ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
夕食後、玉狛支部の全員がミーティングルームに集まってツグミから今回の事件の顛末を聞くことになった。
林藤やレイジから中途半端に話を聞いていたから誰もが余計に気になっており、学生組は授業も上の空だったようで、京介はバイトのシフトを急遽変更してもらったくらいである。
話が長くなるだろうということで、飲み物と菓子を十分に用意してからツグミの「ひとり舞台」が始まった。
ツグミは自分の父親がエウクラートンから亡命した
それが自分の説明責任で、果たすべき義務であると考えているからである。
そして皆が一番知りたがっているミリアムの
元々玉狛支部のメンバーは城戸派のように「
それは単に
だからツグミが熱心にゼノンたちの弁護をし、キオンの諜報員ではない
その上でミリアムの
ツグミを除く全員 ── 林藤と迅によってゼノンとリヌスとテオもその場に連れて来られた ── を管制室に集めると、自分は訓練室に入ってミリアムの
そして本部基地で行ったことと同じラッド100匹とモールモッド50匹を仮想戦闘モードではなく実際にトリオンを消費する形で倒すデモンストレーションを行う。
その光景で誰の目にも「
そこに訓練室から出て来たツグミが管制室に戻って来た。
「……!?」
その場にいた誰もがツグミの様子の異変に気付き、言葉を失った。
換装を解いて生身になっている彼女は訓練室に入る前とは姿がガラリと変わっていて、明らかにやつれてしまっているのがわかるのだ。
原因は急激なトリオンの消耗によるもので、それでも気丈に振舞っているものだから誰も彼女に声を掛けられずにいた。
「これがミリアムの
そこまで言ったところで足元がふらつき、ツグミは壁に手を付いた。
しかし何もなかったような顔をして姿勢を立て直すと説明を続ける。
「…失礼しました。話を続けます。人型であればトリオン伝達脳かトリオン供給機関を攻撃し、相手は換装が解けて生身の身体になってしまいます。この時点で敵は戦闘能力を失うのですから降伏勧告し、投降した敵を捕虜として拘束するのが通例です。ですがトリオン兵と人型が混在し、敵がまだ戦闘可能な状態であれば次の攻撃をしなければなりません。そしてその攻撃はトリオン兵にだけ向けられるのではなく、使用者が一度敵だと認定した人型は生身であっても攻撃を受けます。そうなると相手は生身ですから、狙われるのはその人のトリオン器官になるわけです」
生身の状態でトリオン器官を攻撃されたら死亡してしまうことは誰もが知っている。
ミリアムの
そしてそのさらに上を行く驚愕の事実に背筋が凍りついた。
「このミリアムの
使いすぎて使用者本人のコントロールが効かなくなったミリアムの
敵を殲滅するために味方まで死なせてしまうというのは本末転倒で、これまで誰もその存在すら知らされなかったことの意味も悟った。
現在では
しかし
「過去に適合者はふたりいて、ひとり目の人はこの能力とリスクについて詳しく知らなかったようで、味方にも大きな犠牲を出しながらも敵を殲滅し、本人もトリオンの使い過ぎで衰弱してそのまま回復せずに亡くなったそうです」
「……」
「ふたり目は能力と危険であることを承知で使用しましたが、幸い敵の数が少なくて暴走してしまう前に使用を停止させたことで死に至ることはありませんでした。そして3人目がわたしです。正式な発表はまだ先になりますが、わたしはこのミリアムの
「………ええぇぇぇぇえっ!?」
しばらくの沈黙の後、事情を知っている迅と林藤、ボーダー組織のことを知らないキオンの3人以外のメンバーは皆でタイミングを合わせたかのように驚きの声を上げた。
ここまでミリアムの
「ちょっと、ツグミ、どういうことかちゃんとあたしたちにわかるように説明しなさいよ」
真っ先に声を上げたのは小南であった。
「はい、みなさんに納得してもらえるよう説明します。ですがそろそろミーティングルームに戻りませんか? 座ってゆっくりお話したいです。ゼノン隊長たちには改めて明日にでもお話しますので、お部屋に戻ってください」
