ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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118話

 

 

午前9時、城戸は自らが運転する車でボーダー殉職者慰霊碑のある公園へとやって来た。

もちろん彼ひとりだけで、ツグミの見える範囲内にはボーダー側の人間は誰もいない。

慰霊碑を背にしてタキトゥスの(ブラック)トリガーを起動したゼノンと、(ブレード)状のトリガーを握り締めているテオ、そして彼らの間にツグミが立っている。

そこから30メートルほど離れた正面に城戸が立ち、ゼノンたちに呼びかけた。

 

(ブラック)トリガーを持って来た。これをどうすればいい?」

 

城戸は(ブラック)トリガーを握った右手を真っ直ぐに伸ばして言う。

 

「そこに描いてあるバツ印の上に置け」

 

バツ印というのは公園のほぼ中央となる場所に、ツグミが予めチョークで描いておいたものだ。

城戸はゆっくりと歩いて行き、ゼノンの指示どおりに(ブラック)トリガーをバツ印の描いてある地面に置いた。

 

「では、さっきいた場所から10メートル下がってそこで待て。彼女が回収に行く。妙な動きはするな。俺たちの仲間が貴様を狙っているぞ」

 

城戸が公園に現れた時からリヌスの銃口はずっと城戸の頭に向けられている。

リヌスなら照準器(スコープ)に映る城戸の顔まではっきり見え、不審な動きどころか表情の変化で何か企んでいてもわかるというもの。

しかし城戸は普段から表情筋がないと思われるほど無表情であるから、ツグミの立てた作戦のことが彼の表情からバレることはない。

そしてキオンのトリガーはボーダーの弾トリガーのような流れ弾防止の安全処理がされていないため、生身の城戸に当たれば死に至ることはツグミも承知している。

これではツグミにとって城戸が人質になったも同然で軽はずみなことはできないはずなのだが、彼女にとってリヌスが城戸をずっと狙っているというのは非常に都合が良かった。

ゼノンが「城戸ではなくツグミを狙え」という指示の変更をしなければ、彼女の動きは視界の狭い照準器(スコープ)を覗いているリヌスにはまったくわからないのだから。

 

城戸が指示された位置に着いたところで、今度はツグミがバツ印の上に置かれている(ブラック)トリガーを目指して前進する。

 

(ああ、ちゃんとわたしの作戦はみんなに伝わっていたみたい。よかった…)

 

ツグミは()()()(ブラック)トリガーを見付けて、自分と迅たちとの絆の強さを改めて感じて嬉しくなった。

そして(ブラック)トリガーを掴むと、ゼノンたちの方を振り返って言った。

 

「今から起動してみます」

 

「ああ、やってみたまえ」

 

ゼノンたちはツグミの行動を微塵も疑ってはいなかった。

それは彼女が前日から「彼女の言葉に嘘はない」という小さな信頼を積み重ねてきたことによるもの。

ミリアムの(ブラック)トリガーより自分の身が大切である以上、この取引を自ら進んで成功させるはずであるというゼノンたちの確信を導き出した結果である。

だから目の前にある(ブラック)トリガーがミリアムの(ブラック)トリガーではないと気付くこともない。

 

ツグミは心の中で叫んだ。

 

(風刃、起動!)

 

次の瞬間、ツグミの握った()()から19()本の光の帯が生じ、ゼノンたちが「これは変だ」と思わせる間も与えず、瞬く間に3本の光の帯がゼノンたちのトリオン体を斬り割いたのだった。

 

 

生身の身体に戻ってしまったゼノンとテオは自分の身に起きたことが信じられないという顔で、放心状態のまま地面に座り込んでしまう。

そんな彼らに対し、ツグミは16本の光の帯が揺らめく風刃を握ったままでゆっくりと近付いた。

 

「騙し討ちのようなことをしてすみません。でもミリアムの(ブラック)トリガーをあなた方に渡すわけにはいかないんです」

 

「「……」」

 

「戦闘体を破壊されたあなた方では(ブラック)トリガー・風刃を持つわたしに勝ち目はありません。リヌスさんも同じく戦闘体を失っていますから救援はありませんよ。それに今頃きっとわたしの仲間たちが彼を捕らえていることでしょう。ですよね、城戸司令?」

