ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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114話

話はツグミがキオンの3人組に拉致された時点に遡る。

 

ゼノンのタキトゥスの(ブラック)トリガーによってキオンの遠征艇に強制転送されてしまったツグミ。

そのため彼女は自分がどこにいるのかまったく見当が付かずにいる。

 

(ここが三門市内なのか、他の場所なのか全然わからない。ひとまず落ち着いて状況を把握し、()()するチャンスを見付けなきゃ)

 

30分ほど前、ゼノンたちはツグミを遠征艇の中で監禁した状態にして出掛けてしまった。

遠征艇に到着してすぐにトリガーと携帯電話を取り上げられてしまっているから連絡は取れないし、外から鍵をかけられているので逃げ出すこともできない。

だからといってただ待っているだけなのは性に合わないと、彼女は遠征艇内を歩き回って情報収集をしていたのだ。

 

ツグミはひんやりとして無機質な室内をぐるりと見回した。

そこは遠征艇内でもっとも大きな部屋で10畳ほどの広さがある。

作戦室らしく中央に畳1枚分ほどの大きさの机が置いてあり、椅子が3辺にひとつずつ置かれている。

 

(椅子が3つ…ということは、この隊は3人組ってことなのかな? これだけで判断するのは危険だけど、姿を見ているのも3人だけだから可能性は高いわね)

 

そして部屋の一角には段ボールの箱が十数個積み重ねてあり、そのうちの半分は「○○の天然水」と書かれた2リットル入りペットボトルのミネラルウオーターであった。

 

近界民(ネイバー)であっても生きていく上で水は必要だもの。…で、こっちは何だろ?)

 

別の大きめの箱を開いて中を覗いてみると何種類ものカップ麺が詰め込まれていた。

 

「勝手なことするんじゃねーよ」

 

ツグミを咎めたのはテオである。

いつの間にか戻って来ていたようで、彼はコンビニのレジ袋を手に提げている。

 

「ああ、驚いた。急に声をかけるものだからビックリしたじゃないの…。悪かったと思うけど、近界民(ネイバー)の遠征艇の中に玄界(ミデン)のものが置かれていれば、それが何なのか気になるじゃない? カップ麺がたくさん入っていたけど、いつもあんなものを食べているの?」

 

「その質問に答える義務はないが、まあいいだろう。特別に教えてやる。普段は戦闘糧食と呼ぶ長期保存の効く金属製密閉容器に入ったものをオレたちは食べている。しかしそれだけでは足りないし飽きてしまうので、訪れた先の食料を入手してそれらを食べるのだ。玄界(ミデン)には近界(ネイバーフッド)にない珍しいものがたくさんあり、その中でも湯を注ぐだけで食べることのできる『カップ麺』は非常に興味深い。これらは帰国の際に持って行こうと用意をしておいたものだ」

 

ずいぶんと偉そうな口調で説明するテオ。

 

「お土産ってことなのね。でもまだ無事に帰国できるかどうかわからないのに、もうお土産を買ってあるなんて性急過ぎるんじゃないかしら?」

 

ツグミが少し皮肉を含めて訊くと、テオは眉間にしわを寄せて言った。

 

「人質のくせに生意気な口を利くな。それとも虚勢を張っているつもりか?」

 

「人質だからといって慎ましくしていなければならないなんてルールはないわよ」

 

「フッ、口は達者のようだが、武器(トリガー)を持たないおまえに何ができる?」

 

「何もできなくても希望は捨てません。必ず助けが来ると信じているもの」

 

「信じるのは勝手だが、あまりふらふらと歩き回るんじゃない。次に余計なことをしたら身体を拘束するぞ」

 

「それは嫌だから歩き回るのはもうやめるわ」

 

そう言ってツグミは近くにあった椅子に腰掛けた。

 

「そうだ。そうやっておとなしくしていれば危害は加えない」

 

ツグミとテオがそんな会話をしていると、ゼノンとリヌスのふたりが作戦室に入って来た。

ふたりもテオ同様にそれぞれ両手にコンビニのレジ袋を提げている。

どうやら彼らは3人一緒に食料の買い出しに行って来たようで、テオが机の上に弁当やペットボトル入りの飲料を並べ始めた。

 

「おまえはこれでいいよな?」

 

