ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
コンビニで買ったおにぎりとインスタント味噌汁という朝食を済ませ、約束の午前8時を待つツグミ。
彼女はなんとか迅たちに自分の得た情報と作戦を伝えたいと、自分の持つ知識と知恵を使っていろいろ考えていた。
そして不確実ではあるものの、ゼノンたちに気付かれないように伝える方法を思いついた。
「ゼノン隊長、お願いがふたつあるんですけど、いいですか?」
「何だ?」
「まずひとつ目は城戸司令がミリアムの
「それもそうだな…」
「もちろんわたしが適合者であっても、約束ですからわたし自身は解放してもらいますけど。起動できれば本物だと確認できますし、できなくてもテオくんの力があれば本物か偽物か判断できますから、そちらの不利益にはならないと思います」
「ふむ…。仮に起動できたとして、きみはそれを使って我々を攻撃するつもりなのではないのかね? だがそうはいかない。こちらもそうなることも想定して手はずは整えている。愚かなことを考えても無駄だぞ」
「もちろんわかっています。それにミリアムの
きっぱりと言い切るツグミだが、ゼノンは念のためとテオに確認させた。
もちろんツグミの「ミリアムの
「わかった。そのキド司令とやらが持って来たらきみに回収してもらうとしよう。そこで起動して、適合するか否か確認。結果がどうであっても我々の元へ運び、起動できなかった際にはテオに確認させる。これでいいな?」
「はい。そしてふたつ目は電話連絡をする際、ボーダー側の人間と直接会話させてください。というのも取引場所が市内に2ヶ所ある慰霊碑のある公園のマイナーな方ですから、単に『慰霊碑のある公園』と言うと間違えてしまう可能性があります。わたしとしては早く
「なるほどな、それは正しい。ならば連絡はきみに任せよう。ただし我々がすぐそばにいて妙な行動をするようであればすぐに通信機を取り上げ、さらに取引自体を延期する。わかっているな?」
「はい、承知しています。どうもありがとうございます」
ツグミは礼儀正しくお辞儀をした。
その様子を見れば彼女が奸計をめぐらせているなど微塵も思わないだろう。
◆◆◆
午前8時、ツグミは迅の携帯電話に電話をかけた。
「ジンさん、おはようございます。ツグミです」
「ツグミ、そっちはどうだ? キオンの連中はどうしてる?」
「ゼノン隊長もリヌスさんもテオくんも相変わらず紳士的ですよ。おにぎりと味噌汁で朝ご飯を済ませました。それはそうと、今からミリアムの
「もちろんだ。忍田さんと林藤支部長もいる」
「ではスピーカーモードにしてみなさんで一緒に
「あ? ああ…」
「その公園に城戸司令ひとりで
「わかっている」
「それから…あの場所は風が強くてとても寒いです。肌を刃物で斬られるような痛みを伴うほどの冷たい風が吹きます。城戸司令は人一倍寒がりですから、きちんと暖かい格好で来てください。総司令が風邪をひいてしまっては目も当てられません」
「そうだな…」
「そしてこれは非常に重要な点ですけど、偽物のトリガーを持って来ても無駄です。必ず
「ああ、おまえの言うとおりにしよう」
「わかってもらえて良かったです。では時間は今から1時間後の午前9時。わたしたちは公園で待っています」
そこでツグミは電話を切った。
「余計なことはせずに要点をきちんと伝えてくれた。それでいい」
リヌスがツグミを労わるように肩をポンと叩いて声をかけた。
「取引を成功させるためにはお互いの利害が一致することが条件です。あなた方はミリアムの
「そうだな。では出かける支度をしよう」
◆◆◆
城戸、忍田、林藤、そして迅の4人はそれぞれがツグミからの電話に違和感を覚えていた。
「殉職者慰霊碑がある場所は三門山だとボーダーの人間なら誰でも知っている。なぜあんな余計なことを言ったんだろうか…?」
忍田は疑問を抱き、迅の顔を見て訊いた。
「それにおまえと最上さんがツグミと一緒に日守山へピクニックに行ったことがあるなんて初耳だ。しかしだからといって、今この状態でわざわざ言うことではないはずなのだが、何か心当たりはあるか?」
すると迅はしばらく考え込んでいたが、重要なことに気付いた。
「いいえ、俺と最上さんはツグミとピクニックなんてしたことはありません。あいつ自身、日守山へ登ったことすらないはずです。ですがあえて最上さんと俺の名を出したということは、何か意味があるんですよ。あいつの性格と行動パターンから判断すると、この電話は我々へのメッセージではないかと思えるんです。違和感があるのは、その言葉の裏に隠された意味があるからに違いありません。もう一度あいつの言葉を整理してみましょう」
迅の言葉に城戸たちは身を乗り出した。
◆◆◆
ツグミとキオンの3人組はタキトゥスの
早く到着した理由はふたつ。
ひとつ目はボーダー側が小細工をしないように、先に到着する必要があったこと。
もうひとつはツグミの個人的な理由である。
彼女は朝食の買い出しの際に、リヌスにコンビニで日本酒の1合瓶と緑茶のペットボトルをそれぞれ1本ずつと、スナック菓子を1箱買って来るようお願いしていた。
