ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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115話

机の上を片付け終わると、リヌスが三門市とその周辺が載っている大型の地図を広げた。

そして3人が集合し、相談を始める。

 

「あの、わたしは席を外している方が良いっぽいんですけど…」

 

ツグミが遠慮がちに言うと、ゼノンが首を横に振る。

 

「いいや、きみにはここにいてもらいたい。訊きたいこともあるからな。…さあ、始めよう」

 

ゼノンたちが会議を始めた。

 

「まず目的の(ブラック)トリガーを所持している人間を特定しなければならない。それがわからなければ取引はできないからな。そこできみに訊く。きみの知る範囲でミリアムの(ブラック)トリガーを所持していそうな人物はわからないだろうか?」

 

普通なら知っていても敵に教えるなどという愚かなことはしないが、ミリアムの(ブラック)トリガーが手に入らなければいつまでも解放されない。

それにいくら女性に対して礼儀正しいと言っても、最優先は任務遂行であるから膠着状態が続けば扱いも容赦なくなるだろう。

そこで素直に言うことにした。

 

「たぶん城戸司令なら何かを知っていると思います。むしろこの人が知らないというのであれば、他の誰も知らないということになります」

 

「それ、本当だろうな?」

 

テオが改めて訊く。

ツグミの言葉が嘘か本当かを確認するためだ。

 

「本当よ」

 

彼女がそう答えると、テオはゼノンに向かって答えた。

 

「こいつの言っていることに嘘はないです」

 

「そうか。ならば次の質問だ。きみは父親が近界民(ネイバー)であることを知らなかったのか?」

 

ゼノンに訊かれ、正直に答える。

 

「はい。幼い頃に死に別れていますからあまり記憶にありませんし、顔も玄界(ミデン)の人間と見分けがつかないくらいソックリでしたから」

 

「うむ…これは確認しなくても嘘ではなさそうだな。では…」

 

それからツグミはいくつか個人的なことを訊かれ、そのすべてに正直に答えた。

嘘をついてもすぐにバレるのだし、「大きな嘘をつくためには小さな真実を積み上げることが必要である」という言葉を思い出して「真実とは言い難いが嘘ではない」返事をする。

そのおかげでゼノンたちは信用する…とまではいかないものの、彼女の言動を疑わなくなっていった。

さらにこともあろうか人質である彼女に相談までしてきた。

 

「ミリアムの(ブラック)トリガーときみの交換を行う場所なのだが、どこか都合が良い場所はないだろうか?」

 

ゼノンの質問にツグミは目を丸くする。

 

「都合が良い場所って…それを人質のわたしに訊きますか? そもそも誰にとって都合が良いという意味なのかわかりませんけど」

 

「当然我々にとって都合が良い、という意味だ。なにしろきみはこの街の人間だ。我々よりも地理に詳しいはず。それに我々に都合が良い場所がきみたちにとって都合が悪いとも言い切れない。我々とボーダーは対立しているが、両者に共通する部分もあるのだからな」

 

ゼノンの言うとおりである。

両者とも「騒ぎを大きくしたくはない」という気持ちは同じである。

キオン側は事が大きくなって本格的な戦闘となると人数が少ないことが不利になる。

ツグミはキオン側がゼノンとリヌスとテオの3人だけだと考えている。

その根拠は遠征艇の作戦室に椅子が3つしかないことである。

隊員全員が集まって相談をすることもあるだろうから人数分の椅子がなければおかしい。

だから姿を見せていないのではなく、初めからこの3人しかいないと判断した。

いくら手練でもボーダー側の戦力を総動員されたら負けは確実である。

さらにボーダー側も城戸が幹部や古手の隊員にすら隠していた(ブラック)トリガーなのだから、その存在を公にはしたくない。

玉狛支部のメンバーには知られてしまったが、これ以上知られるのは都合が悪い。

よって取引の場所としては民間人に見られない場所であることが必要だ。

見られたら不審者がいるということで警察に通報され、さらにはボーダー本部にも連絡がいく恐れがある。

そうなると待機任務または巡回している隊員が駆け付けてくるだろう。

それはキオン・ボーダーどちらにとっても非常に都合が悪いことになるのだ。

ならば初めから民間人が介入してこない場所を取引に使うべきである。

 

「それなら…」

 

ツグミは地図の一点を指で示して言った。

 

「…ここが良いでしょう。この三門山の中腹には小さな公園があります。殉職したボーダー隊員の慰霊碑がある場所で、民間人はここに立ち寄ることは滅多にありません。さらにここは警戒区域外で、街の中心部からもだいぶ離れていますから通常の防衛任務での巡回はありません。部外者が介入する可能性は非常に低く、適度な広さがありますから()()()戦闘になっても問題ありません」

 

するとゼノンが失笑する。

 

