ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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127話

 

 

リヌスとテオがツグミの用意したふたり部屋に移動してしまったものだから、残ったゼノンはひとりでぼんやりとしていた。

任務に失敗して虜囚の身となった部隊の隊長ともなれば、考えることはひとつしかない。

 

(俺のことはともかく、リヌスとテオの将来が不安だ…。任務を完遂すれば一等市民として優遇される身分となるはずだったというのに、これでは帰国できたとしてもそれ相応の処分は免れない。三等市民への格下げくらいで済めば良いが、最悪は強制収容所送りだろうな)

 

強制収容所はどの国にもあるが、キオンのような軍事国家の場合は劣悪な環境に置かれて過酷な労働を強いられる他、トリオン能力の高い人間はトリオンを搾取される。

仮にゼノンたちが収容所送りとなれば、トリオン能力の高い彼らは毎日トリオンを搾取され続けることになるだろう。

暗くて不衛生な部屋に繋がれ、慢性的なトリオン不足で衰弱死するまで解放されることはない。

「緩やかな死」という極刑に処せられることになり、それを考えたら寝るに寝られなくなるのも当然だ。

 

(特にテオには家族がいる。若いあいつが諜報という過酷な部隊に志願したのも、家族を一等市民にしたかったからだ。通常は家族にまで処分が及ぶことはないが、あいつが三等市民になれば家族も同様に格下げになるのは免れない。いっそ任務の途中で殉職したことにした方がマシかもしれない。殉職なら遺族年金は出るし、二等市民としてこれまで通りの暮らしは保証されるのだからな。こういう時、俺やリヌスのように独り身は気が楽だ。…いや、そんなことも言ってはいられぬ。(ブラック)トリガーを奪われた俺は収容所送り確定。リヌスもエウクラートンの人間であるから厳罰は避けられない。どうしたものか…)

 

楽しいことを考えて不安を紛らわそうとしても、話し相手がいれば良いがひとりきりになってしまうとそうもいかない。

悪いことばかりが脳裏を掠め、ますます落ち込んでしまう。

そんな軽い鬱の状態のゼノンのもとへ林藤が訪ねて来た。

 

「よう」

 

「こんな時間に尋問か?」

 

怪訝そうな顔のゼノンに林藤は日本酒の一升瓶と猪口を見せながら答えた。

 

「いいや。通りかかったらドアの隙間から明かりが漏れているのを見つけたもんで、起きてるんなら酒でも飲みながら話をしようかと思ったんだが、少しいいか?」

 

捕虜に対して破格の待遇をする玉狛支部の人間 ── ツグミの態度に慣れてしまったから、林藤の行動にも疑問はあるが抵抗感はない。

 

「ああ、かまわない。…しかし貴殿にとって俺は憎い相手のはずだ。なぜ話をしようなどと…?」

 

林藤はドアを閉めると部屋の中に入って行き、空いている椅子に腰掛けると猪口をひとつゼノンの手に持たせた。

 

「まあ、まずは一杯やろうや」

 

林藤はゼノンの猪口に酒を注ぎ、自分の猪口にも同様に注ぐ。

そして一気に飲み干した。

 

「毒なんて入ってねーぞ。ほら、あんたも飲め。どうせ任務優先ってことで玄界(ミデン)の酒なんて飲んだことねーだろ?」

 

そう言いながら林藤は空になった猪口に酒を注いだ。

ゼノンも特に断る理由はなく、恐る恐る猪口に口をつける。

 

「…!?」

 

「な、けっこうイケるだろ?」

 

「ああ、なんとも清々しいキレのある味だ。こんな酒は初めて飲んだ」

 

「これは清酒っていって、米という俺たちの主食になる穀物から作った酒なんだ」

 

「主食となる米から作るだと? …そうか、玄界(ミデン)はそれくらい豊かな国だったな」

 

キオンでは慢性的な食料不足が続いており、主食となる穀物を酒に転用するほどの余裕はない。

それでも人間が生きている以上酒が存在しないはずはなく、ジャガイモを原料とした蒸留酒、こちら側の世界のウォッカのような酒が二等市民以上の人間に広まっている。

だからゼノンが清酒に驚くのも無理はないのだ。

 

「…ところで話とは何だ? 貴殿のその様子だと謝罪の要求ではなさそうなのだが」

 