 

ツグミは携帯電話を握りながら近寄って来た城戸に訊く。

 

「ああ。おまえが日守山の山頂に敵が潜んでいるということを教えてくれたからな。たった今、木崎から確保したと連絡があった」

 

「ではゼノン隊長とテオくんにもおとなしくボーダーに捕まってもらいましょう。城戸司令、もう手筈は済んでいるはずですよね?」

 

「もちろんだ。風刃の起動を確認次第、山のふもとで待機している忍田と林藤と迅がこちらへ向かうことになっている。もっと近くで待機したかったのだが、念の為にな」

 

「それは懸命な判断です。…さて、忍田本部長たちが到着する前に、おふたりの疑問にお答えしておきましょうか」

 

ツグミはそう言って風刃の光の帯を解除してからゼノンたちの方を振り向いた。

 

「この風刃は通常ボーダー本部で管理していて、状況によって適宜使用者が変わります。昨日はわたしと一緒にいた男性が持っていましたし、アフトクラトルの侵攻の時にはまた別の人が使用していました。風刃は適合者をあまり選ばない(ブラック)トリガーのようで、わたしも適合者のひとりなんですよ。でも実際に使ったのは今日が初めてです」

 

「「……」」

 

「能力は遠隔斬撃で、このブレードから物体に斬撃を伝播させ目の届く範囲どこにでも攻撃ができるというすぐれもの。だからリヌスさんの姿が()()()わたしには彼にも攻撃をすることができたわけです。…あ、忍田本部長たちが来たみたいです」

 

ツグミの視線の先には迅と忍田が血相を変えて全速力で走って来る姿があり、その後ろには林藤がロープの束を抱えて同じように走って来るのが見えた。

 

「ジンさん! 真史叔父さん! 林藤さん!」

 

手を大きく振りながら、自分は無事であるとアピールするツグミ。

 

「「ツグミ!」」

 

ツグミの姿を見付けた迅と忍田は同時に名を叫んで駆け寄って来た。

そしてわずかに早く着いた迅が彼女を抱きしめ、遅れて到着した忍田は抱きしめようとして挙げていた腕を下ろさざるをえなかった。

その様子に気付いたツグミは迅の腕の中からするりと抜け出すと、最後に着いた林藤と城戸の4人に深々と頭を下げた。

 

「ご心配おかけして申し訳ございませんでした。詳しいことは戻ってからお話します。城戸司令、ひとまずキオンのみなさんは玉狛支部で身柄を預かりたいと思います。捕虜としてでなく客人として。どうか許可をください」

 

「…この場合、仕方なかろう。では迅と忍田には若い方を任せる。林藤とツグミは隊長を私の車に乗せてくれ。林藤、玉狛第1へはおまえが指示を出し、玉狛支部で合流だ」

 

「了解」

 

戦うことも逃げることもできずにいるゼノンとテオ。

ふたりはそれぞれ黙って城戸の指示に従い、2台の車に分かれて乗り込んだ。

 

 

◆◆◆

 

 

時間を遡り、話はツグミからの電話の直後に戻る。

 

「とにかくあいつの言葉をもう一度思い出してみましょう」

 

迅が仕切ってツグミの言葉の分析を開始した。

 

「まずは行ったことのない日守山の山頂という場所を口にしたこと。そしてあいつはそこから公園に人がいるのを見つけることができたと言ったことの意味です。あいつは強化視覚の能力を持っていますから見えても不思議はありません。ですが…そうか!」

 

「何かわかったのか?」

 

忍田が訊いた。

 

「敵の中にもあいつと同じ能力を持つ人間がいるということを教えたいんじゃないか、と思ったんです。地図、ありますか?」

 

「それならここにある」

 

忍田が三門市内の地図を開き、迅がその中の一点を指差す。

 

「ここが三門山で、ここから東にこう…」

 

指をスライドさせ、日守山の山頂を示す。

 

「ここが日守山山頂で、公園まで見下ろすとなると…距離は約1600メートル。あいつがスラッシュを使えばこれくらいの距離は問題ありません。それと同じ能力を持つ狙撃手(スナイパー)が待機しているとなればこちらからは手出しができない上に、そいつからは攻撃が可能だということになります」

