ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
「霧科ツグミ誘拐及びミリアムの
彼女にとってかなりショックなことも多く、
しかしこの事件は彼女だけではなく、彼女に関わる周囲の人間にも様々な影響をもたらした。
特に
その中で、修は深刻そうな顔をして遊真と千佳に懺悔をするかのように言った。
「ぼくたちは遠征部隊に入って麟児さんや千佳の友人を探すことを目的として
「「……」」
「
そう言って俯いてしまう修。
大規模侵攻の際、修はツグミを救うために換装を解いて生身の状態となったところをミラの
その時は無我夢中で、自分が死ぬかもしれないということに頭が回らなかった。
トリオン体で戦うことに慣れてしまっていたために、戦いの中では負傷や死亡は
結果として修は死なず、ツグミはアフトクラトルへ連れ去られることはなかったものの、修が死んでツグミがアフトクラトルへ連れ去られることもありえた「紙一重の勝利」でもあったわけだ。
さらに修はゆりから5年前の遠征の話を聞き、その時のメンバーの集合写真を見せられていた。
誰もが笑顔で写っており、撮影した1年後に仲間の半数が死んでしまうことなど想像もしていなかったはずである。
写真の中の城戸は信じられないほどの明るい笑顔を見せていた。
その笑顔が失われ、人がまるっきり変わってしまうほどの惨劇があったのが5年前の遠征なのだと思い知らされ、さらにミリアムの
千佳も「何も知らなかった」「覚悟がなかった」という点で修と同じ気持ちでいるのは確かで、頭の中に
そんな修と千佳に遊真が諭すように言う。
「誰だってすべてを知った状態で生まれてくるわけじゃない。知らないことがいっぱいあって当然だろ。それで経験を積んでいくうちにいろんなことを知り、学び、それをどう活かしていくのかが大事なんじゃないのか?」
「空閑…?」
「たしかに
「……」
遊真が修の顔を見て言った。
「仲間を死なせたくなきゃ強くなればいい。そうすれば自分も死なずに済む。時間はまだあるんだし、そもそもオレたちが
「…そうだったな。ぼくがもっとしっかりしなきゃいけないのに、これじゃ隊長として失格だ。そのことも気付かせてくれてありがとう、空閑」
修の顔に笑顔が戻ると、次は千佳に言う。
「チカが兄さんと友だちを助けたいっていう気持ちは本物で、本気で
「うん…」
千佳が遊真の顔を見て小さく頷いた。
「だけど
「ううん、わたしが助けに行く! …でもやっぱり少し怖い。それにわたしのせいで誰かが危険な目に遭ったりしたらどうしようって…」
「キドさんたちの話だとチカは遠征艇の留守番、機関員だということだから直接敵と戦うことはないだろうけど、いざという時には自分の身は自分で守らなきゃならない。守られる側にいるから、誰かが自分のせいで危険な目に遭うとか想像することになるんだ。だったら誰かに守ってもらわなくてもいいように強くなればいい。むしろ誰かを守れるだけの力を付ければいい。それだけのことだ。チカには強くなれる素質があるんだからな」
「…そうだね。遊真くんの言うとおりだと思う。わたしがどれだけ強くなれるかわからないけど、わたしが強くなった分、みんなの足手まといにならないだけじゃなくて、みんなの役に立てるはずだから、もっと頑張る」
千佳も修と同様に笑顔を取り戻して答えた。
「オサム、チカ、
遊真の父親 ── 空閑有吾という人間はボーダー創設に大きく関わり、彼は城戸や忍田や林藤といった
そして彼の協力がなければ織羽はこちら側の世界にやって来ることはなく、したがってツグミが生まれることはない。
また彼の教えは遊真を生かし、こちら側の世界へと導くこととなった。
そしてその遊真の存在が修や千佳の人生も大きく変えようとしている。
死してなお有吾はボーダー ──
「とにかくおれたちは遠征部隊選抜合格がゴールじゃない。その先にあるチカの兄さんと友だちを探し、そして全員で無事に帰還することが最終目的だ。そのために何ができるのかを考え、実行する。それを考えるのが隊長であるオサムの役目だ。 期待しているぞ、隊長」
遊真は修の背中をポンと叩き喝を入れる。
「修くん、わたしも協力するから一緒に頑張ろうね」
千佳にも励まされ、修は自分自身に気合を入れるように言う。
「ああ。ぼくたちはまず
「「……」」
「でも定めたゴールがある以上、少しずつでも前に進めば必ずたどり着くはずだ。だから残る2戦、絶対に負けられない。全力で戦うぞ!」
「おう!」 「はい!」
修、遊真、千佳の3人は集まった時の表情から一変して清々しい顔になっていた。
