ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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129話

 

 

ツグミは城戸の執務机の上にミリアムの(ブラック)トリガーを置いて言った。

 

「これはお返しするのではなく、城戸司令にしばらくの間管理をお願いするだけですから。約束を反故にした時にはいくら総司令であってもわたしは容赦しません。それをお忘れなく」

 

すると城戸はうそ笑み、ツグミに言い返す。

 

「ボーダー総司令であるこの私に堂々と物言いする隊員は迅とおまえだけだな」

 

そんな言い方をしているが、別に気分を害して怒っているのではない。

城戸としては自分に対して物怖じしないツグミのことを彼なりに評価しているのだ。

2年前の隊務規定違反も城戸個人としては彼女の気持ちを理解していたものの、()()()()()()として彼女を罰するしかなかった。

あの頃からまったく変わっていない彼女の「絶対に曲がることのない強い信念」には感服し、()()()()()としては彼女の成長が嬉しくてたまらないのだが、その気持ちを表には出さないからツグミにはなかなか伝わらない。

 

「よかろう。どうせおまえは本部所属となるのだから、私の命令は絶対だ。私も無益な争いは好まぬ。まあ、お互い上手くやっていこうではないか」

 

「はい。承知しております。…ところで話は変わりますが、城戸司令はミリアムさんとお話をしたことがありますか?」

 

「…!」

「…?」

 

城戸と迅がそれぞれ驚いた顔でツグミを見た。

ミリアムは20年以上も前にエウクラートンで(ブラック)トリガーになっているのだから会話などできるはずがない。

だから迅にとっては「そんなバカな?」であるのだが、適合者であった城戸にとっては「おまえもか!」なのである。

 

「ツグミ、おまえも彼女と話したということだな?」

 

城戸が訊くと、ツグミは大きく頷いて答えた。

 

「はい。最初の適合者と城戸司令のことや、彼女がなぜ(ブラック)トリガーになったのかなど少しだけですけど。ミリアムさんはわたしが()()をどう使うのかを気にしていました。最初の適合者が亡くなり、城戸司令も危なかったそうですから、わたしには何か期待をしている…という感じで、見守っていると言われました」

 

「そうか…。まあ、それも当然だな。おまえは彼女にとって…」

 

城戸は急に口を閉じ、ツグミに背を向けてしまった。

そして後ろを向いたままで言う。

 

「…いや、今の話は気にしないでくれ」

 

「そう言われたらますます気になるじゃありませんか? 何か知っているんですね? わたしはミリアムさんにとって何なんですか?」

 

自分に関わることとなればどうしても知りたいわけで、ツグミは城戸に食ってかかるが相手にしてもらえなかった。

 

「用事は済んだのだからさっさと帰れ。トリオン不足で任務に就けない隊員と無駄話をしている暇はない。私は忙しいのだ。…迅、おまえにはこの後の会議に出席してもらわねばならない。ツグミを玉狛支部へ送って行き、すぐに戻って来い」

 

これには迅も従わざるをえない。

 

「わかりました。…ツグミ、行くぞ」

 

「…はい」

 

城戸が何も言わないという態度でいるのだから、これ以上ここにいても無駄である。

それに迅に迷惑をかけたくないと、ツグミはおとなしく従うことにした。

 

 

 

 

本部司令執務室を出たツグミは城戸の言いかけた言葉をずっと気にしていた。

しかしいくら考えたところで「仮説」は思い付くものの、それが正解かどうかを確認する方法はない。

 

(たぶんあの言い方だと城戸司令しか知らないことなんだろうな…。ミリアムの(ブラック)トリガーがあれば()()に訊くことができたけど、今更どうしようもない。正式に持つようになったらその時に訊いてみよう)

 