そう言ってツグミの前にチキン南蛮弁当と緑茶を置く。

 

「あ、ありがとう…」

 

ツグミは礼を言うと、テオの動きを見守る。

彼は手際良くハンバーグ弁当やカツカレーなどを並べ、戦争用の机がささやかな晩餐のためのダイニングテーブルに変わった。

そしてテオはミネラルウオーターの箱を引き摺って来ると、それを椅子代わりにして腰掛ける。

ツグミが座っているのは彼の椅子であったようだ。

 

「ごめんなさい。この椅子、あなたのだったのね? わたしが箱に座るわ」

 

詫びを言って立ち上がろうとするが、それをゼノンが制する。

 

「きみは座っていなさい」

 

「でも…」

 

「キオンの男は女性を大切にする習慣があり、特に若い女性に対して敬意を払うことが美徳とされている。椅子が足りないのだからきみに席を譲るのは当然だ」

 

「そういうことですか…。でもわたしを拉致った人たちに親切にされるのって何だかヘンな気分です」

 

「きみをさらったのは任務なのだから仕方がない。それにきみは人質ではあるが捕虜ではないのだから客人として扱うのは当然だ」

 

「なるほど、納得しました。でしたら遠慮なく座らせてもらいます」

 

ツグミは座り直すと両手を合わせた。

 

「いただきます」

 

ツグミが「いただきます」と食前の挨拶をすると、リヌスが彼女に視線を向ける。

するとツグミもそれに気付き、説明をした。

 

「ああ、これはわたしたち玄界(ミデン)の人間が食前にする挨拶で、食材を生み出す大地の恵み、食材となった生き物の命や生産に携わった人たちへの感謝の気持ちを表す言葉なんですよ。そういう挨拶をする習慣がないと不思議に見えますよね?」

 

「いや、私の祖国では言葉にはしないが、感謝の気持ちを心の中で唱える。玄界(ミデン)にも似たような習慣があると知って少し驚いただけだ」

 

他愛のないことだがリヌスはツグミと共通する部分を見付けたことで少しだけ彼女に個人的興味を持ったようだ。

しかしゼノンとテオは特に気にしていないといった感じで、自分の弁当を黙々と食べている。

 

「食事の時におしゃべりするのはマナー違反になりますか?」

 

ツグミがリヌスに訊く。

すると不思議そうな顔をするが素直に答えてくれた。

 

「別にマナー違反ではないが、キオンでは食事の際に会話をすることはあまりない。しかしなぜそんなことを訊く?」

 

玄界(ミデン)では食事の際に楽しい会話をして料理を楽しむのが普通なものですから。でもキオンでは会話をしないなら、わたしも黙って食べます。『郷に入っては郷に従え』と言いますから。…あ、この場合だと郷と言うべきは玄界(ミデン)の方ですね、ヘヘッ」

 

照れ笑いをしてツグミも黙って弁当に箸をつけた。

 

(4人も同席していながら誰も喋らないなんてつまらないというよりはちょっと不気味。この人たちにとって食事は単なる栄養源の補給でしかないのかも。…そういえば、わたしがさらわれたってことで玉狛のみんなだけでなく真史叔父さんや城戸司令たちも心配しているはず。暢気に食事なんてしていられるわけがないのに、わたしだけがこうしてご飯を食べられるのって申し訳ないな…)

 

「食欲がないのか? それともその弁当がきみの口に合わないんだろうか?」

 

その声の主は不安げな顔のリヌスであった。

迅や忍田たちのことを考えてながらの食事なものだから、ツグミは箸が進まずにいた。

その様子を見たリヌスが彼女のことを心配して訊いたのだ。

 

「いえ、そんなことはありません。…ただ今頃わたしの()()が心配しているだろうと考えていたものですから」

 

「そうか…。だがこれも任務のためだ。勘弁してくれ」

 

「勘弁してくれと言われて『はい、わかりました』とは言えませんよ。でもお気遣いは嬉しいです。これもキオンの習慣だからですね?」

 

「もちろんそれもある。しかし私はきみに個人的な恨みがあるわけではないし、むしろきみのことを気の毒に思っているくらいだ」

 

そんなリヌスの言葉にゼノンが釘を刺す。

 

「リヌス、あまり人質に情けをかけるな。任務に差し支えがあっては困るぞ」

 

