ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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117話

 

 

コンビニで買ったおにぎりとインスタント味噌汁という朝食を済ませ、約束の午前8時を待つツグミ。

彼女はなんとか迅たちに自分の得た情報と作戦を伝えたいと、自分の持つ知識と知恵を使っていろいろ考えていた。

そして不確実ではあるものの、ゼノンたちに気付かれないように伝える方法を思いついた。

 

「ゼノン隊長、お願いがふたつあるんですけど、いいですか?」

 

「何だ?」

 

「まずひとつ目は城戸司令がミリアムの(ブラック)トリガーを持って来た時、起動できるかどうか試してみたいんです。ミリアムの(ブラック)トリガーは父が玄界(ミデン)まで運んで来たものです。わたしにとっては父の形見というか遺品のようなものですから、触れることすらなくあなた方にお渡ししてしまっては心残りとなります」

 

「それもそうだな…」

 

「もちろんわたしが適合者であっても、約束ですからわたし自身は解放してもらいますけど。起動できれば本物だと確認できますし、できなくてもテオくんの力があれば本物か偽物か判断できますから、そちらの不利益にはならないと思います」

 

「ふむ…。仮に起動できたとして、きみはそれを使って我々を攻撃するつもりなのではないのかね? だがそうはいかない。こちらもそうなることも想定して手はずは整えている。愚かなことを考えても無駄だぞ」

 

「もちろんわかっています。それにミリアムの(ブラック)トリガーはわたしにとって未知のトリガー。そんな得体の知れないものを使ってコントロールを誤ったらどうなるでしょう? トリガーが勝手に生身の人間にも攻撃してしまうという厄介なものですから、間違えて城戸司令にも攻撃を加えてしまうようなことになっては一大事。あなた方はトリオン体に換装しているでしょうから一度攻撃を受けても換装が解けるだけで済みますが、城戸司令は生身です。もし弾が当たったら死んじゃいます。そんな怖いトリガー、使えと言われても使えません」

 

きっぱりと言い切るツグミだが、ゼノンは念のためとテオに確認させた。

もちろんツグミの「ミリアムの(ブラック)トリガーは使いたくない」という気持ちは嘘ではないので、ゼノンの疑惑はすんなりと解ける。

 

「わかった。そのキド司令とやらが持って来たらきみに回収してもらうとしよう。そこで起動して、適合するか否か確認。結果がどうであっても我々の元へ運び、起動できなかった際にはテオに確認させる。これでいいな?」

 

「はい。そしてふたつ目は電話連絡をする際、ボーダー側の人間と直接会話させてください。というのも取引場所が市内に2ヶ所ある慰霊碑のある公園のマイナーな方ですから、単に『慰霊碑のある公園』と言うと間違えてしまう可能性があります。わたしとしては早く玉狛支部(ウチ)に帰りたいので、トラブル回避のためにはわたしが彼らにわかるように説明するべきだと判断したものですから」

 

「なるほどな、それは正しい。ならば連絡はきみに任せよう。ただし我々がすぐそばにいて妙な行動をするようであればすぐに通信機を取り上げ、さらに取引自体を延期する。わかっているな?」

 

「はい、承知しています。どうもありがとうございます」

 

ツグミは礼儀正しくお辞儀をした。

その様子を見れば彼女が奸計をめぐらせているなど微塵も思わないだろう。

 

 

◆◆◆

 

 

午前8時、ツグミは迅の携帯電話に電話をかけた。

 

「ジンさん、おはようございます。ツグミです」

 

「ツグミ、そっちはどうだ? キオンの連中はどうしてる?」

 

「ゼノン隊長もリヌスさんもテオくんも相変わらず紳士的ですよ。おにぎりと味噌汁で朝ご飯を済ませました。それはそうと、今からミリアムの(ブラック)トリガーの取引について重要な連絡をします。そこには城戸司令たちもいらっしゃいますよね?」

 

「もちろんだ。忍田さんと林藤支部長もいる」

 

