ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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124話

 

 

夕食後、玉狛支部の全員がミーティングルームに集まってツグミから今回の事件の顛末を聞くことになった。

林藤やレイジから中途半端に話を聞いていたから誰もが余計に気になっており、学生組は授業も上の空だったようで、京介はバイトのシフトを急遽変更してもらったくらいである。

話が長くなるだろうということで、飲み物と菓子を十分に用意してからツグミの「ひとり舞台」が始まった。

 

ツグミは自分の父親がエウクラートンから亡命した近界民(ネイバー)であることやボーダーの創設に関わったことなど、自分も初めて聞かされて驚いたことや、織羽によって近界(ネイバーフッド)からこちら側の世界に持ち込まれた(ブラック)トリガーが今回の事件の発端であったことなど、既に林藤が皆に教えていたことであってもすべて自分の口から説明をした。

それが自分の説明責任で、果たすべき義務であると考えているからである。

そして皆が一番知りたがっているミリアムの(ブラック)トリガーの能力については後回しにし、先にゼノンたちの人柄や自分がいかに丁寧な扱いを受けたのかを話した。

元々玉狛支部のメンバーは城戸派のように「近界民(ネイバー)は悪である」という考えを持たず、敵意を持たない近界民(ネイバー)には融和的であるからツグミの言葉に耳を傾けてくれるのだが、彼女のように手放しで受け入れてくれるのはさすがに難しい。

それは単に近界民(ネイバー)を受け入れられないというのではなく、大切な家族・仲間を危険な目に遭わせたことが許せないからである。

だからツグミが熱心にゼノンたちの弁護をし、キオンの諜報員ではない()()としての彼らと接してほしいと言って深く頭を下げたことで、納得はできないまでも理解はしようということで収まりがついたのだった。

その上でミリアムの(ブラック)トリガーの能力について説明するのだが、彼女は「口で説明するよりも実際に見た方が早い」と言って皆を地下訓練室へと案内した。

ツグミを除く全員 ── 林藤と迅によってゼノンとリヌスとテオもその場に連れて来られた ── を管制室に集めると、自分は訓練室に入ってミリアムの(ブラック)トリガーを起動した。

そして本部基地で行ったことと同じラッド100匹とモールモッド50匹を仮想戦闘モードではなく実際にトリオンを消費する形で倒すデモンストレーションを行う。

その光景で誰の目にも「追尾弾(ハウンド)の性能をはるかに上回る追尾能力と攻撃力を持つ」とわかったが、これだけではミリアムの(ブラック)トリガーが危険であるから使用が禁止されていて適合者探しさえしなかった理由はわからない。

そこに訓練室から出て来たツグミが管制室に戻って来た。

 

「……!?」

 

その場にいた誰もがツグミの様子の異変に気付き、言葉を失った。

換装を解いて生身になっている彼女は訓練室に入る前とは姿がガラリと変わっていて、明らかにやつれてしまっているのがわかるのだ。

原因は急激なトリオンの消耗によるもので、それでも気丈に振舞っているものだから誰も彼女に声を掛けられずにいた。

 

「これがミリアムの(ブラック)トリガーの能力です。追尾弾(ハウンド)の強化版のようなもので、風刃のように目に見える範囲が射程となります。トリオンキューブは使用者が敵だと見なしたものを自動追尾するのですが、正確に弱点を狙うのでたった1発で倒すことができます。ただしこの追尾は使用者の意思でコントロールできません。たぶんトリオン値の一番高い部位を攻撃するようになっているんでしょう。ですからトリオン兵の場合は何の問題もありません。しかしこれが人型近界民(ネイバー)であった時に問題が発生するのですが ──」

 

そこまで言ったところで足元がふらつき、ツグミは壁に手を付いた。

しかし何もなかったような顔をして姿勢を立て直すと説明を続ける。

 