「謝罪? …まあ、俺にとって娘同様のツグミに対する無礼は許しがたいが、本人が許すって言ってるものを俺が責め立てるのはお門違いだ。だからこの件に関してはこれで手打ちにしよう」

 

林藤はゼノンと自分の猪口同士をカチンと合わせてから飲み干した。

ゼノンも猪口を空にし、林藤はそれぞれの猪口に清酒を注いでから本題を持ち出した。

 

「話ってのはあんたたちの前任者のことだ」

 

「前任者?」

 

「ああ。9年前、あんたたちの前任者がミリアムの(ブラック)トリガーを追っていた途中で行方不明となったという話だったが、そいつはこの三門市までやって来ていた」

 

「それは本当か!?」

 

ゼノンは身を乗り出した。

 

「彼がどうなったのか知っていたら教えてくれ!」

 

すると林藤は上着のポケットから白い和紙に包んだものを取り出し、紙を開いて中身をゼノンに見せる。

そこにあるのは少しウェーブのかかった明るめの栗色の髪の束で、ゼノンにはそれがひと目で誰の()()であるかがわかった。

 

「事件の真相は俺たちにも不明な部分が多い。俺たちが駆け付けた時にはすでに終わっていたからな。だから現場で見た事実だけを話そう」

 

そう言って、林藤はゼノンに告げた。

 

「事件現場にあったのは(ブレード)トリガーによって一刀両断にされたトリオン兵の残骸がひとつ。その少し離れた場所に30代後半から40代前半くらいと思われる近界民(ネイバー)の男がひとり、生身の状態で既に事切れていた。顔は判別がつかないほど滅茶苦茶になっていたが、これは織羽がトリオン製の義手でボコボコに殴ったのだと思う。その織羽は生身で背後からトリオン兵に襲われたらしく、瀕死の状態でいた。彼の妻の美琴もツグミを守ることに必死で、息も絶え絶えな状態でツグミの上に覆い被さっていたが、彼女も生身の背中を鋭い(ブレード)のようなもので斬り裂かれていた。ツグミは母親の血液で血まみれではあったがまったくの無傷だった。そのツグミ以外の3人はその場で死亡が確認され、ツグミには事件の記憶が一切なかったものだから、そこでどのような戦闘があったのかは想像の域を出ない。キオンの人間であるという判断したのも残されたトリオン兵の残骸と使用されたトリガーを詳しく調べた結果、織羽から聞かされていたキオンのものと特徴が一致していたからだ。だが当時はなぜ織羽がキオンの人間に襲われたのか俺や忍田は知らされていなかった。ミリアムの(ブラック)トリガーの存在自体も昨日の夜に知ったばかりで、これで9年前の真相の()()がようやくわかったということになる。よってあんたの同胞の最期についてはこれ以上話したくても話せない」

 

「……」

 

ゼノンは林藤の話を黙って噛み締めるように聞いており、壮絶な最期であったことに胸を痛めていた。

そんな彼に林藤は遺髪を手渡して言う。

 

「こいつは俺たちの仲間を殺した憎い敵ではあるが、死んでしまえばもう敵も味方もない。よって遺体はこちらのやり方で丁重に供養した。火葬し、遺骨は玉狛支部(ここ)の地下室に安置してある。このことは事件に遭遇した俺と城戸さんと忍田の3人しか知らないことだ。ツグミには両親の死はタダの事故だと教えた。この残酷な真相は言えるもんじゃねーからな。…遺骨はいずれあんたたちが帰国する時に渡そうと思う。故郷に帰りたがっているだろうから、一緒に連れて帰ってやってくれ。そうすれば俺の肩の荷も下ろせる」

 

「かたじけない。貴殿の慈悲と死者への懇ろな弔いに深く感謝する」

 

ゼノンは立ち上がると林藤に対して最敬礼をした。

 

「で、この髪の持ち主ってのはあんたにとってどういう人だったんだ? これを見ただけで誰のもんかすぐにわかったようだし」

 

「俺の先輩で恩人だった人だ。俺はこの人から様々なこと…剣術、格闘術、諜報員としての心構えや工作技術、それに酒の味と博打と()もこの人から教わった。厳しい人だったが、この人のおかげで今の自分がある。そういう人だ」

 

林藤はゼノンの話を聞いて、有吾や最上のことを思い出した。

忍田と一緒にヤンチャをしていた懐かしい若き日の想い出。

林藤たちも有吾と最上から良いこと悪いこと含めて様々なことを教わったものだ。

しかし彼らはもうこの世にいない。

ついメランコリーな気分になってしまった林藤はそれをゼノンに悟られまいとして彼に酒を勧めた。

 

