ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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132話

ツグミが解説をしている間に、フィールド内では各隊員が行動を開始していた。

ショッピングモールの中に転送されてしまった千佳は大急ぎで屋外へ出ようとしているが、狙撃手(スナイパー)であっても東とユズルと太一はショッピングモールへと向かって移動を開始していた。

よって千佳以外の12人がショッピングモール内で大混戦になると思われる。

 

狙撃手(スナイパー)がショッピングモール内でどんな戦いをするのか気になりますね。建物内はかなりの広さと吹き抜けがありますから狙撃手(スナイパー)の射程も活かされるでしょうが、敵に近付かれてしまってはおしまいです。鈴鳴第一の別役隊員は仕掛けた側の人間ですから何かの目論見があって行動していると思われますが、東隊長と影浦隊の絵馬隊員は狙撃手(スナイパー)用トリガーだけしか攻撃手段がないはずですからどういう戦い方を見せてくれるのかわかりません」

 

わからないと言いながらもツグミは東の戦術の弟子であるから、彼が何か策があって建物内に進入しようとしているのだと考えていた。

 

(東さんは凄腕の狙撃手(スナイパー)ではあるけど、戦術家としての才能はもっと上。…そういえば東さんは時々ダミービーコンを使うかく乱作戦を行うことがある。ということは通常の屋内のどこかに潜んでいて小荒井くんと奥寺くんが追い立てた()()を狩る作戦と、ダミービーコンでのかく乱作戦を併用するのかな? )

 

 

ツグミがいろいろ想像している間に、千佳以外の隊員すべてがショッピングモール内に集結して戦闘が開始された。

4階の北添が吹き抜け越しに3階にいる村上を発見、ただちに攻撃を加える。

村上は上の階に影浦がおり、北添が合流して共闘すると村上は判断し、来馬に情報を伝えた。

太一は明らかに()()()行動をしており、彼が鈴鳴第一の作戦の()であるのは間違いない。

そして来馬は村上と合流して影浦・北添との対決を目的として行動を開始した。

すると村上は「黒い弧月」を抜く。

通常は発光している弧月だが、色を変えることは性能に大きく関わることではないのでB級でも改造することは許されている。

バッグワームのマントの色を闇に溶ける黒にしたツグミや雪迷彩として白にした東隊など過去に例はあるが、弧月の色を変えた事例はない。

もちろんこれもステージ選択権のあった鈴鳴第一の作戦によるものであるが、ツグミは黒い弧月を見た瞬間にその意味がわかってしまった。

 

(これって…わたしの使った作戦と同じだわ。Round4の時に鉛弾(レッドバレット)で黒くなった追尾弾(ハウンド)が見えにくくなったのと同じで、暗闇なら太刀筋が見えなくなるもの。やっぱり館内の照明を利用する作戦なのは間違いないわね)

 

 

6階フロアでは吹き抜けを挟んで銃手(ガンナー)同士の撃ち合いが始まった。

続いて攻撃手(アタッカー)ふたりが間合いを詰めて、お互いが銃手(ガンナー)の支援を受けながら斬り結ぶ。

ボーダー屈指のエース攻撃手(アタッカー)同士の戦いであるから、観戦している側もつい熱が入ってしまう。

特に影浦の使うマンティスに対し、テオが興味を示した。

 

「何だ、アレは!? (ブレード)トリガーのはずなのに鞭のように伸びてしなっているぞ!」

 

「アレはテオくんの(ブレード)トリガーと同じ性質を持つスコーピオンというトリガー。形状を自由に変えることができるから、両手のスコーピオンを繋ぐことで鞭のように長く伸ばすことができるのよ」

 

「なるほど…。オレは1本だけだから最大でも5~6メートルまでしか伸ばせない。…そうか、2本繋ぐという手があったか」

 

「でも長く伸ばせばそれだけ強度が落ちるし、防御ができないという欠点があるから、使い勝手が難しいと思う。ボーダーでもこの技を使えるのはふたりだけだし」

 

「そうか…メリットとデメリットがあるってことだな。でも使い方を工夫すれば面白いことができそうだ」

 

モニターの中で動き回る影浦の様子を見つめ、今後に役立てようという気迫が感じられるテオ。

彼は帰国すれば三等市民に格下げになり、家族を苦労させることになるとわかっている。

だから諜報員としての腕を磨き、一日も早く一等市民になる ── 正確言えば家族を一等市民にしたい ── という願望を叶えるために今できることをやろうというわけだ。

任務失敗の原因となったツグミのことを恨んだり憎んだりしないところが女性への礼節を重んじるキオンの男性らしいが、それ以上にテオはツグミのことを気に入ってしまった。

恋愛感情ではないが、好意を抱いているのは間違いない。

そうでなければ彼女の作るハンバーグを一日おきにリクエストするはずがないのだ。

 

 

