ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

127 / 721
108話

 

 

キオンによる第一次侵攻はエウクラートンにとって史上初めての本格的な戦争であった。

エウクラートンは他国への侵攻を考えず「専守防衛」が国是であったから、武器(トリガー)開発に熱心でもすべては国防のためである。

さらに優秀な技術者(エンジニア)が多いため、いくつもの優れたトリガーを所有し、トリガー使いも手練が何人もいた。

そのおかげで国民は豊穣の大地からの恵みを存分に享受し、平穏な日常を謳歌していたのだったが、突如その日常を破壊する敵が現れた。

それがキオンである。

100年ほど前にキオンの「神」が交代したのだが、それ以降キオンは国土の面積は拡大したもののほとんどが雪に覆われた「雪原の大国」となってしまっていた。

そこで近場の国から次々に侵略を繰り返し、いよいよその手がエウクラートンへ伸びたのだ。

 

 

オリバとミリアムも戦場に立つこととなり、彼らは勇敢に戦い続けた。

しかしキオンのトリガーが既存のものとは大きく違うコンセプトで作られたものであったから苦戦を強いられることになる。

キオンの侵攻の目的が「自国の食料庫にする」であるから、その国の住民を根絶やしにしてしまうことはできない。

労働力を確保し、同時に制圧をしなければならないということで、敵の戦闘意欲を失わせて無傷のうちに降伏させるという手段を用いるからだ。

キオンは前線で戦っているエウクラートンの兵士の宿舎にトリオン兵・ムースを送り込み、彼らが知らぬ間に戦意を失わせてそこを襲撃する。

またトリガーを起動させなくしたところに大量のトリオン兵を送り込んで恐怖で兵士を制圧するなど、間接的な戦いによって徐々にではあるが確実に制圧地域を増やしていったのだった。

そしてキオンはあと一息でエウクラートン全域を支配できることができるというタイミングですべてのトリオン兵と多くの兵士を失うことになる。

ミリアムが(ブラック)トリガーとなり、さらにその適合者というふたりの貴重な人命によって数千という数のキオンの兵士を殲滅したのだ。

もっともその戦場にいた味方の兵士百余名も同時に犠牲となっている。

たったひとりの(ブラック)トリガー使いによって全兵士の9割以上を失ったキオンは撤退を余儀なくされ、第一次侵攻は終結する。

エウクラートンの兵士の中にオリバと有吾がおり、ミリアムの(ブラック)トリガーの想像の域を遥かに超えた能力とデメリットについて身を持って知ることとなる。

そしてオリバの進言によってミリアムの(ブラック)トリガーは封印されることになった。

 

 

 

 

キオンは1年後に再びエウクラートンに侵攻した。

第一次侵攻で散々な目に遭って撤退したが、それでもなおエウクラートンという国に魅力を感じていたからだ。

当初の目的はもちろん、さらに自軍を殲滅させたミリアムの(ブラック)トリガーを手に入れ、それを別の国の侵略に利用しようというのである。

ただしキオンはミリアムの(ブラック)トリガーがその威力を最大限に発揮するためにはトリガー使いの命を引き換えにするということを知らない。

エウクラートンはその事実を知っているからこそ封印したのだ。

キオンがそのことを知ったとしたら…

いや、知ったとしても使用することに躊躇いはないだろう。

数百数千の兵士の命が失われる戦争が、たったひとりの適合者の犠牲で終わるというのだから。

よってキオンによる第二次侵攻の目的は、エウクラートンの制圧及びミリアムの(ブラック)トリガーの確保であった。

 

 

第二次侵攻では有吾が非正規ながらも国軍に加わり、オリバと共に戦うこととなった。

この1年の間にお互いが相手に背中を預けられるだけの信頼関係を築いており、周囲の人間もこのふたりが組めば無敵であると信じるほど結束力のある相棒(バディ)であったのだから。

それにキオンの再侵攻が予測されていたからエウクラートンも対策に抜かりはない。

そして使わないと決めたものの、最悪の事態を考えてミリアムの(ブラック)トリガーの適合者を探していたのだが、幸か不幸か適合者は見つからなかったのだった。

 

 