「ではスピーカーモードにしてみなさんで一緒に()()聞いてください。…まず取引場所ですが、ボーダー殉職者慰霊碑のある公園になります。以前にジンさんと最上さんと3人で一緒にピクニックに行った日守山の山頂から良く見えた三門山にある公園です。わたしがあそこに人がいるのを見つけて『よくあんな遠い場所に人がいるってわかったな?』とジンさんたちが驚いたこと、覚えてますか?」

 

「あ? ああ…」

 

「その公園に城戸司令ひとりで(ブラック)トリガーを持って来てください。間違っても戦闘員を周囲に配置するなんてことはしないでください。キオンの人たちにはそんな小細工をしても無駄です。城戸司令を指名したのも戦闘員ではないからです」

 

「わかっている」

 

「それから…あの場所は風が強くてとても寒いです。肌を刃物で斬られるような痛みを伴うほどの冷たい風が吹きます。城戸司令は人一倍寒がりですから、きちんと暖かい格好で来てください。総司令が風邪をひいてしまっては目も当てられません」

 

「そうだな…」

 

「そしてこれは非常に重要な点ですけど、偽物のトリガーを持って来ても無駄です。必ず(ブラック)トリガーを持って来てください。適当なノーマルトリガーを持って来て騙そうとしても簡単にバレます。なにしろまずわたしが試しに起動しますし、起動できなければ嘘を見抜くサイドエフェクトを持つ人が確認することになります。ゼノン隊長はミリアムの(ブラック)トリガーが手に入ればわたしを帰してくれると約束してくれています。ミリアムの(ブラック)トリガーの能力を教えてもらって、わたしはそんなものはあってはならないと感じました。とにかく(ブラック)トリガーひとつですべて丸く収まるんです。わたしのことを助けたいと思うのであれば、わたしの言うとおりにしてください」

 

「ああ、おまえの言うとおりにしよう」

 

「わかってもらえて良かったです。では時間は今から1時間後の午前9時。わたしたちは公園で待っています」

 

そこでツグミは電話を切った。

 

 

「余計なことはせずに要点をきちんと伝えてくれた。それでいい」

 

リヌスがツグミを労わるように肩をポンと叩いて声をかけた。

 

「取引を成功させるためにはお互いの利害が一致することが条件です。あなた方はミリアムの(ブラック)トリガーを手に入れたい。ボーダーはわたしを取り返したい。わたしは少しでも早く家族の元へ帰って皆を安心させたい。だったらこの取引を無事に終わらせるしかありません」

 

「そうだな。では出かける支度をしよう」

 

 

◆◆◆

 

 

城戸、忍田、林藤、そして迅の4人はそれぞれがツグミからの電話に違和感を覚えていた。

 

「殉職者慰霊碑がある場所は三門山だとボーダーの人間なら誰でも知っている。なぜあんな余計なことを言ったんだろうか…?」

 

忍田は疑問を抱き、迅の顔を見て訊いた。

 

「それにおまえと最上さんがツグミと一緒に日守山へピクニックに行ったことがあるなんて初耳だ。しかしだからといって、今この状態でわざわざ言うことではないはずなのだが、何か心当たりはあるか?」

 

すると迅はしばらく考え込んでいたが、重要なことに気付いた。

 

「いいえ、俺と最上さんはツグミとピクニックなんてしたことはありません。あいつ自身、日守山へ登ったことすらないはずです。ですがあえて最上さんと俺の名を出したということは、何か意味があるんですよ。あいつの性格と行動パターンから判断すると、この電話は我々へのメッセージではないかと思えるんです。違和感があるのは、その言葉の裏に隠された意味があるからに違いありません。もう一度あいつの言葉を整理してみましょう」

 

迅の言葉に城戸たちは身を乗り出した。

 

 

◆◆◆

 

 

