ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

145 / 721
126話

 

 

「霧科ツグミ誘拐及びミリアムの(ブラック)トリガー強奪未遂事件」は、ツグミに彼女の知らなかった過去及び知りたくなかった事実を突きつけることとなった。

彼女にとってかなりショックなことも多く、(ブラック)トリガー使用によるトリオン消費が尋常でなかったのも精神的なダメージが大きく影響しているものと思われる。

しかしこの事件は彼女だけではなく、彼女に関わる周囲の人間にも様々な影響をもたらした。

特に近界(ネイバーフッド)の事情をまったくと言って良いほど何も知らない修と千佳には衝撃が大きく、遊真を加えた3人は修の部屋で顔を付き合わせていた。

その中で、修は深刻そうな顔をして遊真と千佳に懺悔をするかのように言った。

 

「ぼくたちは遠征部隊に入って麟児さんや千佳の友人を探すことを目的として部隊(チーム)を組んだ。その気持ちは今でも変わりなく、みんなで頑張ってきたおかげで手の届きそうな場所まで来ている。でも周りの人たちから見たら近界(ネイバーフッド)のことを何も知らないぼくたちの姿は滑稽に見えていたかもしれない。空閑は実際に近界(ネイバーフッド)で戦っていたから身に染みて知っているだろうけど、ぼくと千佳はアフトクラトルとの戦いで近界民(ネイバー)(ブラック)トリガーのことを少し知っただけ。ボーダーはトリオン体で戦うから負傷することはないし死ぬこともないと思っていた。そしてこの戦いでぼくは戦いが死と背中合わせのものだと身をもって知ったけど、むしろこれくらいで知った気でいた分タチが悪い」

 

「「……」」

 

近界(ネイバーフッド)の戦いはぼくや千佳が想像している以上に厳しいものなんだ。激しい戦いの中で追い詰められていき、誰かが(ブラック)トリガーにならなければみんなが死んでしまうという状態になることもありえる。そしてそれを使うことで得られるものは大きくても、失うものはもっと大きい。5年前の遠征で旧ボーダー時代の隊員の半数が死に、迅さんの師匠が(ブラック)トリガーになったそうだけど、ぼくたちがやろうとしていることも同じような結果を生むかもしれないことなんだ。近界(ネイバーフッド)では()がぼくたちの世界よりもずっと身近にあって、場合によっては自分の目の前で仲間が死ぬ。いや自分自身が死ぬことにもなりかねない。ぼくはそのことを考えもせず、()が隣り合わせの戦いをする覚悟なんて全然なかった…」

 

そう言って俯いてしまう修。

大規模侵攻の際、修はツグミを救うために換装を解いて生身の状態となったところをミラの窓の影(スピラスキア)で刺されて瀕死の重傷を負った。

その時は無我夢中で、自分が死ぬかもしれないということに頭が回らなかった。

トリオン体で戦うことに慣れてしまっていたために、戦いの中では負傷や死亡は()()()()()()のことだということを失念していたのだ。

結果として修は死なず、ツグミはアフトクラトルへ連れ去られることはなかったものの、修が死んでツグミがアフトクラトルへ連れ去られることもありえた「紙一重の勝利」でもあったわけだ。

さらに修はゆりから5年前の遠征の話を聞き、その時のメンバーの集合写真を見せられていた。

誰もが笑顔で写っており、撮影した1年後に仲間の半数が死んでしまうことなど想像もしていなかったはずである。

写真の中の城戸は信じられないほどの明るい笑顔を見せていた。

その笑顔が失われ、人がまるっきり変わってしまうほどの惨劇があったのが5年前の遠征なのだと思い知らされ、さらにミリアムの(ブラック)トリガーの由来と能力の話を聞かされたのだから、自分の覚悟が甘っちょろいものだと自省するのも当然である。

千佳も「何も知らなかった」「覚悟がなかった」という点で修と同じ気持ちでいるのは確かで、頭の中に近界(ネイバーフッド)へ行くこと、そして兄と友人を探すことだけしかなかった自分を恥じているようである。

 

そんな修と千佳に遊真が諭すように言う。

 