「戦闘にはならんさ。こちらには玄界(ミデン)のトリガーを無効化するトリガーがある。それに初めからトリガーを使われぬよう、取引には戦闘員以外の人間を指名する」

 

「だとすると城戸司令しかいませんね。現役を退いても戦える人はいますが、城戸司令は4年半前の戦いの後は一度も戦闘に参加していません。トリオン能力の衰えによって戦えなくなったと聞いています」

 

ツグミの言葉の確認のために、テオが割って入る。

 

「それは嘘じゃないよな?」

 

「もちろん。あなたにはわたしの言ってることが嘘じゃないってわかるでしょ?」

 

「ああ。確かに嘘じゃないな」

 

テオがいることで迂闊に嘘はつけないが、ツグミの言葉に嘘がないこともわかってもらえる。

素直に従っていることで、ゼノンたちの猜疑心がほぐれつつあることを彼女も感じていた。

 

「この場所だと東側にある山の山頂からが狙撃に都合が良いですね」

 

リヌスが地図を見ながらゼノンに言う。

 

「ふむ、たしかにそうだな」

 

ふたりの会話を耳にしたツグミは違和感を覚えた。

 

(東側の山って…たしかに東側には三門山より少しだけ低い日守山というのがあるけど、山頂と公園の距離は約1600メートル。そんな距離の狙撃ができるってこと? …ということは、もしかしてこの人もわたしと同じ強化視覚の持ち主なのかも?)

 

ツグミはリヌスの顔をちらりと見た。

 

(一般的な近界民(ネイバー)は目や髪の色、雰囲気が全然違うのでこちら側の人間との区別がしやすい。でもリヌスさんは近界民(ネイバー)だと言われなければわからないほどわたしたちに良く似ている。こちら側の世界の人種の分類で言うと、ゼノンさんとテオくんがコーカソイドで、リヌスさんはモンゴロイドってカンジかな? ゼノンさんとテオくんがキオンの人間だとしても、リヌスさんは明らかに違う。もしかしたら彼もエウクラートンの人間なのかも? だとすれば狙撃用トリガーを使うのは当然よね…)

 

ゼノンたちとボーダー側が取引をする際、リヌスが離れた場所から狙っているとなればボーダー側は迂闊な行動はできなくなる。

 

(離れた場所から狙撃手(スナイパー)が狙っているとなると、そう簡単に手出しはできないし、なによりバッグワームみたいなトリガーを使われたら居場所は特定できない。彼の強化視覚能力と地の利を活かした作戦と言えるわね。…なんて感心している場合じゃない。この情報を伝えることができないということは、ボーダー側にとってすごく不利になるってことだもの)

 

ボーダー側にとって最悪の事態とはミリアムの(ブラック)トリガーを奪われ、さらにツグミも近界(ネイバーフッド)へ連れ去られるということ。

人質を取っているキオン側が交渉の主導権を握っているわけだが、ツグミは疑問を抱いていた。

 

(この人たち、わたしに計画を聞かれていても平気な顔をしている。携帯電話を取り上げてわたしが外と連絡が取れないようにしているし、絶対に逃げられないという自信があるからなんだろうけど、あえてわたしに聞かせるということで何か企んでいるのかもしれない。相手は諜報活動のプロだもの、気を付けて行動しなきゃ)

 

さらに気になることはある。

 

(ところで…この人たちはミリアムの(ブラック)トリガーの実物を見たことがあるのかしら? 起動してみれば一発でわかるけど、適合者がいなければアウト。本物かどうかはテオくんのサイドエフェクトで確認することになるのかな? …わたしが適合者だったらキオンに連れて行くようなことを言っていたから、まずはわたしに試させる気なのかも)

 

 

◆◆◆

 

 

それからしばらくして、ゼノンがツグミに彼女の携帯電話を手渡した。

 

「これで今日きみが一緒にいた男に連絡をしてくれ」

 

「はい…」

 

取引の窓口として迅を指名してきたのは当然のことである。

今回の拉致に関してもっとも詳しい人物であり、ツグミが親しくしているということはずっと後をつけていたゼノンたちも承知しているのだから。

ツグミも早く迅たちに自分の状況を伝えたいので素直に従った。

 

「ツグミか?」

 

迅の声を聞いたとたん、ツグミは気が緩んでしまい涙ぐんでしまう。

ツグミが拉致されてまだ5時間しか経っていないというのに、ずっと長い間離れ離れになっていたように感じたからだ。

 

「はい。ジンさん、わたしは今のところ無事です」

 

ぐっと涙を堪え、平静を装いながら続けた。

 

「キオンの人たちのわたしの扱いは極めてジェントルで、コンビニ弁当ですけどちゃんと食事もさせてくれました。こうして元気である証拠の電話をかけさせてくれるくらいですから心配しないでください。こちらの隊長のゼノンさんに代わります」