ツグミとキオンの3人組はタキトゥスの(ブラック)トリガーを使って三門山の公園へ飛び、30分も前から城戸が来るのを待っていた。

早く到着した理由はふたつ。

ひとつ目はボーダー側が小細工をしないように、先に到着する必要があったこと。

もうひとつはツグミの個人的な理由である。

彼女は朝食の買い出しの際に、リヌスにコンビニで日本酒の1合瓶と緑茶のペットボトルをそれぞれ1本ずつと、スナック菓子を1箱買って来るようお願いしていた。

リヌスは「ボーダー隊員の慰霊碑に供えたい」という理由を聞くと快く買い出しを引き受けてくれたのだった。

 

慰霊碑の前で慰霊の祈りを捧げた時、一緒に自分の()()が成功することも祈った。

 

(どうか誰も傷付かずに終わりますように…)

 

もちろんその「誰も」にはキオンの3人も含まれている。

その祈りの姿をリヌスは離れた場所から見つめており、ツグミが戻って来ると声をかけた。

 

「もういいんですか?」

 

「はい。久しぶりに昔の仲間たちに挨拶ができました。リヌスさんのおかげでお供えもできましたから、みんな喜んでいるはずです。わたしのお願いを聞き届けてくださってありがとうございました」

 

礼を言うツグミにリヌスは首を横に振る。

 

「いいえ、たいしたことではありませんよ。それにしてもコンビニとはすごい店ですね。食料品から生活雑貨、書籍といった多種多様な商品が常に揃っており、さらには早朝であろうと深夜であろうと時間帯に関わらず開いている。トリオンが文明の根幹である近界(ネイバーフッド)とはまったく違う世界ですが、そこに住む人間の営みはまったく変わらない。だというのに玄界(ミデン)は豊かで人々は皆が幸せそうだ。とても羨ましい」

 

「だったらリヌスさんだけでも玄界(ミデン)に残りますか?」

 

「え?」

 

目を丸くするリヌスに、ツグミはクスクス笑う。

 

「冗談ですよ。そんなの無理だってわかっています。でもあなたにその意思があり、ボーダーに協力することができるなら、わたしは全力であなたのために働きかけてもいいと思っています。これは冗談などではなく、わたしの本当の気持ちです」

 

「……」

 

「ボーダーは近界(ネイバーフッド)玄界(ミデン)を友好関係で結びつけようという理念を基にしてできた組織だと聞いています。時期的なものを考えるとボーダー創設には近界民(ネイバー)であったわたしの父が関わっていて、その理念は父の願いであったのではないかと思うんです。だとしたらその遺志を引き継ぐのは娘であるわたしの役目。いいえ、父の遺志など関係なくわたし自身が近界民(ネイバー)と良い交流を持ちたいと願っています」

 

「……」

 

近界民(ネイバー)玄界(ミデン)の人間では生まれた環境が違いますから、生き方や考え方が大きく異なるのは無理もありません。仲良くしようと考えても長年培われた価値観が違うのですから、そう簡単にはいかないということは重々承知しています。でも不可能ではないこともわたしは知っています。なにしろわたし自身が近界民(ネイバー)玄界(ミデン)の人間との間に生まれたハーフなんですから。もっとも父が近界民(ネイバー)だと知ったのは今回の件で、それまでまったく知りませんでしたけど」

 

「……」

 

「今のボーダーには近界民(ネイバー)を悪だとして敵意むき出しの人もいますが、仲良くしたいというわたしと同じ考えを持つ人もいます。ボーダーのことを詳しく調べたのなら知っているかもしれませんが、わたしたちの仲間には近界民(ネイバー)もいるんですよ。未来なんてものはいくつもある選択肢の向こう側にあって、まだ確定してはいません。だから気持ちと行動しようとする意思次第であなたの未来は変わります」

 

そう言って微笑むツグミにリヌスは思わず手を伸ばした。

そして彼女の頬に触れる。

 

「リヌス、さん…?」

 

「もっと早く、違う形であなたと出会うことができたなら…と考えてしまいました。あなたの気持ちはとても嬉しいですし、できることなら未来を変えたいとも思います。ですが今の私はキオンの諜報員。あなたの敵です」

