ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
キオンによる第一次侵攻はエウクラートンにとって史上初めての本格的な戦争であった。
エウクラートンは他国への侵攻を考えず「専守防衛」が国是であったから、
さらに優秀な
そのおかげで国民は豊穣の大地からの恵みを存分に享受し、平穏な日常を謳歌していたのだったが、突如その日常を破壊する敵が現れた。
それがキオンである。
100年ほど前にキオンの「神」が交代したのだが、それ以降キオンは国土の面積は拡大したもののほとんどが雪に覆われた「雪原の大国」となってしまっていた。
そこで近場の国から次々に侵略を繰り返し、いよいよその手がエウクラートンへ伸びたのだ。
オリバとミリアムも戦場に立つこととなり、彼らは勇敢に戦い続けた。
しかしキオンのトリガーが既存のものとは大きく違うコンセプトで作られたものであったから苦戦を強いられることになる。
キオンの侵攻の目的が「自国の食料庫にする」であるから、その国の住民を根絶やしにしてしまうことはできない。
労働力を確保し、同時に制圧をしなければならないということで、敵の戦闘意欲を失わせて無傷のうちに降伏させるという手段を用いるからだ。
キオンは前線で戦っているエウクラートンの兵士の宿舎にトリオン兵・ムースを送り込み、彼らが知らぬ間に戦意を失わせてそこを襲撃する。
またトリガーを起動させなくしたところに大量のトリオン兵を送り込んで恐怖で兵士を制圧するなど、間接的な戦いによって徐々にではあるが確実に制圧地域を増やしていったのだった。
そしてキオンはあと一息でエウクラートン全域を支配できることができるというタイミングですべてのトリオン兵と多くの兵士を失うことになる。
ミリアムが
もっともその戦場にいた味方の兵士百余名も同時に犠牲となっている。
たったひとりの
エウクラートンの兵士の中にオリバと有吾がおり、ミリアムの
そしてオリバの進言によってミリアムの
◆
キオンは1年後に再びエウクラートンに侵攻した。
第一次侵攻で散々な目に遭って撤退したが、それでもなおエウクラートンという国に魅力を感じていたからだ。
当初の目的はもちろん、さらに自軍を殲滅させたミリアムの
ただしキオンはミリアムの
エウクラートンはその事実を知っているからこそ封印したのだ。
キオンがそのことを知ったとしたら…
いや、知ったとしても使用することに躊躇いはないだろう。
数百数千の兵士の命が失われる戦争が、たったひとりの適合者の犠牲で終わるというのだから。
よってキオンによる第二次侵攻の目的は、エウクラートンの制圧及びミリアムの
第二次侵攻では有吾が非正規ながらも国軍に加わり、オリバと共に戦うこととなった。
この1年の間にお互いが相手に背中を預けられるだけの信頼関係を築いており、周囲の人間もこのふたりが組めば無敵であると信じるほど結束力のある
それにキオンの再侵攻が予測されていたからエウクラートンも対策に抜かりはない。
そして使わないと決めたものの、最悪の事態を考えてミリアムの
キオンは第一次侵攻の際の約3倍の規模の軍を率いてエウクラートンへ攻め込んで来た。
戦闘用トリオン兵に至っては前回の5倍の数が投入されたという。
この時の光景は「巨大なトリオン兵が見える範囲の地面をすべて埋め尽くしていて、その地面ごとこちら側に迫って来るようだった」とオリバは言っていた。
これまで自分たちを育んできた母なる大地そのものが敵方に寝返ってしまったかのように思え、その恐怖は筆舌に尽くし難いものであったと思われる。
オリバと有吾はその時のことをあまり語りたがらないが、彼らの心にも深い傷を負わせる戦いであったのだから仕方がないことだ。
キオンはミリアムの
一方、エウクラートンの兵士たちは事情を知らないものだからミリアムの
戦況が悪化していくにしたがって兵士たちの戦意は失われ、前線は次第に後退した。
またキオンに投降すれば命は助かる上に、優秀なトリガー使いであれば重用されるという噂が流れていたものだから軍を脱走する者も多かったようだ。
それから間もなくエウクラートンの女王はある決心をした。
キオンの進撃を食い止めることができないと判断し、ミリアムの
キオンがミリアムの
だからキオンに渡さないためにはその在り処を知られないようにするしかないのだ。
運が良いことに有吾という
もちろんオリバと有吾はエウクラートンの危機を放っておいて逃げることなどできないと抗議したものの受け入れられず、涙をのんでエウクラートンを旅立つことになったのだった。
そしてオリバにとってはその目で二度と故郷の姿を見ることのない旅に出ることになるとは想像もしていなかった。