笑顔で言うツグミだが、実際はトリオンの消耗で立っていることすら辛くなっていて、それを悟られたくないから笑っているだけなのだ。
本当なら今日中にゼノンたちにも話をしたかったのだが、自分でも無理だとわかって明日に延期した。
それくらい生身の身体にもダメージを受けているといえよう。
ミーティングルームに戻ったツグミはすぐにソファの背もたれに身を預けると、ゆりの淹れてくれたミルクティーをゆっくり味わうように飲み干した。
そしてひと息ついたところで改めて彼女は皆に事情を説明し始める。
「先に言っておきますが、これは城戸司令、忍田本部長、林藤支部長のお三方も承認していることですので、この決定事項に変更はありません」
ツグミがB級ランク戦に参戦することを誰にも相談せずに決めてしまい事後承諾となってしまったことがあり、小南から「玉狛支部全体に関わる大事なことはあたしたちにまず相談しなさい」と釘を刺されていたものだから、「納得できないと言っても決定は覆らない」と先に宣言しておいたのだ。
「
「そんなことはわかっているわよ! でもその
小南は怒っているから言い方がきつくなるが、本心はツグミのことを心配して言っている。
また小南の怒りは他のメンバーの代弁でもあると知っているから、ツグミは全員にわかってもらうまで説得をする覚悟でいた。
ミリアムの
「わたしには
「でも使っているうちにコントロールが効かなくなって、敵味方関係なく攻撃をすることになるらしいじゃないの。それに自分だって死ぬかもしれないっていうのに使うつもり? 自分なら上手く使えるから大丈夫だなんて言わないでよ!」
「いいえ、わたしはきっと
「でもあんたが持っていると知ったらキオンの連中みたいのが
「はい、それは承知しています。でももしそんなバカなヤツが現れたら
ツグミは内緒という意味で人指し指を唇に当てて「しーっ」というジェスチャーをした。
「この説明で城戸司令と忍田本部長と林藤支部長、そしてジンさんはわたしをミリアムの
ツグミが他人の意見を聞いて自分の意思を曲げるということがない
修と遊真と千佳も知り合ってまだ2ヶ月ほどしか経っていないが、彼女が大規模侵攻やB級ランク戦の参戦など重要な場面で自分自身の経験や知識をフル稼働していくつもある選択肢の中から
ヒュースはツグミがS級になることや玉狛支部を出て行くことについて何も関心はない。
ただ彼女の存在が今後の
逆に今のうちに味方につけておけば役立つかもしれないので彼女との接し方は慎重にすべきだろうなどと考え込んでしまう。
そして部屋の中に長く重い沈黙が流れた。
ツグミの選択が正しいのかそうでないのか判断できる人間はここにいない。
迅ですら彼女の未来はまだ何も視えてはいないのだから、ここで何の根拠もなく反対することができるはずがないのだ。
今は彼女の選択を尊重し、やりたいようにさせるしかない。
ただし誰もが心の中でそう思っていてもなかなか言い出せるものではなく、特に反論の急先鋒でいた小南は自分の負けを認めるようなものだから絶対に言えない。
しかしこの停滞した空気を一変させる
「ツグミのしたいようにさせてやればいい。おれたちはツグミがしっぱいしたりなくようなことがあったときに、いつでもかえれるばしょをよういしておいてやればいい。それがツグミのなかまでありかぞくであるおれたちのつとめだ」
陽太郎もツグミが玉狛支部を出て行くことに賛成しているというわけではない。
彼女がいなくなることを寂しく感じていて、できることならこれまでのように一緒に暮らしたいと思っている。
それでも彼女の意思を尊重して快く送り出し、もし帰りたいと思うような辛いことがあれば温かく迎えてやれば良いという発言をした。
5歳児がここまで大人びたことを言うのだから、周りの
小南も振り上げた拳の下ろしどころを見付けたようで、ヤレヤレといった感でツグミに言う。
「あたしはまだ許してはいないけど、みんなが賛成するというならそれに従うわ。陽太郎もこう言うんだし、何かあったら遠慮なく戻って来るのよ。いいわね?」
「はい、わかりました」
そう答えたツグミは心の中で呟いた。
(自分の居場所を失うことを恐れていた自分がすごく愚かしい。