ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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122話

 

 

ひとまず起動には成功し、その能力の片鱗を確認できたことで検証実験はおしまいとなった。

ツグミが適合者であると確認されたため、今度は所有権と誰が管理するかが問題となる。

本部司令執務室に戻った城戸たちは再びツグミと話し合いをし、多数決でミリアムの(ブラック)トリガーの取り扱いを決めることにした。

織羽の遺品であるからツグミが受け継ぐべきであり、城戸もそのつもりでいた。

ただしそれは彼女が成人してからと考えていたため、16歳の彼女ではまだ早い。

またこれまでずっと城戸が管理しており、彼女はボーダーの人間であるからボーダートップの城戸の意思を優先させるべきである。

とはいえツグミに直接命令できるのが玉狛支部長である林藤で、城戸はツグミに強制することができない。

こういった複雑な事情が絡んでいるために非常に難しい問題となっている。

所有者と管理者が同一人物でなければならないというわけでもないので、所有するツグミが管理を城戸に任せるという意見もあった。

しかしツグミは自分の意思を曲げず、自分が所有・管理を行いたいと妥協する気はまったくない。

 

 

「ツグミ、おまえはなぜミリアムの(ブラック)トリガーを欲しがる? 父親の遺品だから自分が持っていたいなどという幼稚な考えではないはずだ。おまえは()()をどうしたいのだ?」

 

城戸に問われると、ツグミは言葉のひとつひとつを吟味するかのようにじっくりと考え、自分の考えに納得してもらえるよう説明を始めた。

 

「ミリアムの(ブラック)トリガーの現在唯一の適合者がわたしであることは確認されました。使うことができるわたしですから『使わない』道を…『使わない』という使用方法を選んだのです」

 

「使わないという使用方法?」

 

「そうです。簡単に言えば核兵器のようなものです。核抑止という言葉がありますよね? みなさんご存知のとおり、攻撃を受けた場合には核兵器による反撃を行って甚大な損害を及ぼす意思と能力があることを、あらかじめ潜在的攻撃者に伝達することで攻撃を未然に思いとどまらせようとする考え方のことです。ミリアムの(ブラック)トリガーはすでに多くの近界(ネイバーフッド)の国々で有名な存在となっており、その能力は()()()知られてはいるものの、その正体や在り処を知るのはキオンだけです。だからすべての近界民(ネイバー)玄界(ミデン)には霧科ツグミというミリアムの(ブラック)トリガーの適合者がおり、これを使って近界(ネイバーフッド)へ侵攻することは絶対にないが、玄界(ミデン)を侵略しようとする者に対しては容赦なく使う、と知らしめるんです」

 

「そんなことをすればミリアムの(ブラック)トリガーを持つおまえを狙って次々に近界民(ネイバー)がやって来ることになるぞ」

 

「そうかもしれませんね。ですがキオンの腕利き諜報員3人が()()()()()()()()()の策謀によって任務に失敗したと知れば、余程自信のある連中しか来ないとわたしは楽観視しています。それに()()軍事大国であるアフトクラトルの四大領主のひとつ・ベルティストン家の当主が自ら出撃し、国宝である星の杖(オルガノン)を含めた4本の(ブラック)トリガーを投入したというのに目的を果たせず逃げ帰ったという事実もあります。霧科ツグミはアフトクラトルの(ブラック)トリガー使いふたりを同時に相手し、撤退に追い込むことに貢献したということも一緒に喧伝するんです。そうすればどんなバカでも現在の玄界(ミデン)には迂闊に手を出してはいけないとわかるはずです。それでも襲ってくる連中なら()()()()トリガーで蹴散らしてやります。そして同時にミリアムの(ブラック)トリガーとは無関係な民間人の拉致事件等も減るのではないでしょうか? 近界民(ネイバー)によるこちら側の世界への干渉が減ればボーダーの仕事も減って、城戸司令や忍田本部長たちも楽になりますよ」

 

「抑止…使わないという使用方法か、なるほどな。核も持っているというだけではなく、能力を正確に把握していつでも使用可能であるという前提があるからこそ、その効果があるというもの。適合者のいない(ブラック)トリガーではハリボテのミサイルを誇示しているようなものだからな」

 

城戸が感心したように言うものだから、ツグミも調子に乗って続けた。

 

「そのとおりです。いっそのことゼノン隊長たちに帰国する際に近界(ネイバーフッド)の国々を渡ってこの情報を広めてもらいましょう。いずれ彼らはキオンに帰ることになります。と言うよりもミリアムの(ブラック)トリガー奪取という任務に失敗したと本国に報告してもらわないと彼らは行方不明扱いになり、別の人間がまたこちら側の世界にやって来て同じことを繰り返すに決まっているからです」

 

「ふむ…」

 

「ですからゼノン隊長たちの処分はお咎めなしの玄界(ミデン)追放ということにして、その代わりにミリアムの(ブラック)トリガーとそれを持つ玄界(ミデン)の霧科ツグミには一切手を出してはならない。もし手を出せば手酷い反撃を受ける。玄界(ミデン)の人間は近界(ネイバーフッド)を侵略する意思は全くないのだから手を出さない方が良い、とあちこちで触れ回ってもらうというのはどうでしょう?」