 

「それは面倒だな…」

 

「こちらが妙な動きをすればいつでも狙い撃ちしようってことでしょう。日守山の山頂に敵が潜んでいることを教えようとして行ったこともないピクニックだとか、そこから人がいるのが見えたなどという作り話をしたのだと考えます」

 

「なるほど…」

 

感心する忍田に迅は言う。

 

「それから…他にも気になることがいくつかあります」

 

「どういうことだ?」

 

「あいつは城戸さんにひとりで(ブラック)トリガーを持って来てください、と言っていました」

 

「それは当然だ。あいつが言うように城戸さんは戦闘員ではないからな」

 

「それはわかっています。もちろん理由もそのとおりでしょう。だとすればわざわざあいつが『戦闘員ではない』と改めて言う必要はありません」

 

「……」

 

「仮に俺みたいなトリガー使いなら自分のトリガーを隠し持って行き、いざという時には使うでしょう。でも城戸さんがトリガーを持って行くことは絶対にありません。持っていても使えないんですから」

 

「まあ、それはそうだが、キオンにはノーマルトリガーを無効化できるトリガーがあると聞いている。それがあれば…そうか、わかったぞ!」

 

忍田が叫ぶ。

 

「そのノーマルトリガーを無効化するトリガーが効果の範囲外にあって使用できないということだな!」

 

「そうです。たぶん日守山に潜んでいる狙撃手(スナイパー)がそのトリガーを持っているんでしょう。敵はミリアムの(ブラック)トリガーを手に入れたら即座に逃げたい。空間操作の(ブラック)トリガーをすぐ使うために、あのゼノンとかいう男は初めから(ブラック)トリガーを起動しているはずで戦闘はできません。つまりもうひとりの若い方しか戦闘員がいないということになります。だからいくら狙撃の援護があるといっても絶対に戦闘状態には持ち込みたくはない。そこで非戦闘員の城戸さんを指名したということです」

 

「たしかに一理ある。しかし敵が3人だけとは限らない。他に伏兵がいるかもしれないぞ」

 

「それは大丈夫ではないでしょうか。初めにあいつは『ゼノン隊長もリヌスさんもテオくんも』と3人の名前を挙げています。その必要はないというのに、あえて個人名を挙げたのはそれにも意味があるということ。つまり敵側がこの3人だけであることを強調しているんです」

 

「そういうことか…」

 

迅の推理に忍田はまたまた感心してしまう。

 

「…そういえば、あいつはおかしなことを言っていたな。城戸さんが寒がりだとか、風が強くて寒いとか、風邪をひいては目も当てられないとか。他人の心配もいいが、今は自分の心配をしてもらいたいものだ」

 

忍田が困惑した顔でいると、それまでずっと黙り込んでいた林藤がおもむろに口を開いた。

 

「フフフ…わかったぞ」

 

「何がわかったんだ、林藤?」

 

林藤の気になる言い方に忍田が訊く。

 

「あいつが伝えたかったことだよ。あいつは『ミリアムの(ブラック)トリガー』と『(ブラック)トリガー』という2種類を使い分けている。迅、さっきのやり取りは録音してあるだろ? それを再生してみてくれ」

 

「了解、支部長(ボス)

 

迅は携帯電話を操作して音声を再生した。

 

「ツグミは城戸さんに(ブラック)トリガーを持って来てくれとは言っているが、ミリアムの(ブラック)トリガーとは一度も言っていない。ミリアムの(ブラック)トリガーという言葉を使ったのは3回。まず用件を切り出した時。2度目はキオンの連中が欲しがっている(ブラック)トリガーという意味で。3度目はその能力を教えてもらったと言った時。この3回以外はすべて『ミリアムの』という特定する言葉は使っていない。つまりあいつは城戸さんにミリアムの(ブラック)トリガーではなく、別の(ブラック)トリガーを持って来いと言っているわけだ」

 

林藤の説明で迅は理解したが、忍田はまだわかっていないようだった。

 