一方、1階でバッグワームを使って隠密行動をしていた修と奥寺が遭遇(エンカウント)した様子がモニターに映し出された。

彼らはお互いの存在に気付かなかったために戦闘準備が不完全のままで戦うことになってしまう。

修は居場所がバレてしまったことで、近くにいる小荒井と東が合流すれば数の差で修に勝ち目はない。

そこで修は防御しながら遊真とヒュースが合流する上階へと奥寺たちを連れて行こうをする作戦を取る。

初めからその作戦であったのだろうが、奥寺との遭遇(エンカウント)が修にとって吉と出るか凶と出るかは、まだツグミにもわからない。

 

(ユーマくんとヒュースの連携については訓練の様子を見ていないから、どんなことをしてくれるのか楽しみ。個人(ソロ)ならともかく()()ヒュースが仲間と協力する姿なんて想像できないもの。近界民(ネイバー)の戦い方は理屈じゃないのよね…。野生動物みたいに本能で動くものだから、相手の行動が読みづらい。論理的な基準があって行動するわたしみたいなタイプとは真逆。オサムくんもどちらかといえばわたしと同じタイプだから、あのふたりを動かすのは難しいだろな。やっぱユーマくんやヒュースの提案をオサムくんが彼らを信じて任せる、ってカンジかな?)

 

 

影浦・北添と来馬・村上の戦いは至近距離(クロスレンジ)で攻防が繰り広げられていた。

影浦隊の厚い攻撃に鈴鳴第一は押され気味であったが、来馬がシールドを解除して両攻撃(フルアタック)にシフトチェンジする。

防御は村上の(シールド)モードのレイガストに任せ、両手に突撃銃(アサルトライフル)を構えて通常弾(アステロイド)追尾弾(ハウンド)で多角攻撃し、北添の攻撃を押し返していく。

 

「通常、来馬隊長はメイントリガーにセットした突撃銃(アサルトライフル)通常弾(アステロイド)追尾弾(ハウンド)の2種を切り替えて使用しますが、サブトリガーにも突撃銃(アサルトライフル)をセットすることで射撃戦の火力を増強したようです。防御は自分のシールドを使うよりも村上隊員の(シールド)モードのレイガストの方が耐久力はありますから、この作戦は理にかなっていると思います」

 

これまでの鈴鳴第一の必勝パターンは「前面に出た村上を来馬が援護する」であった。

しかし「来馬が村上の近くに寄り、村上の(シールド)モードのレイガストに防御を任せて両攻撃(フルアタック)」という新しい攻撃パターンを手に入れたことで、中距離(ミドルレンジ)での攻防戦が可能となったわけだ。

こうなると戦況は逆転し、影浦隊が劣勢となる。

このままではマズイと判断した影浦が北添に撤退を指示し、()()()()()()()は終結したのだった。

 

 

「影浦隊長の判断は正しいと思います。このまま銃撃戦が続けば北添隊員に勝ち目はありませんから。ただ影浦隊長は感情のままに行動することが多かったですからここで退()()決心をしたのが意外でした。彼にとって敵前逃亡は耐え難い屈辱のはずで、いずれその悔しさを何倍にもして返すことでしょう」

 

ツグミは影浦の判断に驚いていた。

彼の性格なら「負け」を認めることはなく、不利であってもそのまま戦闘を続けたであろう…とツグミは考えていたのだ。

 

(影浦さんにそんな判断をさせた鈴鳴第一って凄い。これまでは鋼さんの攻撃を来馬さんが援護するというフォーメーションが多かったけど、鋼さんが防御に徹して来馬さんの突撃銃(アサルトライフル)による両攻撃(フルアタック)。この戦いっぷりを見ると、ふたりともかなり練習したんだろうなって良くわかる。だから部隊(チーム)戦は面白いのよね…)

 

ツグミは旧東隊を()()してからずっと個人(ソロ)で戦ってきた。

B級ランク戦に参戦してもひとり部隊(ワン・マン・アーミー)であったし、現行の規定ではS級になれば部隊(チーム)を組むことはできない。

 

ひとり部隊(ワン・マン・アーミー)もそれはそれで戦うやりがいや楽しさはあるけど、東さんから学んだ戦術を活用しきれない。でも()()()に自分が選んだ答えは間違っていなかったという自信はある。だから後悔はしていないけど、残念だという気持ちがないとは言えない)

 

隊務規定違反で降格となり、部隊(チーム)を組むことによってチームメイトに迷惑がかからないようにと考えてずっと無所属(ソロ)でいたツグミ。

2年前の遠征で捕虜を逃がしたという彼女の判断が()()()()()()()()正しかったのかどうかわからないが、少なくともひとりの近界民(ネイバー)の青年と彼の家族にとってはささやかな幸せが守られたことで彼女に感謝しているのは間違いない。

 

 