 

ツグミはそう言って携帯電話をゼノンに手渡す。

 

「俺はキオン諜報部隊隊長のゼノンだ。今の声で我々が人質を丁重に扱っていることはわかってもらえただろう。さて、用件に入る。そこにミリアムの(ブラック)トリガーの管理者がいるはずだ。そいつと話がしたい」

 

すると迅に代わって城戸がゼノンに呼びかけた。

 

「私がボーダー最高司令官の城戸だ。貴様たちの探しているミリアムの(ブラック)トリガーはここにある」

 

「それはいい。では受け渡しについては明朝8時にこちらから改めて連絡する。それを待て」

 

ゼノンはそれだけ言って、一方的に電話を切ってしまった。

そしてそのままツグミの携帯電話を自分の上着のポケットに入れてしまう。

もっとも返してもらえるとは思っていないからツグミも諦めている。

 

(でも…ジンさんや真史叔父さんたちとの繋がりを断たれたみたいですごく辛い)

 

迅の声を聞いたことで、逆に里心がついたというか、無性に帰りたくなってしまったのだ。

 

「無事に帰りたいのなら、もうしばらく我々に従ってもらおう」

 

ゼノンが言う。

そして大きくため息をついてから続けた。

 

「我々の目的はミリアムの(ブラック)トリガーの奪取と、オリバの娘の連行だ。しかし君が我々に協力的であり優しい心の持ち主であることを知って家族と引き離すのが不憫に思えてきた」

 

「……」

 

「正直言って我がキオンでは女性の数が非常に少なく、子を産める若い女性が必要なのだ。できることなら君にも来てほしいし、強引に連れて行くことも可能だ。しかしきみがジンという男の声を聞いた途端に目に涙を浮かべる姿を見てしまい、柄にもなく自分のやっていることに罪の意識を感じてしまった」

 

「……」

 

「俺は祖国キオンを愛している。玄界(ミデン)に比べれば貧しく、きみたちから見ればつまらない国だろうが、それでも俺やテオにとっては生まれ故郷であり、家族のいる国なのだ。だから祖国の命に背くのは心苦しいが、きみを家族から引き離すのはもっと心苦しい」

 

「……」

 

「もし電話をした時にこちらの情報を漏らすようなことがあれば当初の予定通りにきみを連れて行くつもりだったが、きみは家族に自分の身の安全だけを告げ、余計なことを喋らなかった。人質ならこういった場合は助けを求めて泣き叫ぶものだが、きみはとても行儀が良かった。もっと話をしたかっただろうがすぐに俺に代わって話をさせたのも自制的で好ましい態度だ。そこで適合者であっても連れて行くのをやめることにした。本国にはきみが既に死亡していたと報告する」

 

「本当ですか!?」

 

「俺の前任者が消息を絶ったのが9年前。優秀な諜報員だったが、オリバが玄界(ミデン)へ逃げた可能性があるという情報を本国へ報告してすぐに連絡が取れなくなった。そこでまず俺とリヌスが後任としてキオンを発ち、何年もかけて玄界(ミデン)へ向かう途中の国々をすべて調べていった。玄界(ミデン)へ逃げると見せかけて他の国に潜伏していることも考えられるからだ。事実、とある国でミリアムの(ブラック)トリガーが使われたことがわかっている。そして長い時を経て我々は玄界(ミデン)へたどり着いた」

 

「……」

 

「9年も経ったのだ、オリバの娘が死んでいたとしても不思議ではない。俺はキオンでも優秀な諜報員として信頼されているからな、ミリアムの(ブラック)トリガーさえ手に入れることができたなら、俺が『オリバの娘は死んでいた』と報告すればそれで終わる。誰も疑うこともないだろう」

 

ゼノンの言葉にツグミはその裏に隠された意味を悟った。

 

近界(ネイバーフッド)へと連れて行く予定だったところを見逃してくれるという情け深さを見せてはいるけど、それを正直に受け取っていいものではない。彼らは9年間もミリアムの(ブラック)トリガーを追っており、その在り処がわかった今、わたしという()()()も手にしている。この最大のチャンスを逃すはずがない。彼らにとって優先すべきはミリアムの(ブラック)トリガーであると確認させ、わたしにはその邪魔をするなと念を押しているんだわ)

 

ゼノンはツグミに対しミリアムの(ブラック)トリガー奪取の邪魔をしなければ無事帰すが、逆に邪魔をするようなことがあれば容赦はしないと暗にほのめかしているのだ。

ならばツグミの返答はひとつしかない。

 

「わかりました。わたしにとっては(ブラック)トリガーよりも自分の方が大切です。だからゼノンさんの指示に従います」

 

「そうしてくれると助かる。お互いにとってそれが最適解だ」

 

そう言ってゼノンは下笑んだ。

 


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