「さあ、もっと飲もう。まずはあんたの先輩っていう人と織羽に献杯だ」

 

ゼノンとしても異論はなく、この林藤という()()()()()人間と飲むことで気も晴れるだろうということで承知した。

 

「ああ」

 

林藤はゼノンに猪口を空にさせ、新たに酒を注ぐ。

そして自分の猪口にも注ぎ、ふたりで猪口を掲げた。

 

「「献杯」」

 

 

 

 

林藤は酒のツマミ用のチーズ鱈と焼きスルメの袋をテーブルの上で開いた。

 

「これが案外イケるんだ。あんたも遠慮なくやってくれ」

 

こうしてオジサンふたりの酒盛りが始まった。

彼らは立場上敵同士であり、ゼノンは虜囚であるというビミョウな関係だが、それを離れてしまえば30代前半という同世代の管理職という立場は同じである。

若い部下たちを抱え、反目しあう上層部との間に入って苦労するという同じような悩みを抱えているとわかると同情し、お互い愚痴を言ったり自分の部下を自慢したりと大いに盛り上がった。

そして一升瓶を半分ほどカラにしたところでツマミがなくなり、林藤は一度ゼノンの部屋を出るとしばらくして戻って来た。

彼の手にはキュウリと大根のぬか漬けとイカの塩辛が載った皿がある。

 

「これは初めての奴にはちょっと抵抗があるかもしれないがこの酒にピッタリなんだぜ。直箸でもかまわないよな?」

 

そう言いながら林藤はイカの塩辛を口に入れる。

ゼノンもマネをして塩辛を箸で摘み、口に入れる前にニオイを嗅いでみた。

 

「これは…発酵しているのか?」

 

「ああ。こっちの漬物も清酒もみんな発酵食品だ。近界(ネイバーフッド)にもこういうものがあるのか?」

 

「野菜や牛の乳を使った発酵食品はあるが、これは…魚介類のようだな?」

 

「そのとおり。海で漁れるイカっていう魚介類の身や内臓などを生のままで塩漬けにして発酵させたもんだ」

 

「そうなのか…。近界(ネイバーフッド)は海のある国自体が少ないから魚介類を食べること自体が珍しい。俺はいろいろな国を回ったが、川や湖で漁れる魚しか食べたことはない。海のものは玄界(ミデン)に来て初めて食べた。…たしか『シャケ弁』とかいうコンビニで売っている弁当に切り身が入っていたが、あれは美味かった」

 

ゼノンはそう言って塩辛を口に入れた。

 

「ふむ…何とも言い難い味だ。しかしこの酒には良く合いそうだな」

 

塩辛という未知の味を口内で十分確認し、続いて清酒を飲む。

 

「…うん、素晴らしい。玄界(ミデン)は興味深い国だが、特に豊かな食文化とトリガーを使わない技術に惹かれる。国土そのものがトリガーでできている近界(ネイバーフッド)ではすべてがトリオンとトリガーに依存しており、国土も『人柱』となった人間のトリオン能力や人間性が大きく影響してしまう。また人間の体内から生み出されるトリオンに限界がある以上、人口が増えない限りトリオンも多くは生み出せない。おまけに食糧の生産性が低く、人口を増やすこともできずにいる。その結果他国を侵略し、戦争によって人命を奪い合っているという愚かしい世界だ。しかし玄界(ミデン)はそんなものとは無関係な技術ですべてを回している。人々の表情にもゆとりがあり、皆が幸せそうだ」

 

「まあ、トリオンとトリガーは20年前に有吾と織羽がこちら側の世界に持ち込むまでは言葉すら知らなかったからな」

 

林藤はそう言ってゼノンの猪口に清酒を注いだ。

 

「そもそもボーダーという組織はトリオンとトリガーを専守防衛のみに使用している。だから俺たちの世界ではトリオンなんてものを知っているのはボーダー関係者だけさ。それにこちら側の世界は近界(ネイバーフッド)と比べると、この地面から生まれる恵みは非常に大きい。とはいえ、その分人口も多いから限られた資源を奪い合うことも世界各地で起きている。しかし武力ではなく話し合いで解決しようと努力し、現在では全面戦争になることはほとんどない。近界(ネイバーフッド)では国の指導者たちが顔を合わせて話をするのは、お互いの国が疲弊してしまって行き詰まった時だけだろ?」