 

織羽と美琴を襲ったキオンの諜報員は本国に「ミリアムの(ブラック)トリガーは玄界(ミデン)にある」という報告をする前に死亡してしまったために「行方不明」扱いとなり、ミリアムの(ブラック)トリガーの在り処も不明のままであった。

そのせいでゼノンたちが後任としてキオンを発ち、9年後に再び姿を現したという経緯がある。

よってゼノンたちを拘束したままではまた「行方不明」となり、別の諜報員が…という繰り返しになることだろう。

だから当事者であるゼノンたちが自ら任務の失敗を本国に報告する必要があり、ここで終わりにするには彼女の提案を実行するのが最善のようだが、問題もいくつかある。

 

「しかし本国へ任務失敗の報告をしに帰国するとは思えぬ。処罰を受けるとわかっているのだから、逃亡してしまって行方をくらますのではないか? それに自分たちの失態を自ら他人に漏らすとは思えぬが」

 

「彼らが逃亡することはないと思います。彼らの祖国への忠誠心は本物で、逃亡してしまうというのは祖国への背信行為となりますから。それに自分たちが任務に失敗したキオンの諜報員だと言わず風の噂に聞いた話だと前置きしておけば、まさか本人が自分たちのことを話しているとは誰も考えませんよ。そして彼らが逃亡してしまってもこちらに不都合はありません。次の遠征で近界(ネイバーフッド)へ行く隊員に噂を広めてもらえばいいんです。アフトクラトルへの途中で立ち寄る国で噂を流し、それを聞いた近界民(ネイバー)はどんどん話を()()()にして広めていくことでしょう。こういう話は尾ひれが付くものですからね」

 

「だがそれだとミリアムの(ブラック)トリガーの存在を公にすることになる。そうなると入手した経緯や能力も説明せねばらなん。ボーダー内に衝撃が走ることになるぞ」

 

「話せるところは正直に話してしまえばいいじゃありませんか? …過去にとある亡命者から譲り渡された謎の(ブラック)トリガー。これまで適合者が見付からずにいたが、わたしが適合者だと判明して正式に所有者となった。しかし能力が非常に危険なものだから『使わない』という使用方法を選んだため、実際に戦いに用いられることはない…でいいんじゃないでしょうか。一部嘘はありますが大部分は真実ですし、キオンの諜報員が侵入していたとか、わたしが拉致されたとか、そういった部分は隠しておいてもいいと思います。嘘も方便という言葉もありますから」

 

「そうなるとおまえは(ブラック)トリガーの所有者、つまりS級隊員ということになるわけだが…」

 

城戸の言いたいことがすぐにわかったものだから、ツグミはためらいなく答えた。

 

「わたしはS級になりたいわけではありません。でも(ブラック)トリガーを所有すると自動的にS級扱いになるということですから、そこは仕方がありませんね。ですがそうなるとボーダー内の派閥のバランスが崩れることになり、上層部の一部の方々にとっては不都合なことになります」

 

「……」

 

「それもわたしの望むところではありませんから、事を穏便に済ますために妥協すべき点は妥協いたします」

 

「つまり玉狛支部から本部へ転属することを認めるということか?」

 

「はい。あれからもう2年経ちましたし、城戸司令のお許しがあれば本部への再転属も問題はないと思います。城戸()()にはわたしの正直な気持ちを伝えてありますから不安はないはずですし、なによりも本部所属になれば強制的に命令に従わせることも簡単ですよ。わたしは次に隊務規定違反をすればクビになるとわかっていますから、城戸司令の命令に逆らうことはなくなります」

 

「どういう風の吹き回しだ? いったい何を企んでいる?」

 

ツグミが玉狛支部での暮らしを何よりも大切にしていたことを城戸は良く知っている。

ずっとフリーで通してきた彼女がB級ランク戦に参戦したのも、玉狛支部に集中する戦力の分散を目論んだ城戸に戦いを挑んだ結果である。

それなのにひと月ほどで本部へ転属してもかまわないと言い出したのだから、何か魂胆があるのではないかと疑ってしまうのも無理ない。

そんな城戸にツグミは笑顔で答えた。

 

「そんな疑いの目で見ないでください。わたしは心変わりしたわけではありません。わたしにとっての家が玉狛支部で、林藤支部長やジンさんやレイジさんたちが家族であるという考え方は変わっていません。彼らとは血の繋がりはなく、共同生活をするだけですから厳密にいえば家族とは言い難いですが、共に生き、心を通わせて互いに支え合う存在であることは間違いありません。玉狛支部のメンバーは旧ボーダー時代からの仲間が多く、関係は非常に良好です。でも他人ですから適度に距離があって、それがとても居心地が良いと感じました」

 

そこまで言うと、ツグミは迅の顔をちらりと見た。

そして続ける。

 

