ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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123話

 

 

ツグミが運んで来たレタス炒飯と玉子スープの昼食を終えたゼノンたちはなんとも言えない幸福感に満たされていた。

 

「このチャーハンって飯、これまでに食べた玄界(ミデン)の食い物の中で一番美味い…」

 

テオがボソリと言うと、それにゼノンが反応した。

 

「ああ。さっきツグミが『あり合わせのものでサッと作ったから味はイマイチかもしれないけど』などと言っていたがそんなことはない。コンビニ弁当も美味かったが、それに比べたら格段に上だ。彼女は料理上手なのだな」

 

「いいえ、それだけではありません。彼女の私たちに食べさせたいという気持ちが込められているからです。私たちのせいで彼女は疲れているでしょうし、事件の報告や事後処理などで忙しい。私たちの食事など適当なもので済ませば良いというのに、他人任せにはせず自ら調理してくれたんです。これで美味しいと感じられなければ人としておかしいですよ」

 

リヌスの言葉にゼノンとテオも納得して頷いた。

 

「彼女は不思議な女性です。私たちの任務が失敗したのは彼女に上手く騙されてしまったためで、本来なら憎い相手です。それなのに不思議と彼女を悪く思えない。むしろ見事な詭謀に感心してしまったくらいです。通信の際、すぐそばに私たち3人がいて見張っていたというのに、誰も彼女の言動に疑念を抱くことはありませんでした。しかしあの笑顔の下にとんでもない計画を企てていたんですから、ずいぶんと恐ろしくて賢い女性ですよ。味方なら心強いですが、敵に回したら厄介な相手です。できることなら彼女には私たちの仲間になってもらって一緒に仕事をしたいくらいですね」

 

最後の「できることなら~」はリヌスの冗談であるが、ほんの少しだけ「本気」も含まれている。

一緒に仕事をしたいというよりは、一緒にいたいというのが正確な言い方であるが、そんなことを言うわけにはいかない。

 

「頭が良いのは認めるけど、一緒に仕事すんのはカンベンしてほしいな~。オレだけ『テオくん』だもん。オレ、17でもうすぐ18になるんだぜ。あいつ、16だろ。オレ、絶対あいつに年下だと思われてる。年齢バラしてもあいつ『でもテオくん、って呼んでイイよね~』とか言いそう」

 

テオが不服そうな顔で言うものだから、ゼノンとリヌスが苦笑した。

 

「3年前に初めて会った時からおまえは全然変わってないからな。身長だってこれくらいしか伸びてないだろ?」

 

リヌスが右手の親指と人差し指を5センチくらい離して見せて言う。

5センチしか伸びていないという意味だ。

 

「そんなことはねーよ!」

 

すると今度はゼノンが床から120センチくらいの位置に手のひらをかざして言った。

 

「3年前だと身長はこれくらいだったよな?」

 

「隊長! 隊長までオレをからかうんですか? それじゃ幼年学校に入る前の子供の背丈ですよ~。それに今のオレは160センチあります」

 

正確には159センチなのだが、この年頃の男子であるから少しでも見栄を張りたいのだ。

 

任務に失敗して虜囚の身となっている彼らだが、不思議と悲壮感は見られない。

ツグミの作った料理が彼らの気持ちに余裕を生んだのだが、やはり彼女と過ごした時間が影響しているのは間違いない。

彼女はゼノンたちを欺いたが、彼女の言動の大部分に嘘はなかった。

それに彼女は嘘をつくのではなくゼノンたちに「事実を誤認させる」ことを言っていただけで、むしろ気付かなかった自分たちに落度があると思わせるくらい悪賢く、それが小気味良いとさえ感じさせてしまうのだ。

 

「それにしてもオレたちはこれからどうなるんでしょうね、隊長?」

 

急にテンションが下がったテオがゼノンに訊いた。

 

「う~ん…俺にもわからないが、しばらくの間はこのままここに留置されるだろうな。トリガーを没収され、遠征艇(ふね)もボーダーの連中に押さえられているはず。仮にここから脱走できても帰国することは不可能だ。よって我々の命運はボーダーに握られていることになる。だからおとなしくしていよう。ツグミなら我々の悪いようにはしないはずだ」

 

「そうですね。他の人間はともかく、彼女のことは信じても良いかと。なにしろもう私たちを欺く理由はないのですから。…それに彼女は私たちを友人だと言ってくれました。友人を疑うことはできません」

 

「ああ、そうだな。それにしても心惹かれる、面白い少女だ」

 

ゼノンの言葉にリヌスとテオも納得する。

 

