ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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113話

 

 

林藤が玉狛支部に戻って来ると、ツグミのことを心配したレイジたちがミーティングルームで待機していた。

事件に遭遇したレイジと京介だけでなく、居住組の修、遊真、ヒュース、クローニンも一緒にいる。

 

「夜遅いので女性たちは家に送って行きました。心配して自分たちも残ると言っていましたが、状況がわかり次第メールを入れると約束して帰ってもらってます」

 

レイジが言い訳のように言う。

林藤は本部基地を出る時に敵から接触があり、明日の朝8時に再度連絡があるということをレイジに伝えていた。

それをレイジが皆に説明し、女性陣には帰宅してもらうことになったのだ。

しかし「あたしは事件の当事者なんだからここにいて話を聞く権利があるわ」と言う小南を説き伏せるのに時間がかかった。

この事件のいきさつを知りたいのは当然のことだが、ツグミのことが心配で帰宅したくないものだから理屈をこねているのが真相である。

そこでゆりの「任務以外のことで若い女性を深夜まで帰宅させないと林藤の責任が問われる」というもっともらしい理由で、小南も諦めざるをえなくなった。

その代わり明日の朝8時に全員玉狛支部集合で、いざという時には全員出動できるように待機するということで収まったのだった。

 

修たちはツグミがトリオン切れで任務やB級ランク戦に参加できないということと、生身の身体の不調があって実家に帰っていると聞かされていただけなので、彼女が近界民(ネイバー)に拉致されてしまったという話は寝耳に水の状態である。

レイジから大まかな話を聞かされたものの理解できずにいる部分が多い。

よって詳しいことを聞きたいと思うのも無理はない。

 

林藤はどこまでを話しても良いものか悩んだ末、ツグミの父親がボーダー創設に関わった近界民(ネイバー)であることと、キオンの諜報員が彼女をさらったのは近界(ネイバーフッド)からこちら側の世界に持ち込まれた(ブラック)トリガーを強奪するためであるという2点についてのみ説明した。

さすがに彼女の両親が近界民(ネイバー)に惨殺されたことや、ミリアムの(ブラック)トリガーの能力については伏せておいた。

特にミリアムの(ブラック)トリガーについてはついさっきまで林藤自身すら知らされていなかったトップシークレットである。

直接事件には関係ないことであり、余計な不安を煽りかねないという理由で説明はせずにおいたが、誰もが知りたいと思っているのは否めない。

しかしこれらはツグミ本人すら知らなかった事実である。

そんな事実を本人よりも先に聞いても良いものか考え、結局「いつかツグミが話してくれる時が来たらみんなで一緒に聞こう」ということで全員一致した。

 

林藤の話がひと通り終わってもすぐに「はい、解散」とはいかなかった。

なにしろツグミが近界民(ネイバー)との混血(ハーフ)であったことは皆にとってかなりショックであったし、近界(ネイバーフッド)から持ち込まれた謎の(ブラック)トリガーが20年経った今になって事件の元凶となっており、何とも言いようのない胸糞悪さで重苦しい空気が満ちているのだから。

ミーティングルームの中で誰ひとりとして声を発する者はなく、部屋を出て行こうとする者もいない。

何かきっかけでもあれば良いのだが、そのきっかけを作る者もいないものだから、ますます沈鬱な状況に陥っていく。

 

「リンドウ支部長、ちょっといいか?」

 

沈黙を破ったのはヒュースだった。

 

「アンタにだけ教えておきたいことがある。場所を変えて話したい」

 

近界(ネイバーフッド)や自分のことについてほとんど話さないヒュースが情報提供をするというのは非常に珍しいことである。

昨夜、迅にはトリオン兵の特殊性や(ブラック)トリガーを集めているといったキオンの情報を教えた。

理由は「敵の敵は味方」であり、世話になったツグミに恩返しをしたいというもの。

おそらく林藤にも同じ理由で何らかの情報を与えようというのだ。

ただ内容が他のメンバーに知られたくないというものであれば、その情報がどのようなものかは想像がつく。

 

