておけないと判断し、すべてを白状することに決めた。

 

「だいぶ長い話になるが、しばらく付き合ってもらおうか」

 

 

 

 







次回から「過去」編になります。
そこでこの作品のオリキャラのキオンの3人組についての設定の整理をしておきます。
ネタバレにならないようこれまで伏せておきましたので、これらの設定を踏まえた上で読み直してもらえると「ああ、そういうことだったのか」と理解を深めてもらえるのではないかと思います。


キオンの諜報員
ゼノン:隊長
年齢30代前半、中肉中背、特に身体的な特徴はないものの、トリオン能力は高い。
(ボーダーの基準で計ると24)
(ブラック)トリガー使い。
ノーマルトリガーは近接攻撃系でボーダーの弧月同様のブレード。
通常の戦闘ではこちらを使用する。
(ブラック)トリガーはアフトクラトルのミラの窓の影(スピラスキア)と同様のタイプで、(ゲート)を開いて対象を別の空間に転移させることができる。
(ゲート)を開く場所は使用者が認識した場所なら離れていても可能。
今回はリヌスの居場所を把握できていたので、リヌスとツグミのそばに(ゲート)を開くことができた。
非常に珍しい非攻撃系トリガー。
空間操作に特化しているため、窓の影(スピラスキア)より大きな(ゲート)を開くことができ、一度に十数人の人間を転移させられる。
名称は「タキトゥスの(ブラック)トリガー」
(キオンでは(ブラック)トリガーに特定の名を付けず、残した人物の名を使う)

リヌス:部下その1
年齢20代前半、長身で細身、ゼノンの忠実なる部下。
(トリオン量はボーダーの基準で計ると33)
エウクラートン出身でエウクラートンがキオンに侵攻された時には幼かったために戦争のことは覚えていない。
トリオン能力を認められてキオンに連れて行かれ、幼年学校で優秀な成績を収めたため、諜報部隊の隊長に抜擢されたばかりのゼノンにスカウトされた。
特に運動神経が優れており、格闘術にも長けている。
ツグミと同じく「強化視覚」の能力がある。
これはサイドエフェクトではなく、エウクラートンの人間固有の特殊能力。
トリガーは狙撃用ライフルタイプのトリガーを使用。
後述の「カテーナ」を装備しており、起動中は他のトリガーは使用不可となる。

テオ:部下その2
年齢10代後半、年齢の割には背が低く、それがコンプレックスになっている。
(トリオン量はボーダーの基準で計ると18)
戦闘能力は抜群だが猪突猛進タイプで、冷静沈着なリヌスとは対照的。
自分が会話をしている人間の感情が色でわかるサイドエフェクトを持っている。
(遊真のSEの上位互換? 嘘・本当がわかる他、自分に向ける敵意や好意、怯え・怒りというアバウトなレベルまではわかる)
トリガーは近・中距離系でボーダーのスコーピオンと同様のタイプ。長さは5-6メートルまで伸ばせるのでマンティスのようにして使うことが多い。
(1本だけなので、2本繋ぐという使い方はできないが)

キオンのオリジナルトリオン兵「ムース」
ボーダーでいうカメレオンとバッグワームの機能を持ち、指定した人間に「精神的攻撃」を与え、心身共に弱ったところを人型もしくは捕獲用トリオン兵で捕らえる。
場合によっては戦闘不能にして操り、投降させることもある。
玉狛支部で捕獲されたトリオン兵で、ツグミに悪夢を見させた犯人。

キオンのオリジナルトリガー「カテーナ」
カテーナとはラテン語で鎖の意を持つ。
能力は限られた範囲内(使用者の半径約30メートル)に干渉して、敵のトリガーが起動できない状態にするというもの。
起動している状態であれば、強制的に「トリガーオフ」にする。
キオン製のトリガーには影響せず、敵の()()()()トリガーのみに影響を与える。
従って換装できなくなるし、武器も使えなくなる。
ツグミとレイジが換装できなくなったのはこのカテーナが原因である。
(ブラック)トリガーに関しては個々の性質や制作の過程などが異なるので影響されない。
迅は風刃を使用して換装していたために影響されず、ツグミのトリガーが故障したのではないかと考えた。


エウクラートン:ギリシャ語で暖かいの意
21年前と20年前の二度に渡りキオンに侵攻され、現在キオンの属国(実質的には支配下にある)で、オリバとリヌスの故郷。
エウクラートンの人間はトリオン能力も比較的高く、ツグミのように「強化視覚」の能力がある。
また見た目が日本人に近いので、父親が近界民(ネイバー)であるということはツグミも知らないことであった。
エウクラートンでも(ブラック)トリガーに特定の名を付けず、残した人物の名を使っており、「ミリアム」はオリバの先輩であり師匠でもある女性の名前である。


なお、度々登場するツグミの実父・霧科織羽(エウクラートンのオリバ)については過去編で語られます。



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