ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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130話

 

 

ミリアムの(ブラック)トリガーに関わる事件はひとまず一件落着となったわけだが、これですべてが終わったということにはならない。

まだしばらく先になるが、ツグミがミリアムの(ブラック)トリガーの正式な所有者となったことを公にすればまた別の問題が発生する。

そのことはツグミだけでなく事件のことを知っている上層部や玉狛支部のメンバーも承知の上のことなのだが、彼女の強い意思に()()()といった感があった。

彼女の言い分は「ミリアムの(ブラック)トリガーを()()してしまうのではなく自分が()()()()()()ことで抑止効果が生まれ、近界民(ネイバー)による玄界(ミデン)侵攻を未然に防ぐことができる」というものだが、彼女の思いどおりになるとは限らない。

むしろゼノンが考えているようにアフトクラトルが取引の材料にする可能性が高いのだが、そのことはツグミ自身も想定していた。

 

(アフトクラトルがミリアムの(ブラック)トリガーの存在を知って黙っているはずがない。ボーダーの管理下にあるというなら取引を言い出すに決まってる。32人のC級隊員が全員無事に戻って来るというのならミリアムの(ブラック)トリガーを渡してしまおうと上層部は考えるだろう。なにしろ遠征を行って連れ戻す場合、戦闘を前提としているから選抜部隊の隊員に新たな被害が生じるはず。その被害がゼロとなるなら抑止力にしか使えない(ブラック)トリガーを渡すのはごく自然な流れだもの。もちろん近界(ネイバーフッド)最大の軍事国家にミリアムの(ブラック)トリガーを渡してしまうのは近界(ネイバーフッド)の国々だけでなくこちら側の世界にとっても危険なことだけど32人の人命は何よりも優先される。それにオサムくんが記者会見で遠征のことを公言してしまったものだから、さらわれたC級隊員の家族や友人知人は一日も早く彼らが無事に帰還してほしいと切に願っているし、市民のボーダーに対する期待も大きい。C級隊員を無事に取り戻せるか否かが今後のボーダー存続にも大きく影響するはず)

 

ツグミもさらわれたC級隊員たちが全員無事に戻って来ることを願っている。

人命第一であることも認識しているが、アフトクラトルがミリアムの(ブラック)トリガーを手にした場合にどうなるかは容易に想像がつくからアフトクラトルとの取引はありえない。

 

(ボーダー隊員だから犠牲になってもかまわないとは言わないけど、彼らを救うために更なる危機を招くようなことになったら意味がない。仮にアフトクラトルがこちら側の世界には一切干渉しないと約束したとしても、あの連中が約束を守るとは思えないし。むしろキオンがどのような国かを調べ、信頼できる国だということがわかればアフトクラトルに対抗するために同盟を結ぶという方法もある。敵の敵は味方って言うし、ゼノン隊長たちなら協力してくれそうだもの)

 

アフトクラトルは「こちら側の世界の人間をさらった敵」で、実際に人的・経済的に大きな被害を出した。

一方、キオンの人間であるゼノンたちは「諜報活動で(ブラック)トリガーを手に入れようとしただけで、結果も失敗」しており、実害は無いに等しい。

彼らの存在もごく一部のボーダー関係者しか知らないことで、今後もこの事件は公にされることはないだろう。

さらにキオンは近界(ネイバーフッド)の国々を食料供給用の属領とするために軍事に力を入れているだけで玄界(ミデン)に干渉する気はないとツグミはゼノンから聞かされていた。

ミリアムの(ブラック)トリガーの件がなければ彼らがこちら側の世界に来ることもなかったはずで、よってキオンによる侵攻や民間人の拉致事件は起きることは今後もないと思われる。

 

(なにしろ先月のアフトクラトルの侵攻と同じタイミングでキオン本国も接近していたわけで、彼らが攻めて来る可能性もあった。でもそれをしなかったのはキオンがこちら側の世界に積極的に関わろうとしていないから。お互いに敵にならないのであれば不可侵条約を結ぶことができるはず。キオンが同盟国になればアフトクラトルもそう簡単にこちら側に手出しできなくなるし、食糧不足で疲弊しているキオンには農業に関する技術支援や保存食品の加工方法を教授するとかで協力するという提案をすればボーダーは危険な遠征に頼らずにトリオンやトリガーの技術を手に入れることができるんじゃないかな?)