B級ランク戦・Round7まであと4日。
彼らは当面の目標である「残る2戦を必ず勝つ」に向けて立ち上がったのだった。
◆◆◆
「ゆりさん、少し話をしたいんですけどいいですか?」
ミーティングルームを出たゆりの背後からレイジが呼びかける。
「話って何かしら?」
「ツグミのことです。あいつのことで気になることがいくつかあるんですけど、それを相談できる相手がいなくて…」
「…ええ、いいわよ。でも夜も遅いからレイジくんの部屋というわけにはいかないわね。食堂で話をしましょう」
ゆりはそう言ってレイジと一緒に無人の食堂へと向かった。
そしてふたり分のコーヒーを淹れるとテーブルを挟んで着席する。
「しばらく玉狛支部を留守にしていたけど、その間にずいぶんと様子が変わったわね?」
ゆりが口を開くと、レイジが頷いて答えた。
「はい。修と遊真と雨取が玉狛にやって来て、俺たち玉狛第1が彼らの師匠となりました。みんな頑張って訓練に励み、B級ランク戦に初参戦だというのにもう上位グループでベテラン勢と順位を競っています。
「でも千佳ちゃんが
「はい。あいつは以前に遠征でトラブルを起こしていますから」
「ああ、そうだったわね…」
「でも直接指導できないからと、他の面ではいろいろ世話を焼いてくれて、修たちもあいつのことをとても慕っています。それはいいんですけど、何かこう…自分を顧みないで無茶をしすぎるんですよ」
「具体的には?」
「アフトクラトルとの戦いではイルガーという巨大トリオン兵をスラッシュで堕としたり、ラービットという強力な人型トリオン兵を
レイジには似つかわしくないションボリとした姿で答えた。
その様子にゆりは優しく声をかける。
「レイジくんが自分を責めることはないわよ。ツグミちゃんはみんなに心配かけたくなくて普段どおりにしていた…なんてことはないから。たぶん彼女が倒れたのも本人が自分の不調にまったく気付かずにいて突然のことだったと思う。彼女はちゃんと仲間や家族に頼る時にはちゃんと頼ってくるもの。レイジくんだって普段はみんなの相談役になる立場だけど、今みたいに私に相談を持ちかけてくるでしょ?」
「…はい。でも
「そんなことで落ち込んでいたの? 玉狛支部を出て行くというのは本人も言っていたけど、彼女にとって旅立ちの時が来たということなのよ。私だってレイジくんだっていつまでも
「いいえ、そういうわけじゃないんですが、何だかあいつがどんどん遠いところに行ってしまうような気がして、少し寂しいんです」
「レイジくんもツグミちゃんのことは実の妹のように可愛がっているものね。でも彼女のことは心配しなくても大丈夫よ。彼女は両親を亡くして忍田さんに引き取られてからずっとボーダーの仲間たちを家族同様に慕っている。実の両親よりも忍田さんや私たちのことを家族だと思ってくれているんだもの、遠くに行ってしまうなんてことはないわよ。迅くんが
ゆりの言葉にレイジは頷いた。
「そうでしたね。ありがとうございます、ゆりさん。だいぶ気持ちが楽になりました」
「フフフ…レイジくんも弱みを見せることがあるのね。まあ、それも無理はないけど。私は玉狛のお姉さんなんだからもっと頼ってちょうだい。あなたはみんなのお兄さんだけど、私から見れば可愛い弟なんだもの」
「……」
ゆりの言葉で呆然としてしまうレイジ。
それは無理もないことなのだが、それがゆりの正直な気持ちである以上どうすることもできない。
「どうかしたの、レイジくん?」
「…あ、いえ…何でもありません。…でもこれからあいつは大丈夫なんでしょうか? ひとり暮しを始め、本部に転属となれば玉狛支部に来ることはなくなり、相談する機会も失われるんじゃないでしょうか?」
「それならきっと大丈夫。私たちよりもずっと心強くて頼りになる人がいるから」
「え? …それって誰のことですか?」
しばらく玉狛支部を留守にしていたゆりだからこそ、ツグミと迅のわずかな変化に気が付いていた。
ふたりの間に漂う空気が「兄と妹」から「恋人同士」に変わったことにいち早く気付いていたのがゆりなのである。
しかしあえて何も言わずにおくことにした。
「それは秘密よ。…さあ、今日はこれくらいにしましょうか。相談事や愚痴だったらいつでも聞いてあげるから」
「ありがとうございます。じゃ、俺が家まで送って行きます」
「そう? それならお願いするわね」
ゆりはふたつのコーヒーカップを片付けると、レイジと一緒に食堂を出た。
(ツグミちゃんと迅くんのことはいずれ本人たちがみんなに話すでしょうから、それまでは黙って見守っていてあげましょう。そして教えてくれたら、その時にはお赤飯炊いて盛大にお祝いしてあげなきゃね)