「…失礼しました。話を続けます。人型であればトリオン伝達脳かトリオン供給機関を攻撃し、相手は換装が解けて生身の身体になってしまいます。この時点で敵は戦闘能力を失うのですから降伏勧告し、投降した敵を捕虜として拘束するのが通例です。ですがトリオン兵と人型が混在し、敵がまだ戦闘可能な状態であれば次の攻撃をしなければなりません。そしてその攻撃はトリオン兵にだけ向けられるのではなく、使用者が一度敵だと認定した人型は生身であっても攻撃を受けます。そうなると相手は生身ですから、狙われるのはその人のトリオン器官になるわけです」

 

生身の状態でトリオン器官を攻撃されたら死亡してしまうことは誰もが知っている。

ミリアムの(ブラック)トリガーは使用者が敵だと認めたものが活動を停止するまで攻撃をし続けるものだと知り、その場にいた全員の間に戦慄が走った。

そしてそのさらに上を行く驚愕の事実に背筋が凍りついた。

 

「このミリアムの(ブラック)トリガーはトリオンの出力を調整することができるようで、上手く使えば力強い味方になるでしょう。ですが使用することのリスクの高さが問題となり、これまで()()されていたんです。このわたしの姿を見ておわかりのように、()()はトリオンの消費が非常に激しいです。たった2発で、それも2発目は出力を抑えたというのにこのザマです。もっともまだトリオンの回復が十分ではないせいで、通常よりも生身の身体に大きなダメージが加わったのだと思いますけど。…そして実戦に投入するとなれば戦況が不利になっている場合でしょうから、1発2発で済むとは思えません。(ブラック)トリガーの力でトリオン能力が底上げされると言っても何度も繰り返しているうちにトリオンは減少し、そのうちに使用者はトリガーだけでなく自分自身をもコントロールできなくなり、その結果暴走してしまうのだそうです。そして敵味方の区別がつかなくなって味方にまで攻撃を加えてしまう。この意味はわかりますよね?」

 

使いすぎて使用者本人のコントロールが効かなくなったミリアムの(ブラック)トリガーは味方をも()()ということである。

敵を殲滅するために味方まで死なせてしまうというのは本末転倒で、これまで誰もその存在すら知らされなかったことの意味も悟った。

現在では緊急脱出(ベイルアウト)のシステムがあるから使用者の視界から消えればさすがの追尾弾(アピス)でも追いかけて来ることはできない。

しかし緊急脱出(ベイルアウト)ができないS級やC級、民間人などが付近にいた時に暴走状態になれば彼らを巻き込むことになる可能性を秘めているわけだから使うことが非常に危険であることに変わりはないのだ。

 

「過去に適合者はふたりいて、ひとり目の人はこの能力とリスクについて詳しく知らなかったようで、味方にも大きな犠牲を出しながらも敵を殲滅し、本人もトリオンの使い過ぎで衰弱してそのまま回復せずに亡くなったそうです」

 

「……」

 

「ふたり目は能力と危険であることを承知で使用しましたが、幸い敵の数が少なくて暴走してしまう前に使用を停止させたことで死に至ることはありませんでした。そして3人目がわたしです。正式な発表はまだ先になりますが、わたしはこのミリアムの(ブラック)トリガーの所有者としてS級に昇格。同時に本部へと転属することになりました」

 

「………ええぇぇぇぇえっ!?」

 

しばらくの沈黙の後、事情を知っている迅と林藤、ボーダー組織のことを知らないキオンの3人以外のメンバーは皆でタイミングを合わせたかのように驚きの声を上げた。

ここまでミリアムの(ブラック)トリガーの危険性を説明した本人が涼しい顔で言うのだから当然の反応である。

 

「ちょっと、ツグミ、どういうことかちゃんとあたしたちにわかるように説明しなさいよ」

 

真っ先に声を上げたのは小南であった。

 

「はい、みなさんに納得してもらえるよう説明します。ですがそろそろミーティングルームに戻りませんか? 座ってゆっくりお話したいです。ゼノン隊長たちには改めて明日にでもお話しますので、お部屋に戻ってください」