キオンは第一次侵攻の際の約3倍の規模の軍を率いてエウクラートンへ攻め込んで来た。

戦闘用トリオン兵に至っては前回の5倍の数が投入されたという。

この時の光景は「巨大なトリオン兵が見える範囲の地面をすべて埋め尽くしていて、その地面ごとこちら側に迫って来るようだった」とオリバは言っていた。

これまで自分たちを育んできた母なる大地そのものが敵方に寝返ってしまったかのように思え、その恐怖は筆舌に尽くし難いものであったと思われる。

オリバと有吾はその時のことをあまり語りたがらないが、彼らの心にも深い傷を負わせる戦いであったのだから仕方がないことだ。

キオンはミリアムの(ブラック)トリガーを使われることを恐れていて序盤では注意深く戦闘していたものの、使われる様子がないと知ると一気に蹂躙し始めた。

一方、エウクラートンの兵士たちは事情を知らないものだからミリアムの(ブラック)トリガーが使われないことに疑問を抱き、軍の上層部への不満を募らせていく。

戦況が悪化していくにしたがって兵士たちの戦意は失われ、前線は次第に後退した。

またキオンに投降すれば命は助かる上に、優秀なトリガー使いであれば重用されるという噂が流れていたものだから軍を脱走する者も多かったようだ。

それから間もなくエウクラートンの女王はある決心をした。

キオンの進撃を食い止めることができないと判断し、ミリアムの(ブラック)トリガーと優秀な技術者(エンジニア)をキオンに奪われないために、オリバにミリアムの(ブラック)トリガーを託して玄界(ミデン)に亡命するよう彼に命じたのだ。

キオンがミリアムの(ブラック)トリガーを使用して他の国々を侵略するのは目に見えていて、その惨禍をこれ以上広げないためという苦渋の選択である。

(ブラック)トリガーはその作成の過程上ノーマルトリガーと違って「破壊」することができないという性質がある。

だからキオンに渡さないためにはその在り処を知られないようにするしかないのだ。

運が良いことに有吾という玄界(ミデン)出身者がおり、彼の里帰り用にと()を建造していたものだからこれを利用しない手はない。

もちろんオリバと有吾はエウクラートンの危機を放っておいて逃げることなどできないと抗議したものの受け入れられず、涙をのんでエウクラートンを旅立つことになったのだった。

そしてオリバにとってはその目で二度と故郷の姿を見ることのない旅に出ることになるとは想像もしていなかった。

 

 

◆◆◆

 

 

ミリアムの(ブラック)トリガーがどのような能力を持っていたかだと?

それはまだ教えられない。

オリバと有吾はその件について死ぬまで触れずにいたのだから。

順を追って話しているうちにいずれ話すことになる。

もう少しだけ待ってくれ。

 

 

◆◆◆

 

 

オリバと有吾が旅立って間もなくエウクラートンはキオンに降伏し、属国として存続する道を選んだ。

徹底抗戦という道もあったが、国としての存在を維持するためには他に選択肢はなかったのである。

キオンが他国を侵略し続けるのは自国の食料の確保のためであるから、そこの住民を根絶やしにしてしまうことはない。

恭順の意を示せば住民をキオンの三等市民と同格に扱うということにし、支配域を広げていくのだ。

しかし実際は奴隷…とまではいかずとも、キオン本国の三等市民とは立場が大きく異なっていた。

属国で生産された食料の半分はキオンに収めることになっており、生活の上で非常に困窮することになるのだが、それでも命を奪われるよりはマシと、勤勉で素朴なエウクラートンの国民はこの状況に耐えていくことになる。

一方、キオンはミリアムの(ブラック)トリガーの確保のため、諜報員にオリバと有吾の後を追わせることにした。

この時点ではキオンもミリアムの(ブラック)トリガーの能力とデメリットを知っていたのだが、知っていてなお執拗に探すのには意味がある。

もし次に侵略する国にミリアムの(ブラック)トリガーが渡ったとしたら、エウクラートンでの第一次侵攻の二の舞になるのは明らかであるからだ。

 

 

オリバと有吾の旅はキオンの追っ手からの逃亡の旅でもあった。

エウクラートンから玄界(ミデン)への道のりは約半年にわたるもので、その途中いくつかの国に立ち寄った。

追っ手がかかるのを承知していたふたりは、それらの国々であえて目立つ行動をしたり偽の手掛かりを残したりと工作をしておいた。

 

 

キオンの諜報員はオリバが玄界(ミデン)へ逃げるとは考えていなかったようで、彼の居所が判明するまでに11年もの歳月が流れたのだった。

 

 

 

 