ひとまずそれで自分の気持ちに整理をし、ツグミは次の問題について考え始めた。

ゼノンたちに自分の書いたシナリオを説明し、協力を求めることである。

そのシナリオが()()()()()()()のものであるのは誰にでもわかるのだが、彼らにとっても有益な話であると理解してもらう必要がある。

その重要なポイントがタキトゥスの(ブラック)トリガーをゼノンに返すか否かで、それによって彼女のシナリオは大きく変わってしまうのだ。

 

(城戸司令はタキトゥスの(ブラック)トリガーの扱いをどうするのか迷っている。入手した方法を明らかにせず適合者を探すのは可能だけど、()()は非攻撃系トリガーだから部隊(チーム)で戦ってこそ効果があるというもの。ゼノン隊長が()()を使えるのもリヌスさんとテオくんと部隊(チーム)を組んでいるからだし。ボーダーが今の規定(ルール)を改訂しないと効果的な運用はできないのに、それをどうするつもりなのかな…? 攻撃可能なノーマルトリガーとの2本持ちという手もあるけど、切り替えのタイミングが難しいはず。入手困難な(ブラック)トリガーだから手放したくない気持ちはわかるけど、上手く使えなかったら持っている意味ないのに。わたしの使()()()の方がずっと現実的で効果は大きいと思うんだけどな…)

 

ツグミがこのようにずっと黙ったままで考え込んでいるものだから、隣を歩いている迅は気が気でなかった。

 

(ツグミの奴、さっきからずっと様子がおかしいよな…。寝坊したのは仕方がないとしても、俺に対して妙にソワソワしたり避けているように見えるけど、こうして一緒に本部まで来ていて、城戸さん相手に堂々としているところはいつも通りだ。なんか情緒不安定と言うか…これがトリオンの急激な減少による副作用、なのか? 1週間前もこんなだったし。…ああ、あれは精神攻撃をするキオンのトリオン兵の影響で少しおかしくなってたんだっけ。だとすると今日のこれはどういうことなんだ…? おまけに(ブラック)トリガーになったミリアムとかいう人と話しをしたとか言い出すし、やっぱ何かあったはずだ)

 

こうしてふたりはお互いに黙ったまま会話をすることもなく駐車場へと着いてしまった。

さすがに迅もこの状態に耐え切れず、ツグミが車に乗ろうとしているタイミングで声をかけた。

 

「ツグミ、もし俺に問題があるなら改めるようにする。だからちゃんとわかるように言ってくれ」

 

「? ちょっと待ってください、ジンさん。あなたが何を言っているのかわかりません。別にジンさんに問題なんてありませんよ。なぜそんなことを言うんですか?」

 

戸惑うツグミに迅は言う。

 

「おまえ、さっきからずっと様子がおかしいぞ。俺の部屋の前で取り乱したり、城戸さんの部屋から出たら難しい顔で黙りこくってしまうし。何かあったのかと思うだろ? 今のおまえなら俺に関わっていることに決まってる」

 

たしかに迅の部屋の前で不審な行動をしていた理由は彼に関わることだが、それを正直には言えない。

ドラマのワンシーンと自分たちを重ね、ベッドの上で睦み合っている姿を想像してしまったなど口が裂けても言いたくない。

 

(そんなことを言えばエロいことばかり考えているはしたない女の子だと思われて嫌われてしまう。ジンさんにはわたしのことを全部知ってほしいけど、これだけは嫌。せっかく恋人認定してもらったのにこんなことで嫌われたくないもん!)