「わかりましたよ。あいつが城戸さんの身体のことを気遣っていた理由も」

 

「さすがは迅。ツグミのことを良くわかっている」

 

林藤は迅を褒めるが、忍田としては面白くない。

 

「父親である私よりも迅の方がツグミのことを理解しているとは気に食わないが、今はそんなことも言っていられない。どういうことなんだ?」

 

「キーワードは『風』と『刃』。そう言えばわかりますよね?」

 

「そうか! 風刃か!」

 

「そうです。たしかにあの公園は風が強いですから、今の時期はけっこう寒いです。ですが『肌を()物で斬られるような痛みを伴うほどの冷たい()』とは大げさな表現だと思いませんか? 城戸さんの身体を心配したのも『風邪(カゼ)』という言葉で『風』を印象付けたいからで、初めに日守山のことで最上さんの名を出したのも風刃を意識させるためではないかと俺は思います」

 

「それはつまり城戸さんに風刃を持って来させようとしている…ということになるな」

 

「忍田さんの言うとおりです。あいつも風刃の適合者です。あいつは『まずわたしが試しに起動します』と言っていました。きっと風刃を使うことで目の前にいるふたりと、日守山にいる狙撃手(スナイパー)の3人全員をほぼ同時に仕留めることができるという自信があるんでしょう」

 

ここでずっと黙って聞いているだけだった城戸が口を開く。

 

「ずいぶんと分の悪い危険な賭けだな。日守山の狙撃手(スナイパー)や風刃のことはすべてこちらの()()でしかなく確証はない。仮にツグミがこの推測どおりの作戦を実行しようとしても、我々がそれを察してくれるかどうかわからないという不確実なものだ。私が風刃を持っていかなければ成り立たない作戦を実行するよりも、確実な道を選ぶべきだ。無理に戦おうとしなくても、私がミリアムの(ブラック)トリガーを渡せばカタはつく。なぜそうしない?」

 

「あいつはミリアムの(ブラック)トリガーの能力を教えてもらい、そんなものはあってはならないと感じたと言っていました。あいつの性格ならこちら側の世界はもちろん、近界(ネイバーフッド)であっても使ってはいけないと考えているはず。自分のせいでミリアムの(ブラック)トリガーが近界(ネイバーフッド)の戦争で使われることになれば自分を責めるでしょう。だから自分自身の力で守り抜くのだと決心したんじゃないでしょうか?」

 

「……」

 

「それに『わたしのことを助けようと思うのであれば、わたしの言うとおりにしてください』という言葉は『自分のことを信じろ』と同じ意味で、あいつも俺たちのことを信じているからこそ、察してくれるものとして無謀に近い作戦を立てたのだと俺は思います。あいつは俺が不都合な未来を視たと言っても『意思の力で覆してみせる』と言い切るヤツですからね」

 

「迅、おまえはそういう考えなのだな? …では忍田と林藤の意見はどうだ?」

 

「私は迅の意見に賛成です。それがツグミの信頼に応えることでもありますから」

 

「俺は…やっぱ迅に賛成だな。たぶんあいつが必死になって情報を集め、それを総合して考えた作戦だ。あいつのやりたいようにさせてやろうや。まあ、失敗したところですぐにあいつの身に危険が及ぶことはあるまい。次の取引の機会に()()を渡してやりゃいい」

 

忍田と林藤は迅の意見に賛成した。

 

「…ならば私も信じることにしよう。迅、私に風刃を預けてくれ」

 

「はい」

 

そう言って、迅は風刃を城戸に手渡す。

 

「あいつの言うように俺たち戦闘員は現場に近付けません。生身のあなたにとっては非常に危険な()()ですが、よろしくお願いします」

 

「ああ。これは私が招いた事件でもある。ならば私は私の責任を果たそう。林藤、日守山の方は玉狛に任せる」

 

「了解」

 

「念の為にミリアムの(ブラック)トリガーも持って行く。しかし、これをどうするかの判断は私に任せてもらおう。ツグミの命には代えられぬからな」

 

そう言って城戸は立ち上がり、忍田と林藤と迅の3人はそれぞれ自分の役割を果たすためにその後ろに続いたのだった。

 

 

 

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