リヌスは「ボーダー隊員の慰霊碑に供えたい」という理由を聞くと快く買い出しを引き受けてくれたのだった。
慰霊碑の前で慰霊の祈りを捧げた時、一緒に自分の
(どうか誰も傷付かずに終わりますように…)
もちろんその「誰も」にはキオンの3人も含まれている。
その祈りの姿をリヌスは離れた場所から見つめており、ツグミが戻って来ると声をかけた。
「もういいんですか?」
「はい。久しぶりに昔の仲間たちに挨拶ができました。リヌスさんのおかげでお供えもできましたから、みんな喜んでいるはずです。わたしのお願いを聞き届けてくださってありがとうございました」
礼を言うツグミにリヌスは首を横に振る。
「いいえ、たいしたことではありませんよ。それにしてもコンビニとはすごい店ですね。食料品から生活雑貨、書籍といった多種多様な商品が常に揃っており、さらには早朝であろうと深夜であろうと時間帯に関わらず開いている。トリオンが文明の根幹である
「だったらリヌスさんだけでも
「え?」
目を丸くするリヌスに、ツグミはクスクス笑う。
「冗談ですよ。そんなの無理だってわかっています。でもあなたにその意思があり、ボーダーに協力することができるなら、わたしは全力であなたのために働きかけてもいいと思っています。これは冗談などではなく、わたしの本当の気持ちです」
「……」
「ボーダーは
「……」
「
「……」
「今のボーダーには
そう言って微笑むツグミにリヌスは思わず手を伸ばした。
そして彼女の頬に触れる。
「リヌス、さん…?」
「もっと早く、違う形であなたと出会うことができたなら…と考えてしまいました。あなたの気持ちはとても嬉しいですし、できることなら未来を変えたいとも思います。ですが今の私はキオンの諜報員。あなたの敵です」
残念そうな顔で言うリヌスに、ツグミはなぜかホッとしたような表情で答えた。
「…そうですか。その言葉を聞いてわたしも覚悟ができました」
「覚悟? それは ──」
リヌスがツグミの「覚悟」の意味を聞こうとした時、ゼノンが彼を呼んだ。
「リヌス、持ち場に就いてもらうぞ! こっちへ来い!」
「了解です! …では、私は行きます」
リヌスの手がツグミの頬から離れ、彼はゼノンの元へと走って行く。
そしてタキトゥスの
「ツグミ、きみもこっちへ来なさい」
ゼノンに呼ばれたツグミも彼のそばへ駆け寄った。
「あの堅物リヌスをたらし込んだようだが、その歳で男に色仕掛けか?」
ゼノンが嫌味たっぷりで言う。
「とんでもありません! リヌスさんはとても優しくて、いろいろとわたしのことを気遣ってくれるので仲が良く見えるんですよ。厚意には好意でお返しするのがわたしの主義です。それに彼は真面目で、仮にわたしが誘惑したところでキオンを裏切るようなことはしません。あなたは自分の部下が信用できませんか? 信用できないとしたらなぜ重要な任務を与えたんですか? 何年も一緒に仕事をしていて、彼がどんな人間かを一番良く知っているのがゼノン隊長のはずです」
「……」
ツグミがリヌスのことを全力で庇うものだから、ゼノンは呆気にとられてしまった。
「そもそも色仕掛けというものは魅力のある女性がやってこそ意味があります。もっと色気があって、スタイルの良い女性でなきゃ。…それに男女の駆け引きなんて全然わかりません。できるものならとっくに
ツグミがそう言うと、ゼノンは可笑しさを堪えきれずに吹き出してしまった。
「プッ、ハハハハハ…!」
「可笑しくありません! わたしは大真面目なんですから!」
「す、すまない…。これは大変失礼した」
ゼノンは笑いながら詫びを言うが、ツグミは頬を膨らめて怒ったままだ。
「謝るのならそれはわたしにではなくリヌスさんにしてください」
「ああ、わかった。すべてが終わったらきちんとリヌスに事情を説明して詫びを入れておくよ」
「それでいいです」
「…ところで、こんな俺でもリヌスと同じようにきみに接したならば、笑顔を見せてくれたのかね?」
ゼノンが意外なことを訊くものだから、ツグミは少し驚いたが穏やかな口調で答えた。
「もちろんです。あなたもリヌスさんもテオくんもキオンの諜報員という立場なら敵には違いありませんが、その職務を離れて一個人に戻れば同じタダの人間です。だからあなたが諜報員として接するのであれば警戒しますし、一個人として接してくるのならわたしも一個人として応えます。リヌスさんの気遣いはキオンの習慣とか人質を手懐けるためなどではなく、彼自身の優しさから自然と発生するもの。わたしはそう感じました。だから彼の気持ちが嬉くて、自然と微笑んでしまうんです。…さっき
「…!?」
「残るということはキオンを裏切ることと同義ですよね。そして彼は迷うことなく自分の気持ちよりも職務を優先しました。そんな忠誠心の高い部下を持ったあなたはそれを誇るべきです。もう二度と彼のことを疑ってはダメですよ」
「ああ、わかった」
「では…残念ですけどそろそろ敵同士に戻りましょう。城戸司令が来たようです」
遠くに自動車のエンジン音が聞こえた。
それはツグミの