「誰だってすべてを知った状態で生まれてくるわけじゃない。知らないことがいっぱいあって当然だろ。それで経験を積んでいくうちにいろんなことを知り、学び、それをどう活かしていくのかが大事なんじゃないのか?」

 

「空閑…?」

 

「たしかに近界(ネイバーフッド)はこっちの世界に比べていろいろ危険なことは多いし、戦争に限らず簡単なことで人は死ぬ。こっちの世界ほど食糧事情は良くないし、病院とか医師とか数が少ないからな。だけど近界(ネイバーフッド)がそういうトコロだって遠征する前に気付いてよかったじゃないか」

 

「……」

 

遊真が修の顔を見て言った。

 

「仲間を死なせたくなきゃ強くなればいい。そうすれば自分も死なずに済む。時間はまだあるんだし、そもそもオレたちが()()()()()()()()遠征部隊に選ばれるかどうかは隊長であるオサムにかかっているんだ。そのオサムがそんなんじゃ覚悟も何もないだろ」

 

「…そうだったな。ぼくがもっとしっかりしなきゃいけないのに、これじゃ隊長として失格だ。そのことも気付かせてくれてありがとう、空閑」

 

修の顔に笑顔が戻ると、次は千佳に言う。

 

「チカが兄さんと友だちを助けたいっていう気持ちは本物で、本気で近界(ネイバーフッド)へ行こうって努力をしていたのをオレは知っている」

 

「うん…」

 

千佳が遊真の顔を見て小さく頷いた。

 

「だけど近界(ネイバーフッド)が怖いトコロだと知って行くのが怖くなったか? 兄さんと友だちの救出はボーダーの他の人に任せて自分はこっちの世界で待っていることにするのか?」

 

「ううん、わたしが助けに行く! …でもやっぱり少し怖い。それにわたしのせいで誰かが危険な目に遭ったりしたらどうしようって…」

 

「キドさんたちの話だとチカは遠征艇の留守番、機関員だということだから直接敵と戦うことはないだろうけど、いざという時には自分の身は自分で守らなきゃならない。守られる側にいるから、誰かが自分のせいで危険な目に遭うとか想像することになるんだ。だったら誰かに守ってもらわなくてもいいように強くなればいい。むしろ誰かを守れるだけの力を付ければいい。それだけのことだ。チカには強くなれる素質があるんだからな」

 

「…そうだね。遊真くんの言うとおりだと思う。わたしがどれだけ強くなれるかわからないけど、わたしが強くなった分、みんなの足手まといにならないだけじゃなくて、みんなの役に立てるはずだから、もっと頑張る」

 

千佳も修と同様に笑顔を取り戻して答えた。

 

「オサム、チカ、近界(ネイバーフッド)が怖いトコロで、そんな場所へ行く遠征は危険なことや困難なことがあるってわかったと思うけど、おかげでそれを受けとめる心構えができただろ? それが覚悟ってもんだ。近界(ネイバーフッド)の戦いで死にかけたおれが言うのもなんだけど…いや、死にかけたから言えるのか。とにかく強くなるのは当然必要なんだけど、強くなるとそれが驕りと油断を生む。おれが死にかけたのも自分は強いという驕りがあって、親父の言いつけを守らなかったせいだ。だから戦場においてはいつでも臆病でいることが大事だぞ。臆病だと行動する時には慎重になり、無茶はしなくなる。だから強い臆病者が最後まで生き残るんだって親父が言ってた」

 

遊真の父親 ── 空閑有吾という人間はボーダー創設に大きく関わり、彼は城戸や忍田や林藤といった()()()たちに未来を託した。

そして彼の協力がなければ織羽はこちら側の世界にやって来ることはなく、したがってツグミが生まれることはない。

また彼の教えは遊真を生かし、こちら側の世界へと導くこととなった。

そしてその遊真の存在が修や千佳の人生も大きく変えようとしている。

死してなお有吾はボーダー ── 近界(ネイバーフッド)玄界(ミデン)()()組織 ── に大きな影響を与えていると言えるのだ。

 