 

笑顔で言うツグミだが、実際はトリオンの消耗で立っていることすら辛くなっていて、それを悟られたくないから笑っているだけなのだ。

本当なら今日中にゼノンたちにも話をしたかったのだが、自分でも無理だとわかって明日に延期した。

それくらい生身の身体にもダメージを受けているといえよう。

 

 

ミーティングルームに戻ったツグミはすぐにソファの背もたれに身を預けると、ゆりの淹れてくれたミルクティーをゆっくり味わうように飲み干した。

そしてひと息ついたところで改めて彼女は皆に事情を説明し始める。

 

「先に言っておきますが、これは城戸司令、忍田本部長、林藤支部長のお三方も承認していることですので、この決定事項に変更はありません」

 

ツグミがB級ランク戦に参戦することを誰にも相談せずに決めてしまい事後承諾となってしまったことがあり、小南から「玉狛支部全体に関わる大事なことはあたしたちにまず相談しなさい」と釘を刺されていたものだから、「納得できないと言っても決定は覆らない」と先に宣言しておいたのだ。

 

(ブラック)トリガーの所有者が自動的にS級扱いされる規定になっていますので、わたしがミリアムの(ブラック)トリガーを持つのであれば本人の意思に関係なくS級に昇格されます」

 

「そんなことはわかっているわよ! でもその(ブラック)トリガーがすごく危険なものだってあんたが言ったばかりじゃないの。だったらそんなものはこれまでどおり本部の金庫に入れておいて、あんたはB級のままでいればいいだけ。それともランク戦が面倒になって、手っ取り早く昇格しようってことじゃないわよね?」

 

小南は怒っているから言い方がきつくなるが、本心はツグミのことを心配して言っている。

また小南の怒りは他のメンバーの代弁でもあると知っているから、ツグミは全員にわかってもらうまで説得をする覚悟でいた。

ミリアムの(ブラック)トリガーを右手で固く握りながらツグミはひとりひとりの顔を見て言う。

 

「わたしには()()を持つ資格があります。よって使う権利も使わない自由も持っているわけで、わたしは自分の意思で使うことに決めました。金庫の中で保管するという道もありますがそれでは何の意味もなく、誰かが所持し、使用するということによってその存在が意味を持つんです」

 

「でも使っているうちにコントロールが効かなくなって、敵味方関係なく攻撃をすることになるらしいじゃないの。それに自分だって死ぬかもしれないっていうのに使うつもり? 自分なら上手く使えるから大丈夫だなんて言わないでよ!」

 

「いいえ、わたしはきっと()()を上手く使えるはずです。ただ、使うと言ってもさっきみたいにトリオンキューブを敵に向けて放つのではありません。このミリアムの(ブラック)トリガーは敵を攻撃するために所持するのではなく、もし攻撃を仕掛けてきたのなら()()を使って反撃して甚大な損害を与えるぞ、という意思と能力があることをあらかじめすべての近界民(ネイバー)に広めておいて攻撃を未然に思い留まらせるために持つんです。玄界(ミデン)のボーダーという組織の一員である霧科ツグミがミリアムの(ブラック)トリガーを持っていて、いざという時には使う覚悟があるのだということを知っていれば不用意に襲って来ることはないでしょう」

 

「でもあんたが持っていると知ったらキオンの連中みたいのが()()を奪おうとして襲って来て、また危険な目に遭うかもしれないのよ」

 

「はい、それは承知しています。でももしそんなバカなヤツが現れたら()()()()トリガーで叩きのめしてやります。それにボーダーには優秀なトリガー使いが大勢いて、()()軍事大国・アフトクラトルの大軍と戦って撤退に追い込んだという実例があります。そのこともついでに喧伝しておけば効果はバッチリですよ。あ、わたしがハイレインの(ブラック)トリガーでトリオンキューブにされたことは内緒です」

 