 

このようなツグミの考えは非常に甘いものに感じられる。

たぶん多くの人間は彼女の考えを若者にありがちな夢物語だとか机上論だとか言うかもしれないが、そんな相手に対して彼女はアルゼンチンの革命家チェ・ゲバラの名言を口にするだろう。

「もし私たちが空想家のようだといわれるならば、救いがたい理想主義者だといわれるならば、出来もしないことを考えているといわれるならば、何千回でも答えよう。『その通りだ』と」

この言葉には開き直っていて誰の言葉も聞き入れないような印象を受けるが、彼女が他人の意見に耳を傾けないということではない。

むしろ逆に様々な意見を取り込み、その上で自分なりの考えを生み出すくらいだ。

そういう彼女だから他人の批判や批難など気にせず、自分が正しいと信じたことを現実のものとするためには努力を惜しまない。

「だからそれが何なの?」とでも言いたげな顔で、最終的には周囲の人間を説き伏せてしまうに違いない。

今回もミリアムの(ブラック)トリガーの扱いについては彼女なりに悩んだ末に決めたことであって、どんなに困難な道であってもやり抜く覚悟である。

ただ…彼女が神ではない以上、彼女の選択が正しいか否か、今は誰にもわからない。

いずれ時間が経ち、目に見える形で結果が出た時に彼女以外の人間が判断することになる。

 

(だからその時に後悔しないよう、わたしは精一杯生きる。あらゆる可能性を鑑みて、その中で最善と思われる道を進むだけ。…それにわたしの選択が間違っていたなら、その時には誰かが軌道修正してくれるだろうし、わたしに()を与えるはずだもの、今は余計なことは考えなくていい)

 

ツグミの考える「罰」は死をも含む厳しいものである。

ミリアムの(ブラック)トリガーの所有者となればどうなるか ── 自分の身が危険に晒されるとか、大きな力を持つ者にはその力に応じた責任を持たなければいけない等 ── を理解し、熟考した上での選択なのだ。

ボーダー隊員である以上はいつ死んでもおかしくはない。

それは旧ボーダー時代から防衛隊員として戦ってきた彼女だからこそ持っている「覚悟」。

()()()()がいつになっても後悔しないようにと彼女は常に全力疾走している。

それが彼女自身への負担になっているのだが、それでも「自分が選んだ道」であるから苦とは思わないと彼女は言うだろう。

ただし本人が思ってはいなくても、実際にはトリオン切れを招いたり、キオンの特殊トリオン兵による精神攻撃等で肉体的・心理的にもダメージを受けている。

そういったものが積み重なって徐々に彼女を()()()いるのだが、今はまだ耐えていられるからツグミ本人は気付いていない。

そして耐えられなくなった時、彼女の日常は崩壊していくのだが、迅の存在が重要な鍵となってくるだろう。

「兄」であった迅が「恋人」となった今、これまでとは違う()()になるはずなのだ。

 

 

◆◆◆

 

 

ミリアムの(ブラック)トリガーやキオンの虜囚、そして迅との交際など様々な問題を抱えているツグミであるが、彼女以外の人間にとって現在最も重要な事柄はB級ランク戦の結果、及びそれに繋がるアフトクラトル遠征計画の実施である。

修たち玉狛第2にとって残り2戦は絶対に負けられず、次のRound7は影浦隊、東隊、鈴鳴第一との四つ巴戦で非常に厳しいものになるだろう。

特に暫定2位の影浦隊との直接対決であるから、得点差を縮めるためには大量得点が不可欠である。

千佳の鉛弾(レッドバレット)狙撃は部隊(チーム)の戦力を底上げしたが、前回の試合で()()()()してしまったわけで、対戦相手も対策を練っているはずである。

そこでヒュースの加入という隠し玉が生きてくる。

よって修たちは個別に自分の技に磨きをかける訓練を続けるだけでなく、遊真とヒュースは玉狛支部の訓練室で連携プレイの秘密特訓を重ねていた。

彼らは近界(ネイバーフッド)の最前線で戦ってきた兵士であるから、これまでのボーダーにはない戦いを見せてくれることだろう。

ただし敵となる3部隊(チーム)も実力のある上位グループの部隊(チーム)であり、それぞれに負けられない理由があるからそう簡単には勝たせてもらえないだろう。

それでも玉狛第2は新たな「覚悟」を決めたことでブーストがかかり、どんな強敵であっても恐るるに足らずといった感がある。

一方、せっかく暫定1位まで上り詰めたツグミだがドクターストップによって最終戦まですべて不戦敗となってしまった。

またS級になれば来シーズンのB級ランク戦にも参加できなくなる。

A級になるという目的を果たせず挫折してしまったことが心残りであるものの、そもそもB級ランク戦に参加した理由が「玉狛支部での暮らしを守るため」であったから彼女の気持ちの切り替えは早かった。

 

 

本部では城戸が上層部 ── 鬼怒田、根付、唐沢、そして沢村の4人にツグミが関わったキオンとミリアムの(ブラック)トリガーの件について説明をしていた。

さすがに彼らにまで隠していることは難しく、特にキオンのトリガーの解析や遠征艇の調査など開発室に依頼をしなければならないことがたくさんあるからだ。

そうなるとツグミの父親が近界民(ネイバー)であることや、織羽が持ち込んだ(ブラック)トリガーの能力など上層部のメンバーに限ってだが公開せざるをえなかったというわけだ。