 

残念そうな顔で言うリヌスに、ツグミはなぜかホッとしたような表情で答えた。

 

「…そうですか。その言葉を聞いてわたしも覚悟ができました」

 

「覚悟? それは ──」

 

リヌスがツグミの「覚悟」の意味を聞こうとした時、ゼノンが彼を呼んだ。

 

「リヌス、持ち場に就いてもらうぞ! こっちへ来い!」

 

「了解です! …では、私は行きます」

 

リヌスの手がツグミの頬から離れ、彼はゼノンの元へと走って行く。

そしてタキトゥスの(ブラック)トリガーで開かれた(ゲート)の中へと姿を消した。

 

「ツグミ、きみもこっちへ来なさい」

 

ゼノンに呼ばれたツグミも彼のそばへ駆け寄った。

 

「あの堅物リヌスをたらし込んだようだが、その歳で男に色仕掛けか?」

 

ゼノンが嫌味たっぷりで言う。

 

「とんでもありません! リヌスさんはとても優しくて、いろいろとわたしのことを気遣ってくれるので仲が良く見えるんですよ。厚意には好意でお返しするのがわたしの主義です。それに彼は真面目で、仮にわたしが誘惑したところでキオンを裏切るようなことはしません。あなたは自分の部下が信用できませんか? 信用できないとしたらなぜ重要な任務を与えたんですか? 何年も一緒に仕事をしていて、彼がどんな人間かを一番良く知っているのがゼノン隊長のはずです」

 

「……」

 

ツグミがリヌスのことを全力で庇うものだから、ゼノンは呆気にとられてしまった。

 

「そもそも色仕掛けというものは魅力のある女性がやってこそ意味があります。もっと色気があって、スタイルの良い女性でなきゃ。…それに男女の駆け引きなんて全然わかりません。できるものならとっくに()()()やってますよ!」

 

ツグミがそう言うと、ゼノンは可笑しさを堪えきれずに吹き出してしまった。

 

「プッ、ハハハハハ…!」

 

「可笑しくありません! わたしは大真面目なんですから!」

 

「す、すまない…。これは大変失礼した」

 

ゼノンは笑いながら詫びを言うが、ツグミは頬を膨らめて怒ったままだ。

 

「謝るのならそれはわたしにではなくリヌスさんにしてください」

 

「ああ、わかった。すべてが終わったらきちんとリヌスに事情を説明して詫びを入れておくよ」

 

「それでいいです」

 

「…ところで、こんな俺でもリヌスと同じようにきみに接したならば、笑顔を見せてくれたのかね?」

 

ゼノンが意外なことを訊くものだから、ツグミは少し驚いたが穏やかな口調で答えた。

 

「もちろんです。あなたもリヌスさんもテオくんもキオンの諜報員という立場なら敵には違いありませんが、その職務を離れて一個人に戻れば同じタダの人間です。だからあなたが諜報員として接するのであれば警戒しますし、一個人として接してくるのならわたしも一個人として応えます。リヌスさんの気遣いはキオンの習慣とか人質を手懐けるためなどではなく、彼自身の優しさから自然と発生するもの。わたしはそう感じました。だから彼の気持ちが嬉くて、自然と微笑んでしまうんです。…さっき玄界(ミデン)の人々が羨ましいと言った彼にわたしは残る気はないかと尋ねました」

 

「…!?」

 

「残るということはキオンを裏切ることと同義ですよね。そして彼は迷うことなく自分の気持ちよりも職務を優先しました。そんな忠誠心の高い部下を持ったあなたはそれを誇るべきです。もう二度と彼のことを疑ってはダメですよ」

 

「ああ、わかった」

 

「では…残念ですけどそろそろ敵同士に戻りましょう。城戸司令が来たようです」

 

遠くに自動車のエンジン音が聞こえた。

それはツグミの()()の開始を告げる合図でもあった。

 

 

 

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