「わかった。一緒に俺の部屋に来い」

 

林藤はヒュースにそう言うと、続けて他のメンバーに言った。

 

「今夜はこれでひとまず解散。明日、俺は本部に行って敵の連絡を待つ。そして新しい情報が入り次第、レイジに伝える。よっておまえたちは玉狛支部(ここ)で待機。いいな?」

 

「はい」

「……」

 

それぞれが小さく返事をしたり、ただ黙って頷いたりしてミーティングルームを出て行った。

 

 

 

 

林藤とヒュースは支部長室でふたりきりになった。

 

「リンドウ支部長、さっきの話だが…エウクラートンから持ち出された(ブラック)トリガーとはミリアムの(ブラック)トリガーのことではないか?」

 

ヒュースは先月の大規模侵攻で捕虜になるまでは近界(ネイバーフッド)最大の軍事国家のエリートであったわけだから、他国の情勢についても知っていて不思議はない。

特に(ブラック)トリガーについては戦況を左右するほどのものであるから、どの国でも興味はあるだろうし、手に入れたいと思うものだ。

 

「どこまで知っているんだ?」

 

林藤に訊かれ、ヒュースはニヤリとした。

 

「否定しないということは肯定ということだな。ならば教えてやろう。ミリアムの(ブラック)トリガーのことは多くの国で知られているが、その在り処は不明だということになっている。様々な噂があるのだが、そのどれもが信憑性の低いものばかりで、どの国も(ブラック)トリガーを欲しがっているものの、実際のところは時間と手間が掛かるばかりと入手はほぼ諦めている。その中でキオンだけが特殊な例で、熱心にミリアムの(ブラック)トリガーを探しているということだ。おそらく奴らだけがミリアムの(ブラック)トリガーの能力について身をもって知ったものだから、どうしても手に入れたいのだろうな。そうでなければ20年も探し続けることはないし、さらに玄界(ミデン)まで足を伸ばすことまではしない。奴らの戦争の目的は食糧を生産する労働力の確保だ。ミリアムの(ブラック)トリガーのことがなければ玄界(ミデン)に興味すら抱かなかっただろう」

 

「様々な噂」というのが過去に有吾が近界(ネイバーフッド)で広めた「偽情報」で、そのおかげでこちら側の世界にキオンの手が及ぶのが遅れることになったが、その分多くの国がミリアムの(ブラック)トリガーの存在を知ってしまったのだった。

 

「それでミリアムの(ブラック)トリガーの能力がどんなものかおまえは知ってんのか?」

 

林藤に訊かれ、ヒュースは首を横に振った。

 

「オレは知らない。というより、名称と『絶大な破壊力を持つ』という噂だけが広まっているだけで、実際にどんなものなのかを知っているのはキオンの連中だけだろう。なにしろミリアムの(ブラック)トリガーが使われたのは2回だけで、生存者の証言しか情報はないのだからな」

 

「なるほど…」

 

「ただ…仮に今回キオンを撤退させたとしてもミリアムの(ブラック)トリガーをボーダーが管理していることが知られれば、このようなことは今後も続くに違いない。さらに他国がこの情報を手に入れれば、キオンの他にも同じような連中がやって来る恐れがある。そうなるとツグミだけでなく他のボーダー隊員や民間人を人質にしてミリアムの(ブラック)トリガーを要求してくることは目に見えている。使用しなくても絶大な破壊力を持つ(ブラック)トリガーを所有しているということは、他国の侵略の抑止効果を得られるからな。ボーダーは面倒なことになるぞ」

 

「…だろうな」

 

「まあ、ひとまずキオンに奪われるとアフトクラトルも面倒なことになる。よって今回の事件に関してはオレも協力しよう。もっとも情報を提供するくらいしかできないがな」

 

「それで十分だ。助かるよ」

 

敵はキオンという未知の国の人間とトリガーであるから、ヒュースの持つ情報は非常に貴重である。

それに理由はともかく協力するという意思は、今後の彼の行動 ── B級ランク戦や遠征にも良い影響を与えるはずなのだ。

 