「しかしどんなに居心地が良い場所でもいずれはそこを旅立たなければなりません。それが大人になるということ。この数日間でわたしはいろいろな経験をし、考えさせられることがたくさんありました。トリオン切れになるまで身体を酷使し、そのせいで家族や仲間に心配や迷惑をかけてしまうことになり、さらにはこれがきっかけでボーダーを辞めることになるかもしれないという強迫観念により心身ともに消耗してしまいました。『ありのままでいられる』『役に立っていると思える』自分の居場所を失う恐怖は言葉に言い表せません。ですがその根っこにあったものは極度の『依存』であったことに気付き、その依存から脱したいという気持ちになりました。大人になるための旅立ちの時が今なのだとわたしは判断し、どこかに部屋を借りてひとり暮しをしようと決めたんです。ですからこの機会に転属も良いのではないでしょうか?」

 

ツグミの決心は城戸だけでなく忍田や林藤にも衝撃を与えた。

しかし彼女が自身を振り返り、自分の欠点に気付いてそれを克服するために行動したいと言うのだから反対することはできない。

この心境の変化は、彼らにとって娘同様のツグミの精神的な成長と言えるわけで、むしろ歓迎すべきことである。

 

「わたしが忍田家を出て玉狛支部で暮らすようになっても、真史叔父さんとの父娘関係はまったく変わりませんでした。家族の絆というものは一緒に住むとか住まないという物理的な距離によって変わるものではないということです。ならばわたしが玉狛支部を出て別の場所で暮らすようになったとしても、玉狛支部のメンバーとの関係はこれまでと変わらないはずです。もし変わってしまったなら、それはわたしがそういう脆い絆しか持つことができなかったということになります。どうせ同じボーダー隊員なんですからいつでも顔を合わせることはできますし、敵が現れたら協力して戦わなければなりません。それにS級になったとはいえミリアムの(ブラック)トリガーを実際に起動することは()()ありませんから、今のノーマルトリガーを持ち、任務の際にはそれを使用します。ですからこれまでと全然変わりませんよ、きっと」

 

()が自分たちの想像よりも早く大人になっていってしまうのは寂しいが嬉しくもある。

それに彼女にここまで言われてなお「NO」と言えばそれは()()として大人げないものになってしまう。

返事に戸惑っている城戸たちにツグミは続けて言った。

 

「そうは言っても今はB級ランク戦の終盤ですし、遠征選抜試験などいろいろあって誰もが忙しい時期です。ですから今すぐに引っ越すのではなく、それらが終わってからになります。それにゼノン隊長たちのこともありますから、もうしばらく玉狛支部で暮らします。転属やミリアムの(ブラック)トリガーの件を公にすることはまだ先のことになりますね」

 

突然の話ではあったが、その場の思いつきではなく周囲の状況も考えて行動しており、彼女が一度言い出したら絶対に退かないという性格を知っている城戸たちの結論はひとつしかない。

城戸は忍田と林藤の顔を見て互いの気持ちが同じだと確認し、ツグミに言った。

 

「おまえの気持ちは良くわかった。玉狛支部を出てひとり暮しをするという件はおまえ個人の自由であり、保護者の立場からも反対する理由がない。しかしボーダー隊員を続ける以上は他の隊員と同じく規定に従ってもらうぞ」

 

「はい、もちろんです」

 

「転属及びS級昇格については4月以降とする。よってそれまでは玉狛支部所属のB級隊員として任務に励むこと」

 

「はい」

 

「それから…ミリアムの(ブラック)トリガーについてだが、これはおまえの所有を認めるが、管理はこれまでのように私が行うことにする。おまえが正式にS級となった時に改めて話し合おう」

 

「あ、それについてはちょっと異議ありです。今日一日だけでかまいませんので、わたしに貸してもらえませんでしょうか?」

 

ここまで素直に条件をのんでいたツグミが待ったをかけた。

 

「それはどういうことだ?」

 

「ミリアムの(ブラック)トリガーの能力については口で説明するよりも実際に見てもらった方が早いですし、わたしが正式な所有者になったことをゼノン隊長たちに確認してもらわなければなりませんから。()()がどのような能力なのか実際にその目で見て、わたしがどういう覚悟で使()()つもりなのかを知ればもう二度と手を出そうなどと考えなくなるはずです。彼らが本気でそう思うようになれば、彼らの口から出た言葉に真実味が増します。『百聞は一見に如かず』ですよ。わたしの計画に協力してもらうためにも必要なんです」

 

ゼノンたちはミリアムの(ブラック)トリガーの能力について知ってはいるものの、それは伝聞でしかない。

ツグミは彼らにミリアムの(ブラック)トリガーの能力と在り処を近界(ネイバーフッド)の国々に広めてもらおうと考えているので、玉狛支部の訓練室で()()しようということなのだ。

 

「よかろう。()()は明日までおまえに預ける」

 

城戸はそう言ってミリアムの(ブラック)トリガーをツグミの前に置いた。

 

「ありがとうございます」

 

深く頭を下げて礼を言うツグミ。

これで「霧科ツグミ誘拐及びミリアムの(ブラック)トリガー強奪未遂事件」の報告会と、今後のミリアムの(ブラック)トリガーの扱いについての会議は終了となった。

 

 

 

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