「…すみません。以後気を付けます」

 

リヌスが頭を下げ、再び弁当を食べ始めた。

そして今度はゼノンがツグミに言う。

 

「この後、きみの仲間に連絡をすることになるが、その時にきみにも少し時間をやる。きみが無事でいることを伝えてやるといい」

 

「はい、わかりました。キオンの男性は優しいんですね。もしみなさんに()()というものがなければ良い友人になれそうなのに残念です」

 

「確かにそうかもな。…とにかく無駄話をせずに早く食べてしまいなさい。これから俺たちは忙しくなるのだからな」

 

忙しくなる…それはミリアムの(ブラック)トリガーを手に入れるためにボーダーと交渉するための作戦を練るためである。

場所を指定して呼び出し、そこで人質のツグミと交換することになるのが、まだ具体的な作戦はできていないのだ。

 

 

 

 

ゼノンたちが先に弁当を食べてしまい、ツグミが最後となった。

そこでツグミは空になった弁当の容器やペットボトルをレジ袋の中に放り込んでいるテオに声をかけた。

 

「後の片付けはわたしがやります」

 

「いいよ、オレがやるから。おまえは何もしなくていいんだよ」

 

キオンの男性が女性を大切にする習慣があるというのは年長者だけでなく若年者にも浸透しているらしい。

ツグミにとってありがたいことだが、居心地が悪いのも事実。

落ち着かないので周囲をキョロキョロしていたが、床に落ちている紙片が目に入った。

何気なく拾ってみると、それはコンビニで買い物をした時のレシートである。

弁当を取り出す時に、中に入っていたレシートが床に落ちたのだろう。

 

(これ…サンデイマートのレシートだ)

 

サンデイマートとは全国展開している中堅のコンビニチェーンで、三門市内に5軒ある。

 

「何やってんだよ?」

 

ツグミが妙な動きをしたことをテオが目敏く見つけた。

 

「床に紙が落ちてたから。これ、ゴミみたいだから一緒に捨てておいてちょうだい」

 

そう言って無関心を装ってテオにレシートを渡した。

 

「ああ、買い物した時に店員が寄越す紙か」

 

テオはレシートの意味がわからないようで、手でくしゃっと握りつぶしてゴミ袋に入れた。

 

(サンデイマートの三門河原町店ってことは、本部基地からほぼ真北3キロメートル。きっとこの店が遠征艇に一番近いコンビニなんだろうな。温めた弁当が少し冷めていたってことは、店から徒歩5分から10分。そうなると…)

 

ツグミは三門市内の地図を頭の中に思い描いた。

 

(店から北東に800メートルくらい行ったところに廃工場があったっけ。大きな倉庫もあったはずだから、その中にこの遠征艇を隠してあるのかも。艇はバッグワームみたいなトリガーを使ってトリオン反応を消していればボーダーには見つけられないし、周囲に人家はほとんどなくて警戒区域外だから巡回もない。倉庫の中は周囲から視覚的に隠せるから都合が良いものね…)

 

監禁されている場所は見当が付いたものの。監視の目を盗んで逃げ出すのは不可能である。

ここは無茶をせずに情報収集に徹するべきだと、ツグミはゼノンたちの動きを目で追った。

 

(この人たちはわたしがボーダー隊員だから常に(ブラック)トリガーを所持していると思っていたみたいだけど、そのわたしが存在自体を知らなかったということで予定外の展開になってしまった。当初は(ブラック)トリガーを持っているわたしを攫って任務完了だったんだろうけど、そうはいかなくなった。展開によってはまだこちらにも勝機はあるわ)

 

孤立無援の状態ではあるが、ツグミは希望を失っていない。

どんな悪条件であっても自分の持つ経験や知識をフル活用して乗り越えてきたという自信があるからだ。

 

(今頃ジンさんたちがヤキモキしながら連絡を待っているんだろうな…。キオンの手の内がわからないから余計にイライラするはず。早く連絡して無事だということを伝えたいけど、今はまだ我慢しなきゃ)

 

ツグミは迅から貰った指輪を見つめ、心の中で祈った。

 

(どうか誰も傷付かずにすべてが丸く収まりますように…)

 

そして指輪に軽く口付けをしたのだった。

 


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