「とにかくおれたちは遠征部隊選抜合格がゴールじゃない。その先にあるチカの兄さんと友だちを探し、そして全員で無事に帰還することが最終目的だ。そのために何ができるのかを考え、実行する。それを考えるのが隊長であるオサムの役目だ。 期待しているぞ、隊長」

 

遊真は修の背中をポンと叩き喝を入れる。

 

「修くん、わたしも協力するから一緒に頑張ろうね」

 

千佳にも励まされ、修は自分自身に気合を入れるように言う。

 

「ああ。ぼくたちはまず近界(ネイバーフッド)遠征部隊選抜合格を目指す。幸いヒュースが入ってくれたことで現実味を帯びてきた。今回の遠征先はアフトクラトルだけど、その途中で立ち寄る国で情報を集め、麟児さんと千佳の友人の居場所を突き止める。そしてふたりを救出するんだ。もちろん口で言うのは簡単だけど、実際にやるとなると途方もなく困難で時間がかかり、ゴールなんてまだ全然見えないくらい遠くにある」

 

「「……」」

 

「でも定めたゴールがある以上、少しずつでも前に進めば必ずたどり着くはずだ。だから残る2戦、絶対に負けられない。全力で戦うぞ!」

 

「おう!」 「はい!」

 

修、遊真、千佳の3人は集まった時の表情から一変して清々しい顔になっていた。

B級ランク戦・Round7まであと4日。

彼らは当面の目標である「残る2戦を必ず勝つ」に向けて立ち上がったのだった。

 

 

◆◆◆

 

 

「ゆりさん、少し話をしたいんですけどいいですか?」

 

ミーティングルームを出たゆりの背後からレイジが呼びかける。

 

「話って何かしら?」

 

「ツグミのことです。あいつのことで気になることがいくつかあるんですけど、それを相談できる相手がいなくて…」

 

「…ええ、いいわよ。でも夜も遅いからレイジくんの部屋というわけにはいかないわね。食堂で話をしましょう」

 

ゆりはそう言ってレイジと一緒に無人の食堂へと向かった。

そしてふたり分のコーヒーを淹れるとテーブルを挟んで着席する。

 

「しばらく玉狛支部を留守にしていたけど、その間にずいぶんと様子が変わったわね?」

 

ゆりが口を開くと、レイジが頷いて答えた。

 

「はい。修と遊真と雨取が玉狛にやって来て、俺たち玉狛第1が彼らの師匠となりました。みんな頑張って訓練に励み、B級ランク戦に初参戦だというのにもう上位グループでベテラン勢と順位を競っています。近界(ネイバーフッド)遠征部隊選抜を目標としていますから、これくらいで満足はできませんけど」

 

「でも千佳ちゃんが狙撃手(スナイパー)ならツグミちゃんが師匠になりそうなものだけど、あなたがなったのね?」

 

「はい。あいつは以前に遠征でトラブルを起こしていますから」

 

「ああ、そうだったわね…」

 

「でも直接指導できないからと、他の面ではいろいろ世話を焼いてくれて、修たちもあいつのことをとても慕っています。それはいいんですけど、何かこう…自分を顧みないで無茶をしすぎるんですよ」

 

「具体的には?」

 

「アフトクラトルとの戦いではイルガーという巨大トリオン兵をスラッシュで堕としたり、ラービットという強力な人型トリオン兵を徹甲弾(ギムレット)で何体も撃滅しました。修と雨取を守るために(ブラック)トリガー使いふたりを同時に相手にするなど、並の隊員では考えられないほどの活躍を見せたわけですが、そのせいでトリオンをかなり消耗してしまいました。その後すぐにB級ランク戦にひとり部隊(ワン・マン・アーミー)で参加。それに本部の唐沢部長の仕事の手伝いまでして…身体を休める暇なんて少しもなかったんです。結局、第4戦を終えたところで突然倒れ、その原因がトリオンの減少と生身の身体の酷使による衰弱だったわけです。さらにはキオンの諜報員に拉致されて(ブラック)トリガーを要求されるなんて事件まで起きてしまいました。本人が一番ダメージを受けているはずですけど、毎日あいつの様子を見ていた俺たちが気付いてやればこんなことにはならなかったと思うとやるせないというか、自分が情けなくなってくるんです」