約5年ぶりに有吾は故郷に戻って来た。

近界民(ネイバー)に旅立った時は普通の高校生であったから、今の彼の姿を見ても誰も空閑有吾だとは気付かなかっただろう。

数々の戦場を駆け抜けてきたことで、平和な日常生活では得られないある種独特の「におい」が彼から漂っているのだ。

オリバについては見た目がほぼこちら側の人間と同じだから、薄汚れた異世界の旅装束さえ着替えてしまえばこちら側の人間であると偽ってもバレることもなさそうである。

夜の闇に紛れて霧科家に帰宅すると、文蔵に近界(ネイバーフッド)での経験とオリバの事情について説明し、ひと通り話終わった時には夜が明けていたという。

文蔵はすべてを承知でオリバを受け入れることに決めた。

それは単に自分の屋敷に住まわせて衣食住の面倒をみるというのではなく、故郷を離れざるをえなくなったオリバの心情を踏まえてこちら側の人間として再出発できるように「自分の息子」として受け入れるという意味である。

つまり彼に日本国籍を与えるということ。

普通なら新規に戸籍を作るというのは非常に難しいし面倒な手続きをしなければならないのだが、霧科文蔵であればそれも可能である。

ちょっとした()()()を使えば、得体の知れない異世界の人物であっても新規の戸籍を作ってやるくらい彼にとっては朝飯前なのだ。

この文蔵の交際範囲の広さと特殊な人脈によって、ボーダーという組織は生まれ、拡大していった。

よって彼がいなければ現在のボーダーは存在しなかっただろう。

表には名が出てくることはないが、文蔵はボーダーにとって最大の功労者なのである。

 

そしてオリバがこちら側の世界に着いて10日ほど後には「霧科織羽」という日本人男性が生まれ、有吾の手助けもあってすぐにこちら側の生活に溶け込んでいった。

 

 

◆◆◆

 

 

織羽が生まれ育った近界(ネイバーフッド)とこちら側の世界双方で似たような人間が似たような生活を送っているわけだが、最大の違いは「トリオン」というものの概念の有無である。

人間の体内にあるトリオン器官によって生み出される生体エネルギー「トリオン」。

さらにトリオンを元にして近界(ネイバーフッド)の文明の根幹を支えるテクノロジー「トリガー」。

そもそも近界(ネイバーフッド)の国自体が巨大なトリガーでできているくらいなのだから、トリオンの概念が()()()()こちら側の世界は織羽にとって理解を超えるものであった。

さらにこちら側の世界の恵まれた資源や人間の多さにも驚いたようだ。

近界(ネイバーフッド)ではトリガーで創られた大地の上に人間が暮らしており、エウクラートンのように小国でも豊かな国もあれば、キオンのように広い国土があっても貧しい国もある。

しかしその多くが小国で貧しい。

こちら側の世界での中世ヨーロッパにおける封建制社会のイメージだろうか。

トリガー文明は進んでいても、資源に乏しく食料の生産性は非常に低いため国民を養っていくのは限界があり、争いが絶えないことで人口はこちら側の世界に比べると圧倒的に少ないらしい。

国土を形成する巨大なトリガーは(マザー)トリガーとか女王(クイーン)トリガーと呼ばれ、「神」という名の人柱がそのトリガーと同化することで機能している。

国土の広さは「神」のトリオン量に比例し、トリオン量が多ければ多いほど国土面積が広がる。

太陽もトリガーでできているらしく、雨や風もトリオンによって起こされる現象だという。

そんな近界(ネイバーフッド)の国々は「神」の人間性や人間であった頃の健康状態などで国土の状態に影響が出るらしい。

詳しいところはわからないが、温厚で人徳のあった人間が「神」になった国と、冷淡で人を人と思わないような人間が「神」になった国では、その国土の状態も大きく違うということだ。

前者がエウクラートンで後者がキオンであると言われたら納得できる気がする。

そういった理由で形成される近界(ネイバーフッド)の国土であるから、選んだ「神」によって国が大きく変わり、「神」の寿命が切れてしまえば国自体が消え失せてしまうということにもなる。

基盤が不安定な「国」であるから他国との争いも絶えず、どの国もトリオンとトリガーの研究開発に熱心なのも当然であった。

それがこちら側の世界においては「まったく必要ない」のであるから、織羽にとっては今までの生き方と考え方が根底から覆されるわけである。

トリガーの開発とトリガー使いとしての鍛錬のみに10年もの歳月をつぎ込んできた織羽にとってこちら側の世界は「退屈」なものであったが、同時に見るもの聞くものすべてが新鮮で興味深いものばかり。

故郷の情勢は気になるものの、それ以上に新しい世界には惹かれるものが多く、織羽は有吾と共に平和な毎日を謳歌していた。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。