ツグミは内緒という意味で人指し指を唇に当てて「しーっ」というジェスチャーをした。

 

「この説明で城戸司令と忍田本部長と林藤支部長、そしてジンさんはわたしをミリアムの(ブラック)トリガーの正式な所有者と認めてくれました。貴重な(ブラック)トリガーなんですから金庫の中で眠らせておくよりも、もっと効果的な使い道があるはず…と考えた結果がこれです。大事なことなのに相談せずに決めてしまいまってすみません。でもこうすることが最善であると、わたしの未来視(サイドエフェクト)が言っているんです。…そしてそれに伴いわたしは本部へ転属することになります。これについてはわたしのワガママばかり通すことはできませんから仕方がありません。さらに玉狛支部(ここ)を出てひとり暮らしすることになりますが、これは本部の転属とは無関係です。いつまでもこの居心地の良い玉狛支部(ホーム)の中で生きていくことはできない。いずれ旅立つ時が来ると考えていて、それが今なのだと思って決心しただけですから」

 

ツグミが他人の意見を聞いて自分の意思を曲げるということがない()()()()での頑固者であることは古参のメンバーは良く知っている。

修と遊真と千佳も知り合ってまだ2ヶ月ほどしか経っていないが、彼女が大規模侵攻やB級ランク戦の参戦など重要な場面で自分自身の経験や知識をフル稼働していくつもある選択肢の中から()()()答えを選んだ姿を見ている。

ヒュースはツグミがS級になることや玉狛支部を出て行くことについて何も関心はない。

ただ彼女の存在が今後の近界(ネイバーフッド)の国々と玄界(ミデン)の関係を大きく変えることになる可能性が高く、彼女が特定の国 ── 特にキオンと深い関わりを持つことになればアフトクラトルにとっては非常に都合が悪い。

逆に今のうちに味方につけておけば役立つかもしれないので彼女との接し方は慎重にすべきだろうなどと考え込んでしまう。

そして部屋の中に長く重い沈黙が流れた。

 

ツグミの選択が正しいのかそうでないのか判断できる人間はここにいない。

迅ですら彼女の未来はまだ何も視えてはいないのだから、ここで何の根拠もなく反対することができるはずがないのだ。

今は彼女の選択を尊重し、やりたいようにさせるしかない。

ただし誰もが心の中でそう思っていてもなかなか言い出せるものではなく、特に反論の急先鋒でいた小南は自分の負けを認めるようなものだから絶対に言えない。

しかしこの停滞した空気を一変させる()()が立ち上がった。

 

「ツグミのしたいようにさせてやればいい。おれたちはツグミがしっぱいしたりなくようなことがあったときに、いつでもかえれるばしょをよういしておいてやればいい。それがツグミのなかまでありかぞくであるおれたちのつとめだ」

 

陽太郎もツグミが玉狛支部を出て行くことに賛成しているというわけではない。

彼女がいなくなることを寂しく感じていて、できることならこれまでのように一緒に暮らしたいと思っている。

それでも彼女の意思を尊重して快く送り出し、もし帰りたいと思うような辛いことがあれば温かく迎えてやれば良いという発言をした。

5歳児がここまで大人びたことを言うのだから、周りの()()たちがつべこべ言うわけにはいかない。

小南も振り上げた拳の下ろしどころを見付けたようで、ヤレヤレといった感でツグミに言う。

 

「あたしはまだ許してはいないけど、みんなが賛成するというならそれに従うわ。陽太郎もこう言うんだし、何かあったら遠慮なく戻って来るのよ。いいわね?」

 

「はい、わかりました」

 

そう答えたツグミは心の中で呟いた。

 

(自分の居場所を失うことを恐れていた自分がすごく愚かしい。玉狛支部(ここ)は居場所ではなくても、帰ることのできる場所なのだと思うだけで、こんなに安らいだ気持ちになれるんだもの…。ありがとう、ヨータロー)

 

 

 

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