(彼女は拉致・監禁という危機的状況であっても冷静に物事を分析し、少ない情報と自分の立てた作戦を正確に味方へと伝えた。人生経験の少ない16歳の少女にしては卓越した頭脳と度胸の持ち主だ。リヌスの言うように俺の部下になってくれたらありがたいんだが。…いや、それよりもリヌスとテオと俺と4人で任務抜きの旅をするのもいいかもな)

 

(あいつはオレたちを騙したんだから憎むべき相手のはずなんだ。それなのにそんなことどうでもよくなるくらい優しいし、案外カワイイ…よな。一緒に仕事すんのはヤダけど、遊びには行きたい。昨日の遊園地とか行って、一緒にいろんな乗り物に乗るのはすげぇ楽しそうだ。それから玄界(ミデン)のいろんなメシも食いに行ってみたいな…)

 

(昨夜、あなたは時間があれば私と話がしたいと言っていましたね。こうして私は囚われの身となってしまいましたが、時間はたっぷりとできました。できることなら今度こそ思う存分話をしたい。いや、話などしなくてもかまいません。あなたと一緒にいられるのなら、それで十分満足ですから…)

 

「厚意には好意で返す」と言ったツグミの言葉と行動は、敵として立ちはだかった近界民(ネイバー)の意識さえ変えた。

彼女の優しさと強い信念に触れ、ゼノンたちには祖国への忠誠や任務よりも優先したい「欲望」ができてしまったのだ。

自分の気持ちを押し殺して任務に徹してきた彼らだからこそその反動は大きく、自分の心に正直になって欲しいものは欲しい、やりたいことをやりたいと思ってしまう。

しかし彼らのキオンへの忠誠心が消えてしまったというわけではない。

むしろ祖国を愛し大切に思っているから「逃亡」などという二文字は彼らの頭の中にはない。

現在の彼らはキオンに帰国の目処が立たず不安でいるし、帰国できたとしても任務失敗による処分は避けられないことはわかっている。

だから叶わぬことであると知りながらも、夢を見ずにはいられない。

逃れることのできない過酷な現実からの逃避として彼女と過ごす楽しい時間を夢見ているのだ。

 

 

◆◆◆

 

 

「霧科ツグミ誘拐及び『ミリアムの(ブラック)トリガー』強奪未遂事件」は無事一件落着となったわけだが、ツグミにはもうひとつ大きな問題が残されていた。

忍田が難しい顔でツグミに言う。

 

「ツグミ、迅からは話を聞いているが、おまえの口からも例の件を説明してもらわねばならない。良い機会だ、私たちの前できちんと話してもらおうか」

 

忍田の言う「例の件」とは昨夜の迅の「交際宣言」についての事実確認である。

迅から「忍田さんには俺たちのことを話した」と聞かされていたから心の準備はできていたし、ツグミにとって特に後ろめたい気持ちはなく、健全な男女交際であるという自信があるから堂々としたものだ。

ただ全部正直に話してしまうのは都合が悪いので、一部は誤魔化すことにしている。

そしてそのための布石はできていた。

 

ツグミはこれまでの迅への想いや、彼のためにできることをしたいという意思、自分がボーダーを続けるだけではなくこれから先の人生をより良く生きていくためには彼が必要であるといった気持ちを正直に告白した。

忍田たちもツグミと迅の結びつきが単なる「旧ボーダー時代からの仲間」ではないことは重々承知していたし、誰よりも相手のことを深く理解しているということもわかっている。

しかし兄妹のように育ったふたりの姿を父親の立場で見ていたから、彼らが恋愛関係にまで発展していたとは知らずにいて驚いているだけ。

よって反対する理由は見つからず、忍田も娘の幸せのためには認めてやるのが父親としての役目であると自分に言い聞かせるしかない。

 

(しかし…このふたり、どこまで進んでいるのだろうか? 迅は手を繋いだりハグはしたと言っていた。告白したのも昨日のことだという話だから、その言葉に嘘がなければ性交渉には至っていないはずだ。いや、そこまでいっていないとしてもキス…くらいはしているかもしれない。そこはハッキリさせておいた方が良いかもしれん。…だがそんなことを訊けばまた『自分が同じ立場だったら()()かもしれないからと、彼が()()だろうなんて考えること自体がイヤラシイ』と反撃されてますます嫌われるのがオチだ。ここは娘のことを信じる()()父親でいよう)

 

忍田は結局ツグミに「迅との関係」の進展具合については訊()なかった。

だから彼女も父親に嘘をつくようなことにはならず、交際も公認となったことでふたりにとっての最大の障害は超えたことになったのだが、念には念を入れておく。

 

