ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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111話

 

 

「…私だ」

 

そう答えてから、城戸は続けた。

 

「しかしトリオン器官の衰えた今となっては起動できない。よって現在の適合者はいない、ということになる。それにいたとしても私はその者に使わせる気はない。なにしろ危険であることは自らの身体で痛感したのだからな」

 

「…もちろん説明してもらえますよね?」

 

「当然だ。…織羽の死後、有吾と最上と私の3人はミリアムの(ブラック)トリガーの扱いに苦慮していた。絶対に手の届かない場所に捨てたとしても、今回のようにキオンが強奪するためにやって来た時に『ない』ことを証明する手立てはない。ないと言って信じるような輩ではないだろう。破壊することもできないのだしな」

 

「……」

 

「私たちは近界(ネイバーフッド)へ遠征した際に一度だけ使用した。かつて織羽と有吾が逃亡途中で立ち寄ったとある国で敵に囲まれたことがあり、脱出する際にミリアムの(ブラック)トリガーを使用せざるを得ない状況に陥った。その時の敵の数は約100、トリオン兵が約20といったところだった。私は起動できたとはいえ、トリオン量が少なかったことでトリオンキューブの分割は64が精一杯。それを3発撃ったところでトリオン兵は壊滅し、生き残った者は逃げ出した。たった3回の射撃であったが、私は有吾と最上のふたりがそばにいて止めてくれたおかげで今も無事でいる。だがトリオン器官を酷使したようで、自分でもこれはヤバいと感じたくらいだ。だから私たち3人はすべての秘密を抱えて墓場まで持って行こうと決めた」

 

「……」

 

「その後、有吾は『俺に任せておけ』と言って近界(ネイバーフッド)へと戻って行った。彼は各地でミリアムの(ブラック)トリガーの偽情報を広め、そのおかげでキオンの連中が再びここまでやって来るのに9年という時間稼ぎをしてくれた。…そして5年前に最上が逝き、有吾ももういない。真実を知る者は私ひとりになってしまった。そこでどうするべきかを考え、()()を…織羽の遺品を正当な所有者であるツグミに真実と共に渡し、どうするのかを彼女に判断させることに決めた。しかし成人したら、などと言って後回しにしているうちに今回のようなことになってしまったというわけだ」

 

「つまりツグミに面倒事を全部押し付けるつもりでいた、ということなんですね。すべての秘密を抱えて墓場まで持って行こうと決めたなんて言っておきながら、結局はその重圧に耐えきれなくなった。ひどい人だ、あんたは」

 

「いくらでも責めてくれていい。私はそれだけのことをしたのだから」

 

「いえ、俺には責める資格はありません。あんたができるのはツグミが帰って来てから彼女に真実を告白し、許しを請うことだけです。俺が必ずツグミを取り戻しますから、あんたは首を洗って待っているんですね…と言いたいところですが、俺だけでは何もできないことが良くわかりました。どうか俺に力を貸してください。お願いします!」

 

そう言って迅は城戸たちに向けて深々と頭を下げた。

 

「おまえに言われるまでもない。織羽の娘は我々の娘でもある。()()が娘を助けるのに全力を尽くすのは当然のことだ」

 

城戸の言葉に忍田と林藤も頷いた。

しかし全力を尽くすと言っても敵からの連絡待ちという状態である。

ツグミがさらわれてからすでに5時間が経過している。

彼女の身に危害が加えられる心配はないとしても、不自由を強いられ不安でいるのだと思うと居ても立ってもいられない。

このまま解散したところで眠れるはずもなく、ただじっと待つしかない現状に焦る一方である。

 

「たぶんこれも敵の精神攻撃のひとつかな」

 

林藤がボソリと言った。

 

「これまでの奴らの行動パターンからすると、俺たちを苛立たせたり、精神的に衰弱させるなどして判断を鈍らせようというのかもしれない。もちろんそんなことで俺たちは心乱されることなく冷静に行動し、ツグミを取り返してなお(ブラック)トリガーも敵には渡さない。だろ?」

 

すると城戸、忍田、そして迅が黙って頷いた。

4人はそれぞれ深い後悔をしていた。

城戸は元凶となったミリアムの(ブラック)トリガーのことを誰にも話してはおらず、せっかく迅が未来視(サイドエフェクト)で「ツグミがいなくなる未来」を予測していたのに、キオンの襲撃を阻止できなかった。

忍田は自分がボーダー本部長であることを優先し、父親として娘を守ることができなかった。

林藤は自分が迅の防衛任務に付き合うよう勧めなければ誘拐されなかったと考えている。

そして迅はツグミを守ると固く約束しておきながら、一番大事なところで未来を読み逃すという大失態を演じたのだから、この4人の中では最も打ちひしがれていた。

彼らはそれぞれ自分の不手際でツグがさらわれたと思っている。

だからこそ()は絶対に失敗しない。

そのためにも敵への怒りはぐっと腹に収め、常に冷静沈着であろうと努めているのだ。

 