 

上手く誤魔化そうとして「この場での最適解」を考えるツグミ。

普段の頭の回転の良さがここでも生かされた。

 

「わたしはジンさんのことが好き。だからあなたにわたしのすべてを知ってもらいたいと思っても、まだ隠しておきたい部分もあるんです。全部知ってしまったら興味はそこで尽きてしまうでしょうけど、知らない部分があれば知りたくてわたしに夢中になってもらえると思うんです。わたし自身がジンさんに対してそうだから。なのでわたしの挙動不審な部分もいずれお話しますけど、今はまだダメ。ひ・み・つ、です。たしかにジンさんに関わることですけど、あなたが悪いとか改めるべきところがあるというのではありません。あなたのことが好き過ぎるからの行動です。だから心配しないでください」

 

ツグミはそう答えると微笑んだ。

これは迅に嘘をついて騙しているのではなく、紛れもない本心なのだ。

 

「城戸司令の部屋から出た後のことは、ゼノン隊長にタキトゥスの(ブラック)トリガーを返すことができるかどうかわからない状態ですから、そのことも含めて事情をどう説明するべきか考えていただけです。今は正直に話して、城戸司令の判断を待つしかないと答えておきます」

 

ツグミの説明で納得した迅は安堵の表情を浮かべ、彼女を玉狛支部へと送り届けると再び本部基地へと向かったのだった。

 

 

◆◆◆

 

 

ツグミは玉狛支部に戻るとすぐにゼノンたちに現状報告と自分の計画について説明をした。

彼らにとって一番の心配事である身柄の解放の時期やタキトゥスの(ブラック)トリガーの扱いについては一隊員の意思でどうなるものではなく、ツグミは申し訳ない気持ちでいっぱいだが、ゼノンたちも彼女の気遣いはわかっているから責めるようなことはない。

ただ彼らもツグミのやろうとしていることについては複雑な心境である。

ミリアムの(ブラック)トリガーを所有していることは公言するだけでも危険である。

それをわざわざ近界(ネイバーフッド)中に広めるなど正気の沙汰ではないが、それだけツグミが近界(ネイバーフッド)の戦争にも心を痛めており、その災禍が玄界(ミデン)に及ぶのを憂慮しているのだ。

またミリアムの(ブラック)トリガーの所有者がツグミだと知ればアフトクラトルが何らかの接触を試みる可能性がある。

そしてアフトクラトルがさらったC級隊員32人を全員返すことを条件に要求したら、ボーダーはその取引を承諾するかもしれない。

ツグミが絶対に渡さないと言い張っても彼女がボーダー隊員である限り上からの命令は絶対で、仮に彼女がミリアムの(ブラック)トリガーを持ってボーダーから逃げたとなれば、近界(ネイバーフッド)玄界(ミデン)双方の世界に彼女の安らぎの場はなくなり、()()を抱えた状態で放浪することを強いられることになるだろう。

しかし彼女がそんな決心をするきっかけを作った自分たちからは何も言えない。

それにゼノンには彼女に対して大きな負い目がある。

林藤の話を聞き、ツグミの両親を殺害したのが自分の前任者であることを知ってしまったゼノン。

いくら任務であると言っても自分にとっての恩人が彼女の両親の仇であるとなれば、自分が償えることはないかと考えてしまうのも無理はないのだ。

そこで彼女の意思を尊重し、ゼノンは帰国した暁にはミリアムの(ブラック)トリガーが玄界(ミデン)にあって、所有者の覚悟が相当なものであると本国に報告することを約束した。

するとツグミが嬉しそうに笑うものだから、それに釣られてゼノンたちも笑い合う。

落ち込みがちになるゼノンたちにとってツグミの存在は一服の清涼剤となっているのだ。

そのツグミがさらに彼らを喜ばせることを言い出した。

 

「それから良いお知らせです。今後、天気が良い日には1日2時間だけですけどこの建物の屋上に出て日光浴をしたり、軽い運動をしたりできるようになりましたよ。これは林藤支部長も賛成してくれました」

 

「本当か!?」

 

ゼノンが驚いたように訊く。

 

「ええ。この部屋にずっといたら気が滅入っちゃいますし、運動不足にもなります。それって間接的に虐待しているようなものじゃないですか。だから支部長(ボス)にお願いしたら許可してくれたんです。今日はもう夕方近いですから時間がないので1時間弱になりますが、皆さん今からどうですか?」

 