 

「ああ。だからこそ俺たちのような諜報員が暗躍することになるわけだ。俺たちはこれでもキオンでは優秀な諜報部隊だ。手がかりがほとんどないために時間はかかったが、エウクラートンのオリバが玄界(ミデン)に亡命したことを探し当て、霧科ツグミというオリバの娘らしき少女がミリアムの(ブラック)トリガーを持っているだろうと断定。密かに奪う算段であったが、彼女が所持していないということですべてが狂ってしまった。本来なら今頃は遠征艇の中で部下たちと祝杯をあげていたところだ。しかしこのような騒ぎになり、おまけに任務に失敗して玄界(ミデン)の人間と酒を飲むようなことになるとは露ほども思っていなかったよ。まあ、美味い酒の味を知ったことが唯一の収穫かな?」

 

ゼノンはそう言って自嘲の笑みを浮かべた。

 

彼らは任務に失敗した。

しかし約ひと月という短い時間でツグミが織羽の娘であることを調べ上げ、玉狛支部にトリオン兵を放って彼女を精神的に弱らせ、隙のできた瞬間を狙って拉致するという見事な手腕を見せたのも確かである。

ただツグミがミリアムの(ブラック)トリガーを持っていなかったことと、彼女がゼノンたちよりも一枚上手であったことが想定外のことであっただけなのだ。

 

「俺たちもこうして敵同士でなく友好国の人間同士として出会っていればもっと美味い酒になっただろう。それは今からだって遅くはない」

 

林藤は真剣な眼差しで言う。

 

「もしあんたたちが祖国を捨てて亡命する意思があるのなら、俺はできる限り力になろう」

 

「リンドウ支部長…!?」

 

「もちろんあんたたちの祖国への忠誠心はわかっている。祖国を裏切れと言っているのではない。だがもし…そういう気持ちになったらいつでも言ってくれ。ツグミの奴があんたたちのことをひどく気にしている。あいつはあんたたちが帰国すれば厳しい罰が待っていると承知の上だが、キオンでミリアムの(ブラック)トリガーに関わる事件の顛末を報告し、自分がミリアムの(ブラック)トリガーを持っていることも伝えてもらいたいらしい。理由はあいつが自分の口で説明するだろうから俺は言わないでおく。あんたたちが罰を受けると知っていながら帰国しろと言うのは不本意だろうが、それがあいつの考えた最善のシナリオだ」

 

「……」

 

「それでもしあんたたちが亡命すると言ってくれたら、あいつは喜んで仲間として受け入れ、その上でシナリオを書き直すことだろう。あいつは自分にとってだけでなく、近界(ネイバーフッド)玄界(ミデン)双方の世界に住む人間すべてにとっての最善の道を模索している。自分ひとりの力でなんとかなるようなものじゃねえってことを良くわかっていながら、それでも諦めないで自分にできることをしようとするのがあいつの長所なんだが…」

 

「?」

 

「いつでも全力を注ぐものだから見ているこっちはハラハラしたり心配になったりと疲れるんだよ。頑張りすぎて倒れなきゃいいと思っていたところで突然トリオン切れで倒れ、おまけにあんたたちに拉致されたもんだから…」

 

そう言って林藤は頭のてっぺんをゼノンに見せた。

 

「…ほら、この辺の白髪は数日前までなかったんだぜ。今朝、鏡を見たらこうだ。…ったく弱ったもんだ」

 

「フッ…俺も無茶をしすぎる部下に気苦労が絶えん。なんとなくだがこの辺が少し薄くなってきた気がする。俺の家系はハゲることが多いようだから、俺は白髪ではなく若くしてハゲてくるかもしれん。他人事ではないな」

 

そう言って自分の頭のてっぺんを撫でるゼノン。

そしてふたりは顔を見合わせて大笑いをした。

 

「さあ、今夜はガンガン飲もう! 酒もツマミもまだまだあるぞ!」

 

「それはいい。俺も玄界(ミデン)の酒とこのシオカラと貴殿のことが気に入った! とことんまでお付き合いしましょう!」

 

意気投合した林藤とゼノンはそれから3時間ほどお互いの家族 ── ツグミとリヌスとテオ ── の自慢話や本人たちが知られたら恥ずかしくなるようなエピソードをツマミにしながら飲み続けたのだった。

 

 

 

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