「それにしてもトリガーを起動できなくするトリガーなどという面倒なものを出されてはな…」

 

忍田がぼやく。

 

「ええ。俺の風刃は問題なかったですから、ノーマルトリガーに対してのみ効果が出るみたいです。それとリーダー格の男の空間操作の(ブラック)トリガーも厄介ですよ」

 

迅が最も危険視しているのがゼノンの使用する(ブラック)トリガーであった。

ツグミと引換にしてミリアムの(ブラック)トリガーを要求してくることだろうが、取引の際に彼女を確実に確保しなければミリアムの(ブラック)トリガーを奪われて、さらに彼女まで連れ去られる恐れがある。

彼女が適合者でなければ返してくれるようなことを言っていたが、それは信じていいものかわからないし、なにより適合者であったならそのままキオンに連れて行かれるのは明らかで、それが迅たちの一番恐れていることなのだ。

 

()()を使われたら問答無用で空間転移させられますからね、ミリアムの(ブラック)トリガーとツグミがセットになった時点でおしまいです。敵がどういう取引方法を指定してくるかわかりませんが、こちらのトリガーを起動させなくするトリガーと空間操作の(ブラック)トリガーの2点に対しての対策は必須です」

 

「嘘を見抜くことができるらしいサイドエフェクトの持ち主がいると聞いたが、そっちはどうだ?」

 

林藤が迅に訊く。

 

「そっちは…これは俺の憶測でしかないんですが、相手の言葉を()()だけではダメっぽいです。ツグミと(ブラック)トリガーの男の会話をそばで聞いていましたが、あえて同じ内容を彼女と直接会話して、その上で嘘をついていないと断定しました。もし会話に加わらないで第三者の立場でも能力が発揮できるなら、彼女と直接会話をしなくてもよかったわけです。つまりSE持ちのヤツと直接会話をしなければ問題はないんじゃないか、と。…あとこちら側に利があるとすれば、それは敵がミリアムの(ブラック)トリガーを見たことがないということです」

 

「どういう意味だ?」

 

「ここにいる4人の中で本物を見たことがあったのは城戸さんだけ。だから城戸さんが全然違うものを見せてそれをミリアムの(ブラック)トリガーだと断言すれば、俺と忍田さんと林藤さんはそれを信じてしまったはずです」

 

「なるほど…」

 

「もっとも偽物(フェイク)で騙そうとしても数分の時間稼ぎにしかならないでしょうけど、その数分が稼げれば勝てる可能性は出てきます」

 

「それはおまえの未来視(サイドエフェクト)か?」

 

城戸に訊かれた迅は首を横に振った。

 

「いいえ。俺にはまだ何も視えません。ただ ──」

 

迅がそこまで言いかけたところで携帯電話の着信音が鳴る。

急いで出てみると、発信者にツグミの名が表示されていた。

 

「ツグミか?」

 

「はい。ジンさん、わたしは今のところ無事です」

 

聞き慣れたツグミの落ち着いた声が聞こえ、迅は安堵すると同時にスピーカーモードへと切り替えて城戸たちにも会話の内容が聞こえるようにした。

 

「キオンの人たちのわたしの扱いは極めてジェントルで、コンビニ弁当ですけどちゃんと食事もさせてくれました。こうして元気である証拠の電話をかけさせてくれるくらいですから心配しないでください。こちらの隊長のゼノンさんに代わります」

 

ツグミはそう言って携帯電話をゼノンに手渡したらしく、すぐに男の声がした。

 

「俺はキオン諜報部隊隊長のゼノンだ。今の声で我々が人質を丁重に扱っていることはわかってもらえただろう。さて、用件に入る。そこにミリアムの(ブラック)トリガーの管理者がいるはずだ。そいつと話がしたい」

 

城戸がゼノンに呼びかけた。

 

「私がボーダー最高司令官の城戸だ。貴様たちの探しているミリアムの(ブラック)トリガーはここにある」

 

「それはいい。では受け渡しについては明朝8時にこちらから改めて連絡する。それを待て」

 

そう一方的に言い放つとゼノンは電話を切ってしまう。

ビジートーンが鳴り続ける携帯電話を迅に手渡す城戸。

そして皆に言った。

 

「聞こえていたと思うが、明朝8時に再び連絡をしてくるそうだ。ひとまずここは一時解散して各自休憩してくれ。明日、またここで連絡を待ち、その後対策会議を開く。とりあえずこの4人で作戦を練り、場合によっては玉狛第1のメンバーにも参加してもらうことにする。以上だ」