◆◆◆
ミリアムの
それはまだ教えられない。
オリバと有吾はその件について死ぬまで触れずにいたのだから。
順を追って話しているうちにいずれ話すことになる。
もう少しだけ待ってくれ。
◆◆◆
オリバと有吾が旅立って間もなくエウクラートンはキオンに降伏し、属国として存続する道を選んだ。
徹底抗戦という道もあったが、国としての存在を維持するためには他に選択肢はなかったのである。
キオンが他国を侵略し続けるのは自国の食料の確保のためであるから、そこの住民を根絶やしにしてしまうことはない。
恭順の意を示せば住民をキオンの三等市民と同格に扱うということにし、支配域を広げていくのだ。
しかし実際は奴隷…とまではいかずとも、キオン本国の三等市民とは立場が大きく異なっていた。
属国で生産された食料の半分はキオンに収めることになっており、生活の上で非常に困窮することになるのだが、それでも命を奪われるよりはマシと、勤勉で素朴なエウクラートンの国民はこの状況に耐えていくことになる。
一方、キオンはミリアムの
この時点ではキオンもミリアムの
もし次に侵略する国にミリアムの
オリバと有吾の旅はキオンの追っ手からの逃亡の旅でもあった。
エウクラートンから
追っ手がかかるのを承知していたふたりは、それらの国々であえて目立つ行動をしたり偽の手掛かりを残したりと工作をしておいた。
キオンの諜報員はオリバが
◆
約5年ぶりに有吾は故郷に戻って来た。
数々の戦場を駆け抜けてきたことで、平和な日常生活では得られないある種独特の「におい」が彼から漂っているのだ。
オリバについては見た目がほぼこちら側の人間と同じだから、薄汚れた異世界の旅装束さえ着替えてしまえばこちら側の人間であると偽ってもバレることもなさそうである。
夜の闇に紛れて霧科家に帰宅すると、文蔵に
文蔵はすべてを承知でオリバを受け入れることに決めた。
それは単に自分の屋敷に住まわせて衣食住の面倒をみるというのではなく、故郷を離れざるをえなくなったオリバの心情を踏まえてこちら側の人間として再出発できるように「自分の息子」として受け入れるという意味である。
つまり彼に日本国籍を与えるということ。
普通なら新規に戸籍を作るというのは非常に難しいし面倒な手続きをしなければならないのだが、霧科文蔵であればそれも可能である。
ちょっとした
この文蔵の交際範囲の広さと特殊な人脈によって、ボーダーという組織は生まれ、拡大していった。
よって彼がいなければ現在のボーダーは存在しなかっただろう。
表には名が出てくることはないが、文蔵はボーダーにとって最大の功労者なのである。
そしてオリバがこちら側の世界に着いて10日ほど後には「霧科織羽」という日本人男性が生まれ、有吾の手助けもあってすぐにこちら側の生活に溶け込んでいった。
◆◆◆
織羽が生まれ育った
人間の体内にあるトリオン器官によって生み出される生体エネルギー「トリオン」。
さらにトリオンを元にして
そもそも
さらにこちら側の世界の恵まれた資源や人間の多さにも驚いたようだ。
しかしその多くが小国で貧しい。
こちら側の世界での中世ヨーロッパにおける封建制社会のイメージだろうか。
トリガー文明は進んでいても、資源に乏しく食料の生産性は非常に低いため国民を養っていくのは限界があり、争いが絶えないことで人口はこちら側の世界に比べると圧倒的に少ないらしい。
国土を形成する巨大なトリガーは
国土の広さは「神」のトリオン量に比例し、トリオン量が多ければ多いほど国土面積が広がる。
太陽もトリガーでできているらしく、雨や風もトリオンによって起こされる現象だという。
そんな
詳しいところはわからないが、温厚で人徳のあった人間が「神」になった国と、冷淡で人を人と思わないような人間が「神」になった国では、その国土の状態も大きく違うということだ。
前者がエウクラートンで後者がキオンであると言われたら納得できる気がする。
そういった理由で形成される
基盤が不安定な「国」であるから他国との争いも絶えず、どの国もトリオンとトリガーの研究開発に熱心なのも当然であった。
それがこちら側の世界においては「まったく必要ない」のであるから、織羽にとっては今までの生き方と考え方が根底から覆されるわけである。
トリガーの開発とトリガー使いとしての鍛錬のみに10年もの歳月をつぎ込んできた織羽にとってこちら側の世界は「退屈」なものであったが、同時に見るもの聞くものすべてが新鮮で興味深いものばかり。
故郷の情勢は気になるものの、それ以上に新しい世界には惹かれるものが多く、織羽は有吾と共に平和な毎日を謳歌していた。