「まずはツグミの身柄についてだが…、キオンという国は人口の約7割が男で、約3割が女で構成されている。よって女を大切に扱い、礼儀正しい態度で接する。今のところは心配しなくても良かろう」

 

「そうか…」

 

胸をなで下ろす林藤だが、ヒュースは釘を刺すのも忘れない。

 

「ただしアイツが愚かなことをしないことが条件だ。キオンの男は女に対して優しいが、それは一般論。ヤツラは諜報員で、祖国の任務のためならどんな汚い手を使ってでも遂行する。だから怪しい行動をすればすぐに拘束されて不自由を強いられる。そして逆に奴らがツグミのことを気に入ったとなれば、連中の内の誰かが嫁にするために連れて行く可能性もなくはない。女はキオンにとって貴重な()()()()でもあるんだ。ミリアムの(ブラック)トリガーの適合者なら当然だが、そうでなくても高い価値があるのだと常に覚えておいたほうがいい」

 

「……」

 

「キオンに限らず近界(ネイバーフッド)の国々は玄界(ミデン)と比べて人口が少ない。トリオン目的で連れ去った玄界(ミデン)の人間は男なら問答無用で兵士にするが、女は兵士にして死なすよりも相応しい使い道がある。それでも兵士になるよりはマシかもしれん。なにしろ戦場では真っ先に死ぬのは捕虜や玄界(ミデン)から連れ去った人間だ。それに捕虜の扱いは酷いものだぞ。玄界(ミデン)には捕虜の扱いに関するルールがあるそうだが、近界(ネイバーフッド)にはそんなものはないからな」

 

「おまえの国でもそうなのか?」

 

「その質問については答えられない。まあ、ツグミのことはアイツの態度次第だ。こちらが気を揉んでも意味はない。それよりもキオンの戦力について話そう。ゼノンとかいう隊長格の男の持つ空間操作の(ブラック)トリガーについてだが、それとほぼ同様のものはアフトクラトルにもある。それはアンタたちも知っているはずだ」

 

「ああ。そのせいで散々痛めつけられ、修は死にかけたくらいだからな」

 

「だがキオンのものは我々のものとは少し違う。たぶんキオンの(ブラック)トリガーには攻撃能力がなく、空間操作()()()()()()と思われる」

 

「どういう意味だ?」

 

「さっきの話によるとゼノンはジンたちと対峙した時にはノーマルトリガーで武装していたが、逃走のために(ブラック)トリガーを起動している。それはリヌスという男がツグミを確保するまでの時間稼ぎで、ジンたちと戦う必要があったからだろう。ゼノンの(ブラック)トリガーが攻撃にも使えるものであれば、わざわざノーマルトリガーを持つ必要はない」

 

「なるほどな…」

 

「よって奴にノーマルトリガーを使わせている間は(ゲート)による逃走は阻止できる。しかしこれは複数での戦闘に持ち込まなければ使えない作戦だ。それに敵はツグミを人質にしているのだし、こちらのトリガーを起動させないトリガーを持っているようだから難しいだろう」

 

「うむ…」

 

「さらに地の利はこちらにあるといっても、奴らはかなり時間を掛けて玄界(ミデン)とボーダーの調査をしているようだから油断はできない。唯一こちらに有利な点があるとすれば、それは人質になっているのがツグミであるということだ」

 

「そりゃ、どういうことだ?」

 

「仮に誘拐されたのがチカだとしたら、今頃は怯えて泣いているだけだろう。だがツグミは違う。どのような不利な状況であっても諦めず、反撃のチャンスを虎視眈々と狙うタイプだ。アイツには他人の懐に入り込んで、いつの間にか自分のペースに引きずり込んでしまう力がある。アイツの言葉には耳を傾けざるをえなくなる()()があるようだ」

 