 

レイジには似つかわしくないションボリとした姿で答えた。

その様子にゆりは優しく声をかける。

 

「レイジくんが自分を責めることはないわよ。ツグミちゃんはみんなに心配かけたくなくて普段どおりにしていた…なんてことはないから。たぶん彼女が倒れたのも本人が自分の不調にまったく気付かずにいて突然のことだったと思う。彼女はちゃんと仲間や家族に頼る時にはちゃんと頼ってくるもの。レイジくんだって普段はみんなの相談役になる立場だけど、今みたいに私に相談を持ちかけてくるでしょ?」

 

「…はい。でも(ブラック)トリガーを抑止力として持つというデメリットしかない道を選んだり、玉狛支部を出てひとり暮しするなんていう大事なことも相談してくれなかったです。これは俺たちのことを必要としていないというか、頼りないと思っているからじゃないんですか?」

 

「そんなことで落ち込んでいたの? 玉狛支部を出て行くというのは本人も言っていたけど、彼女にとって旅立ちの時が来たということなのよ。私だってレイジくんだっていつまでも玉狛支部(ここ)で暮らしていくことはできないわ。ボーダーを辞める時か、辞めなくても現役を退いて本部の職員になれば玉狛支部(ここ)を出て行かざるをえない。それに(ブラック)トリガーの件だって本人が考え抜いた末に決めたこと。私は彼女の意思を尊重するけど、レイジくんは反対なの?」

 

「いいえ、そういうわけじゃないんですが、何だかあいつがどんどん遠いところに行ってしまうような気がして、少し寂しいんです」

 

「レイジくんもツグミちゃんのことは実の妹のように可愛がっているものね。でも彼女のことは心配しなくても大丈夫よ。彼女は両親を亡くして忍田さんに引き取られてからずっとボーダーの仲間たちを家族同様に慕っている。実の両親よりも忍田さんや私たちのことを家族だと思ってくれているんだもの、遠くに行ってしまうなんてことはないわよ。迅くんが未来視(サイドエフェクト)で視た『ツグミちゃんがみんなの前からいなくなる未来』だって彼女は自分の力で覆して帰って来たじゃないの」

 

ゆりの言葉にレイジは頷いた。

 

「そうでしたね。ありがとうございます、ゆりさん。だいぶ気持ちが楽になりました」

 

「フフフ…レイジくんも弱みを見せることがあるのね。まあ、それも無理はないけど。私は玉狛のお姉さんなんだからもっと頼ってちょうだい。あなたはみんなのお兄さんだけど、私から見れば可愛い弟なんだもの」

 

「……」

 

ゆりの言葉で呆然としてしまうレイジ。

それは無理もないことなのだが、それがゆりの正直な気持ちである以上どうすることもできない。

 

「どうかしたの、レイジくん?」

 

「…あ、いえ…何でもありません。…でもこれからあいつは大丈夫なんでしょうか? ひとり暮しを始め、本部に転属となれば玉狛支部に来ることはなくなり、相談する機会も失われるんじゃないでしょうか?」

 

「それならきっと大丈夫。私たちよりもずっと心強くて頼りになる人がいるから」

 

「え? …それって誰のことですか?」

 

しばらく玉狛支部を留守にしていたゆりだからこそ、ツグミと迅のわずかな変化に気が付いていた。

ふたりの間に漂う空気が「兄と妹」から「恋人同士」に変わったことにいち早く気付いていたのがゆりなのである。

しかしあえて何も言わずにおくことにした。

 

「それは秘密よ。…さあ、今日はこれくらいにしましょうか。相談事や愚痴だったらいつでも聞いてあげるから」

 

「ありがとうございます。じゃ、俺が家まで送って行きます」

 

「そう? それならお願いするわね」

 

ゆりはふたつのコーヒーカップを片付けると、レイジと一緒に食堂を出た。

 

(ツグミちゃんと迅くんのことはいずれ本人たちがみんなに話すでしょうから、それまでは黙って見守っていてあげましょう。そして教えてくれたら、その時にはお赤飯炊いて盛大にお祝いしてあげなきゃね)

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。