 

迅、林藤、忍田は黙って頷いた。

今は待つしかない。

できるのは十分に休息を取って、万全の態勢でツグミ奪還に力を尽くすことだけだ。

 

「城戸さん、俺、本部基地(ここ)の仮眠室を借ります」

 

迅が言う。

 

「俺は玉狛に帰るわ。あいつらもツグミのことで心配してるだろうし、状況を説明しておかないと暴動を起こしそうな連中だからな」

 

林藤はそう言って頭をポリポリと掻いた。

 

「私も仮眠室に泊まることにする。家に帰るよりも本部基地(ここ)にいた方が気が休まる」

 

ワーカホリック気味な忍田らしいが、娘が誘拐されて居場所がわからずにいるのだ、唯一の繋がりともいえる「迅の携帯電話」のそばにいたいと思うもの仕方がない。

そして城戸は3人を送り出し、机の上で手を組むと目を閉じた。

 

(織羽、あなたは私のことを恨んでいるだろうな…。迅の未来視(サイドエフェクト)でツグミが攫われるかもしれないとわかっていながらこのザマだ。迅に罵倒されても仕方がない。それはそのままあなたからの謗りでもあるのだから。…しかしあの子に真実を告げるかどうか悩んだ末に、あなたが近界民(ネイバー)であることとミリアムの(ブラック)トリガーの存在は成人したら教えるつもりでいた。このような最悪の形になってしまったのはすべて私のせいだ)

 

その姿はまるで机の上に置きっ放しになっているミリアムの(ブラック)トリガーに織羽の幻を見ているかのようで、神に許しを請う懺悔のように見える。

 

(あの子には適合者の可能性があるというあなたの手紙のことは皆には言わなかったが、キオンの連中が()()を手に入れれば必ずあの子に起動させ、適合者であるとして近界(ネイバーフッド)へ連れて行くだろう。()()がどうなろうと私はかまわない。ただあの子が連れ去られたら、私はどの面下げてあなたに会いに行けるだろうか?)

 

何を思ったのか、城戸はミリアムの(ブラック)トリガーを掴むと小さく呟いた。

 

「トリガー、起動(オン)

 

しかしミリアムの(ブラック)トリガーにも、城戸の姿にも変化はなかった。

 

「…やはり無理、か」

 

9年前に織羽の手紙によって真実を知り、その4ヶ月後の遠征で不本意ながら試すこととなり、城戸だけが適合者だと判明した。

しかしそれを二度と使うつもりはなく、本部基地の金庫の中に厳重に保管されていた。

その後、5年前の多くの犠牲者を出してしまった遠征の際には使用を考えたものの、結局使わなかった。

というよりも使えなかったと言った方が正しい。

わずか3年のうちに城戸のトリオン能力が減退していたのだ。

そして生き残った隊員8人と正隊員と認められたツグミの合計9人で再出発したボーダーであったが、ミリアムの(ブラック)トリガーについては適合者を探すことすらしなかった。

仮に探すとなればミリアムの(ブラック)トリガーの由来について説明せねばならない。

もちろんツグミにも織羽の正体、両親の死亡の真実が知られてしまうことになるのだ。

そこで躊躇しているうちに第一次近界民(ネイバー)侵攻があり、1200人以上の死者と400人以上の行方不明者を出してしまったのだった。

ここで「もし」を言っても詮なきことであるが、ミリアムの(ブラック)トリガーを使用することができれば被害をもっと抑えられたかもしれない。

ただ城戸は自分が実際に使ったことがある経験者であるから「使わなくて正解であった」と考えている。

彼の場合は敵の数が少なかったから暴走する前にストップできたが、第一次近界民(ネイバー)侵攻ではその数百倍の規模であったのだから、適当な時点で誰かが止めるなどということはできなかったはずなのだ。

そして使用者の制御が効かなくなったミリアムの(ブラック)トリガーは敵味方かまわず攻撃を続け、敵、味方、民間人の被害を拡大させただけでなく使用者本人も死亡したことだろう。

強大な力は制御できてこそ意味があり、暴走を許してしまう大量破壊兵器などあってはならない存在だ。

そんな危険な武器を所持する組織を政府が支援するはずがなく、逆に危険な団体であるとして解体を強制された可能性は高い。

現在の場所に本部基地を移転する際に金庫の中から一時的に出されたものの、すぐに新しい本部司令執務室の金庫の中に入れられた。

だから城戸本人も4年ぶりにミリアムの(ブラック)トリガーを視認したことになる。

 

「使わずに済めばそれが一番いい…。あなたも同じ気持ちでいるのでしょう、ミリアムさん」

 

城戸は答えるはずのないミリアムの(ブラック)トリガーに呼びかけ、再び目を閉じた。

 

 

 

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