ヒュース自身がツグミとの毎日のやり取りの中で彼女のペースに引き込まれたと認識している。

美味しい料理に釣られたという部分もあるが、彼女の言葉の中には頑なな心を解きほぐす力があると感じていた。

初めのうちは他人の心の中にずけずけと踏み込んで来る無遠慮な人間だと毛嫌いしていたが、誰にでもフレンドリーなだけのだと気が付いた。

彼女は偏見を持たず無邪気に笑顔を向ける幼い子供のような純粋さを持ち、同時に会話の端々から相手の人柄や性格を読んでその人間に合った接し方をするという大人の部分もある。

そんな彼女に好意を抱き、さらに世話になったという恩を感じているから、アフトクラトルへ帰還する前にその恩返しをしたいという気持ちになって情報提供しているのである。

 

「強化視覚がサイドエフェクトでないということだから、相手を自分のペースに引きずり込んでしまうその力こそがアイツのサイドエフェクトなのかもな、ハハハ…」

 

林藤がふざけて言うが、そうであるとも否とも断定はできない。

 

「サイドエフェクトはともかく、アイツは何もせずおとなしく人質役を演じるような性格のはずがない。少なくともアイツのことだから不安や恐怖でメンタルをやられることはなかろう。例のトリオン兵のせいで一時的にずいぶんとダメージを受けていたが、すっかり元に戻ったようだからな。案外、今頃キオンの連中を上手く丸め込んで自分のペースに乗せているかもしれないぞ。アイツならやりかねん」

 

「だと良いがな。…ともかく貴重な情報提供、感謝する。おまえもツグミのことが心配だろうが、早く休んで明日に備えてくれ。場合によってはおまえの持つ近界(ネイバーフッド)知識が必要になってくるかもしれん」

 

「言われるまでもない。…それからひとつ言っておくが、オレはツグミのことを心配などしてはいない。アイツが無事に戻らないとヨータローが悲しむ。それが心配なだけだ」

 

ヒュースは不機嫌そうに言い捨てると支部長室を出て行った。

 

 

(ここに来たばかりの時は罠にかかった野生動物のような目をしていたヒュースがずいぶんと懐いてくれたもんだな…。2年前の遠征でもツグミは捕虜にした近界民(ネイバー)に対して情けをかけた。そのせいで自分が懲罰食らうことになったわけだが、本人はまったく後悔していなかった。あいつには近界民(ネイバー)に対して先入観や偏執がないからなんだろうが、もし自分の両親が近界民(ネイバー)に殺されたと知ってなお同じように接することができるんだろうか…?)

 

林藤にはツグミを無事奪還しても、彼女がこれまでの彼女でいられなくなることに不安を感じていた。

5年前の遠征で10人もの()()を喪ったことにより、「自分の弱さ」と「近界民(ネイバー)を憎む心」が生まれて()()()しそうになったツグミだが、なんとか立ち直ることができた。

以後、彼女が時々自身の弱い気持ちに打ち勝つために早朝の訓練室で精神統一をしていることを林藤は知っている。

ツグミの近界民(ネイバー)と仲良くしたいという気持ちに偽りはないのだが、近界民(ネイバー)によって大切なものを奪われたことで憎んでいる気持ちがあるのも事実。

彼女は強い意思で「近界民(ネイバー)を憎む心」を抑え込んでいる。

しかしここで両親を奪ったのが近界民(ネイバー)だと知れば、彼女の自己同一性(アイデンティティ)の崩壊に繋がりかねないのだ。

もちろんできる限り隠し通すつもりだが、彼女が()()を求めた時に拒否することはできない。

 

(まあ、それはあいつを無事に取り戻してから考えよう。それにあいつには俺と忍田と城戸さんといった()()がいて、迅たちのような血が繋がらない()()()()()たちもいる。俺たち()()の力で()()()()()を回避しなければ織羽さんや美琴さんに顔向けできねぇ。…さて、俺もそろそろ休むとするか。明日は決戦だからな)

 

そうは言ってもなかなか寝付けない林藤が眠りに落ちたのは明け方近くになってからだった。

 

 

 

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