「ああ…それは願ってもないことだ。しかし君は不安がないのか? もし我々が君を人質にして逃亡しようと考えているならこれは絶好の機会となるのだぞ」

 

ゼノンがそう言うと、ツグミはけらけら笑う。

 

「みなさんがそんなことするはずがないじゃないですか。みなさんの遠征艇はトリオンを抜いてありますから使えませんよ。ここから逃げたところでキオンに帰る手段はありませんし、玄界(ミデン)で暮らすにしてもボーダーを敵に回してしまっては不可能です。帰国したくないのなら亡命という手もあります。逃げたところで何のメリットもないとわかっているでしょうから、絶対に逃げるなんてことはしません。ですよね?」

 

「うん…まあな」

 

「それに本気で逃げるつもりなら黙って実行していたはず。わたしが言うのもなんですが、皆さんが任務に失敗してしまったのは女性に優しすぎるからですよ。わたしをさらった時に縛り上げて自由を奪っておけば成功していたかもしれないのに。…さあ、行きましょう。もうすぐ日が暮れます。玉狛支部(ここ)の屋上から見る夕焼けはとても綺麗ですよ」

 

そう言って立ち上がったツグミに誘われるように、ゼノンとリヌスとテオは一緒に部屋を出た。

 

 

周囲に高い建物がないため、玉狛支部の屋上からはかなり遠くまで見える。

 

「ほら、すごく眺めが良いでしょ? ぼんやり遠くを見ているだけでも良い気分転換になるはずです。もし明日も天気が良かったら、お昼ご飯はお弁当を作ってここで食べましょうか?」

 

ツグミが楽しそうに話しかけるものだから、ゼノンたちもつい自分の立場を忘れてしまう。

 

「おお、それは楽しそうだ。なあ、おまえたちもそう思うだろ?」

 

「オレ、賛成! 狭い部屋でじっとしてると退屈するし、苦手なんだよな~」

 

「私も賛成です。…ですがあなたに迷惑がかかるのではありませんか?」

 

リヌスがツグミのことを心配して訊いた。

 

「いいえ、迷惑だなんてとんでもありません。まだしばらくは防衛任務に復帰できませんし、それにみなさんのお世話はわたしが自分からやりたいと言った仕事です。もし自分たちが近界民(ネイバー)で捕虜だからなんて考えているのであれば、それは無用です。昨日、みなさんも見たと思いますが、黒いフードの付いたパーカーを着ていた少年はアフトクラトルの元捕虜ですよ。今はボーダー(わたしたち)の仲間ですが、捕虜として扱っていた頃にわたしは彼ともここで一緒に食事をしました。だから特別なことではないんです。お弁当もお好きな料理がありましたらできる限りご希望に添えるようにしますよ」

 

「ならば問題ありませんね。私はあなたの手料理なら何でもかまいません。あなたの好きなものを作ってください」

 

「はい。承知しました」

 

リヌスが嬉しそうに言うと、ツグミもそれに微笑み返した。

 

「オレはハンバーグが食べたい! ツグミ、おまえはハンバーグ、作れるか?」

 

テオが自分の好物をリクエストすると、ツグミは笑顔で答える。

 

「ええ、もちろんです。定番のデミグラソースや、大根おろしを使った和風ソース、トマトソースで煮込んだ上にチーズを載せたものとか、何でも作ってあげられますよ」

 

「おー、やったー! じゃ、明日はその定番ってヤツを頼むな」

 

「はい、わかりました。…ああ、風がずいぶんと暖かくなってきましたね。朝晩はまだ寒いですけど、春の足音が聞こえてきたというカンジです。春はもうすぐですよ」

 

ツグミは長い黒髪を風に靡かせながら、ゼノンたちに言う。

 

「あとひと月もすれば桜の花が咲きます。こちら側の世界には桜というとても美しい花があるんですよ。もしみなさんの帰国がまだ先になるようでしたら、みんなで一緒にお花見に行きましょうね」

 

 

 

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