「わたしが玉狛支部を出てひとり暮らしをすることに決めた理由のひとつにジンさんとのことがあります。常に一緒にいたふたりだから相手のことを良く知っているようで知らないということもありえます。だから少し距離を置いてお互いを見詰め直すことで、見えなかったものが見えるようになり、一時の衝動によって道を踏み外すようなことにはならないでしょう。相手のことをより良く知るため、そして絆を深めるためには必要だとわたしは考えています。もしこの物理的な距離でふたりの心の距離が離れてしまうというのなら、それはふたりが赤い糸で繋がっていなかったということです。わたしとジンさんがお互いを必要としているのは単なる依存であるのか、それとも真実の愛であるのか…これでハッキリすると思います」

 

忍田たち、特に林藤はツグミと迅が交際することについて反対はしないが、同じ屋根の下で暮らしていて()()()()はずはなく、一緒に暮らす思春期真っ只中の青少年たちに悪影響を与える可能性を危惧していた。

しかし彼女が非常に冷静で思慮深い娘であったことを知り、その心配はないと悟った。

こうなると忍田に言えることはひとつしかない。

 

「おまえがそこまで考えて行動しているのなら、私はもう何も言わない。それにもうおまえたちは自己の判断で正しい行動ができる大人だ。()()()が起きることはないと信じている。この件は以上だ」

 

「はい。きちんと()()()行動をするよう常に心掛けるようにいたします」

 

ツグミはそう答えた。

これで彼女が「迅とイチャイチャしたい」という理由でひとり暮しを決めたなどと誰も想像もしないだろう。

もちろんそれだけが理由ではなく、玉狛支部とその仲間たちへの依存からの脱却や迅との物理的な距離を持つためだと言ったことも嘘ではない。

だから遊真がそばにいて彼女の話を聞いていたとしても「嘘はついていない」と断言するはずで、誰も彼女の術中に陥ったことに気付くことは永遠にないだろう。

 

 

◆◆◆

 

 

本部司令執務室を出たツグミはひと仕事終えたという心地良い疲れを感じていた。

すべては彼女の思い通りに進み、迅との交際やひとり暮しのことについても()()に承認されたことになるのだから。

迅はというと忍田たちにいろいろ責められるのではないかと心配していたものだから、あまりにも呆気なく事が済んでしまい、ホッとしたと言うよりも妙に落ち着かない。

人気のない廊下をふたりで並んで歩きながらツグミは言った。

 

「ジンさん、何も心配することはないですよ。もうこの件で真史叔父さんたちが口を挟むことはないはずです。なにしろわたしたちは自己の判断で正しい行動できる大人と認めてもらえたんですから、()()なことをしても許されるってことです」

 

彼女の意味深な目と言い方で、迅はこれがすべて彼女の策略であり、老獪な大人たちをも上手く嵌めたのだということに気が付いた。

 

「ジンさんは普段からアヤシイ行動をしていて、玉狛支部にも帰って来ないことが多いですから、外泊したところで誰も疑いはしません」

 

そして迅は最後の言葉でトドメを刺されてしまった。

 

「次のジンさんの誕生日はわたしの新しい部屋で、ふたりきりでお祝いしましょうね。プレゼントはもちろん部屋の合鍵ですよ」

 

それを聞いた迅の顔は一瞬で真っ赤になり、それを見られたくないものだから慌てて後ろを向いて叫んだ。

 

「す、すまない、ツグミ! トイレ、行ってくる! おまえは先に行って待っててくれー!」

 

そして全速力で駆け出した。

それの後ろ姿を唖然としてツグミは見送った。

 

(ジンさん、よっぽどトイレを我慢していたのね…)

 

 

ツグミには迅を煽る気などまったくない。

合鍵を渡す意味も深く考えてはおらず、信頼の証として自分の部屋の鍵を渡す、というくらいにしか考えていないのだ。

しかし男である迅にとって合鍵を渡されることは、すなわち「いつでも()()()()になってもかまわない」と言われているようなもの。

勝手に頭の中で()()()を妄想して興奮してしまうのも無理はない。

 

(わざと無邪気なフリをする計算高い女はいるけど、ツグミの場合は計算じゃなくて天然なんだよな。それが可愛いし愛おしいと思えるんだけど、どう対応していいのかわからなくなる。俺に対してだけならいいけど、これを他の男にされたらたまったもんじゃないぜ…)

 

火照った顔を冷やそうとして冷水で顔を洗う迅。

何度も水を顔にかけるものだから、頭から胸元まで濡れてしまう。

しかしそこで大事なことに気が付いた。

 

(ヤバイ…。タオル、持ってねえ。どうしよう…。…仕方がない、か)

 

そしてずぶ濡れの犬が頭をブルブルと振って水を弾き飛ばすように、迅も頭を振って水気を切るしかなかった。

 

 

 

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