ツグミがそんなことを考えている間にモニター画面は修と奥寺・小荒井が戦っている様子に変わっていた

階段を昇りながら追って来る奥寺たちをスパイダー でワイヤーを張りながら邪魔をする修だが、小荒井は吹き抜けを使ってグラスホッパーでジャンプ。

修の先回りをして奥寺と挟み撃ちにする作戦のようだ。

5階で小荒井に追いつかれた修はレイガストのスラスターを起動して小荒井を押し戻して逃げようとしたが、待ち伏せしていたユズルがイーグレットを構えていた。

このままでは小荒井の二枚抜きとなると瞬時に判断した修はレイガストで小荒井を押し退け、自らもユズルの射線から逃れた。

 

「小荒井隊員が撃たれたら影浦隊に点が入りますから、それを避けたかったようですね。これで絵馬隊員は居場所がバレてしまい、今度は自分が追われる立場となってどう対処するのかが見ものです。もちろん彼もこうなった時のことを考えて行動しているはずですから」

 

狙撃手(スナイパー)は近寄られると手も足も出なくなる。

よって修は間合いを詰めて来るから、ユズルは修の射程に入る前に修を倒さなければ自分が倒されてしまう。

そんなふたりの攻防に奥寺と小荒井が割って入ることになるのだが、突然ショッピングモール内のすべての照明が落とされた。

仕掛けた側の鈴鳴第一は準備をしていたが、それ以外の隊員たちはこの「停電」によって動きが一瞬止まってしまう。

そしてそれを待ち構えていたかのようにユズルは修を狙撃し、弾丸は修の右腕に命中した。

暗闇になった直後での狙撃であるから視覚によって標的(ターゲット)を確認するのは難しいが、暗闇であっても鳩原の弟子であるユズルなら発光しているレイガストを持つ修の右手を狙って狙撃するのはそう難しいことではない。

 

「停電」の原因は太一が電気室に侵入し、配電盤を操作したためである。

時間帯を「夜」にしたのはツグミの推測どおりで、暗闇を上手く利用した作戦なのだが、それは偶然にもユズルにとって都合の良いものとなった。

逆に修は緊急脱出(ベイルアウト)までには至らなかったが、右腕を失ったことは今後の戦闘に影響するのは確実だ。

とはいえ修はダメージを負ったものの、トドメを刺されることなく逃げ果せたのだった。

 

 

影浦・北添と来馬・村上の戦いは場所を食堂に移して続けられている。

狭い店内にたくさんの椅子やテーブルがある状態では影浦隊が有利のようだ。

死角が多いために来馬の突撃銃(アサルトライフル)による追尾弾(ハウンド)両攻撃(フルアタック)も封じられてしまい、北添の突撃銃(アサルトライフル)による攻撃が村上の防御を押し崩していく。

影浦隊に勝算ありと誰もが思っていたのだが、「停電」を仕掛けた鈴鳴第一は劣勢を一気に覆した。

視覚を奪われて戸惑う影浦に村上が斬りかかった。

しかし彼は感情受信体質(サイドエフェクト)で村上の殺気を察して攻撃を回避する。

黒い弧月では太刀筋が見えず、さすがの影浦も次々に繰り出される斬撃を感情受信体質(サイドエフェクト)頼りで回避するしかない。

そこでオペレーターの仁礼光(にれひかり)に視覚支援を指示するものの、暗視モードになったとたんに館内の照明が一斉にオンになる。

すると今度は目が眩んでしまって何も見えなくなり、影浦は村上の斬撃を受けてしまった。

急所は外したものの左腕は伝達系切断で、トリオンの漏出も甚大である。

こうなると電気室に太一がいて操作をしているのだということは明らかで、北添がユズルに狙撃で太一を落とすよう指示を出すが視覚で狙いをつけることは不可能だ。

よって仁礼に電気室の場所をレーダー上で示してもらい、そこをアイビスで撃ち抜くという作戦に出た。

しかしそれは鈴鳴第一側も想定しており、太一はエスクードで壁を作っていて防御をする。

このままでは照明のオンオフを自由にできる鈴鳴第一に場を支配されてしまうため、北添は機転を利かして天井の照明器具を破壊することで再び暗闇に戻した。

これで鈴鳴第一の作戦を封じることができたわけだが、影浦のダメージは相当なもので危機が去ったとは言い難い。

ここで逃げることができても屋外に出れば敵の狙撃手(スナイパー)が待ち構えているだろうし、屋内にいる攻撃手(アタッカー)射手(シューター)銃手(ガンナー)が手負いの彼を見逃すはずもなく、この好機を自隊の得点に結びつけるはずである。

 

「こうなれば誰かが電気室で照明を操作していると気付いて動くでしょう。さあ、どうなるか楽しみです」

 

期待で胸の高まりが抑えられないツグミはモニターから目を逸らさずに言った。

 


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