やはり重要な事実を知らされていなかった上層部のメンバーは不満を持っているようだが、城戸の気持ちもわからなくはないという気持ちと、今はそれどこれではないという事情があるためにトラブルは起きなかった。

 

遠征計画の大幅な変更によって防衛隊員だけでなく開発室やメディア対策室は仕事が大幅に増えてしまった。

千佳の参加が決まったことで隊員を多く乗せられることになり、遠征艇を大きく改造することになったのだが、その作業のためにエンジニアが総動員されている。

そんな中、忍田が鬼怒田にリヌスのトリガーを渡してカテーナの解析まで頼んだわけだから、技術者(エンジニア)たちは本部基地に「泊まり込み」ならぬ「住み込み」状態となってしまった。

また遠征計画が民間人に公表されたことでボーダー入隊希望者が増え、メディア対策室はその対応に大わらわである。

広報主体の嵐山隊も雑務に駆り出されており、さすがの嵐山でも疲労困憊して笑顔が消える瞬間が増えてきたらしい。

そうなると嵐山隊を通常の防衛任務のローテーションに組み込めなくなり、彼らの分の仕事が他の部隊に多く回ってくることになった。

もっとも一部の隊員 ── 留年しそうで大慌てしている某№1攻撃手(アタッカー) ── 以外には大きな影響はなく、大規模な遠征が行われるのだから当然だと考えて与えられた任務を黙々と遂行している。

 

そして最も忙しくなったのが唐沢であった。

何をするにしても資金が必要で、遠征計画の規模が大きくなればその分たくさん()()()()()来なければならない。

普段は「いくらでも集めてきますよ」と軽く言っている彼だが、さすがに今回は少々頭を痛めていた。

既存のスポンサーからは引き出せるだけ引き出してしまったので、新規開拓が必要不可欠なのである。

そこで目を付けられたのがツグミで、B級ランク戦復帰がないと知ったとたんに唐沢は彼女に声をかけた。

ツグミが()()霧科文蔵の孫娘であることを知った唐沢が彼女の「価値」を利用しないはずがない。

死後10年以上経った今でも政財界・経済界に大きな影響を与える「伝説の大侠客」の孫娘の存在は嵐山隊とは別の意味で「ボーダーの顔」になりうるのだ。

織羽が養子であるから血の繋がりはないものの、戸籍上では文蔵の孫であることには違いない。

幼かったツグミ自身はほとんど記憶にないが、文蔵が彼女のことを溺愛していたことを今でも記憶している者は多く、唐沢が面会のアポを取る際に彼女の名を出しただけで即OKとなることも一度や二度ではない。

再び彼女の時間の多くが「外務・営業部長()()」の仕事に費やされることとなるのだが、前回のように連れ回し過ぎて彼女の健康面に問題が起きないよう、唐沢は十分注意している。

なにしろ彼女はスポンサーたちのアイドルで、再び彼女が倒れたということになればスポンサーたちの機嫌を損ねることにもなりかねないのだから。

 

 

ゼノンたちはツグミの厚意を無にしてはならないと考えているから従順である上、女性に対して紳士的な態度で接するものだから玉狛支部の女性陣からはすこぶる評判が良い。

ツグミの代わりをゆりが務めてくれており、ツグミが留守でも彼らは1日3食美味しい料理を楽しめることになる。

キオンにいる時よりも食生活の面においては格段に良いものだから、テオは冗談半分に「このまま一生玄界(ミデン)で暮らすのもいいかもな~」などと言い出す始末。

またヒュースが忙しくなって遊び相手をしてもらえなくなった陽太郎の次の標的(ターゲット)がテオで、ツグミ主催の「ピクニック」ではゼノンたちの輪の中に陽太郎がちゃっかりと入っているほどだ。

テオもキオンに陽太郎と同じくらいの歳の弟がいるために良い気分転換となり、ふたりは玉狛支部の屋上でボール遊びをしたりミーティングルームでアニメを見たりと仲良くしている。

ほのぼのとした日々が続くかのように見えたが、虜囚生活はゼノンたちにとってストレスになっていることは間違いなく、長期にわたる拘束はキオン・ボーダー双方にとって望むものではない。

そこでゼノンはボーダーと()()をすることに決めた。

まずは林藤がゼノンから話を聞き、それを城戸たちに伝えることになるのだが、()()が完了するまでツグミには内緒にすることにした。

彼女が知れば反対するだろうし、何よりも彼女が哀しむ姿をゼノンは見たくないからだ。

さらになぜかゼノンはリヌスとテオにも内緒にしており、林藤とふたりだけで事を進めていた。

 

 

そして各人が様々な思惑を抱えながら3月1日の朝を迎えたのだった。

 

 

 

 






ミリアムの(ブラック)トリガー編はここで一段落しましたので、次回からは再びB級ランク戦等の「通常営業」に戻ります。




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